*仰せのままに

 

その日のジャックは機嫌が悪かった。ジャックの機嫌が悪いということそのものは、さほど珍しいことではないのだが、八つ当たりというのは珍しいことだった。誰も、その原因が思い当たらない。

しかし、あのジャック・バウアーに八つ当られる相手はたまったものではなかった。

「くそっ! いつまでちんたらやってるんだ。チェイス! そんなこと位さっさと片付けろ!」

「なんでそんなことができない!」

チェイスがやっているのは、自分の仕事ではない。自己の権限を越え、書類仕事が嫌いな上司の後始末をしている。

それなのに怒鳴られ続けている。

「ああ! もう! お前は何も考えるな。俺の言ったとおりにタイプしろ。わかったな!」

ジャックは何をカリカリしているのか。しかし、さすがに朝からこの調子に付き合い続けているチェイスもそろそろ腹がたってきた。

チェイスはむっと顔を顰めたまま、ジャックの命令に従った。
「一語一句違えるなよ」
ジャックは言う。

「○月○日、日付はチェイス、お前が思い出せ。絶対に間違えるなよ。くそトニーの奴はそういうことにやたらとこだわるんだ。一日くらいの違いがなんだっていうんだってのに。場所は、クリフォンド通りdは、二つだ。使用銃器は、おいっ!なぁ、お前があの時使ったのって、何だった? ああ、そうか、そういやお前、H&KUSPエキスパート持ち込んだんだったよな。ああ。もういい。行ってくれ。そういや、それに、K&KMP5SD5の試し撃ちをしたんだったか。なぁ、あれ、悪くなかったな。サブマシンガンであれだけ反動が少なきゃ、結構いけるよな。あっ、でも、使ったのはH&KUSPエキスパートにBeretta 92ショットガンってことにしとけよ。K&KMP5SD5は型が新しいから、まだ、使うなってトニーの奴が言ってたんだ。あいつケチだよな。そういや、あの時怪我人でたか? あ、いた? 爆破の時のガラスで裂傷? そんなの怪我のうちに入らんな。よし。ナシ。だ。チェイス。で、あとは何だった?……くそっ、面倒くさいな。こんなのトニーが書けばすぐ済むってのに、あいつただのSだよな。粘ちっ濃いし、いちいち細かくて、ほんと、面倒っていうか。…………」

『以上』と纏まった報告書をジャックはチェイスにさっさと送れと命じた。
いくら腹が立ったといえ、さすがにこれはまずいかもと、躊躇いを見せたチェイスに機嫌の直らないらしい上司は、愚図と言って蹴ってくる。チェイスは送信した。

「ああ、喉が渇いた。チェイス、お前気が利かないな。コーヒー入れてこいよ」

一体いつになったらジャックの機嫌は直るのか。

チェイスはこれ幸いと席を外した。

「……ジャック。ちょっと」

個室から顔を出した階上のトニーが、気味の悪いほどにっこりと笑ってジャックを呼んだ。

 

 

*そういう生真面目な君が好きだよ。

 

合衆国大統領といえど、さすがにため息をつきたくなる時がある。

パーマー大統領は、後ろに控えているのがジャックだけであることを承知で口元を僅かに緩めた。

「こんな事態になると、さすがに神はどうなさっているのか。と、いう気持ちになるな」

まだ笑う余裕を残すアメリカ大統領の独り言をジャックは静かに受け止めた。

「神は、あなたの努力も、この事態もすべて見ていらっしゃいます」

ジャックは、まっすぐに大統領を見つめている。

「ですが、神はテロに関してあまりご存じないのでしょう」

 

 

*無茶過ぎる

 

「トニー。ジャックが対象を確保!」

「はっ? 何故? まだ、令状が降りてない」

「ですが、ジャックは、もう、対象を家から連れ出したようです」

モニターを見れば、確かに二つの熱反応が移動をしている。

さすがの事態にトニーは、必死にジャックを説得した。

「ジャック。それは、誘拐です!だめです。彼を家に戻してください。人権侵害であなた捕まります!」

「トニー、私物の押収は令状は下りてるんだろう?」

「ちょっ! ジャック。あなた、コートを持ち出しただけだとでもいう気ですか? その中に入ってる人は家に戻すんです! わかってますか? 今すぐにです。今!!」

 

 

*お痛が過ぎると

 

めずらしくジャックが内勤している。

イライラした様子ではあるが、席を一歩も離れることなく、もう半日が過ぎている。

「どうやったんすか、トニー?」

どこにそんな弱みがあったのか、これから先の付き合いを考え、チェイスはジャックとの付き合いが長いトニーから、その秘訣が聞き出したかった。

「ん? 大したことじゃない。手錠で机に繋いだんだ。それだけだよ」

トニーは書類から目を上げることもなく答えた。

 

 

*聞き返してもいいですか?

 

「くそっ、あの時計はいつも遅れるんだ!」

ぶつぶつ文句を言っているジャックにチェイスは相槌をいれた。

「ああ、寝室にあるとかいう、あの時計。でも、今日は遅刻してないじゃないですか。全然セーフですよ」

「違う。時計が壁から落ちてきたんだ。後1分早ければトニーの頭に見事に当ったはずなのに、全くいつも遅れやがる!」
ジャックは真っ赤になりながら怒っている。
ジャックは結構声が大きい。
内勤のCTU職員たちは、合衆国のために真剣にモニターを見つめていたが、とても質問したかった。
「トニー・アルメイダが、ジャック・バウアーの寝室に居るという事態はどのようにして起こるんでしょうか?」