男の名はボンド 〜ボロミアは死なない編〜
ボロミアは、オークたちに追われるメリーと、ピピンを見た。
その瞬間、考えたことは、助けなければ。と、いうただ、それだけだった。
襲い掛かるオークの槍が、小さなホビットを掠める前にと、必死に走った。
地面は、枯れた葉に覆われ、ボロミアの足を滑らせた。
ボロミアの手が、オークの槍を受け止めた。
ボロミアは、重く襲い来るオークを受け止め、ホビットたちの前に立った。
間に合ったなどと、落ち着く暇はどこにもなかった。
ボロミアは、背後のホビットの無事を見た。
その時、目の端に映った剣を振り上げるオークに向かって、小刀を投げつけた。
襲い掛かってくるオークを跳ね飛ばし、剣を抜いても、敵は数が多かった。
ボロミア一人で防ぎきれるものではなかった。
ゴンドールの角笛を取り出し、大きな音で吹いた。
敵に自分の位置を知らせることになったが、ボロミアは、仲間の救援がほしかった。
メリーとピピンを背後に隠しながら、ボロミアは、オークを切り伏せていった。
しかし、次々とオークは襲い掛かる。
繰り返し吹く、角笛の音が、森に響いた。
鼻を突く、臭気がボロミアに襲い掛かった。
また、一体、ボロミアは、オークを切り伏せた。
ボロミアの背後を突こうとするオークに、メリーが切りかかった。
ピピンも剣を振り上げ、ボロミアを庇おうとした。
オークの数は、多い。
「逃げろ!」
ボロミアは叫び、自分のマントの下を、ホビットにくぐらせた。
ボロミア自身は、オークの正面に立った。
足を開き、重心を低く構える。
ボロミアは、自分から、オークの臭いを感じた。
返り血で、べったりと体が濡れていた。
オークは、倒れる仲間の屍など、一顧だにせず、ボロミアへと襲い掛かった。
ボロミアは、ひたすら剣を振り上げた。
見上げる斜面、全てが、オークの群れだった。
ピピンや、メリーが背後から石礫を投げ、援護したが、それでなんとかなるものでもなかった。
獣の息遣いをするオークが、次々にボロミアへと襲い掛かった。
剣が、黒い血で滑った。
ラーツは、抵抗を続ける人間を見た。
勇ましく剣を振り上げてはいたが、あと、どれだけの間、剣を振り上げ続けていられるものかと、ラーツは胸の中で笑った。
人間の息は、上がっていた。
剣を振るう手が、遅れがちになっていた。
何度も、枯れ葉に足をとられていた。
反応が、鈍い。
ラーツは、無駄な足掻きを続けるかわいそうな人間を、楽にしてやろうと思った。
人間は、なかなかきれいな姿をしていた。
オークどもに、切り刻まれたのでは、惜しいような気がした。
ラーツは、弓を構えた。
人間は、目の前のオークを防ぐことだけで、精一杯になっており、ラーツの構えた弓矢には、気付いていなかった。
ラーツは、にやりと口元をゆるめた。
その時、
チュイン、チュイン、チュイン。という、耳慣れない音が、ラーツの耳を打った。
舞い上がるような風が、森の木の葉を吹き上げた。
大きな振動音が、瞬く間に近づいた。
ラーツの真上に、太陽を覆い隠す大きな物体が現れた。
ボロミアは、剣を持つ手も止めて、呆然と空を見上げた。
空には、見たことも無い、大きな鉄の塊が浮いていた。
羽らしきものが、すごい音を立てて回っていた。
聞いたこともないような音楽が流れ始めた。
デンデケ・デンデーンデンデンデン・デンデケ・デンデーンデンデンデン
デンデケ・デンデーンデンデンデン・デンデケ・デンデーンデンデンデン
チラッチャラー・チャラ〜、チャラチャラ〜ラ〜。
ものすごい大音響だ。
ボロミアの口は開いたままになっていた。
ボロミアは、目ばかりでなく、ぽっかりと口も開き、高速ヘリが中空で留まるのを見た。
ヘリのドアが開かれた。
ライフル銃を構えた男が顔を出した。
よくは見えなかったが、男は洒脱な雰囲気だった。
男は、すばらしくスムーズな動作で、ボロミアを狙っていたラーツへと照準を定めた。
ライフル銃が、火を噴き、飛び出した弾丸は、ラーツの額を射抜いた。
ラーツは、見開いた目のまま、どうっと倒れた。
その間、誰一人として、動けた者はいなかった。
あまりの事態に、動きを止めていたオークたちが、ラーツが倒れたのを機に、口々に雄たけびを上げ、剣を振り上げた。
ボロミアに切りかかろうとするものもいた。
ボロミアは、オークの剣を受け止めた。
その背を、銃で男が撃ち殺す。
ボロミアの周りにいたオークたちは、空からの狙撃に、次々を倒れた。
ボロミアの周りに、ぽっかりと空間が開いた。
足の止まったオークの群れの中、ボロミアに向かって、ヘリから、縄梯子が下ろされた。
甘やかな笑いを口元に浮かべた男が、ボロミアの側へと降り立った。
ボロミアは、ただ、呆然と、男の姿を眺めた。
見たこともない格好をしていた。
男は、鎧一つつけていない。
剣も持たず、しかし、ここにいるものの中で、一番強いのは、この男に違いなかった。
男の目は、愛しげにボロミアを見つめた。
「ダーリン、迎えに来たよ」
「・・・・私を?」
ボロミアは、周りを見回し、やはり自分しかいないので、男に向かって思わず聞いた。
男はにっこりと笑いながらうなずく。
男がボロミアに向かって、手を差し出した。
手を差し出され、思わずその手を握ってしまったボロミアは、ぐいっと引き寄せられ、男に腰を抱かれた。
「君の、悲しそうな顔なんてみたくないからね」
タキシード姿のジェームズは、ボロミアの髪に顔をうずめた。
愛しげにボロミアの髪を撫でた。
「きれいな金髪だ。柔らかな頬のラインもいいね」
甘い声で口説くジェームズに、オークが近づこうとしていた。
ジェームズは、振り返ることもなし、ホルスターの銃を抜いた。
ジェームズの銃が、オークをしとめた。
「さぁ、行こうか」
ボロミアは、ただ、目を見開いていた。
口もずっと薄く開いたままだった。
ジェームズは、思考が停止状態のボロミアを強く抱きしめ、縄梯子を上がり始めた。
途中、下を見た、ボロミアは、小さく震えた。
ジェームズは、ボロミアを更に強く抱きしめ、にっこりと笑った。
ボロミアの目が、何かを訴えていた。
ジェームズは、ボロミアを抱きしめる手を緩めず、山の斜面で大きく口を開けたまま、見上げているホビットに声をかけた。
「おちびさん達、君たちは、自分の力で登ってこれるだろう?」
ヘリの座席に納まったボロミアの唇は、真っ青だった。
額には、汗がにじんでいた。
「どうしたの?ボロミアさん。もしかして、高いところが怖いの?」
ボロミアの手は、メリーとピピンの腿を強く掴んでいた。
ヘリは、森の中で高度を上げていた。
操縦席のジェームズは、すこしばかり申し訳なさそうな表情で、ボロミアを振り返り、甘い声をだした。
「ダーリン。俺の腕を信じておくれ。君のお父上に、ご挨拶を申し上げたいから、ひとまず、ゴンドールに向かおうと思うんだが、それで依存はないかい?」
ボロミアは、何もわかっていないに違いないのに、ひたすらうなずいていた。
十分に高度を上げたジェームズは、斜面を覆い尽くすオークの群れに向かって、ミサイルを撃ち込んだ。
「君を傷つけようとするなんて、悪戯がすぎるからね」
スパイは、きれいにウインクを決めた。
ミサイルは、山の地形を大きく変えた。
爆発によって、掘り返された山肌には、オークの死体が、折り重なっていた。
ゴンドールの角笛によって、ボロミアの元へと駆けつけようとしていたアラゴルンが、ミサイルの余波により、ひっくり返っていた。
END
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