ネッキング

 

ラボにいくつかの用事があり顔を出したドン・フラック刑事の首には絞められたような跡があった。

「どうしたの、それ?」

検査結果が打ち出された用紙を覗き込んでいたステラは、顔を上げるなり、目を見開いた。

「ちょっと、」

ドンは、困ったように目を細めて笑う。

「帰り道で、酔っ払ったチンピラに絡まれて」

首に付いた赤い跡ほどには、ドンの様子が深刻でなく、ドンが黒い小さな手帳を開くのに、ステラの意識はそちらへと移る。

「なにかわかったの?」

「ご希望に副うことはできなかったんだが、隣の部屋の住人の素性がわかった」

「まぁ」

それが、どれほど事件解決への助けになるかはわからなかったが、事件の周辺に零れ落ちている情報を丹念に拾い集めるのが刑事の仕事であり、ステラは他人の仕事ぶりを過小評価することで自分の進展のなさから目を背けるような無責任さは持ち合わせていなかったので、ドンの話に興味を示した。

「教えてくれる?」

「ああ、勿論」

 

スライドに載った植物が何であるかを特定するため、ハチの巣のような植物の断面図と、植物図鑑を見比べ続けたステラは、少し自分に休憩が必要だと思っており、それを実行中のステラの手首はドンの肩へと置かれ、背に凭れ掛かるようにして、顔を寄せ合い同じ手帳を覗いていた。

「仲良しね」

ドアを開け、近づいてきたリンジーが紫外線ランプのスイッチを入れながら、くすりと笑った。赤紫の光の前に立つリンジーは、スライドをセットし拡大鏡を覗き込む。

「ねぇ、フラック。その首」

証拠品の繊維に紫外線を当を反射させること出来る、長い波長によってみつけられるものはないかを探すリンジーは、倍率を変えながら口だけを動かした。また同じ事を聞かれたドンは困ったようにネクタイの首元に触れる。

実際、ドンの首には輪っかのように赤い跡が一周ぐるりと巻いているのだが、ネクタイを締めた鏡では、それはほぼ隠れ見えなかった。電話がなり続け、怒鳴り声が飛び交う殺人課のオフィスでは、誰もドンにそんなことを尋ねはしなかった。しかし、ここへくれば、5分も経たずに二人目だ。

そんなに目立つ?と、目でドンがステラに尋ねれば、美人は「あなたはここの人気者なの」とにっこりと笑った。ふわりとドンから離れたステラは、リンジーの隣へと移る。

「リンジー、どう? その繊維から、何かわかりそう?」

「もう少し」

 

「やぁ、フラック」

ドアが開いて、思わずそちらを見たドンに挨拶をしたホークスは、ドンの首を見るなり、一瞬、目を見開いた。だが、すぐ困った患者でも診るような優しい笑みを浮かべ、それだけで、最近、検死官の職を投げ捨てCSI捜査官へと転職したばかりのドク・ホークスは自分の仕事に取り掛かる。

だが、その反応は、目ざとく首についた跡を見つけ、質問してきた女性たちよりドンを困らせた。

ドンは、検査室のドアを開け、ここへ寄ったもう一つの用件を片付けるため、廊下を歩く。

「あら、フラック、首」

「ああ、夕べちょっと酔っ払いのチンピラともみ合って」

浮世離れしたラボに住めば、現役の刑事が傷を負うことを珍しいとでも感じるようになるのか、すれ違う技術者たちは、ドンに問う。

ちょうどそこを通りかかったダニーが、書類で口元を隠してはいたが、ドンのいい訳ににやにやと笑いながら通り過ぎようとしているのにドンは気付いた。

しかし、ドンは、嘘など全く言っていない。

昨夜遅く、足早にバーの前を通りすぎようとしていたドンは、たまたま酔っ払ったチンピラ=ダニーと行き会ってしまったのだ。

多分、バーで知り合ったのだろう、強面の男の肩をバンバンと叩いて笑いあっていたダニーは、疲れたから一人でゆっくりしたいと言ったドンの言い分など全く聞き入れず、強引にドンの腕を掴んで、刑事の家のドアを開けた。

そして、酒臭いキスや強引過ぎるタッチで、無理やり刑事をその気にさせると、ベッドルームのドアを蹴り開け、ドンを引きずり込んだのだ。

 

「良さそうな、顔してんじゃん。ドン」

にやにやと機嫌のいい猫のように目を細め、ペロリと舌なめずりしたダニーは、ドンの腰を抱え上げるようにして、ゆっくりと腰を使っていた。

タオルで拭われたドンの腹はきれいになっていたが、最初にやたらとダニーが揺すりあげたせいで、ドンはそれほど持たずして、いってしまっていた。

赤くした顔にしっとりと汗をかいているドンは、一度射精を果たしてしまったことで、抵抗も緊張も緩み、練れた中の具合が実にいい。

これで長すぎるドンの足が、自分の腰に回りねだってみせるような可愛げを見せれば、最高なのにと、ふわふわと機嫌よく酔う思うダニーは、ドンの足を抱えなおし、腰を引き寄せる。

先ほどまでの急きたてるようだった興奮も、胸に膝がつくほどドンの足を持ち上げてやったまま、突き上げいかせたところで納まり、やっとダニーは、酔いになかなかイクことのできない困り者の自分のペニスで、ドンの中をゆっくり楽しむことができるようになっていた。

突き上げてやれば、抱き上げた薄い腹を反らせるようにして悶える刑事の白い体を、ダニーは嘗め回すように眺める。

本当にどうしたことか、ラボで感じのいい笑顔をみせるドン・フラック刑事は、ベッドに連れ込み、ラボの女性陣に高評価の体を裸にして揺すってやれば、間抜けに開いたままになる口の開き方が思わぬ頼りなさで、だが、その弱々しさが、ダニーの嗜虐心というか、下腹あたりを強く刺激した。

よくなってくると、ドンはぎゅっと瞑った目の上を腕で覆って、口を大きくあけたまま、はぁはぁ喘ぎ出す。

受け口気味の顎が、角度を上げて突き出される。

 

ダニーは、こんなドン相手に試してみたかったことがあった。

ドン好みに、小刻みに腰を動かして感じさせてやりながら、ダニーはドンの顔を撫でる。

「ドン。もうちょっといいことしようぜ」

警戒したように、ドンが目の上の腕をずらす。ダニーは顔を顰めるようなみっともないウィンクをした。

「絶対にいいぜ?」

 

ダニーの手が首にかかり、自分の中の狭い部分を太いものが抉るように擦り上げる快感のせいで、ダニーの無作法さえ許しかけていたドンは慌てた。

「……何をする気なんだ?」

 

首を愛撫する指に力を入れれば、最初ドンはダニーを梃子摺らせていたが「俺がお前を殺すわけないだろ? いままでだって俺のしたことでよくなれなかったことなんてなかっただろう?」と、囁きながら、指へとかけた力を緩めずにいるうちに、一度目のブラックアウトをしかけた。

断末魔の痙攣で、ドンがダニーを締め付け、ただでさえ、ぬるつき、熱い肉が蠢めくドンのよさを楽しんでいたダニーは歓喜に目を輝かせる。

ドンのペニスは、生命の危機に、腫れたように強く勃起し、先端からは、ドクドクと精液があふれ出していた。

ダニーは、ドンが落ちてしまう前に、手を緩め、大きく開いた赤い口の中で、ヒクつく舌を舐めてやる。

ドンが激しく咳き込む。

構わずダニーは硬く勃起した腰を一気に突き出す。

ドンの口は赤い喉の奥を晒し、大きく開かれたままだ。

ペニスが熱い肉にきつく包まれ、ダニーはまた指へと力を入れた。

ダニーの腕を掴み、爪を食い込ませ抵抗したが、酸欠が続けば、絞首趣味者たちが渇望する快感がドンの顔に浮かびはじめ、ダニーは、予測不能の締め付けを何度も味わった。

先の濡れたドンのペニスは、硬く腫れている。

ダニーは力を緩め、ぐったりとしたまま荒い息を繰り返すドンの頬を舐める。

「ドン。気持ちいいだろ?」

 

もう一度、ドンの首を絞めてやれば、あまりの締め付けのよさに、まだ我慢するつもりだったダニーは、ドンの中へと出してしまった。

ビクビクと腰を揺らして、ペニスからとろとろと精液を吹き上げ続けていたドンの体からは、ぐったりと力が抜け、とうとうダニーの恋人は落ちている。

 

 

 

背を向けていたマックに、軽くドアを叩き、自分の存在を知らせたドンが中に入ると、振り返ったマックは、一瞬驚いたように軽く目を見開いた。それから、わずかに顔を顰め、ドンをたしなめるように落ち着いた声で言った。

「フラック。オートエロティズム・アスフィクシェーション(自己発情窒息)は、割合ここへも死体が運び込まれる」

「……?」

ドンにはマックの会話の意図するところが分からず、首をかしげた。

「首のそれ、だよ。癖になる人間は多い」

「俺は、そんなこと! これは、酔っ払いのチンピラともみ合って!」

慌てて、首に残る赤い跡を隠したドンを、マックはちらりと見ただけだ。

「それが縄や、革の跡でないことはわかっている。やるなとは言わないが、でも気をつけるんだ。フラック」

ドンの言い分など端から受け入れるつもりもないらしいマックは、手にしていた書類を置くと、そこで、不意に小さな笑顔をみせた。

「手を出して。フラック」

穏やかな顔で近づくマックに気圧され、ドンはおずおずと両手をマックに渡した。

「喧嘩をしたというには、昨日できたばかりだというような、防御創はないな。……少しネクタイを緩めるぞ」

マックは、まるで死体が纏う証拠品のネクタイでも扱うかのように手際よくドンのネクタイを緩め、首に触れ、そして、唇にシニカルな笑みを浮かべてみせた。

「ドン。……お前の背の高さで、喧嘩の相手がこういった形に跡を残そうと思ったら、余程の大男か、さもなければ馬乗りにでもなってなければ無理だ」

マックは左手をドンの首に出来た跡へと残したまま、右手でドンの頭の後ろを探る。

「もみ合ったのは、よほどいい絨緞の上だったのか?」

アメリカで5本の指に入るほど優秀なCSI捜査官を欺こうとすることがどれほど愚かなことなのか、分かりの悪い生徒を諭すように言われて、ドンもシラを切ることはできなかった。

しかし、ドンはマックに、どう言えばいいのかわからず、立ち尽くす。

 

マックは、素直に戸惑うドンの顔を見ているうちに、若く優秀な刑事に少しだけおせっかいを焼きたい気になった。

マックはドンの首へと触れたままの指へと僅かに力を入れる。

「……マック?」

ただ、それだけで苦しくなる呼吸に、ドンの顔に怯えが浮かんだ。

「ドン、君の恋人は、医学的な知識を持ち合わせているようだが、すこし短気なんじゃないか?」

頚椎への負担を考慮した首の跡を見れば、その医学知識は明らかだったが、強くついた指の跡は、ゆっくりとドンを楽しませてやったようには見えなかった。

マックは冷静に、頚動脈への圧迫を調節しながら、ドンの顔を見守った。

次第に酸素と血液の脳へと送られる量が少なくなり、空気を求めドンの口が開いていく。

しかし、まだ、ドンはマックの行動が信じられないとでもいうように見つめるだけで、突き飛ばそうともしなかった。だが、無意識であろうともドンがそうするのは、マックへの遠慮というよりは、この行為で得ることのできる甘さと安全を知っているせいだ。

「ドン、夕べは君も楽しかったとみえる」

マックは指にかける力を僅かに強めた。すると、ドンの体が痙攣した。

やっとドンがもがき始める。

だが、まだ、本気ではない。

ガラス球のようなドンの目に生理的な涙が溜まり始め、マックは、適度に指へとかける力を弱めた。

「的確な仕事の仕方からして、この跡をつけずに済ますことだって君の恋人になら出来たはずだ。これが残っているのは君への支配欲を満足させるためだと気付いてるか?」

言外に、君は結構面倒な相手を恋人にしているんだと伝えながら、マックは、何度か指へとかける力に強弱をつけ、絞首への苦しみに、突然神からの恩寵のように与えられる、ふわりと意識がなくなる寸前の甘い瞬間を何度もドンに味あわせてやった。

とうとう立っていることができなくなり、凭れ掛かってきた若い刑事の大きな体を支えてやるマックは、無防備に口も目も、開いたままのドンの顔にある、思いもかけぬいたいけさに、心を擽られる自分にすこしばかり驚いた。

恋人の拘束跡を残すドンの首を指先で撫でながら、じわりと力を入れる。

閉じることもできず、震えるドンの口の中が赤い。

「夕べより、いいだろう、ドン?」

酸素不足に悲鳴を上げる脳の痛みでのせいで、聞こえていないだろう耳へと、マックは囁き、それから、まだ何度かドンを翻弄してやってから、口付けて唇を覆うことで、ドンの最後の息をマックは奪った。

勿論、マックは、スマートにドンが落ちてしまう前には、開放する。

 

大きく何度も息を繰り返し、ぐったりとして力の入らない殺人課の刑事の大きな体を、マックは椅子に座らせてやった。

予想の範囲だが、涙で目を濡らし、ぜいぜいと息をするドンの股間は膨らみ、スラックスの前を押し上げている。

「癖になるだろ?」

すまし顔のマックは、先ほどまで見ていた書類を取り上げ、視線を戻した。

しかし、ちらりとドンに視線を戻し、唇に小さく笑みを刻む。

「それが高じて、首をつったままマスターベーションに励んだ挙句、シドの世話になる人間が月に一人はいる。フラック、私は君とまだ仕事をしたいと思っている。できるだけ自重してくれ」

そして、マックは殺人課の刑事に聞いた。

 

「ところで、フラック、君が私を訪ねた用件は何だったんだ?」

 

 

 

 

「い、や、だ!」

「何が嫌なんだよ。こないだ、よかったろ?」

 

腕をつかまれ阻まれた眼鏡の奥のダニーの目が、機嫌悪く吊りあがっていたが、ドンは、盛り上がった肩を突き飛ばすようにして撥ね付けた。

ドンがいくと、それを待っていたかのように、機嫌を取るかのような、にまにま笑いを浮かべたダニーが、ドンの首へと手をかけた。首を絞めてやっている最中の被虐的なドンのそそり顔に、すっかり味を占めているダニーは猫撫で声を出す。

「いい子だからさ、ドン」

「しない」

繋がったまま、にらみ合うダニーと、ドンは、酷く滑稽だったが、二人とも真剣だった。

ダニーは顔にきつい険を刻む。

「ドン、お前が、エロ顔晒して、マックのオフィスに居たって噂があるのを知ってるか?」

 

 

 

 

「今日は派手な痣付きだな」

休憩室でホットドックを食べるホークスは、ドンの顎へと手を伸ばし、左頬の青く腫れた患部を確かめるように顔を動かした。

「フラックの彼女は、なかなかワイルドなんだな」

刑事の診察を終えた医師は、笑いながら顎から手を離した。

「今日はさ、ダニーも歯で切った口の中腫らしてて、さっき感染症と、腫れ止めの薬を出したんだ」

ホットドックを食べ、一口、コーヒーへと口をつけたホークスは、不意に思い出したようにもう一度ドンへと手を伸ばし、首に触れる。

「そうだ。人の趣味に口出しをするつもりはないんだが、ここ、ここの骨は、思うよりはるかに弱いんだ。砕けやすいから、気をつけるよう彼女に言ったほうがいいぞ。フラック」

不審死を扱いなれた元検死官は、やはりあの日の首の跡がどのようにしてついたかを、正確に見抜いており、優しくたしなめるような視線を向けられ、ドンはたまらなく居心地が悪かった。

 

「ドク、ゴミ箱が2ブロック先の、教会の裏でみつかった」

新人CSI捜査官の目がぱっと輝く。

「中身は残ってたか?」

 

END