バスケの約束
冷えた階段を上がって鍵を開けて入った部屋の中が暖かく、ドンは、ほっとすると同時に、顔を顰めた。
「よう、おかえり」
人の家に不法侵入しながら、平然とした顔で冷蔵庫に入れてあった料理をTVの前へと並べて食べ散らかしているのは、二日前現場で一緒だったCSI捜査官だ。ドンはコートに押し込めていたマフラーを毟るように取り、コートをハンガーにかける。
「お前んちのママ、本当に料理、上手いな」
ソースで指を濡らした指を舐める捜査官が言う。大きな口を開け、ドンのために箱詰めされたはずのチキンを毟る。
「それは、姉貴だ」
「へぇ? どうしたの、ママ?」
口の中をもぐもぐと一杯にしながら、鱈のゼリー寄せにフォークを突き刺すダニーには勿論、ドンのためのコーヒーを注いでやろうなどという気遣いなどあるはずもなく、難しく口を引き結んだ若い刑事は自分のためのカップを取りに狭いキッチンに向かった。
「違う。姉貴のとこのマデリンの一歳の誕生パーティだったんだ」
ダニーは嬉がげに、にやりと笑う。
「なる程、保安部主任の末娘もとうとう一歳」
それは、育児休業中のドンの姉の職業ではなく、姉の夫の職業だ。このCSI捜査官は、ドンの実家の係属が殆ど全て警察機構へ奉職していることをからかいのネタにしているのだ。そして、ダニーが実家から押し付けられてくる料理が冷蔵庫に保存されているのを見つければ、まっさきに手をつけるくせに、勿論その習慣に、にやつく。
「なぁ、そこの手拭」
夜勤あけの刑事がやっと一杯のコーヒーがもたらす香りに、穏やかな息を吐き出そうとしたところで、ダニーは茶色のソースまみれの指を突きつけ、タオルを取るよう指示を出した。
ドンが無視してやり過ごそうとすると、ダニーは指先をソファーに擦りつけるポーズで、いかにも嬉しそうにいいか?と尋ねる。勿論、ドンはそれが嫌で、思い切り顔を顰めて手近のタオルを投げつけた。
「ダニー、旨そうだな」
年上の捜査官は食べ方が汚い。
「お前、もう食ってきたんだろ?」
「ああ、確かにそれは食った。けどな、朝食はまだなんだ」
「へぇ……」
頬に一杯に食べ物を頬張り、にやにやと機嫌よく見上げる犯罪科学者がだからと言ってドン相手に遠慮などするはずもなく、彼はデザートにまで手を付けだした。
「お前の姉さん結構美人だったし、料理まで上手いし、一緒に稼いでくれそうだし、もう少し早く紹介してもらっとくんだった」
ドンはコーヒーのカップを置き、シャワーを浴びるため歩き出した。
「ダニー、仕事以外で、データー照会をかけるな」
「いつも真面目だね。お前」
ジーンズだけ身につけたドンがポロシャツを片手に部屋に戻ってみれば、持ち帰った食べ物は完全に空で、まだ朝だと言うのにビール瓶が一本、残骸の山と一緒に放置されていた。
満腹のダニーは、実に幸せそうな顔をしてだらしなく足を投出し、ソファーに座ってTVを見ている。眼鏡のガラスに画面の色がちかちかと映ってうるさい。眠い頭には、テレビの音も煩い。
「お前は何しに来たんだ? 約束の時間なら、もっと先だろ。ダニー」
ドンが尋ねると、ダニーがちらりと目を上げる。
「知りたい?」
にやにやとドンのことをからかうようにしていたが、ダニーの様子に交じった緊張感を犯罪者と渡り合う毎日を送る刑事は見逃さなかった。だが、正直なところ、夜勤明けで約束のバスケの時間まで眠りたかったドンは、CSI捜査官の身勝手な訪問理由など、無理にならば聞き出したくはなかった。けれど、一応、ドンはどすんとダニーの隣に腰掛ける。
「なぁ、ダニー、あんた、一体いつから俺の部屋にいたんだ?」
ダニーは尻ポケットから封筒を取り出す。
「うん? お前は俺たちの事件に専属かと思ってたから、夜勤だとは知らなくて夕べから」
つまりこのきれいな字で書かれた宛名の封筒を見せるため、かるく8時間はダニーが待っていたのかと、ドンは眠ることを諦めた。
「誰から?」
「かなりの美人」
それだけ待たされたというのにダニーの口元は機嫌よく、まるで自慢するようにくいっと上がっている。ついでに言うなら、年上は少し照れくさそうだ。
ドンはどうしてこれほどダニーの機嫌がよいのかと怪訝な気持ちになりながら、もう開いている封を開けた。だが、便箋の内容は、ありきたりな礼状に過ぎない。
「マイアミのラボから?」
「そう。向こうの捜査官の一人に、カリーっていう、あ〜。見た目だけだと白痴かと思うほど美人な子がいるんだけど、その子が、マックの講演テープを欲しがって」
メールじゃなくて、手書きの礼状を送ってくるなんて丁寧な子だなと、ドンが凝った首を鳴らしながらダニーを見ると、ダニーはまさに、それだと、言わんばかりに輝く目を見開いた。
「そうなんだよ。カリーは美人な上に、礼儀をわきまえたいい子でさ」
失礼にも程があるダニーのカリーに対する形容の仕方から言って、多分、二人に面識はないのだろういうのがドンの予想だ。しかし、データー画面の認識写真で相当の美人らしい捜査官から手書きの手紙を貰ったからといって、恋に落ちるほど、ダニーは単純でもない。
「彼女、マックにまで礼状を送ったんだ。昨日の帰り、呼び止められて」
「これは?」
背筋を伸ばして水族館にも似た見通しのいいガラス張りのラボの中を歩くマック・ティーラーが、封筒を片手にダニーの肩を叩く。それまで定時に上がるため、どう今の仕事を処理してしまうかで気難しくなっていたダニーの顔は少し緊張する。けれど、彼は何気なさを精一杯装い、立ち止まってマックの手元を見つめたはずだ。
「あ、彼女、マックのところにまで礼状を送ったんだ。こないだのあなたの講演のテープが欲しいってメールが来たんで、テープと資料を一緒にして送っておいたんです」
ダニーは緊張を隠せず、頻繁に眼鏡を押し上げるくらいのことはしているだろう。図太そうな外見を裏切り、この捜査官は咄嗟の状況に弱いところがある。
「そうか。ありがとう」
きっと会話はこの程度のはずだ。マックは部下の時間を無駄に消費しようという人ではない。
けれど、これでだけ、ダニー・メッサーという人間は十分に嬉しいのだ。
ドンを見上げるダニーは、自慢するようにひらひらと封筒を弄ぶ。
「マックさ、俺のとこに最初に聞きにきたらしいんだぜ?」
ソファーに座りなおし、ドンの顔を両手で挟んだ捜査官は、急に、キスを仕掛けてきた。しかし、マックが最初にダニーに礼状の理由を問いただしたとして、それは全く効率的なやり方だとしかいいようが無かった。アメリカでも有数の捜査官であるマックの名には、彼がわざわざ引き寄せたダニー・メッサーの名がついて回る。そして、カリーというマイアミの捜査官がどのような立場の人間であれ、マックの部下で、グレード的に頼みごとをしやすい相手もまたダニー・メッサーなのだ。
けれど、部外者のドンですらすぐに思い当たるようなそんな当然の理由を、今、この科学者は、拒んでいた。
「マックさ、彼絡みのことだと、まず俺がやったかと思うんだぜ?」
いつもは面倒くさがるキスをサービスよく続ける唇は熱心で、いや、いつもと比べるならば、そこにはドンの機嫌を取ろうなどという意味合いはなくキスで得られる口内の淡い快感を、自分から求めてダニーはドンの頬を両手で包み込んでいた。
「……う、っン」
頭が切れるという理由からかもしれないが、普段、人を馬鹿にしたような表情を浮かべがちな目が、眼鏡の奥で伏せられている。そうすると、ダニーの睫の上で小さく震える瞼の薄い皮膚には、頼りないような色気がある。
ドンはキスを続けるダニーを抱き寄せ、自分の方へと引き寄せた。ソファーの上で、ドンへとなだれ込みそうな形に中腰に体を浮かせたダニーは、まだキスを止めようとしない。
ドンもダニーの唇を食べつくすようなキスをしながら、ダニーの体を自分の上へと引き寄せた。
一瞬、ダニーはそんな狭い場所は嫌だとでも言いたげな抵抗をしたが、キスを続けたままのドンがソファーに掛けなおし、背もたれに凭れかかる安楽を放棄して、長い足の間にダニーを閉じ込めてしまうと、すんなりとドンへともたれかかってくる。
ドンは、ダニーの温かな背中を抱きながら、まばらに髭の残った頬へと口付け、太腿の間で硬くなっているジーンズの前に手を伸ばした。ダニーは自分から腰を持ち上げるようにして押し付けてくる。
「ダニー、あんたさ、いつもどおりでいいの?」
ドンは、ジーンズの固い生地と一緒に勃起しているダニーのものを揉む。
「そうだな……」
挿入までのセックスも嫌いではないようだが、この捜査官は絶対にそれをねだらないと気がすまないというわけでもない。だから、快感に薄く口を開いた年上に、礼儀としてドンは尋ねただけだ。
だが、金髪の捜査官は迷うようにした後、目を反らすと、大概、あつかましい要求をだした。
「いいや、やっぱ、ドン。今日は、お前、俺のオナニーを手伝え」
さすがに思い切り鼻白んで顔を顰めたが、確かにドンは、普段と違う年上の様子からそんなことも予想していた。この犯罪科学者は、捜査現場で一緒になるだけの刑事を無理やりセックスフレンドとして確保しなければならない、気がおかしいような思い込みの激しさで、職場の上司であるマックを大事に思っている。
昨日の夕方、ダニーはマックに特別扱いされた。いや、たかが礼状の原因となった事柄をダニーの行為に起因するものだと容易に予想をつけたマックが声をかけただけなのだが、本人は、そう思いたがっていた。
「ドン、触れよ」
ごそごそと自分からジッパーを押し下げ、ダニーはドンの手首を掴むと、下着の中へと押し込もうとする。そこは、もう随分長いあいだ興奮していたのか、熱くなり下着をねとりと濡らしている。
ダニーはたったあれだけのマックの言葉に、密やかな快感を得てきたのだ。しかもマックに対する罪悪感から、それを自分ひとりでは楽しむことができなかった。だから持て余した興奮を、ドンへと押し付け、マックに感じる罪悪感を誤魔化し、楽しもうとしている。
年上の犯罪科学者は年下の刑事を思い通りにするため、首をねじりキスを仕掛けてくる。
「……な、ダン、好きだぜ? 気持ちよく、して?」
ドンは、込み上げたむかつきを飲み込み、犯罪を解き明かす科学的知識やひらめきばかりが山ほど詰まったダニーの頭を腕に抱いて、いくつかのキスを落とした。
そんなキスなど望んでいないダニーはじれったそうに顔を顰める。
下着から出したペニスを掴んで扱いてやれば、科学者はドンの肩に頭を預けて、瞼を閉じ薄く唇を開いた。
ドンの手が動きやすいよう開かれた太腿は、ドンの手がペニスの先に滲み出したカウパー液を塗り拡げるようにして包み込むように先を撫でてやれば、力が入りだす。
「……それ、気持ち、いい、かも」
ごくりと唾を飲み込んだ、ダニーの舌が唇をぺろりと舐めた。積極的に息を喘がせはじめる。
「かも、じゃなくて、いいんだろ。あんた」
ドンは、足の間に抱きこんだ体をもっと引き寄せ、Vネックのセーターの中へと手を入れた。
引き締まった腹を撫で上げ、鍛えられ膨らんだ胸を大きな手の中に納める。乳首はとうに立ち上がっていて、ドンは躊躇わずそれを掴む。
「……ぁっ」
「かわいい声出してんじゃねぇよ。ダニー」
ドンは腹の上まで捲られて、下腹部を覆う体毛を曝け出して腹で息をする犯罪科学者の耳を噛んでからかった。
ダニーは鼻や頬を赤くして、睫を震わせている。悔しそうに唇を噛んだ歯が白い。ドンが先ほど塗り拡げてやったばかりだというのに、ペニスの先には、ぷっくらといやらしい液体がまた溜まってしまっている。
「あんた、今日はすごく感じてるのな」
「ア、アっ!」
ドンは、手で扱かれるだけで腰を捩るダニーの乳首を指先で緩く抓った。ダニーが頭をのけぞらせて、ドンの肩へと擦りつける。
「どうしちまったの? こんな簡単に感じて」
ドンは、ダニーが閉じた睫の内側を潤ませている理由などわかっていて、ぴくぴくと硬く震えているペニスを扱いた。
ドンの手は、ダニーの頭の中では、きっとあのとても頭のいいアメリカでも5本指に入る犯罪科学者の手へと擦りかえられているはずだ。
いつもと全く違う上り詰め方をするダニーは、唇を何度も閉じて、はぁはぁと湿った息を押し殺そうとする。けれど、胸を揉まれ、ペニスを根元から丁寧に扱かれれば、口は大きく開き、濡れた舌が口の中で浮き上がる。
「ドン、いい。それ、すっげぇ、いい」
現場では不機嫌にすら見える冷静な顔をして、証拠を集めるマックの部下は、こんな時とても淫らな顔で、ドンを褒める。
ダニーの手が、ドンの太腿を掴んでそれを支えに腰を浮き上がらせた。尻に力が入り、突き出された腰が射精を求め始めたのがわかった。
ドンはペニスから手を離し、わざとダニーのわき腹を撫でる。
「なぁ、ダニー、あんた、自分だけ楽しむ気か?」
ダニーは首を捻って、しゃにむなキスをドンにした。こうすれば、若い刑事などなんでも自分の思い通りになるとこの捜査官は高を括っている。
「……後、な、後で、やってやるから、今は、いかせろ。……なっ」
舌を覗かせた口が、ただ、押し当てるだけの焦ったキスを繰り返し、太腿を掴んでいた手でドンの手を硬く勃起したペニスへと連れ戻す。
「いいッ!……イイっ!」
はぁはぁと胸を喘がせて休ませろと言った捜査官を、ドンはソファーに寝かせ直し、太腿に絡んでいたジーンズを下着ごと強引に脱がせてしまった。
ダニーがあまりにぎょっとした顔をするのに僅かに溜飲を下げたドンは、年上の上へと馬の乗りになりながら、自分のジッパーを下げる。
「後で楽しませてくれるって言ったよな? ダニー」
「……実は、今日は、ちょっと遠慮したいって、言うか……、くそっ! お前っ!!」
ドンは勃っているものを手に掴んで、ダニーの唇へと押し当てた。
いつもとあまりに態度の違うドンを訝しんでいるようだが、ダニーはいつもの気の強さで眼鏡の弦あたりに皺を浮かべ、ドンを睨む。
ドンにだってわかっている。
ダニーはマックから盗み取ってきた快感を反芻し、もう十分楽しんで射精したのだ。本当ならここで止めたいだろう。だが、ドンはこのまま止めたくなかった。
開いた口にドンが無理やりペニスの先をねじ込むと、首の辺りを先ほどの快感にしっとり汗で濡らしながら、ダニーは眼鏡の奥で見下げたようにドンを睨んだ。けれども、ドンが引く気を見せず、冷たく見下ろせば、さすがに身勝手な年上もしぶしぶ口を窄め、舌を使い始める。
しかし、いかにも投げやりだ。それでも、ドンはダニーの頭を撫でた。
「やる気になってくれたんなら、位置を変える。ダニー、一旦出せ」
これ幸いとばかりにダニーはドンのペニスを吐き出し、固く口を閉じた。
ドンは嫌そうにした科学者の顔を跨いで、彼の太腿を大きく開けた。自分の指を舐め、みっしりと肉をつけている尻を掻き分けると、きゅっと皺を寄せている穴の中へと指をねじ込む。
「ドン! お前っ、何考えてる!」
近頃慣れ始めたそこは、なんとか指を飲み込んだ。指は、熱く湿った内壁の感触を味わったが、深く潜り込もうとすると、きつい肉の締め付けに邪魔をされた。それでも、ドンはぐいぐいと強引に指を押し進める。
「ダニー。怒鳴るより他のことに口は使え」
「無理だ! 痛ぇって! ドン!」
「……指だけだ。それ以上はしねぇから、さっさとあんたは舐めろよ」
ドンの精液を口で受け止めさせられたダニーは、刺激を受けて物欲しさのある肛口と、もう一度勃ったものを放置したまま体を起こしたドンを不満そうに見上げた。
「……どうしたんだ、ドン?」
無理やりだったとはいえ、ドンの指で慣らされ緩んだダニーの後ろは、今なら、大きなドンのものでも受け入れることが可能だ。いや、実のところ、ダニーの尻は、ドンにしつこく弄られ、射精後の少しサイズの縮んだドンのペニスですら、入れて擦って欲しいと思うほどまで疼いている。
けれど、ドンは、ダニーの唾液で濡れたものをジーンズの中にしまいながら、結局着ないままだったポロシャツを頭から被った。
ドンは、問いかけるダニーに答えず、代わりに、腕時計を嵌め、それを示す。
朝食抜きのドンが、どこかの店により約束の時間にコートに辿りつくためには、そろそろ家を出なければならなかった。
中途半端な快感で体を重くしているダニーは、時計に、だるそうなため息を吐き出す。
まだ未練げな視線でドンの体を眺めるが、強い快感で一度満足した体は、さすがに無理をしてドンを押し倒すほどの欲求などない。
「しょうがなぇなぁ。行くか」
ダニーはジーンズに足を通しながら、ドンの肩を掴んだ。
ダニーは、機嫌を取るようにドンへと簡単に口付ける。
「なんだよ。出したくせに、何、怒ってるんだよ? 坊や? うん?」
END