ランドリー
例え目を瞑ったままでも、大方の時刻を感じることはできる。
チェイスは、自分でセットした記憶のない時間に目覚ましのアラームが鳴り続けることを口の中で罵りながらシーツの中で体を反転させると、サイドテーブルへと手を伸ばした。
時計を掴みあげるには、自分とは別の体を一つ越えなければならず、途中、シーツで出来た山が穏やかな寝息を装っているのに気付くと、若い男は苦笑を浮かべた。
「おはようございます。ジャック。自分でセットしたんなら、自分で止めてください」
言葉尻と一緒に口からはあくびが漏れたが、もうチェイスの目は覚めていた。
だが、枕へと頭を戻す。
「迷惑ですよ。それにその眠り方はとても、嘘っぽいです。ジャック」
チェイスは、枕からずり落ちそうな位置でシーツの皺の中に顔を埋めて穏やかな寝顔を装う男の顔をもっとよく見たかった。
グレーのストライプに埋もれた柔からな色の金髪。同じ色の睫がうそ臭い寝息に合わせて動いている。
だがジャックは、チェイスの気持ちなど気付きもせず、躊躇いなく金色の睫を動かし、青い目を開けた。
「おはよう。エドモンズ」
「おはようございます。ジャック」
早朝だからというわけでなく、彼独特のしゃがれたジャックの声がチャイスを呼んだ。
姓で呼ぶことで、ベッドの片方で眠ることを許した相手をこんな時間であるというのにからかおうとする年上にチェイスは一瞬苛立ちを覚えたのだが、しかし、すぐ、気持ちを切り替えることが出来た。
シーツに埋もれた、まるで眠気を残していない上司の目をじっと見つめる。
長年、危険の多い任務に就いてきた習慣により、ジャックの覚醒は早い。勿論、チェイスが目覚ましのアラームを止めるより先に目を覚ましていたことは確実だ。
「何時に帰ってきたんです? ジャック」
「お前が寝た後だよ」
「そんなことはわかってます」
ジャックの目は、異様なまでに聡明だった。早朝にふさわしくない明確な精神活動を示している。しかし、それを裏切って、顔はむくんでいた。目の輝きに似合わない腫れぼったい瞼が今の時刻を表している。
正確を期するなら、現在の時刻は4時46分。まだ大抵の人間は、ベッドで幸せな夢を見ている時間だろう。
チェイスだって眠っていていい時間だ。
じっと見つめるチェイスの視線の中でジャックは何度か照れくさそうに瞬きした。
努力して微笑まない限り、不機嫌に見えてしまう口元に小さな笑みを乗せた年上は、腕を伸ばしチェイスの頬に触れてきた。
優しく、というよりは、拒絶されることを想定内に入れているかのように遠慮がちに触れていくジャックの手は、チャイスの頬を撫で、耳にも触れていく。
チェイスがその手を嫌がらずにいると、ジャックはベッドの中でもぞもぞと体を動かし、チェイスへと身を近づけた。
煙草のにおいが染み込んだジャックの体温がチェイスへと押し付けられる。
現場では、怒鳴り声ばかりの上司が、薄いパジャマの腰の辺りにある体温よりも更に熱いものを、躊躇いがちにではあるものの、はっきりわかるだけチェイスへと押し付ける。
やはりね。
CTUの現場担当として、毎日のトレーニングは欠かせないものであり、マシーンでのランニングを行うために、ジャックが早朝に目覚ましを掛けることは別段何の不思議もないことなのだが、それをわざわざチェイスに止めさせることはイレギュラーなことだった。
チェイスの隣に眠る人は、いつか起こり得る危機の日に自分が満足できるだけ動けるよう日々のトレーニングを続けている。それには、励ましや、観客は必要なかった。ジャックは、チェイスが目覚めるより早く目覚ましを止め、一人黙々とトレーニングを開始する。
夜、トレーニングすることが出来なかった時には、チェイスもそれに付き合うが、誘い合うようなことはしたことがなかった。
やはり、ジャックには、チェイスに目覚ましを止めさせる理由があった。端的に言えば欲望が。
チェイスが、この先に何をどうして欲しいのか、それを尋ねるためにジャックの表情をうかがうと、チェイスの顔から拒否のないことをすばやく読み取ったジャックがもっと体を押し付けた。
モスグリーンのパジャマを着た上司は、チェイスのTシャツの肩へと顔を埋め、押し殺しきれなかった息を吐き出しながら眠ったままのチェイス欲望を起こそうと下肢を擦り付ける。
ジャックのものは、もうとうに固くなっていた。
柔らかなチェイスのものにも同じだけの固さを求め、ジャックは薄いパジャマの布をチェイスの短パンへと擦り付ける。
性急な恋人の様子は、チェイスに苦笑を浮かべさせたが、だからと言って若い男の欲望に火をつける邪魔をすることはなかった。
チェイスは、徐々に固さを増しつつある自分のものをジャックへと押し付け返してやりながら、恋人の肩へと腕を回し抱き寄せる。
ジャックはチェイスにたわいなく抱き寄せられ、肩へと埋めたままだった顔を甘えるように擦り付けた。
ジャックの額を湿らせていた汗が、チェイスのTシャツへと染み込む。
二人は、しばらくお互いのものを擦りつけあっていたのだが、それだけではチェイスの年上には物足りなくなったようで、ジャックの手がチェイスの短パンの中へと忍び込んだ。銃を握ることを前提として暮らす人間の手としては、上品すぎる作りだといわざるを得ないジャックの手がチェイスのペニスを握る。
「……サービスがいいですね」
チェイスは、少し荒くなりつつある自分の息を意識しながらジャックの耳へと囁いた。
ジャックの耳は赤く染まっていた。正直なジャックの肌は性感の高まりを隠すことができず、見境なく興奮した時のジャックは、胸も肩も、顔さえも肌を赤に染め上げる。
「ダメなのか……?」
ちらりとチェイスを見上げたジャックは、額までもが赤く染まっていた。肌はもう新たな汗をかいている。
「ダメってことでは、勿論ないです」
ジャックの手は、チェイスのペニスを扱き、勿論それだけでは満足いくはずもなく、自分のパジャマのズボンをごそごそと脱ぎ始めた。チェイスにも短パンを脱ぐよう目で促し、しかし、チェイスは、今ならばどんなことでもしてくれそうな年上に気付いていたので、少しだけ腰を浮かすだけに留めた。今はそれを不満に思うだけの余裕もないのか、ジャックはチェイスの腰から短パンを下ろしていく。
「……っぅん……っ」
お互いのものを直に擦り合わせると、ジャックは小さな呻きを漏らした。
ぐいぐいと腰を押し付けてくるジャックは、チェイスの顔を見るだけの余裕もなく、Tシャツの肩に顔を埋めたまま、夢中になって腰を動かす。ねっとりとした液体がチェイスの腹を濡らしていた。汗よりも濃くジャックの体臭を匂わす液体は、途切れることなくチェイスの腹に塗り広げられていく。
チェイスは、金色の髪へと口付けた。
欲望に正直なかわいい年上をぎゅっと抱きしめ、何度かキスを繰り返す。
そんな甘いチェイスの行為に応える余裕のないジャックの手が自分のペニスとチェイスのものを一纏めにして扱き出した。
「……っは……っ……ぅっっはっ……」
早すぎる息の音に混じって、ジャックは声を漏らした。
掠れたそれは、押し殺されてはいるものの、しかし、ジャックとチェイスの間にある距離は誰よりも近いのだ。チェイスには、焦りすぎのため渇く喉に、ジャックが唾を飲み込む音さえ聞こえている。せわしない心臓の音さえも。
チェイスは、シンプルに快感を追求する行為はジャックに任せ、汗でしっとりと湿ったジャックのパジャマの背中を撫でていった。トレーニングを欠かさないジャックの背中は、美しく筋肉が発達している。
引き締まったそれは、愛情深く触れられることに対してとても敏感で、チェイスの腕のなかでジャックの体が震えた。
「こんなのにも感じるんですか?」
チェイスの声に、ジャックが顔を上げた。
「パジャマが汗で湿ってる」
チェイスはせいぜいいやらしく唇へと笑いを乗せた。すると、ジャックは何かを言いたげにしたものの、笑ったチェイスの顔を瞳に映すと、結局何も言わずに目を伏せてしまった。ペニスを扱く手は、動きを止めなかったものの、態度は先ほどまでよりずっと躊躇いがちでぎこちない。
「俺、さっきまでの方が気持ちよかったな」
率直な感想をチェイスは口にした。ジャックが動きを止め、また顔を上げた。年下がサービストークのつもりで口にした言葉はジャックの癇に障っていたようで、薄い唇が低い声を出した。
「……チェイス、俺を馬鹿にしたいのか?」
下降した機嫌にジャックは瞳を鈍く光っている。
「違います。そんな訳ないでしょう?」
チェイスは腰を動かし、ジャックの手を濡らしている自分のペニスでジャックのものを刺激した。そして、機嫌悪く曲がってしまった薄い唇へとちゅっと口付け、パジャマの上から年上の腰を撫でまわしていた手で、尻を掴む。
「ジャック、あなたがどこまでしたいって思ってるのかはわかんないですけど、俺は当然ここでさせて貰えるもんだって思ってて」
「……っ!」
大きく広げるように尻肉を掴み上げられ、ジャックは息を飲んだ。
逃げようと体はもがいたが、チェイスは痛いほど強く掴んだ尻の肉を放してはやらない。逃げ惑う腰の動きはお互いのペニスを擦り合わせていた時の刺激と変わらない快感だった。次第にジャックの動きが逃げるのとは別の目的で動くようになる。
「ねぇ、ジャック、暑いんでしょ?パジャマ、脱いで?」
チェイスは、チャックの耳を息でくすぐるほど近く唇を寄せた。
ジャックは、迷う表情でじっとチェイスの目を見つめた。
が、ゆっくりと目を反らす。
金色の睫が青い目に影を落とすまでの短い間にどれほど多くの思考をし判断を下したのか、ジャックでないチェイスには推し量ることなどできない。しかし、ジャックが欲望に引きずられる形で結論を選んだのは、明白だ。
「チェイス……俺は……、そこまでの、気は、なくて……」
ジャックは、チェイスの望むセックスを受け入れることに対する躊躇いで瞳を揺らめかせる。
「そうですか」
だが、チェイスが一つボタンを外してやれば、ゆっくりとではあるものの、ジャックは自分でパジャマを脱いでいくのだ。
モスグリーンのパジャマの下から現れた鍛えられたジャックの体は、やはりセクシーだった。きちんとパジャマを着て眠るなどといった上品ぶった習慣を身につけているのが笑えてくるほど、ジャックの体にはワイルドな色気に満ちている。胸から下腹へと繋がる体毛が彼の体を更に魅力的にさせている。
チェイスは、ジャックがパジャマの上着を脱ぎ捨ててしまうと、よく発達した年上の腰を掴んで、仰臥した自分の体の上へと引き吊り上げた。
「じゃぁ、まず、俺の上で動いて、もう少し俺のこと楽しませて貰おうかな」
ジャックは、一回り以上も年下の相手からまるでかわいらしい女の子のように扱われ、ぽかんと口を開けたままチェイスを見下ろした。だが、チェイスはにこにこと楽しげにしながらジャックが動き出すのを待っている。
「ねぇ、してくださいよ」
チェイスは本気だ。
チェイスに促すようにじっと見上げられて、ジャックは何度か瞬きをした。頷きに近い小さく顔を上下させる動作によってチェイスの視線を避け、年上は傷ついたような表情で躊躇い続ける。チェイスは更にジャックを促すため顎をしゃくった。
「チェイス……あの……」
ジャックはチェイスの要求を実行することが恥ずかしかった。それと同時に年下からこんな恥ずかしい要求を突きつけられる理不尽さで胸の奥がちりちりと毛羽立つのを感じていた。だが、今朝の年上はどうしてもセックスがしたかったのだ。だから、ここでチェイスの要求を拒み、セックスが中止になることを恐れていた。そして、もしこの要求を呑みさえすれば、朝からは避けたいアナルセックスなしで気持ちよさだけを味わうことができるかもしれないと、頭の片隅で計算している。ジャックは瞬きを繰り返す躊躇い深い顔のまま羞恥とそれを天秤にかける。
「ジャック」
チェイスはジャックの唇へと口付けた。ジャックは吸い返す。
正直に言えば、今、ジャックは、チェイスの快感などどうでも良くて、自分が気持ちよくなりたいだけなのだ。夕べから続く欲求は激しく、ジャックは自分でもその衝動を制御できないでいた。ジャックは、今、手軽で気持ちのいいセックスがどうしても欲しい。キスを返しながらジャックは上手いやり方を探している。
チェイスは、ジャックの薄い唇をペロリと舐めて、いつまでも続きそうなキスを打ち切ると、また、ジャックをじっと見上げた。
「……チェイス」
ジャックは瞳にあった躊躇いを哀願へと上手くスライドさせ、年下が気分を害することなく馬鹿馬鹿しい要求を取り下げるようチェイスを見つめた。
だが、
「しないつもりなら、もう止めましょう。ジャック」
チェイスはきっぱりと言った。ジャックは目を見開く。
「馬鹿……、お前」
二人のペニスは固くなり先端はとろりと濡れて下腹を汚しているのだ。やめるなんて真似はジャックの選択肢にはない。
「俺が、ですか?ええ、まぁ、馬鹿です。じゃなきゃ、セックスしたさに5時前に部下をたたき起こす上司に付き合ったりはできないでしょ?」
チェイスは、さぁ、と、もう一度ジャックに顎をしゃくった。
「どうします?やります?それともやめる?」
強い視線に、ジャックは完全に目を反らした。
「……チェイス、その、……俺のことを見るな」
たまに、ジャックの羞恥は痛みを伴っているのではないかとチェイスは思った。痛いような表情の年上は、睫の落とす影が痛ましい。
しかしその時のチェイスが思ったのは、そんな情緒的なことではなく、何故この人はこんなことでこれほど恥ずかしがるのか?という疑問だった。チェイスが求めたのはたかだか体の上に乗ってペニスを摺り合わせろということだけだ。いままでだってジャックはチェイスへと勃ち上がったペニスを押し付け、散々腰を振って盛っていたのだ。たまに、ジャックはチェイスにとっては不可思議で仕方のない事柄に対して、激しい羞恥をみせる。チェイスはこの強面の男に、死亡した元妻とのセックスは彼女の好みで女性上位の体位ばかりだったのか?と、尋ねからかってみたくなる。
しかしチェイスは、勿論その言葉を飲み込んだ。チェイスは、確かに、ジャックが羞恥だけでなく年上の言いなりになる不快感からも要求に従うことを躊躇っていたことに気付けぬほど若いが、どんな時だって最善の判断を選択するジャック・バウアーの相棒なのだ。
「じぁ、見ません。その代わり、ちゃんとやってください」
ジャックは、躊躇いながらも小さく頷いた。チェイスはそれを認めると、ジャックの胸へと顔を寄せ、乳輪の周りを囲む柔らかな体毛を舌で舐め、そのまま小さく立ち上がっている乳首を口に含む。
「……っぁ」
口に含んだ柔らかな乳首を、ぴちゃりとチェイスが舌先で舐めると、ジャックは甘い声を小さく聞かせた。無意識だろうが胸を突き出し、続く刺激を待っている。
期待に応え、チェイスは舌で包み込んだ乳首を吸い上げてやりながら、優しい快感を楽しんでいる上司を見上げた。残念だが突き出した顎に邪魔され、瞑ってしまっているらしい瞼の先で金色の睫が震えていることくらいしか見ることができない。しかし、息の音からしても、ジャックが緩く口を開け、恍惚と快感をむさぼっているのは間違いなかった。
「ジャック。俺にもして欲しいんですけど」
約束を履行せず、自分だけ楽しみ、いつまでも動き出そうとしないジャックの股間に、チェイスは自分のペニスを擦りつけた。
チェイスがお互いの下腹を合わせるように腰を蠢かし促すと、ジャックの口が「……あっ」という形に開かれた。暫くチェイスがジャックを楽しませていると、やっと上司はチェイスにも楽しむ権利があることを思い出したようだ。性感の満足を表現する形に開かれたままだった口を一旦瞑り、自分に課せられた努力を遂行し始めた。
ジャックの熱いペニスが、何度も、何度もしつこくチェイスの下腹へと押し付けられる。ねちゃりと音がした。
熱心に腰を動かすジャックの唇は、また、だらしなく開かれていく。
「気持ちいいですか?」
「……」
ジャックは返事をしなかったものの、伏せられた目の目元はすっかり赤くなっていた。腰の動きだって恥ずかしくなるほど熱心で、彼が嫌がっていたこの行為から快感を得ていることは十分に見て取れた。捲りあがったチェイスのTシャツの裾は、ジャックのものからあふれ出した先走りで所々濡れている。
「……チェイス、あの……、やはり」
擦り合わされる下半身の刺激に快感を感じながら、ぷっくりと膨らんだ乳首をチェイスが夢中になって嘗め回していると、ジャックの低い声がチェイスを呼んだ。
「何ですか? ジャック」
口を離したジャックの乳首は、片方だけが色を濃くして濡れており、チェイスはそのことにとても満足だ。
「あの……チェイス、悪いがこのまま」
汗で肌を艶めかせているジャックは、あがってしまっている息と一緒に続きの言葉を飲み込み、言葉を濁した。
言葉の最初は、確かにチェイスの顔を見ていたが、言葉が続くと視線は逃げ出す。
勿論チェイスには、ジャックが濁した言葉の続きを読み取ることができた。だが、チェイスが説明の少ない身勝手な年上の要求を聞き入れるのは、犯罪現場のみだ。特に今朝は受け入れられない。
「俺にもこのまま出せっていうんですか? ずるいですよ、ジャック。ゴリゴリになってるあなたのペニスが、いますぐいきたがってるのは知ってますけど」
チェイスは、ジャックのペニスへと手を伸ばし、固いそれをぎゅっと握った。
ジャックは、はっと息を漏らし、せつなそうに腰を揺すった。
「いや、……チェイス。それだけじゃなくて」
ねだりがましい体を持て余しているくせに、ジャックは視線をそらし、チェイスが待っても十分な説明を始めはしない。
仕方なくチェイスは、上司に代わり恋人とのベッドを楽しむための努力を惜しんだ全くロマンティックでない昨夜のジャックを言葉にした。
「するつもりがなかったから、汚れる?」
ジャックは、躊躇った後、頷いた。チェイスの両脇へと手を付いたままのジャックが許しを請うようにチェイスを見下ろす。
「……だから、今日はやめておいたほうがいい」
「俺のこと舐めてますね」
チェイスの声は唸るように低かった。ジャックの腕の中にいる若い男は、主人のためによく走る猟犬に似た従順さと俊敏さを持ち合わせていた。だが、チェイスの特性は勿論それだけでない。男は、捕らえた獲物に牙を立てることを躊躇わぬ獰猛さも兼ね備えていた。
だからこそ、ジャックの相棒を務めているのだ。そうでなければ、誰がこの男をCTUへと推薦するというのか。
「チェイス……チェイス……チェイス」
チェイスの様子が変ったことをすばやく察したジャックは機嫌を取るつもりなのか、あやすような甘えるような優しいキスをチェイスの頬へと何度か繰り返す。
だが、チェイスは、そんなことでは許すつもりにはなれなかったため、顔を背け、キスを拒んだ。
「カジュアルにすませたかったから、わざとですよね。あなたは、トレーニングの時間までの15分、自分が気持ちよくなりたかっただけだ」
「……いや」
「アナルを使ったとしても後5分で済ます事だってできますよ?」
チェイスの手が、きつくジャックの尻肉を掴んだ。
とっさに、ジャックはチェイスを睨みつける。
全く引くつもりのない年下の強い視線に、ジャックの口元は苦く歪んでいた。射精前の逸る気持ちに降りかかる面倒な問題は、次第にジャックを苛立たせつつあった。ジャックにはこのタイミングでごちゃごちゃと煩いチェイスが、腹立たしい。
「ジャック。朝っぱらから怒鳴らないでください」
切れそうな獰猛さが瞳にちらつき始めた年上に、チェイスは立場を思い知らせた。
「ジャック。今日のチャンスを俺が喜んでばかりいるとでも思ってるんですか? 今日は、どこをどうみても、あなたの方が悪い」
チェイスは、ジャックがこんなにもセックスしたがる訳も、異様なまでに目が澄んでいる訳も、全部わかっていたのだ。
『麻薬』
ジャックは麻薬の常習から立ち直れずにいる。
リハビリ施設も、更生会も、リハビリプログラムも、全部「大丈夫だ」と、撥ねつけたくせに、未だ結果は得られていない。
薬が効いていない本来のジャックの寝顔は、疲労に満ち、苦しそうなものなのだ。
勿論、薬に体力を奪われているから、セックスだってしたがらない。
「ジャック。シーツが汚れたら、俺が洗います。指でかき回されるのがごめんだって言うんなら、それもしません。勿論ゴムは嵌めます。……それでも、まだ、文句がありますか?」
チェイスは、自分の上に乗っていた体を上手く体の下へと引き込み、ジャックを見下ろした。
機嫌の悪いジャックの目は逃げていく。
「ジャック、あなただって、自分の置かれた状態がわかってると思いますけど、俺も、……わかってるんです」
チェイスはジャックの顎を捕まえ、視線を捕らえる。ジャックは顎を振って自分の自由を取り戻した。
だが、頑なに息を詰めていたジャックは、チェイスの言葉を理解した。
はぁっと、息を吐き出す。
「……チェイス」
未だ麻薬を絶つことが出来ないという罪を暴き出され、ジャックの顔に明らかな安堵が広がった。額ににじんだ自分の汗を拭う。
「……すまない。……悪い」
おもねる様なジャックの目は、チェイスを見上げる。今度はチェイスが視線を合わせなかった。
「いいえ。俺に謝ることはないです。俺も、病院へ強制的にあなたを放り込む法的な手続きを放置してますが、それを理由にCTUを辞職するつもりになれませんから」
「……それは、俺が頼んだから。チェイス、お前は悪くは」
「わかってます。でも、俺、あなたへの影響力を少しばかり過信していたようだ。それを、改善する必要を感じています」
チェイスは、ジャックと話しながらも、サイドテーブルの引き出しを漁った。
「あなたは、もう少し俺を尊重出来るようになったほうがいい」
チェイスが引き出しの中から取り出したものを見て、ジャックは顔を顰めた。
「チェイス。それは、嫌いだと……」
「優先順位に従ったまでです、ジャック。それとも汚れてる尻の穴、俺の指でかき回されたいんですか?」
「だから、したくないと……」
チェイスが手に乗せているものは、オモチャの銃だ。プラスティックでできたそれは、子供が水遊びで使うオモチャのように透き通り中身を覗かせたりはしないが、中に入っているものは、アレと同じに液体だ。確かに、水と比べれば中のソレは少し比重が重い。けれど、体温に溶けてしまえば、とろとろと頼りない。
「冷たい。気持ちが悪い。あなたが、そう言ったことも覚えてますけど、これだったら、指で塗り広げてやらなくても奥まで濡らすことができますから。……仕方がないですね」
チェイスは、ジャックの足首を掴み、大きく足を開かせた。
「チェイス!」
チェイスの指は、引き金にかかっている。
ジャックは体を返そうとしたが、チェイスがジャックの足を容赦なく捻り上げ、年上に奥歯を噛ませた。
チェイスは、睨んでいるジャックを知っていたが、銃口をジャックの尻穴へと押し当てる。
「これ、結構奥まで入り込むから嫌なんですよね? でも、こんな時には、これ以外にちょっと見当たらないほどちょうどぴったりの道具じゃないですか」
濡れていない尻の穴をプラスティックの銃で抉られ、ジャックはチェイスの腕に指の形が残るほど強く握って引き剥がそうとした。
「ジャック」
チェイスは引き金を引いた。
「……っつ!!」
ジャックは、体の奥へと浴びせかけられた潤滑剤の感触に背をこわばらせた。粘膜で感じる飛沫の刺激は強烈だ。その感覚だけに囚われ、一瞬何が起こったかわからなくなる。その後には、腹の奥底から腸内全てがゼリーで一杯になったような違和感だ。すぐに起こる排泄欲求。
「チェイス。やめろ。チェイス!」
「指で準備させる気はないんでしょう? だったら、十分濡らしておかないと、今日一日仕事になりませんよ」
「俺は、しないと、言ってる」
「俺は、すると、言ってるんです」
チェイスは、ゼリーで濡れた尻穴に銃身をねじ込み、もう一度引き金を引いた。
ジャックの体内を満たすゼリーが新たに押し出されたゼリーの圧力で更に奥へと流れ込む。
尻の穴は銃口を無理やりねじ込まれ、引きつり赤く色づいていた。
ジャックは不快感と屈辱で目尻へと涙を浮かべた。だが、チェイスは容赦なくもう一度引き金を引く。
「ジャック……」
オモチャのピストルが一回に発射できるゼリーの量は、ジャックが感じているよりははるかに少ない。チェイスとしては、年上の恋人に怪我をさせることだけは避けたい。
「ジャック。足を離します。それから穴の表面にゼリーを塗ります。このまま俺が突っ込んだら切れる。わかりますね」
「やりたいんだろう! さっさとやればいい!」
「ジャック!」
怒鳴り合い、睨みあうことになった二人は、結局、「わかりました」と言ったチェイスの言葉を契機に視線を反らした。
チェイスは無言のまま自分のペニスにゴムを嵌め、ジャックに向き直る。
しかし、ジャックは横を向いたまま体を丸め、チェイスを見ようとはしなかった。
「……ジャック」
強情な年上は、チェイスを傷つけた。しかし、チェイスは自分で決めた手順を省いたりはしなかった。
「ハニー、いい子だから怒らないで」
チェイスはベッドでのみ許される呼び名でジャックを呼び、ジャックの腰を撫でそこへキスをすると、自分の手のひらに溜めておいたゼリーを盛り上がった尻の間へと塗りつけた。プラスティックの銃で弄られ、薄赤くなっていた皮膚が、ゼリーで濡れる。
嫌な顔を隠そうともしないジャックを抱き上げ、チェイスは彼を四つん這いにさせた。
「入れますよ。ジャック」
ジャックは返事をしなかった。結ばれた唇は一生開くことがないのではないかというほど口角が下がり、力の抜けた瞼は不機嫌そのものだ。
だが、片方の腕でジャックの腰を抱いたチェイスは、尻肉を掴んで大きく開かせ、予告通りペニスの先端を濡れた穴へとねじ込んだ。
「……っぅ…っくっ」
固いもので無理やり尻を開かされる苦しさに堪えきれず、さすがにジャックが呻く。ジャックの肩には力が入っていた。太腿もこわばっている。
しかし、チェイスは速度を緩めず、ジャックの中へと侵入を続けた。ジャックの中の熱い肉は、ずぶずぶと入り込むチェイスを飲み込んでいく。たっぷりと表面にまで塗り広げられたゼリーが、異物の挿入を可能にしていた。確かに、ジャックは摩擦による裂傷を負うことない。しかし、代わりに入り込んでくるペニスを拒むことも出来ず、その重量に苦しむことになる。
「……くそっ!……っ!」
ジャックが歯を剥いてベッドを打つ。
チェイスは、自分のペニスが鍛えられた尻の間に埋まっていく刺激的な光景を楽しみながら、恋人の引き締まった尻を撫でた。
「ハニー。落ち着いて」
半ばまで埋まったものに、一旦息を吐き出すと、チェイスはジャックの腰を引き寄せ、いきなり根元までペニスを押し込んだ。
「っっ!!!」
ジャックは息を飲んだ。チェイスは、ジャックの状態を考慮せず、まろやかな筋肉をこわばらせている尻へと鋭くペニスを抜き差しする。
「ジャック……」
チェイスは甘い声でジャックを呼び、彼のペニスを握った。
「ジャック。落ち着いて。ほんとはそれほどきつくないはずですよ。あなたが興奮してたから、穴だって緩まってたし」
チェイスは、固いままだったジャックのペニスを扱いた。今にもいきそうなそれは、一度出してやっても、まだ固さを保っていそうだ。
チェイスに早いテンポで内も外も快感の在り処を擦り上げられているジャックが、急激に高まる性感に喉を反らして喘ぎだす。
「チェイス……っ、っぁ……チェイス!」
「とりあえず、出させてくれ。でしょ。ジャック」
ジャックは何度も強く頷いた。自分から尻を突き出し、腰を揺する。チェイスはジャックの望みをかなえてやるため、抉るように腰を動かす。一、二度の突き入れで、ジャックはシーツを強く握り締め、ぐちゃぐちゃにした。
「ジャック。ここがいいの? いきそう?」
年上は、背中も項も真っ赤だ。
「んっ!んっ!」
正直に何度も頷く。
「ジャック。……俺も気持ちいいです」
チェイスを締め付ける肉は、とろけそうなほど柔らかった。
中のうねりはどれほどジャックが感じているかをチェイスに教える。
「チェイス!っ……んっ!チェイスっ!」
ジャックはチェイスの名を連呼する。
「いく? ジャック」
「っ、ぁっいく……っあ!」
チェイスの手の中のペニスが酷く強張った。
射精の近いジャックはチェイスの動きについてこられない。
「んっ、ぁっ!あっ!あ!」
チェイスは揺ることも出来なくなった白い尻をがっしりと掴み、強くペニスを打ちつけ、ジャックを快感の高みへと追い上げた。
「っん……いくっっ!! っぁあああ!」
大声を上げ、体を震わせたジャックの精液がチェイスの手を濡らす。
最初の飛沫がシーツにべとりと付着し終えても、まだ、精液はあふれ出す。チェイスはジャックの気が済むまで、ペニスから絞りだしてやる。
「……はぁ……」
詰めていた息を吐き出し、体の強張りを解いたジャックの肩へとチェイスはキスを落とした。
肩は息をするのに合わせ、大きく上下している。
「ハニー。気持ちよくいけました? 少しは機嫌が直りましたか?」
チェイスが唇を押し当てたジャックの肩は汗をかいていた。振り返ったジャックの目も、涙の余韻を残して潤んでいる。
すぐに、というわけにはいかなかったが、ジャックは小さく頷いた。射精への切羽詰った欲求を果たしたジャックは、先ほどに比べ、穏やかな顔だ。
だが、チェイスに散々かき混ぜられたジャックの尻穴は、中のゼリーをこぼしながらも、まだ、チェイスのペニスを強く噛む貪欲さだった。ジャックの予告どおり、尻を伝うゼリーは少し汚れている。しかし、ジャックもチェイスも今はそのことよりも余程気を奪われていることがある。
一度出したはずだが、ジャックのペニスはまだ固い。勿論、気持ちよくジャックの熱くて赤い粘膜で締め付けられているチェイスのペニスはガチガチだ。
チェイスはジャックの背中へと覆いかぶさり、赤くなっている耳元で囁く。
キスを求めて、ジャックが首をねじる。
「チェイス、キスを」
「じゃぁ、今度はゆっくり楽しみましょう。異存はないでしょ?」
だが。
「気はすんだか?チェイス……」
事が済むとジャックはため息と共にベッドから体を起こした。ベッドの縁から足を下ろし、年上は手のひらの中に顔を埋める。暫くの間性質の悪い言葉で自分とチェイスを罵り、顔を上げた。ジャックは、ベッドから立ち上がり、ドアを出て行く。ドアはいつも通りカチャリと小さな上品な音を立て閉まる。その間、ジャックは、ベッドに横になったままのチェイスには一度も目をくれない。
ベッドに取り残された年下は、そんなジャックの態度に対する心の痛みを唇で小さな笑みにした。そのままもう一度眠ろうかと思ったが、眠気は訪れない。
チェイスはジャックとの約束を思い出した。
ジャックが言った通り、シーツは汚れた。薄く広がる染みをこのままにしていては、今晩、ジャックの機嫌は最悪なものとなる。
気持ちを切り替えたチェイスは勢いよくベッドの上に跳ね起き、乱暴にシーツを丸め、廊下へと出る。
「ジャック」
僅かの間にシャワーを浴びたらしいジャックは、髪をぬらしたまま、リビングの片隅においてあるランニングマシーンに乗ろうとしていた。外から声いきなり掛けられた声に、ジャックは驚いて顔を上げる。
そして、シーツを両手に抱いたチェイスと目が合い、顔を上げてしまった自分に舌打ちする。
「ジャック。俺とのセックスの回数が少ないことを薬を使ういい訳に使うのは止めてください」
「何?」
ジャックはチェイスの言葉を理解するには至らなかったようだ。だが、理不尽だということだけは察知したらしく、顔を顰め、チェイスを睨んだ。チェイスは、あれだけのセックスの後、まだ真面目にトレーニングしようとするジャックに呆れている。
「夕べ、薬を打つ前、一瞬でもそのことを考えませんでした? でも、これからは、俺を理由にすることはやめてください」
「してない」
ジャックは、チェイスから視線を外し、不機嫌そのものでマシーンの上へと乗った。スイッチを入れる。さすがだ。走るフォームは崩れていない。
「ジャック。俺はセックスをさせてくれなくても、あなたのことを愛してるって言ってるんですよ」
チェイスはそれだけ言うと、シーツを持ったまま洗濯機のある地下へと向かった。
足音の乱れたチェイスの年上が、唸る。
チェイスは、シーツを洗濯機に放り込んだ。
END