藤壺の宮 ふじつぼのみや
 「世語りに人や伝へむたぐひなく憂き身を醒めぬ夢になしても」
本名: ? あだ名:輝く日の宮 登場時14歳、結婚時14歳、没37歳(数え年)
夫:桐壺帝 子:冷泉帝(実は源氏の子) 父:先帝 母:皇后 兄:兵部卿の宮 異母妹:藤壺の女御
姪:髭黒北の方(大君)、王女御(中の君)、紫の上、女三の宮など 甥:兵部の督など
女房など:王命婦、弁の君、中納言の君、中務の君
●呼称の由来
「藤壺と聞こゆ」(『桐壺』原文)から。
●どんな人? ―紫式部の人物設定(人の目にどう映るか)―
桐壺の更衣に瓜二つ。とびきり美人。可愛い。若々しい。優しいが打ち解けぬ気高さ。思慮深い。
・「先帝の四の宮の、御容貌すぐれたまへる聞こえ高くおはします」
・「亡せたまひにし御息所(桐壺の更衣)の御容貌に似たまへる人」
・「后の宮の姫宮こそ、(桐壺の更衣に)いとようおぼえて生ひ出でさせたまへりけれ。ありがたき御容貌」
・「御容貌ありさま、あやしきまでぞ(桐壺の更衣に)おぼえたまへる」
・「いと若ううつくしげ」
・「(桐壺の更衣に)いとよう似たまへり」
・「面つき、まみ(目元)などは、(桐壺の更衣に)いとよう似たりし」
・「世にたぐひなしと見たてまつりたまひ、名高うおはする宮の御容貌」
・「ほのかなる御声」
・「いみじき御気色なるものから、なつかしうらうたげに、さりとて打ち解けず、心深う恥づかしげなる御もてなし」
・「(お腹が)少しふくらかになりたまひて、うち悩み、面痩せたまへる、はた、げに似るものなくめでたし」(妊娠した時)
・「心解けぬ御気色」
・「同じ宮と聞こゆるなかにも、后腹の皇女、玉光りかかやきて、たぐひなき御おぼえ」
・「外の方を見出だしたまへる傍ら目(横目)、言ひ知らずなまめかしう見ゆ」
・「世の中をいたう思し悩める気色にて、のどかに眺め入りたまへる、いみじうらうたげなり」
・「髪ざし、頭つき、御髪のかかりたるさま、限りなき匂はしさなど、ただ、かの対の姫君(紫の上)に違ふところなし」
・「気高う恥づかしげなるさまなども、さらに異人とも思ひ分きがたき」
・「三十七にぞおはしましける。されど、いと若く盛りにおはしますさま」
・「ひとかたならず心深くおはせし御ありさま」
・「柔らかにおびれたるものから、深うよしづきたるところ」
●出身(実家)
三条宮邸。
●和歌
以下の12首。
・世語りに 人や伝へむ たぐひなく 憂き身を醒めぬ 夢になしても
・唐人の 袖振ることは 遠けれど 立ち居につけて あはれとは見き
・袖濡るる 露のゆかりと 思ふにも なほ疎まれぬ 大和撫子
・おほかたに 花の姿を 見ましかば 露も心の 置かれましやは
・長き世の 恨みを人に 残しても かつは心を あだと知らなむ
・九重に 霧や隔つる 雲の上の 月をはるかに 思ひやるかな
・ながらふる ほどは憂けれど 行きめぐり 今日はその世に 逢ふ心地して
・おほかたの 憂きにつけては 厭へども いつかこの世を 背き果つべき
・ありし世の なごりだになき 浦島に 立ち寄る波の めづらしきかな
・見しはなく あるは悲しき 世の果てを 背きしかひも なくなくぞ経る
・塩垂るる ことをやくにて 松島に 年ふる海人も 嘆きをぞつむ
・みるめこそ うらふりぬらめ 年経にし 伊勢をの海人の 名をや沈めむ
光源氏の永遠のマドンナ。(運命の女性、魂の片割れ(?)とでも・・・)
母の皇后は反対したが亡くなり、14歳の時に周りに勧められ、桐壺帝に入内。源氏の亡き母・桐壺の更衣にそっくりと評判だった。そのうち、ふとしたことで9歳の源氏は藤壺の宮の顔を見、心に感動を覚える。そして、源氏が子供時代の間、いつも藤壺の宮と一緒に幸せな時を過ごした。
だが、源氏が12歳で大人になってからは顔を見ることもできなくなった。藤壺への想いが恋だと気づいた源氏は、この世では叶わぬ恋に一人涙する。狂おしい秘めた想いを忘れようと、源氏の女性遍歴が始まる・・・。
3/18、更新
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