こういうのはどうですか?
「ジャック……」
耳元に寄せられた唇が、他の誰にも聞こえぬほどの声で名を囁き、ジャックの体はぶるりと震えた。
「ジャック、これ、どうしたんです?」
「……」
ジャックの体はコンクリートの壁へと押し付けられ、背中を慣れた体温に抱かれていた。尻へと押し付けられているものは固い。辺りはまるで目の利かぬ暗闇で、余計に背中を抱く体の温かさが感じられた。ジャックが返答に困るのを、耳へと押し当てられた唇が笑っている。
「怒らない。ジャック。嬉しく思ってるだけです。僕のだってほら、わかってるでしょう?」
口を憮然とつぐんでいるが、ジャックは怒ってなどいない。どう答えようかと困っていただけだ。けれど時間を惜しんでイラついてはいた。それとわかる固いものを押し付けながら、ただ、体を撫で回すだけのトニー手は胸を抱くように拘束しているくせに、焦らすように撫でるだけで、蹴ってやろうかと足を動かしかけると、敏感に察して、一瞬動いた腕が足を止めかけた。だが、それもただの威嚇だとわかると、太腿を撫でるようにしただけで止まってしまう。
「トニー……嫌だったのか?」
無理を通した自覚のあるジャックは、暗闇のせいで色の見えないトニーの目を覗き込むように、首をねじってキスを求めた。薄いジャックの唇が近づけば、トニーは情熱的に唇を捕らえに来る。
「そんなことはないですよ」
せわしなくキスを交わす音は広く響いて、ここが職場の武器庫だということをジャックに思い出させた。
地下にある武器倉庫は、トニーが選んだ場所だった。精密な銃器類を管理するため、室温は低い。馴染みの油と鉄の匂いが、ジャックに安心感を与える。ここの闇の深さも、ジャックは嫌いではなかった。ガチャリとドアが閉じてしまえば、ここには全く光がない。目が暗さに慣れるまでは、一歩前に進むことも困難だったが、ここの配置に慣れたジャックにとって、火薬類の置かれた奥へと進むのはそれほど難しくない。この場所を選んだのはトニーだったが、ジャックは、ここに不慣れな彼のため、手を引いて奥へと進んだ。ここは、万が一、誰かがドアを開けたとしても、危機管理のため照明の電源は扉のすぐ近くにはなく、目が慣れてやっと照明を点けることが出来る。
キスは、何度も繰り返され、唇の周りまですっかり濡れてしまう頃、やっとトニーはジャックを解放した。けれどトニーは優しく体を抱きしめるだけで、焦れたジャックはトニーの手を捕まえ、勃ち上がりズボンの前を押し上げる自分の股間に押し付けた。
「急いでますね、ジャック。時間ないんでしたっけ?」
トニーは、落ち着かない様子のジャックの頬や、顎に唇を押し付けながら笑う。
ジャックは、すぐ側で笑われるのが嫌で、グレーの壁へと額を押し付けた。
「……お前が、だろ」
「そうなんですけど」
夜勤シフトの時間帯で、配置人員が減っているとはいえ、何も、職場で体を求め合うことがスリリングでいいなどといった理由で二人はここにいるわけではない。こんな火薬の匂いがする場所よりも落ち着いた場所で抱き合うほうが二人とも性にあっていた。けれど、仕事の都合が、しばらくはそれを許さない。それなのにジャックは、どうしてもと今日、トニーに目配せした。
「……無理……だと」
理知的な顔をした年下の上司は、机に広がる資料の向こうで、困った顔をして額に手をやった。けれど。
「……わかりました。でも、まだ、しばらくは待ってください」
ジャックがジッパーを押し上げる自分のものへと重ねたトニーの手を強く押し当てると、トニーは優しくそこを撫でた。けれども高ぶった自分のものを衣服の上から撫でまわされるだけでは感覚がもどかしくて、ジャックは自分から強く股間を押し当て動かす。
ジャックは、かちゃかちゃと音を立てるせわしなさで、自分でベルトを引き抜いた。それなのに、ほんのりと汗の匂いをさせている首筋へのキスを繰り返すトニーは、ジッパーを下げようとしていた手を、何かを思い出したように止めてしまう。
「トニー」
思わず、ジャックはトニーを睨んだ。闇の中で見えるトニーの唇は、困ったように曖昧な形をしていた。
「意地悪してるわけじゃないんです。後だと、取り出しにくいでしょう?」
ジャックの尻ポケットを探った手は、避妊具と小さな容器に入った傷薬を取り出す。
「誘ってくれるのは嬉しいんですけど、あまり急で準備のしようも」
「……だから、俺が」
それだけ急かした覚えのあるジャックは俯いた。
「ええ、でも、ゴムが一個?」
あなたの分は?と、聞きながら耳へとキスを仕掛けてくる口をジャックはキスで無理やりふさいだ。けれど時々口煩くなる年下は、まだ、文句が言い足りないらしく、たまにあなたは準備が甘いんですよねと、暗に今、忙殺される破目になっている案件のことまで当て擦る。
ジャックは顔を顰めた。わかっていた。
ジャックは、すぐ側にある唇へと強く唇を押し当てる。しゃにむにジャックが唇を求めれば、トニーは次第に息を乱していく。ジャックの年下の上司は、口うるさいところがあるが、その口はキスの時だって饒舌だ。
舌が絡みあうようなキスが長く続けば、取り出したゴムと傷薬の容器を弾の置かれた棚に置き、トニーは本格的にジャックの体をまさぐり始める。ジッパーを下ろし、下着の中にもぐりこんだ少し冷たい手は、悪戯するように陰毛を撫でると、濡れたペニスを掴みそっと扱き始める。引き締まった腹を撫でながら上へと向かう手は、張り出した胸を掴んで、その中心で立ち上がっている乳首を摘まむ。
「……ぁ……ッ」
それだけで声が出た。
「すごく興奮してますね」
くすくすと耳元で笑われ、ジャックの頬が赤くなる。けれど、この闇ではその変化を見分けることなど出来ないはずで、高鳴る胸の鼓動で全てばれているというのに、ジャックは安堵して、トニーに体を押し付ける。
「トニー」
腰へと引っかかったままのズボンは、トニーの手で柔らかくペニスを扱かれるジャックが、その緩い快感に焦れて尻を押し付けるように動いているうちにずり落ちてしまった。
「ジャック、邪魔だし、脱がしますよ」
トニーの手が、ジャックの下着を下ろす。そして片方の足だけを抜く。大きく足を広げた格好で壁に向かって立たされているジャックの尻をトニーが掴む。ぎゅっと掴まれた尻を割られ、突然触れる冷たい空気にジャックの体がぶるりと震えた。
「舐めてあげましょうか? 好きですもんね?」
尻の割れ目にある窄まりを指先で撫でながらの質問に、ジャックは目を閉じたまま横に首を振った。
「なんでです? 夕べだって、あなたがして欲しかるから、すごくしてあげたでしょう?」
そう。夕べだって、ジャックとトニーとセックスしたのだ。それなのに、討論会会場の現場下見を終え、帰ったジャックは、パソコンの画面から視線を外すこともなく熱心に仕事をするトニーを見ているうちに、またどうしょうもなく欲しくなってしまったのだ。どんな顔をして見ていたのか、内線を取るために顔を上げたトニーが合図して顔を顰めた。
トニーは指に柔らかく力を入れ、ジャックの肛口に入るか、入らないかの刺激をで触れている。
もどかしい。
「……もういい」
「もういいって、拗ねたんですか?」
トニーは絶え間なく、ジャックの項辺りにキスを繰り返している。こういうトニーのセックスがジャックは好きだ。
「俺に何遠慮してるんです? 俺が舐めるのも好きなの知ってるでしょう?」
「……いい。するなら俺がする」
しかし、ジャックは抱き止めるようにした恋人に阻まれ、トニーの足元に屈むことができなかった。代わりに、トニーがジャックの背を見上げるように膝をつく。腰を突き出すような形に太腿をつかまれたジャックの尻の割れ目を、トニーの舌が舐めていく。
ざらりとそこに生える毛を熱い舌で濡らされ、力の入った肩をのけぞる様にしたジャックの喉がひくりと動く。
「……ぁ、ッア」
「そうやって、気持ちよくしてて下さい」
トニーの舌は、性急なジャックのそこだけは大人しげな形に窄まっている肛口の窪みを舐めた。尖らせた舌がいやらしく粘膜を刺激し、ジャックの白い尻が逃げるように揺れる。けれども、この情熱的な恋人は勿論逃がさず、それだけでなく、股の間で揺れる陰嚢や、揺れるジャックのペニスにも舌を伸ばした。トニーと関係を持つまでは、殆ど女性オンリーだったジャックのセックスは、いまだにその頃の癖を残して、興奮すると何かにペニスを擦りつけたがる。ベッドの上なら柔らかいシーツだからいいのだが、ここは武器倉庫だった。壁は固いコンクリートで、表面の滑らかとは言いがたい。
「痛くなりますよ?」
トニーは、とろとろと先端を濡らすものを手の平で包んで扱いてやりながら、上目遣いにジャックを見上げた。
「……っ!」
照明のないここでは、細かな表情までは見分けることが出来なかったが、ジャックは恥ずかしいのか顔を歪めているようだった。けれど、ジャックは足を閉じることなく、続きを急かす。ジャックがこんなに求めるのは珍しい。
「どうしました?」
年上の様子に煽られながらも、今日の様子を不思議に思っていたトニーは自分にブレーキをかけるために、見せ付けるように突き出された尻の穴へと舌をねじ込む代わりに、ジャックのまっすぐな足へのキスだけで留めた。
暗闇のため、トニーから表情のよくわからないジャックの手が伸び棚の傷薬を取る。
「それ、よく利く、大事な奴だって言ってたのに」
傷薬は潤滑油代わりだ。突然に職場でセックスして、一つでもゴムの準備があっただけマシというものだろう。
トニーが腿へのキスを続けていると、ジャックは自分で尻を割った。今日のジャックに、全く待つ気はないようだ。片手で自分の尻を開いたまま、器用に容器の蓋を開け始めたジャックの手をトニーは掴んだ。
「なんでそんなことを? ジャック、そういうのは、俺がして欲しいって言う時以外は、するのはだめだって言いましたよね?」
「……だったら!」
暗闇で色の見えない目は、強烈な強さでトニーを睨んでいた。目が濡れている。
苦笑したトニーはジャックの手から蓋の開いた容器を取り上げる。指を濡らすと、きつく皺の寄せ窄まる尻の穴へと指を埋める。
「すみません。あんまり珍しくて、どうしたらいいのか考えていて」
「アっ……」
立ち上がるトニーに深く指を埋められ、ジャックの喉がかすれる。
「トニー、……トニー」
夕べ散々穿った肛口は緩めるまでもなく、潤滑剤さえあれば、トニーのものを受け入れそうだった。トニーは手早く薬を塗り広げると、うっすらと汗をかくジャックの欲求を叶えるために指を引き抜く。力で抗われたら全く敵わないだろう恋人がトニーの手でやすやすと壁へと押し付けられている。トニーは項に口付ける。
「触って」
後手にした手で股間に触れさせれば、安堵からかジャックの口元が緩んだ。
「入れていいんですよね?」
トニーが耳を噛むようにして囁くと、ジャックは小さく頷く。トニーは、手早く自分のものにゴムを嵌め、腰を落としてジャックを穿った。
「あっ、アっ!」
トニーは、この暗闇の中でピンクの舌がひらめくのが見えた気がした。
「少し、静かに。ね、ジャック」
きつい肉の締め付けに、トニーが満足の息を吐き出しながら抜き差しを始めると、ジャックは、自分の手で、自分の口を覆う。ふう、ふうと、苦しそうな息が手のひらの中に籠る。
「体をこっちに預けて。ジャック。大丈夫、そんなに足に力を入れられると、締まりすぎて上手くあなたを感じさせてあげられない」
「……んっ、……っ、トニー」
揺さぶると、ジャックは、やはり腰を前に突き出すようにして、壁に自分のペニスを擦りつけ出した。夢中になっているジャックのペニスの先から漏れている粘液が壁を濡らす。
「本当に、もう……」
トニーは、壁に押し付けられているジャックのものが酷く痛めつけられる前に、そっと手で包み込み、ぬめった先端を優しく撫でた。ジャックは、バツの悪そうな顔をして、目を反らす。その顔がかわいくて、トニーは嫌がる顔を追いかけて、唇にキスをした。
「ジャック、すみませんけど」
困った癖を持つ人のために片手の仕事が決まっているトニーは、ジャックの色付いた耳にお願いを囁いた。俯いてしまったが、片手を壁につき、自分の体を支えているジャックが自分から足を上げ、一番低い棚の上のぴっちりとビニールでコーティングされた銃弾のダンボールの箱へと足を乗せる。
肉付きのいい尻を突き出した形のまま、大きく足を開いて、安定した体勢になったジャックに、トニーは早い突き上げを始めた。
「ア……ぁッ!あ!!」
「やっぱり、こっちも触りたいですしね」
トニーは覆いかぶさるようにしてジャックの中を穿ちながら、張り出した胸へと張り付くようになっているTシャツの中へと手を入れて、膨らんで立っている乳首を弄る。
「あっ、トニー、……トニー」
また、ジャックは手で自分の口を覆うようにして声を抑えようとしていたが、それでもくぐもったジャックの声が、トニーには聞こえた。突き出されている尻は、トニーが突き上げに重く揺れる。上がった息が手のひらの中で消えてしまうのがもったいないと、トニーが顔を寄せると、ジャックが懸命に首をねじって、唇を合せてきた。
「気持ちいいですよ。ジャックのなか」
「……ん、っふ、……俺も、……いい」
「どうしちゃいました? そんなに素直になると、困ることになるのは、あなたの方ですよ?」
「……ぁ、でも、……いい、んだ。……いいッ、トニー」
ぎりぎりまでジャックを追い詰めて、この場でのセックスを問題なく終わらすために、先にジャックの中で出したトニーは、真っ赤にした体で喘ぎながら待っていたジャックのペニスを口に含んでいかせた。
目を反らしがちにしたジャックは、トニーに服を整えて貰いながら、悪かったと謝る。
「ええ、強引なあなたってのも好きですけどね。職場ってのは、止そうって」
苦笑を浮かべながらも、トニーはジャックにキスをしようと顔を寄せた。確かに、職場というのは色々と問題があったが、上手く切り抜けられるのであれば問題ないと思える程度の度量はトニーにもあった。それよりも、トニーはまさかジャックがこんな場所でしたがるとは思ってもいなくて驚いていた。
求めたキスから、顔を背けたジャックを、トニーは軽くたしなめた。
「自分の匂いが嫌?」
「嫌だ」
「わかりました」
トニーはそれ以上、ジャックに無理強いせず、ジャックを立ち上がらせた。けれど、暗闇の中、ドアまでまっすぐに歩くことが出来ず、トニーの手をジャックが引く。
「痛てっ」
それでも、この暗闇ではトニーは無事に倉庫から出るのは難しかった。今も、鉄ポールがトニーをさえぎる。
「悪い。言えばよかった。その辺り、物がはみ出てる」
「……さすがですね」
ジャックは、暗闇のせいでトニーから自分の顔が見えないことをほっとしていた。実は、全く満足していない。不機嫌に引き結ばれた口元を自分でもわかっていた。気持ちのよい射精に導かれた体は、軽い。だが、胸が燻った。
「……くそっ」
後ろを歩くトニーはくすりと笑う。
「今になって、こんなところでした自分が嫌になりました?」
それもあった。だが、違うのだ。怒りの矛先はトニーで、多分この怒りは、夕べから続くものだ。しかし、理由がわからない。
「無理に誘って悪かったな」
「ジャック。まぁ、確かに忙しかったし、でも僕は、別に職場であなたに求められるのが嫌だって言ってるわけでもないんです。ただ、よくあなたを味わいたいし……」
トニーは続けた。
「もし見つかって、こんなあなたを誰かに見られるのなんて勿体なくて嫌ですし」
ジャックの曲がった口元はなおらない。
「……無理を言いますけど、ジャック、あさって現場を撤収したら、その後の時間を僕のために空けてください」
「知ってるだろ。俺は翌日から二週間の訓練だ」
トニーはジャックの仕事を優先させる。けれどもその発言の辺りからだ。ジャックがこの上司に対して不満を持ったのは。
「お前が会うのは控えるって言ったんだ」
「ええ、それでも」
手を引かれなければ歩けもしない場所で無理を通す年下に、ジャックの口元には怒りではなく苦笑が浮かんだ。
馬鹿ばかし過ぎる自分が無茶をした理由や、怒りのわけが胸落ちした。
「初日に俺を脱落させたいか?」
「早く帰ってきてください」
近頃、年下の上司は、理性的過ぎた。
だが、ジャックが、トニーの側にいるのは彼が冷静に判断を誤らないからではない。。
「ジャック? どうしました? 何か笑ってますね?」
「いいや。べつに」
「そうですか。やっと満足できました?」
ジャックは扉を開けた。深夜を回った時間だが、蛍光灯の明かりで、外は明るい。
「なんとか……な」
END