あなたって人は!
部屋に入った途端、強引に袖を引かれた。
まるで不意打ちに床へと沈めるような強引さが、反対にこういった場面に慣れたチェイスの足をしっかりと床へと固定させた。チェイスがびくりとも体勢を崩さないため、勢いが殺せずジャックは、チェイスの腕の中へと飛び込んでくる。
抱き合うような形になったものの雰囲気もなにもあったものではない年上は、自分の腕前を持ってすら思い通りにならなかったチェイスに憤慨したようだった。唇をゆがめ、小さな舌打ちの音までさせている。青い目がチェイスに対する不満をみせていた。その顔があまりにもらしくて、チェイスは、唇に、ジャックと似た歪みを乗せた。しかし、それが苦笑の形を取るまでの間を、ジャックはチェイスに与えなかった。噛み付くようにジャックの唇がチェイスを狙う。
獲物を難なく確保し、隙間なく重ねられた唇は、チェイスに何かをさせる余裕を与えなかった。ジャックは触れ合ったままの唇を何度も何度も角度を変え、押し付ける。
開いた薄い唇は、チェイスの口をもぎ取っていきそうな貪欲さをみせていた。
あっけに取られていたチェイスが、やっとペースを掴み、性急過ぎるジャックの唇をペロリと舐めると、なんと今度上司は急に頬を赤く染め、チェイスの胸を強く押す。
「ジャック?」
唇を拭ったジャックは、チェイスを見ず、床へと視線を逃がす。
チェイスは彼を抱きしめようとしていた腕のやり場を失い、無様な格好でその場に残された。
「一体……?」
「チェイス、コーヒーでも入れる」
ジャックは、居心地悪そうに部屋を出ようとする。その時ちらりと上げた目が、何かへの、多分セクシャルなことへの未練とその事に対する疚しさでなんとも言えない色をしていて、一度に火の付いたチェイスは無理やりジャックの腕を強く掴んで引き寄せると、有無を言わせず押し倒し、そのまま床へと這いつくばらせた。
とっさにジャックの手のひらがフローリングの床を叩き抗議する。そして、次の瞬間には、セオリー通り身を捩って逃げようとした。しかし、チェイスは、ジャックの膝裏に体重をかけ、痛みで動けぬようにするとズボンを下着ごと膝の辺りまで引き摺り下ろす。
「…………ッ!」
ジャックの下半身が空気に晒された。
その一瞬、ジャックはとても心細そうな顔をした。
チェイスは、青の目に浮かんだ印象的な表情の残像を目に焼き付けたまま、ジャックの尻の狭間へと顔を埋めた。白く盛り上がった尻は、普通の成人男性に比べれば、肉付きがいい。日々の訓練の成果として大きくなった尻の手触りは硬い。チェイスはその尻肉を掴んで大きく左右に開く。
「痛っ!」
急激に薄赤い皮膚を引き伸ばされ、ジャックが小さく苦痛の声を上げた。
「あっ、すみません」
チェイスは軽く謝ったが、開いた尻に手加減を加えてやるつもりなど勿論なく、せめてゆっくりと開かせると、陰毛の生えたそこに顔を埋めた。舌を這わせる。
べろりと舐めると、チャックの太腿がびくびくと震えた。ジャックは腰を捩って前へと逃げようとする。
「何、逃げてるんです?」
勿論チェイスは強引に腰を引き摺り戻し、柔らかな太腿の付け根や、丸みのある尻や、きゅっと窄んで皺を寄せる尻の穴へと舌を這わせていく。
じっとりと汗で濡れ始めたジャックの股間は、普段嗅ぎ慣れた体臭を濃く立ち上らせた。
「チェイス! ……おいっ、チェイス!」
「はい。なんですか? でも、今、忙しいんで後にしてください」
舌先で敏感な皮膚に触れれば、ジャックは、はぁ、はぁ、息継ぎを激しくする。長く続けていると、ベッド以外の場所でこんなことをされているという羞恥心すら快感に繋がるのか、ぎゅっと丸め込んでいた指先に抵抗が見えなくなった。
ジャックは、背をしならせ、また、逆に丸め込んだりして、なんとか快感をやり過ごそうとしている。だが、こみ上げる射精欲がどうにもならなくなっていることは、ジャックの股からぶら下がっている勃ったペニスがあますことなく教えていた。チェイスが舌先できゅっと窄んだ皺の表面をなぞってやれば、ジャックは声を上げる。
「はァッ、う……っ!」
「ふはっ……っん! っは!」
チェイスの舌の動きに合わせ、ジャックはねだるように腰を動かした。まるで差し出すようにチェイスの目前へと突き出された尻の狭間の赤く染まった柔らかな皮膚は、もうべっとりチェイスの唾液で濡れている。
いつもより色づきのいい薄赤い皮膚の持ち主は、事の前にいつも言い出すシャワーなどという慎みなどすっかり忘れてしまっているようだった。
チェイスの舌が、窄みを穿るように突き立てられると、かくんっ、と、ジャックの肘が折れる。
べったりと頬をフローリングに押し付けたジャックは、尻だけを高く突き出す格好で、ハッ、ハッと吐き出す息で板張りの床を濡らした。
チェイスは大きく開いた股の間で揺れる、いままで触れずにいたジャックの陰嚢をやっと掴んでやる。柔らかなそれを手のひらでそっと包み、揉み込んでやると、ジャックは媚の含んだ声を上げた。腰が大きく揺れる。
「んっ、……ッ、チェイスっ! チェイスっ!」
チェイスはジャックの柔らかな陰嚢を可愛がってやりながらも、赤く色づいた穴を舐めるのを止めなかった。穴は、もっとと刺激を求めるようにひくついている。時々、舌先の動きに小さく口を開く。
「ッあ……ハぁ……ぁっ」
ジャックの足がじりじりと大きく開かれていく。
「ジャック。あなたのすっかり濡れちゃってますよ。先っぽから、もう零れ落ちそうです」
チェイスは、一度も触れていないペニスをジャックが扱いて欲しがっていることなどわかっていた。
ジャックの腰の窪みに汗が溜まっている。
「……どうしたんです、ジャック? もう我慢できそうにないですか?」
しかし、こう聞けば、意地を張りやすい年上が違うと首を振ることも、年下は知っていた。
やはり、ペニスを扱いて射精させて欲しいばかりだろうに、ジャックは、まるで身を捩るようにして大きく首を横に振った。
「そうなんだ。まだ、我慢できるんだ。ジャック。実は我慢してるのが気持ちいいんでしょう?」
また、違うと年上は大きく首を振った。むずかる首に刻まれた皺がかわいらしくて、チェイスは尻の挟間へと埋めていた顔を上げた。
伸び上がり、ジャックの項に口付ける。
そのまま背骨にそって口付けを続け、また、たっぷりと濡れた場所へと顔を埋める。
そこを舐め回せば、腰が揺れた拍子に、ぽたりと先走りがペニスからフローリングへと伝い落ちた。ジャックが苦しく喘ぎ続ける。
「ジャック、あなた、まだ、後ろだけじゃいけないですもんね」
チェイスは事実を述べただけだった。だが、ジャックの背中が、かぁっと、赤くなる。
腰を捩り続ける年上は、もうチェイスに意地の悪いことを言われたり、焦れされたりする自分に我慢できなくなったのだろう。頭と肩で体を支え、自分の手を股の間に潜らせようとする。
「そんなことするんですか?」
チェイスは、目を潤ませたジャックの手がペニスに触れる前に、きゅっと掴んだ。こらえ性がないと床へと縫いつける。
「確かに触りたいでしょうけど、だめです。他なら許してあげますけど」
フローリングとの間でぐしゃぐしゃになっているTシャツからは、引き締まった腹と、盛り上がった胸が溢れ出ていた。最早体温で温かくなった木目に、べったりと押し付けられているよく発達した胸は、ジャックの弱点の一つだ。
「胸を弄るのなら許してあげてもいいです」
チェイスは捕まえたジャックの腕を無理やり胸の下へと押し込んだ。そして、ジャックの指が蜂蜜色の柔らかな体毛に埋もれた小さな膨らみを摘まみ始めるまで、陰嚢を刺激するのを止めた。
感じる尻穴をひたすらチェイスの舌先で弄られ、しかし、まだ、そこだけの刺激では射精することもできないジャックは、悔しそうに顔をゆがめながらそろそろと乳首へと指先を近づける。
「そうです。そこを自分で可愛がってあげれるんだったら、俺、もう少しジャックに協力的になれそうな気がするんですよね」
誘惑の言葉に負けたジャックの指がもそもそと体毛の中から小さな膨らみをつまみ上げた。
「はッ……ぁっ!」
自分で乳首を摘まみながら、ジャックは声を殺すことができない。
乳首はもうぴくんと固く立ち上がっている。
「ホントに、弱いですね。そこ」
両方の手で胸を覆うようにして指先で乳首を揉む上司にくすりと笑ったチェイスは自分の尻ポケットを探る。
「……無理か?」
チェイスは、ジーンズから掴みだしたペニスにゴムを被せながら、執拗に表面を舐めたものの今日はまだ指一本いれていないジャックの尻穴の具合を確かめる。
ジャックの様子に煽られている興奮の度合いからいえば、実のところチェイスはこのままペニスを捻り込みたいほどだった。だが、チェイスはそれをしなかった。
それどころかゴムを濡らしているジェルだけでは心もとなく感じて、避妊具と一緒に尻ポケットに入れていた傷薬を指先につけ、乳首を弄ることに夢中になっている持ち主の乱れぶりとは反対に、慎まし気な様子を見せている窄まりに指を挿れる。
「あっ! ……ッ! あっ!」
チェイスの指が温かく湿った肉を割り裂きながらずぶずぶと沈むと、ジャックの尻にはぎゅっと力が入って、まるで性交時のように上下に振られた。
ちっとも大人しくしていない年上の腰を掴み、チェイスは薬の粘りを真っ赤な粘膜へと塗りつける。長く表面を舐め続けられた期待感からか、ジャックの淫らな尻穴は、それほど拒むことなく指の本数を増やしていく。
「どうしたんです、ジャック? 腰、止まらないんですか?」
チェイスは、すっかり伸びきった皺の中心へと突き刺した3本の指を纏めてぐちゅぐちゅと奥を抉った。
「んっぁーーーぁァっ!!」
さすがに刺激の強さを嫌がるようにジャックの腰はよじれたが、年上の指は自分の乳首を摘まんだままだ。
チェイスは、素直なその様子のご褒美にパンパンに膨らんでいるジャックのペニスを掴むと扱いてやった。
「あ、……んッ! いいッ!……ァ!」
チェイスが扱くものの先端から滲み出している液体は、とろりと粘度を含んでいる。
びくびくと腰を震わせているジャックは、もうそれほど長く、我慢ができない。
はぁっ、はぁっと、息を吐き出しながら、背をのけぞらせている年上の背後に位置を決めたチェイスは、抜きかけた指で大きく穴を広げるとそこに自分のペニスをあてがった。
「ジャック、大丈夫ですね?」
ジャックの青い目は潤んでいた。上気した頬は赤い。
だが、気難しいところのある上司から頷きは勿論得られず、けれどもその時の衝撃を待っているジャックの青い目を見つめながら、チェイスは固く急かすペニスで、ジャックの熱く濡れた穴を押し拡げた。
「好きですよ。ジャック」
ペニスを扱く手を緩めず、チェイスが二、三度腰を大きくグラインドさせると、それだけでジャックが汗でぬめる体を硬直させた。
「……ッ……チェ……ィスっ!!!」
ビクビクと震えるペニスから精液を噴き出し、床を汚す。
翌朝目覚めたチェイスは、セックスの後、疲れ果てた年上をリビングから引き摺るようにして連れて来たはずのベッドの片方がすっかり冷たくなっていることに気付いた。
あんな夜の後だというのに、チェイスの上司は、毎朝の習慣であるランニングを欠かさなかったらしい。
裸の体にジーンズだけを身につけ、ダイニングに向かったチェイスは、清々しい顔のジャックが朝食を食べているところに出くわした。
「おはようございます。ジャック」
ジャックはランニングの後、シャワーも済ませたようで、シャンプーのいい匂いをさせながら、夕べ目を通さなかった郵便物を仕分けしながらパンを齧っている。
窓から差し込む朝日が目にまぶしくて、チェイスは半ば目を瞑るようにして、キッチンの冷蔵庫を開ける。朝のジャックは、やることが一杯だ。今度は新聞を捲る音がする。
「おい。チェイス」
チェイスが冷蔵庫の中から何を食べようかと迷っていると、新聞を手放したジャックが目尻にたっぷりと皺を寄せ、チェイスに笑いかけていた。チェイスはセックスの後の朝に、これほど友好的な顔をした上司に出くわしたことなど一度もなかったため、ミルクをパックから胃に流し込みながら怪訝な気分になる。
「どうしたんです? 何かいいニュースでも載ってましたか?」
「いいや。いつもと変らない。それよりも、チェイス。これにサインをしろ」
「……えっ?」
ジャックが差し出しているものは、あまりチェイスに恋人としての時間を与えてくれない上司にそのことをわかりやすくアピールするためにチェイスが自作したポイントカードだった。
ジャックが一度セックスさせてくれれば、チェイスが一つサインをする。一晩に何度セックスしようと、それは同じ一回。桝目は全部で十ある。しかし、こんなあからさまなものがあってすら、このカードの一つ目のサインが入った日付は3ヶ月前だ。
「へぇ、やっと埋まったんだ」
チェイスは到達の喜びよりも先に、また新たなものを用意する必要性を感じていた。そうでなければ、ジャックはきっと恋人にセックスを与える必要を忘れてしまう。
しかし、ジャックは、このポイントが満杯になったら、チェイスが何でもしてくれると言っていた払い戻しが先だと感じていた。
「チェイス。お前、今日は午後出だったな。庭の芝刈りをしてくれ。今日、ミュゲルさんが来てくれるんだけどな、彼女にそれまでにやっといて欲しいって頼まれてたんだ。彼女は高齢だし、まさか、やれとは言えやしないし」
やっとチェイスは、いやに積極性を見せていた夕べの上司の態度に疑惑を覚えた。
「……ジャック、実は最初からそれが目的……?」
チェイスの興奮に一気に火を付けた、誘ってはみたのの戸惑い、突き飛ばした後の未練気な目の理由が、セックスではなく芝刈りだったとわかると、チェイスの口からはため息が漏れた。
しかし、オレンジジュースを飲む上司は清ましている。
「芝刈りのことがとても気になってたんだが、俺にはなかなか時間がないし、財布からは後一つでポイントが満杯になるこいつが出てくるし。これは使う他ないだろう?」
年上は、これ以上ないというくらい意地の悪い魅力的な笑顔を浮かべる。
「ジャァァーーック!」
年下の頬はぷうっと膨れたが、可憐な高齢者であるミュゲルさんに、まさか芝刈りをやらせるわけにはいかず、朝のそれもそれほど遅くない時間にはジャックの庭の芝はすっかりきれいに刈り上げられた。
「次は何をしてもらうかな?」
「今度のカードは二月の有効期限付きにします」
END