ダメだって、わかってた。
朝っぱらから、ハイテンションの電話で起こされ、ヴィゴは、頭痛を堪えるように、頭を押さえ、ダイニングのテーブルに肘を付いていた。
「…わかった。これから、来るんだな。うん。わかった。起きててやる。…いや、家の鍵を開けといてやる。もし、このままもう一度寝てたとしても、勝手に入って来い」
挨拶の言葉と一続きに、用件までまくし立ててた電話の相手は、今日も元気そうだ。
おはようより、先に、長いセンテンスを話したヴィゴは、喉の渇きを覚えて、机の上に置きっぱなししてあったペットボトルを引き寄せた。
電話の相手は、オーランドだ。
「えー?ヴィゴ。ちゃんと起きててよ。今から、家を出るからさ。ちゃんと話したいことがあるんだって。ヴィゴにちゃんと聞いて欲しいことがあって。…ちょっと、聞いてる?ねぇ、電話口で、寝てるんじゃない?」
あまりに元気なオーランドの声に、本当に頭痛がしてきた気がして、ヴィゴは、電話を睨みつけた。
ついでに、時計を見上げ、電話の相手がそれほど非常識だというわけでもないことに、気付いた。
イメージが先行していた。
あいつなら、朝日とともに、電話をかけてきても不思議じゃないというヴィゴの勝手なイメージ。
とにかく、オーランドは、若い。
だが、この時間なら、寝ていたヴィゴの方が、非常識だった。
「聞いてる。って、いうか、お前のその声を聞いてると、眠気も吹き飛んでいく。…こっちは、寝起きなんだ。もうちょっと落ち着いて喋ってくれ。…ああ、そうだ。ついでに、食い物を買って来い。どうせ、着いたら昼だろう?俺の食うもんくらいならあるが、お前の分までは無い」
ヴィゴは、時計を見るなり空腹を自覚した現金なすきっぱらを宥めるために、ごくごくと水を飲んだ。
「もうすぐ昼だって、気付いた?ヴィゴ」
オーランドがくすくすと笑った。
「うるさいな」
「どうぜ、俺が夜明けとともに電話したとでも思ってただろう。いくら俺でも、折角の休みをそんな風には邪魔しないよ。…飯は買っていくよ。お邪魔するのは、俺だけじゃないんだ。ショーンも一緒。楽しみにしてて」
オーランドは、大変機嫌が良さそうだ。
だが、ヴィゴは、オーランドの言葉に残っていた眠気が吹っ飛ぶほど驚いた。
「えっ?何だって、ショーンも一緒?なんで、お前と一緒にショーンがいるんだ?今週末は用があるって」
ヴィゴは、夕べ一緒に過ごそうとショーンを誘って、断られた。
ここのところ、何度かそんなことがあった。
回数が増えていた。
「その用事の相手が俺なの。そのことについても、ちょっと話があるから、ちゃんと起きて待っててよ」
オーランドは、楽しそうな口調のまま電話を切った。
ヴィゴの眠気は、どこかに行ってしまった。
代わりに訪れた、疎外感。
嫉妬心が湧き出しているのに、ヴィゴは気付いた。
なぜ、ショーンが、オーランドと一緒なんだ?
そんな言葉が心の中に渦巻いていた。
だが、湧き出した言葉を無視して、ヴィゴは、受話器を電話に戻した。
それでも、理由をショーンに聞いてみたくて、切れている電話をじっと見てしまう。
「子供か。俺は…」
ヴィゴは独りごちた。
ショーンが、ヴィゴとの約束より、オーランドとの約束を優先させたとしても、それは、ショーンの判断だ。
ヴィゴは、冷静に自分に言い聞かせた。
そう。いくらヴィゴが親友でも、ショーンの時間全てをなんて独占できない。
だが、ヴィゴが誘うよりも前に、オーランドとの約束が成立していたのかもしれない。と、いつのまにやら考えていて、ヴィゴは、自分を自嘲した。
いや、前だろうが、後だろうが、そんなことはショーンの自由だ。
そう。自由だ。
つまり、酷いなとヴィゴが思う事だって自由のはずだ。
どうにかして自分を慰めようとする思考をヴィゴは、笑った。
「仲間はずれ…か。いいじゃないか。この家についたら、おもいっきりオーランドを仲間はずれにしてやれば」
ヴィゴは、彼らが着くまでもちそうにない、腹を宥めるために、冷蔵庫へと向かった。
家の前に車が止まる音がして、ヴィゴは、ゆっくりとソファーから立ち上がった。
ちらりと、窓から外を覗き、予想通り、オーランドの車を発見する。
だが、ヴィゴは、このときあまり見たくない光景もついでに、見てしまった。
オーランドが、運転席から飛び出すようにして車を降り、わざわざショーンのドアを開けていた。
車から降りるショーンに手を貸す姿は、まるで大事なお嬢さんでもエスコートしているようだ。
なんとも言えない違和感があった。
その違和感をヴィゴが言葉で説明つけようとする前に、ドアのチャイムが鳴った。
「ヴィゴ!来たよ。ちゃんと起きてる?」
オーランドの大きな声が、ドア越しに、ヴィゴを呼ぶ。
「起きてる。ドアは開いてるって言ってあっただろう?勝手に入って来い」
感じた違和感を押しやり、ヴィゴは、そう言いながら、ドアに向かった。
オーランドがドアを開け、その後ろに、ショーンが立っていた。
オーランドは、なにがそんなに嬉しいのか、主人にじゃれかかる前の犬のようにとびっきりの顔をしていた。
「おはよう。ヴィゴ!」
にこりと笑った歯は真っ白だ。
頬の輝きは、年のせいだけだとは思えない。
後ろのショーンは、穏やかに笑っていた。
だが、なんと言えばいいのか、すこし遠慮がちだ。
ヴィゴは、オーランドにおはようとだけ言い、ショーンに手を伸ばした。
「おはよう、ショーン。夕べは、俺とは遊べないって言ったくせに、こいつと遊んでたって?」
ヴィゴは、軽い嫌味を口にしながら、オーランドを押しのけ、ショーンを引き寄せると、頬にキスした。
ショーンは、ヴィゴの頬へとキスを返しながら、困ったような笑いを浮かべた。
「おはよう。ヴィゴ。昼飯が潰れる」
ショーンは、デリカの袋を振って見せた。
何気無い風を装ってはいるが、一人でこの家を訪ねていた時とは違う緊張がショーンにあった。
「ヴィゴ!俺は?俺には?」
オーランドが、ヴィゴとショーンの間に割り込んだ。
ヴィゴは、おざなりに、オーランドの額にもキスすると、ショーンからだけ荷物を受け取り、中へと促した。
ショーンの手が空くと、オーランドは、自分は荷物を持ったままだというのに、ショーンへと手を伸ばした。
視界の隅にその光景を捉えたヴィゴは、振り返った。
ショーンは、困った顔をしていたが、手を握るオーランドを拒まなかった。
「…妙に仲良しじゃないか?」
ヴィゴは、肩眉を上げなら、にやにやと笑うオーランドを見た。
「そうでしょ」
オーランドは、自慢気に言いながら、ショーンの手を引いたまま、ヴィゴの待つ、テーブルまでやってきた。
ヴィゴは、その顔が気に入らなくて、二人の間に割って入った。
「ショーン。どうしたっていうんだ。こんな若造なんかと手なんか繋いで」
ヴィゴは、からかうような口調で、ショーンの目をのぞきこんだ。
緑の目が、何気無さを装いながらゆっくりと逸れていく。
ヴィゴは、子供のように繋いでいる二人の手を離させ、代わりに自分がショーンと手を繋いだ。
ショーンは、ヴィゴに手を握られることに抵抗を示さない。
ただ、困ったように笑っている。
オーランドにしたように、平等に。
「もう、ヴィゴ。邪魔しないでよ」
オーランドがショーンの手を取り戻そうとした。
「オーリ。ショーンと、俺の仲を邪魔してるのはお前じゃないか」
ヴィゴは、繋いだままの手を高く吊り上げて、オーランドを邪険にした。
「…そのことなんだけど、実はね」
「おい!ちょっと、オーリ」
オーランドが、畏まった声をだした。
ショーンの手を取り戻そうと、背伸びまでしていたくせに、いきなり居住まいをただした。
ショーンが慌てたように割り込んだ。
「ちょっと、待てよ。オーリ。…やっぱりやめよう」
ヴィゴに握りこまれているショーンの手が強張っていた。
オーランドを止めようとしているショーンの顔は本当に困惑していた。
照れているとか、そういうレベルを通り越している。
対するオーランドは、自分の行動に自信を持っていた。
ヴィゴは、なんとなく疎外感を感じながらも、ショーンの手をしっかりと握っていた。
「だめ。ちゃんと、言っとかないと、ヴィゴってば、絶対に遠慮してくれないから」
何故だか、オーランドは、ショーンに対して、主導権を発揮していた。
ヴィゴは、緊張に冷たくなっているショーンの指先を摩るように握りながら、二人を見比べた。
「何だ?二人して、何を俺に隠している?」
ヴィゴは、聞かなくてはいけないような気がして、すこしばかり眉の間に皺を寄せながら、二人に尋ねた。
ヴィゴが視線を向けると、ショーンは、目を伏せて下を向いた。
オーランドといえば、それは、もう、嬉しそうに笑っていた。
嫌な感じだ。
「ヴィゴ。きっとヴィゴなら、受け入れてくれると思って打ち明けるんだけど、俺と、ショーン、付き合ってる」
オーランドは、高らかな声で言った。
ヴィゴは、思わず、小首を傾げた。
かまわず、オーランドは言葉を続ける。
「ヴィゴ。それでね。お願いがあって、その繋いでいる手を離してくれないかな?」
オーランドの言い方は、依頼の形をとっているが、命令と変わりない。
ヴィゴは、俯いているショーンの顔と、繋いだままの手、それから、すこしばかり意地悪い表情のオーランドの顔を順に見た。
黒い目は、自信に満ちて、キラキラとしていた。
聞かされた内容には、確かに衝撃を受けた。
だが、ヴィゴを襲った動揺は、思ったよりも簡単に治まった。
「嫌だね」
ヴィゴは、若造の要求を、適切につっぱねた。