ジュビリー2000とは、最貧国(特に「南」の国々を指す)が抱えている返済不可能な債務を2000年迄に帳消しにするように求めている運動である。
21世紀には全ての国の人々が、人間らしい生活をすることのできる世界を作り上げるために、ジュビリー2000は最貧国がこれまで先進諸国、IMF、世界銀行から借りた借金(この借金は先進国側(特に「北」の国々を指す)の思惑のみによって貸し付けた部分が多い)をこの2000年の末迄に帳消しにしようではないかと主張している。
ヨベルの年
ジュビリー2000の運動は1990年にアフリカ・キリスト教協議会の要求によって始まり、ローマ法王や世界キリスト教協議会の働きかけで世界に広まっていったが、そのコンセプトは当然「聖書」によるものである。
「聖年」と呼ばれる年が7年に一度訪れ、さらにこの7年を7度数えた50年目は特別な年として「ヨベルの年」とされたのである。この年は、全ての奴隷は開放され、先祖伝来の所有地に帰ることができ、借地が帳消しになったとされている。
そして、神の恵みの年として2000年の今年を「大聖年」と祝うように定めたのである。
現状
「南」のアフリカの国々は「北」の先進諸国、IMF、世銀からこれまでにお金を借り入れてきたが、通貨の切り下げ、輸出品(農産物や鉱産物など)の市場価格の暴落、開発の失敗などのために、その額が25年で25倍にも膨れ上がってしまい、返済は事実上不可能になってしまっている。
国家は個人とは違い破産が認められないため、債務国の予算が債務の返済にあてられ、国民の生活の向上や発展のために予算をまわすことができなくなってしまっているのである。
1996年にIMF、世銀は「HIPICs(重債務低所得国)インシアティブ」という枠組みを作り、債務の削減や繰り延べを検討してきたが、「構造調整プログラム」という非常に厳しい経済政策を6年巻実施することが条件となり、そのために従業員の解雇、失業が増えたり、賃金の切り下げ、物価の上昇、主要産業である一次産品の暴落といった新たな問題などが起こり、思ったような成果が上がっていないどころか、変動相場制の中で、自国通貨が下落し、利子が何十倍にもなるという最悪の悪循環を招いてしまっている。
現在、世界の総人口60億人のうち半数の30億人が1日2ドル以下での生活を余儀なくされている。そして、1日に3万5千人(うち2万6千人が5歳以下の子供)が飢餓で亡くなっているのである。
問題の背景
どうしてこんな状態になってしまったのか?
問題の背景はいくつもあると考えられるが、ここでは3つの例を上げてみたい。
1. 植民地支配によるもの
植民地支配下の時代、現在の「南」の国々は主に「北」のヨーロッパの植民地として宗主国への原料供給地となり、宗主国の工業製品の輸出先としての市場になっていた。
独立を経た現在でも、この経済関係から抜け出すことができないために、多大なハンデを抱えた中で競争市場に巻き込まれていったのである。
1960年代以降市場価格が下がり続ける第一次産品を主要産業とするこれら「南」の国々は、独立後慢性的な貿易赤字となり、「北」の先進諸国への援助を求めざるをえなくなった結果、債務の累積が膨れ上がっていってしまった。
2. アパルトヘイト・軍事独裁政権
1991年まで南アフリカ共和国で行われていたアパルトヘイト。この政策を維持するため南アフリカ共和国は1980年代に近隣諸国と武力衝突を繰り返してきた。
アメリカをはじめとする先進諸国がこういった国々に資金援助をする理由は「冷戦」による政治的思惑が多かれ少なかれ絡んでいる。米国と旧ソ連はお互いの社会体制の維持のために軍事政権への支援を進めてきたのである(ザイールの故モブツ大統領や、インドネシアのスハルト元大統領ら)。そして、その援助金の多くはこれら独裁者の懐に入っているのである。
そのために膨らんでいった債務を、独裁者を倒して新しくなった政府が、一般の人々の生活のための歳出を削って払っているのである。
3. 乱開発
60年代以降次々と独立を果たしていった「南」の国々に対し、「北」の国々はその地域の特性などを考えずに大規模な開発を推し進めていった。しかしながら、これらの開発がその国にとって長期的な効果を得ることはほとんどなく、残ったものは膨大な債務と役に立たなくなった開発の後始末、そして環境の破壊が進むはめになってしまったのである。
「北」の国々の外交手段
貸し手である「北」の国々は自国の国益ばかりを考えているために、発言力の弱い「南」の国々は「北」の国々の言いなりになっているのが現状なのである。日本の政府は政府開発援助(ODA)を外交の手段のために使っていると公言してはばからないぐらいである。
それは「南」からすれば支配のための道具としか受け取ることができないのである。
新しい世紀に向けてのルール作り
債務の帳消しを実現させることは困難な道のりである。
対象国を選ぶ条件設定による対立や、帳消し後の国々の将来のビジョンが見えてこない不安など不確定で難しい要素は多く残っているのも事実である。
しかしながら、その中においてジュビリーカナダが提案しているカナダ方式(援助は無償にして、南北のNGOが協力してその地域に必要なプロジェクトを進めていく方式)や、ジュビリーウガンダが提案するウガンダ方式(債務帳消しで生まれたお金を「ジュビリー基金」として国家の予算とは別で運営していく方式)などがすでに試されているのである。
そして、こういった提案の中から腐敗した政権が再度政権につくことがなく、再び債務危機が発生しないような透明で公正なルールの仕組みを我々の手で考え出していく必要があるのではないだろうか。
現在までに決まっている内容
昨年のケルン・サミットでG7諸国は
(1) 2国間の政府開発援助(ODA)で貸された債務の全額を帳消しにする
(2) 非ODAの債務の90%の帳消し
を決定している。
その後、カナダ、アメリカ、イギリス、イタリアが2国間債務の全額帳消しを発表している。
債務帳消しに一番消極的な日本は、借金の棒引きはせず、「債務救済無償方式」を採用して、債務国が借金を返済するたびに、それと同額を商品輸入の代金として贈与するとしているが、この商品輸入が日本の製品である可能性が高く、評価に値するものではないといわれている。