*CTUの医療事情
任務中にドジを踏んだチェイスはCTUの医務室へと運び込まれていた。
だらだらと血を流す腹の傷は、医者の処置なしではすみそうにもなく、それなのにチェイスは放り込まれた医務室のドアから出てくる。
「馬鹿っ! お前、そんな場合じゃないだろう!」
ジャックはチェイスを抱きとめた。処置の済んでいない腹の血にジャックの手が赤く染まる。
「ジャック。無理です。俺、縫われるのは絶対に嫌です! そんな恐ろしい!」
「何を馬鹿なことを! そんな傷で、何を怖がってるんだ!」
「違うんです! 看護婦が大したことないって言うんです。すぐ終わる。全然大したことないって!」
「だったら!」
ジャックはチェイスの首根っこを掴み上げ、ずるずると医務室へと引きずった。どくどくと血が流れ出ているというのにチェイスは抵抗する。
「看護婦が見てるのは俺じゃないんです! あの新人の若い医者。ぶるぶる震えてるあいつの目を見て言ってるんです!ジャック、俺、嫌です!」
*科学の勝利(AUです。)
一台のテレビの前に町中の人間が集まっているようだった。
男達はビールを飲むのも忘れ、食い入るように画面を見ている。
「さぁ、世紀の一瞬です! 今、人類は月へと一歩踏み出そうとしています!」
ざわめきは、息を飲む音に変わり、そこにいる皆が呼吸すら忘れて、その一歩に注目している。
「今、です。今、人類は、月面に降り立ちました! 人類は新しい一歩を踏み出したのです! 偉大な一歩です。偉大な一歩が今踏み出されました!」
歓喜が、音を立てて、周りを圧倒した。
皆、喜びに大きく叫ぶ。立ち上がり抱き合う。ビールが零れる。
そんななか、椅子から立ち上がることも出来ず震えている人物がいた。
「どうした? チェイス。そんなに感激したのか?」
普段は挨拶するだけの知人と、浮かれてダンスのステップまで踏んでいたジャックが、年若い従兄弟の様子を笑った。
チェイスは高熱でもあるかのように震えている。
「ジャック……今、確かに、人は月に立ちましたよね?」
声はもっと震えている。
どうやら従兄弟は世紀の一瞬の感動で、ジャックを振り返ることすら出来ぬらしく、テレビの画面を見入ったままだ。
「ああ、お前、今も観てるじゃないか。そんなに感激したか?」
「ジャック。……俺! ……俺!」
声は涙声になり、あまりに興奮するチェイスの様子は、さすがにジャックに怪訝な気持ちを抱かせた。
チェイスは蹴るように椅子から立ち上がる。
「俺は勝った! ジャック。あなた、人が月に立つようなことがあったら、その時はやらせてやるって言いました!!!」
大声で叫び、チェイスは最愛の人を抱きしめようと振り返る。
しかし、遅かった。
ジャックは、嫌な予感がした時点で、飛ぶように、いや、宇宙飛行士の一歩と同じくらいの大きな一歩でとっくにそこから逃げ出していたのだ。
*説得
情報を握るのは、小さな子供だった。
フル装備の男たちを引き連れ、突入したジャックたちに、母親は半狂乱になった。
しかし、ジャックたちがそれに気付いたように、テロの首謀者たちが、目撃者であった子供の存在に気付かない保障はない。命を助けるため、銃を構えたまま、ジャックは子供部屋へと突入する。
部屋に居た子供はゲームの真っ最中だった。きょとんとした顔の子供を見つめ、頷くと、ジャックはチェイスに銃を下ろすよう指示を出す。
部屋の外では、母親が叫んでいる。そりゃぁ、母親だって必死だ。大事な子供のことなのだ。
しかし、声が大きすぎる。今にも部屋へと飛び込んできそうだ。
ジャックは、子供部屋に鍵をかけ、事態が混乱することを避けた。
「ぼうや。ママが、ヒステリーを起こしてるようなんだ。君に被害があるといけないから、鍵をかけるよ」
わけも分からず、子供は納得してしまっている。
事態は深刻だったが、チェイスは、なんだか笑ってしまった。
*ジャックの正しい状況判断 2
どれほど優秀な現場捜査官であろうとも、時に望まない事態に巻き込まれることがある。
ジャックと、チェイスは、今、まさにそういう事態だった。
現場の様子を把握するため、張り込みの最中だというのに、二人はカツアゲにあっている。
確かに二人の攻撃能力をもってすれば、目の前の強盗はものの2分で路地に沈んだ。しかし、対象に近すぎた。ここで人目を引くわけにはいかない。
馬鹿ばかしいと思いつつも、金を巻き上げられることについて諦めたチャイスの尻にジャックの指が触れる。
「チェイス」
小さくささやかれた声に、チェイスはこの場を上手く切り抜ける方法をこの上司が指示するものだと思い、強盗たちの目を盗むと、鼓膜を愛撫されるような低音のささやき声に耳を近づけた。建物のレンガが、チェイスの頭の後ろを擦る。
ジャックは、チェイスの尻ポケットに何かをねじ込みながら息継ぎを含んだ独特の声で耳を噛まんばかりの位置で囁いた。
「チェイス。借りてた煙草とコーヒー代,、今、返す。色も付けといてやる」
*アメリカ国民は報復する
「ジャック! 現場に出るのは結構ですが、それについての報告書を上げてください」
「残念ですが、僕が欲しいのはこんなものじゃありません。もっと体裁を整えてください。あなたにはそれをする義務があるんです」
「ジャーーーック!!」
散々ジャックとやりあったトニーだったが、最終的に、現場に向かいたい一心のジャックを押し留めることができず、ため息と共にジャックの送信した報告書を受け取った。
しかし、席を立ったジャックを呼びとめ、最後の嫌味を付け足す。
「ジャック。いつまでも僕が甘いと思わないでください。今、あなたのことを待っている現場のチームをここに戻してしまう権限が僕にあるんだということを忘れないでください」
その日の午後、ほんの僅かにトニーが席を外した隙に、机の上に見慣れぬ封筒が置かれていた。封筒にはここのプリンターで印字された文字で、『誰だと思う?』と、ある。
周りを見回したが、この悪戯の首謀者だという顔色の者はいなかった。留められてもいない封筒を開けてみると、中には、ミシェルが行きたいと行っていた今夜のコンサートチケットだ。
控えめな気遣いの人物に感謝して、トニーはそれを受け取ることにした。
その晩、トニーがミシェルと家を空けたのは、ほんの2時間だ。
「くそっ! やられた!」
その間に家中の家財が庭に出ていた。庭に置かれたテーブルに今夜の行動に関する完璧な報告書。そして、その文末には。
「わかっただろ?」
「くそっ! こんな時だけ、綴りミスすらない! そうでしょうとも、現場チームは、僕の言うことなんか聞くわけない。全員あなたに絶対服従の馬鹿ばっかりだ! ったく、あの人ときたら!」