ダメだって、わかってた。15
髪を拭きながら部屋に戻ったオーランドを、ベッドに寝そべったショーンが待っていた。
「オーリ?」
ショーンは、目を細めて、オーランドが隣に寝転がることを希望した。
オーランドは、勢いよくベッドに転がった。
スプリングが弾む。
「オーリ」
ショーンは、オーランドを抱きしめ、濡れた髪にキスをした。
オーランドは目を閉じて、ショーンのキスを受け止め、体を抱きしめて、裸の胸を重ねあった。
先ほどまでの落ち着かない鼓動はもうなりを潜めている。
「ショーン、今日あった楽しかった話をしてよ」
「うん?」
ショーンは、すこし考えるような顔をした。
「そういや、ヴィゴにボードゲームに誘われた」
ショーンは、オーランドの前で、ヴィゴの名前を出すことに対して、配慮することはなかった。
ショーンと会話をしていれば、ヴィゴの名は頻繁に飛び出す。
「なるほど、あの密会は、メンバーへの加入の要請?」
オーランドは、そのことに対して、傷つかずにいることはできなかったが、傷つかない振りをすることには慣れてしまった。
二人きりでいる限り、ショーンは、日常的にスキンシップを重ねていたヴィゴよりももっとオーランドに触れさせてくれることは間違いない。
「そういうわけじゃないが・・・」
「あっ、俺、今日、ビリーに勝ったよ」
オーランドは、話題を明るく持ち上げた。
「なんだ。オーリもやってるのか」
「やってるっていうか、無理やりやらされたって言うか」
笑ったオーランドに、ショーンは顔を顰めた。
髪に長い指を入れ、かき回す。
「俺、ああいうの苦手なんだよな」
「なんだ。ショーンもやる気になったの?」
「皆やってるからな。仲間はずれになっちまう」
「仲間外れって、ショーンにしては珍しいことを言うね」
オーランドもだったが、ショーンも勿論、あのゲームが流行る前に、一度ヴィゴに参加しないかと誘われた。
その時、ヴィゴに距離を置かれることになるとは想像もしていなかったショーンは、一度だけ、お義理のようにヴィゴに付き合い、向いていないと不参加を表明した。
参加しないからといって、これほどヴィゴがショーンの側から姿を消すとは思っていなかったのだ。
オーランドは、ショーンがあのゲームをやる気になった理由がはっきりとわかっていた。
いつも一緒にいただけに、ショーンにとってヴィゴの不在が物足りなさを感じさせている。
今のヴィゴに近づこうと思ったら、ゲームの相手になるのが一番の近道だった。
「だって、オーリ。お前もやるんだろう?」
ショーンは、意識すらせず、オーランドの機嫌を取るようなことを口にした。
オーランドの背を抱き、至近距離で目を見つめたまま、ショーンは聞く。
無意識でふらふらとしているショーンに独占欲を見せることは、絶対にまずかった。
今までの経験で、オーランドは、ここでヴィゴの名を自分から出すことが今晩の眠りを安らかにしないことを十分に心得ていた。
「ショーン、やるんだったら、俺とチーム組んでやろうか?」
オーランドは何気なさを装って、ショーンに提案した。
「そういうのもアリなのか?」
「いいんじゃない?ただの遊びでしょ?チーム組んで、連戦連勝しようよ」
オーランドは、この愛しい年上と上手く付き合っていくために、自分をどうやってコントロールするべきなのか、すこしづつ学んでいた。
ここでは、ヴィゴとそんなに一緒にいたいのかと、問い詰めるよりも、自分がショーンとの距離を詰めるべきだった。
ヴィゴだったら、きっとそうした。
そう。オーランドは、ショーンとの付き合い方を考える時、自分が行動の規範としているのが、ヴィゴであることに気付き、一時はとても落ち込んだ。
ショーンは勿体ぶった顔をして笑っていた。
オーランドは、機嫌の良さそうなショーンの頬にキスをした。
「寝ようか。ショーン。明日も早いしさ」
オーランドは、ショーンが誤魔化そうとしていた離婚のことについても、もう、触れなかった。
ショーンはオーランドのことを好きだと言った。
言っても貰えなかった時に比べれば、苦しさは増したが、ずっと幸せだった。
ランチを済ませて、歩いていたオーランドたちは、撮影所の床で、ゲーム板にしがみついているヴィゴを見つけた。
ヴィゴは、オーランドとショーンに軽く手を上げた。
「おはよう」
「昼ごはんはすんだの?ヴィゴ?」
「まだ、食ってない。もう、そんな時間?」
髪をかき上げたヴィゴは、対戦相手の腕時計を覗き込んだ。
「負けるはずだ」
ヴィゴは、大げさに肩をすくめた。
時計は、1時を指していた。
「俺も腹が減ってる。立場は同じだ」
マントの埃を払うヴィゴに、スタッフは、鼻と口を覆った。
「飯食いに行こうか。続きは、その後で」
「残念。俺、飯食ったら、打ち合わせ。また、ヴィゴは、負け逃げってわけだ」
現在、4回の表で、5対3だった。
「コールドにするほどの、点差じゃないしな」
ヴィゴは悪戯に笑いながら、ゲームをしていたスタッフと一緒に、オーランドとショーンの脇を通り抜けようとした。
ショーンの顔が曇りがちなるのを目の端で捕らえながら、オーランドは、ヴィゴを捕まえた。
「ねぇ、ヴィゴ。俺と、ショーンもゲームに参加していい?」
「・・・いいが」
ヴィゴの視線は、オーランドのことを不思議がっていた。
青い目が見開かれてオーランドを映した。
そうしてゆっくりと、ヴィゴはショーンへと視線を向ける。
オーランドは、ヴィゴのことが好きだった。
わかりにくさという点でいけば、ヴィゴは、ショーンの数倍も謎めいていた。
興味がそそられた。
ヴィゴは、ショーンを挟めば、意地の悪いことばかりをオーランドに言った。
だが、ヴィゴは、年若いオーランドに手加減することも忘れてなかった。
今も、自分からショーンを近づけるような真似をするオーランドのことを心配してくれた。
光線の加減で思慮深く色の変わる瞳は、ショーンに向かってしまう前に、オーランドに大丈夫なのか?と、聞いてきた。
ヴィゴは、その会話を感じさせないほど自然に、ショーンへと穏やかな視線を投げかけた。
「どうした?ショーン。やる気になったのか?」
「ああ、皆がやってるからな。ちょっとやってみようかという気になった」
悔しいことだったが、ショーンは、とてもほっとした顔をしてヴィゴの視線を受け止めていた。
「ショーンなんか、コテンパンにやられちまうぞ。参加するんだったら、対戦表の空欄に、自分の名前を書き込んでくればいい。後は、そこに名前のある奴と適当に時間のある時に対戦して、表を埋めていくだけ。一応、5回まで終わってれば、コールドはあり。まぁ、後は、やってる当人同士で、適当に決めてもらえばいい。またやる時間が取れそうになかったら、3回だろうが、勝敗を決めてもらってもいいしな」
「ヴィゴは、絶対に、5回がすんでなきゃ、コールドを認めないけどな」
ヴィゴを待っているスタッフは、説明をする野伏をまぜっかえした。
「チームを組んでもいいか?」
ショーンの質問に、ヴィゴは頷いた。
「どういう風でも。ルールなんて、あってなきがごとしだ。ショーンは、オーリと組むのか?」
ヴィゴは、柔らかい顔でショーンに笑った。
ショーンは、何故だか、ヴィゴから視線を外した。
オーランドは、ショーンの態度に傷つく自分に気付いていたが、あえて顔を上げたまま、ヴィゴに向かってにっこりと笑った。
「無敵のチームでしょ?」
「どうかな?オーリと、ショーンだろ?」
ヴィゴは、待たせているスタッフの肩に手を掛け、歩き出した。
「そのボード使って、練習していいぞ」
ヴィゴの言葉に頷いたが、ショーンは、ゲームをしようとは言い出さなかった。
オーランドは、どうしたってショーンの年に、自分の年が足らないように、ショーンに不足を感じさせている自分を噛み締めた。
確かに、ゲームに参戦したショーンは、今までよりもヴィゴに近い場所にいた。
だが、ヴィゴは、もっと上手だった。
ヴィゴは、ショーンがイギリスに帰っている間に、オーランドとゲームを済ませてしまったのだ。
確実にそのチャンスを狙っていたに違いないショーンは、目に見えて肩を落とした。
「ヴィゴ・・・」
「なに?対戦表に黒星を付けに行くんだが、ショーンも行くか?」
ヴィゴは、新しく流行りだした対戦表に偽の黒星をつけるという悪戯のために、ショーンを誘った。
ショーンは、そういった悪戯には参加しない。
だが、きちんとヴィゴはショーンを誘った。
ショーンから断ったという形を取るよう仕向ける上手さに、オーランドは、メイクを直されながら、思わず口笛を吹きそうになった。
「お前ら、無敵チームになるんだろう?頑張ってくれよ。リジと庭師のチームが、連戦連勝。あっちこそ、本物の無敵チームになってるぞ。もともと、アスティンは強かったが、リジと組んでから、負けなしだ」
そこに黒星を貼り付けようと、いまから、ヴィゴは行くところだ。
「忙しそうだな。ヴィゴ」
ショーンは、寂しそうな顔をしてヴィゴを見た。
「ああ、まぁな。でも、ショーンほどじゃないぞ。何?」
ヴィゴは、ショーンとの距離を詰めた。
ショーンの頬を撫で、額に額を重ね合わせた。
「どうした?心配ごと?悩みごと?俺に相談したいのか?」
だが、そこで、ヴィゴは体を離してしまった。
「でも、そういうことは、今度二人っきりの時にしような。大きな子犬が睨んでるぞ。ちゃんと躾けろって、言っておいただろ?ショーン」
オーランドは、決してヴィゴを睨んだりはしていなかった。
ショーンに少し同情すらしていた。
オーランドにまで聞こえる大きさの声で、話をするヴィゴは、笑いながら行ってしまった。
ショーンは、オーランドと二人でいる間、不機嫌でいることが多かった。
撮影所では、いつも通りの顔をして見せているのだが、車に乗ってしまえば、つまらなさそうな顔を隠しもしなかった。
「ショーン・・・」
「今、話したくない」
よく、オーランドはショーンに会話することを拒まれた。
だが、決して、ショーンは、オーランドが側にいることを嫌がっているわけではない。
それどころか、オーランドとのセックスを自分から望んだし、泊まり込むことだって、ずっと数が多くなった。
オーランドは、ショーンが甘えてくれているのだと、自分を慰めようとした。
「王様。ショーン、どうしたのさ?迷子みたいな顔してる時があるけど」
ドミニクの声だった。
オーランドが立っているセットの裏で、ヴィゴとドミニクは、野球ゲームをしているらしかった。
ガタガタと、なじみのボード板が音を立てていた。
特に大きな機材が何の音も立てていなかったせいで、二人の声がセットにいるオーランドにまで良く聞こえた。
オーランドは、ちょうど二人のいるセットでポーズを決めたまま、ライトを調整されていた。
同じポーズで、もう、15分は立っている。
「試練なんだろ?ほら、あいつ」
ヴィゴの声は、離婚というプライベートな問題を匂わせはしたが、決して明かしはしなかった。
「ああ、そうか。秒読み?」
ドミニクは、ショーンが離婚しそうだということを知っているうちの一人だった。
「多分。年を越す前に、片が付くって、言ってたからな」
やはり、ヴィゴは、ショーンの離婚についてオーランドよりよく知っていた。
そのことで、オーランドはかすかな落ち込みを感じた。
「でも、それだけ?なんか、ショーン、すごい頼りない顔して、王様のこと見てる時があるんですけど」
「俺が頼もしいからじゃないか?」
「しょってる」
ドミニクの笑い声。
ガチャガチャとバットの振られる音。
「もしかして、王様、最近、ショーンに対して、意地の悪いことしてない?最近、ヴィゴ・ショーンペアってより、オーリ・ショーンペアってのをよく見かけるんですが」
「同じ国の人間だし、親しくなったんだろ?」
「本当に?オーリと、ショーンで何して遊ぶわけ?まだ、あんたが、オーリのことを遊んでやってるってのなら、想像がつくけど、ショーンが、オーリの遊びに付き合ってるとこなんて、殆ど想像できない」
ドミニクの言うとおり、ショーンとオーランドでは殆ど遊びらしい遊びなんてしたことがなかった。
それでも、前は、ドライブに行ったりしたが、最近では、全く、家の中ばかりだ。
不機嫌なショーンをヴィゴがしていたように膝の間に挟んで、オーランドは、同じようなビデオばかりを見ていた。
そうでなければ、セックスしている。
「王様、ショーンのこと泣かさないでよ。せっかく仲良くなったのに、気まずくなるの、俺、絶対にパスだから」
「何を言うんだ。俺は、誰にも不当な扱いなんてしてない」
「ヴィゴって、胡散臭い。ショーンがあんなにヴィゴのこと見てるの、気付いてないはずないのに、その態度」
「お前、よくショーンのこと見てるな・・・」
呆れたような声のヴィゴに、即座にドミニクが返答を返した。
「うん。だって、面白いじゃん。ショーンって」
「ここには、俺を擁護してくれる奴はいないのか」
「いるいる。スタントチームなんて、ヴィゴのものみたいなもんだし、スタッフの大半もヴィゴのファンだ」
「でも、目の前には、ちくちくいじめようとする奴しかいない」
「やだよね。真顔でそんなこと言わないでよ。俺、知らないよ。ヴィゴ、何が気に入らないのか知らないけど、ずっとその態度でいて、ショーンが思いつめちゃったりして、そのうち、ノイローゼみたいになっちゃったら、どうする?ほら、ショーンってば、今、生活そのものが不安定なわけでしょ?ショーンが自分でなんとかする気だったらいいけど、オーリで支えきれるわけないし、つぶれちゃったらどうしようねぇ。王様」
オーランドに聞こえなかっただけかもしれないが、ヴィゴは、返答を返さなかった。
ドミニクが、いきなり声の調子を変えた。
「ほら、王様、心理戦は終わり。投げてくれない?しっかり動揺させたから、まっすぐ投げられないんでしょ?」
セットの裏では、ドミニクの歓声が上がった。
ヴィゴは、ボードゲームに弱かったから、ただ、それだけかも知れなかったし、そうでないのかもしれなかった。