October.

 

 特殊装備課のドアが開くと白衣を着たカボチャ男がいた。

肩から上が三角の目と牙だらけの口を彫り抜いたオレンジ色のカボチャだ。

MI6きっての変人、特殊装備課課長の初めて見せた歓迎パターンにジェームズは付き

合いがまだ浅いのだなとしみじみ思った。

「俺の車は直したんだろうな。ついでに自分の頭もメンテナンスしろ」

アレックは一瞥もせずに通り過ぎ、課長の椅子に腰を下ろす。

「ガイ・フォークスよりハロウィンか」

腹に回した左腕で右腕の肘を支える何時ものポーズでジェームズが言う。

肯定の印にカボチャがゆらり、と上下に揺れた。

「子供の頃からガイ・フォークスよりハロウィンだ」

興味深げな目でカボチャの回りを一周したジェームズが課長のデスクに腰掛け、ステップを決めるダンサーの如く華麗に足を組む。

「その私がオーリに夢中になるあまり、ランタン用カボチャの種を蒔くのを忘れるとは!

おかげで今年は味気ない市販品だ。彼に似た愛らしいやつを作って持たせ、あのフレーズを言ってもらうのを夢見ていたのに。そんな思いと愛を込めて作ったヘルメットさ」

カボチャ男は静かに振り向いた。

「ジェームズ」

あきれて脱力した唇にタバコを押し込むアレックを無視し、出撃命令を下す将軍の如く腕を振り上げ、指先を突き付けるカボチャ男。

「今日の銃は?」

「コルト・ディテクティヴ・スペシャル」

カボチャ男は38口径か、と呟いてから巨大な頭部を左右に振った。

「撃ってみろ」

ホルスターをジャケットの上から撫でたジェームズは微笑んで唇の端を上げる。

カボチャは直径約50センチ、二人の距離は7メートル弱。

動いていても中心を撃ち抜ける標的だ。赤子の手を捻るより容易い。

だが、そうする事によって相手が怪我をする可能性より自分に被害が及ぶ確率の方が高いのをよく知っているジェームズの手はそれ以上動かなかった。

「俺が撃ってやる」

タバコを銜えたまま、アレックが片手でコルト・パイソンを構える。

細めたクールな瞳に見られた瞬間、ジェームズは無駄と知りつつおどけた仕草の中に若干本気を残して忠告の目線を送った。

アレックはイラついている証拠に狙いを定めてから唇を舐める。

引き金が引かれると2回音がした。

銃声と、弾が跳ね返る音だ。

跳ね返った弾は素早く身をかわしたアレックとジェームズの間を抜け、最後に作業場とを

隔てたガラスの砕ける音が部屋中に響く。

「計算通りじゃないな。射手の処へ戻るはずなんだが」

陽気な声で言ってカボチャ男は再度、頭を揺らした。疵ひとつないオレンジ色の物体は

二人の前で不気味にゆらりゆらりと動く。

「てめえ・・・・」

弾が掠めていった頬を撫でながらアレックが唸る。

「もちろん、斧ぐらいでは割れないんだろうな」

ジェームズは笑っている。

「当然だ。被り心地も良い。内部クッションは低反発枕とパウダー・ビーズを掛け合わせてみたんだが、安定性はなかなかだ。朝から被っていても疲れない。どうだ、ジェームズ

こいつとマオリ式挨拶をやらないか?」

「それを被ってなら」

「・・・・性能を全て試してみたかったのに」

カボチャ男が心持ち肩を落とした時、ドアが開いた。

「凄い、ヴィゴ!」

知り合って日は浅いが、付き合いが公私共に及ぶオーランドは愛の深さを証明するかの様に躊躇わずカボチャ男の後頭部へ微笑みかける。

「ハロウィンの準備だね?」

「マイ・ラヴ!!」

感激したカボチャ男が振り返った処には、駆け寄った恋人がいた。

オレンジ色の頭部がその額に激突し、鈍い音に続いてオーランドが幸せそうな笑顔のまま

床に倒れる。

「オーリ!」

カボチャの中から悲痛な叫び声が響く。

ヘルメットを外したヴィゴは顔面蒼白になって涙を浮かべていた。

「しっかりしろオーリ!死なないでくれ!!」

ぴくりともしないオーランドを抱き上げ、ヴィゴが見事な前傾姿勢とスピードで走り出て

いくのを見送った後、二人は床の上で転がるカボチャに目を落とした。

「どんな性能なのか、想像するのも御免だ」

顔を顰めたアレックは顎を擦って2本目のタバコを取り出す。

「心に留めておくべき事はひとつさ」

ジェームズがロンソンのライターを差し出しながら言う。

「ヴィゴ・モーテンセンには気を付けろ。特に10月は」

同時に叫ぶと二人は顔を見合わせて笑った。

 

               

               END

 

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