創作館

くりくる創作館(くるりん♀の数少ない創作と、
くりるん♂の創作の極一部を紹介します)


ピアニスト・野谷恵さんに捧ぐ

      くりるん♂

ひとは 虹を みる

そして

虹の美しさを 語る

虹の儚さを 思ふ


けれども

あなたは 違つた

あなたは 

虹をまとつて 踊つてゐた

なにも思はず

なにも語らず

ただ 無心に 舞つてゐた


虹色のあなたは

きらきら輝いて

私の心を

震はせた


    (レクオーナ/スペイン組曲「アンダルシア」より マラゲーニャ を聴いて 2006.10.6)

総天然(お題は「ぼける」) くりるん♂作

「総天然」 偽の投稿者名:ボッケニーニ(O-bakeさま宅の企画に参加)


広子「もしもし。あ、ごめん。ガードくぐってたら切れちゃった。」
早苗「もう少しいい? 今日、電話したのはさぁ、…実はね、うちの爺ちゃんの件なんだけど。あんたとこも、確かお爺さん、亡くなる前、痴呆気味だったって言ってたよね。」
広子「地方って言っても、軽井沢よ。」
早苗「あらそうだった? あんたの話だとかなり重症みたいに聞こえたけど。だって、毎日のように徘徊してたって…」
広子「毎日じゃないわよ、週にいっぺん。でも、俳諧ってボケ防止にいいらしいよ。」
早苗「え? ボケるから徘徊するんでしょ。それって、家人も大変でしょ。」
広子「歌人じゃなくて、俳人気取ってたのよ。」
早苗「廃人なんて言っちゃ、いくら何でも言い過ぎだよ。」
広子「それはそうね、たかが趣味なんだし。」

早苗「え? 何が趣味だって?」
広子「俳諧。」
早苗「あちこち行っちゃうんでしょ。」
広子「そう。いろんな所に行かなくちゃいけないみたい。」
早苗「目が離せないよね。」
広子「え? 何が話せないって?」
早苗「目がネ、離せないじゃない。」
広子「まあ老眼だからそれは仕方ないよね。で、早苗んとこの爺さんも俳句始めたの?」

早苗「ハイク? ああ、ハイクっていうのかトレッキングっていうのか、まあ歩き回ってるんだけどね。ただ、うちはホレ、あんたとこみたいに郊外じゃないから…危ないのよ。」
広子「何が危ないの?」
早苗「だから、車とかさ。場所さえよければねぇ。」
広子「芭蕉はいいに決まってるでしょ。」
早苗「だから、うちの周りは良くないんだって!」
広子「芭蕉がだめなんて言う人は、ハイクやる資格なし!」
早苗「だから、私は止めさせたいんだって。」

広子「じゃあ問題ないじゃない。」
早苗「うん。なんか違うみたいなんだけどなぁ。」

ふしぎな話(お題は「ぼける」) くりるん♂作

「ふしぎな話」 偽の投稿者名:雪烏(O-bakeさま宅の企画に参加)


天気予報が見事に外れ、雨の通夜となった。

私鉄の駅から歩いて五分の距離にある洋館建ての教授の邸はすぐにわかった。

門を一歩入ったところで名前を呼ばれ振り返ると同僚の川瀬がいた。

おかしな具合だぜと彼が言う。不審そうに目で聞き返すと、
あの科学者の鑑とも思えた教授がさ、
そこまで言って彼は言い淀んだ。まあ、自分の目で確かめてみろ。
俺は気分が悪くなったから帰る。
意味ありげに手で軽く俺の胸を叩きながら彼は駅に向かって歩き出した。

玄関に入ると何とも言えぬ不快な臭いが漂っていた。

そのせいか参列者は皆うつむき加減にハンカチを口元に押し当てて黙っている。
話し声が全くない。聞こえるのは読経の声とその合間に鳴る木魚と鉦の音のみ。

これでは確かに気分が悪くなる。俺は教授を探した。

教授は仏のすぐ傍らでやはりハンカチで鼻を塞ぎながら不自然に頭を揺らしている。

エンバーミングがどうしてもうまく行かなかったんですって。
喪服を着ていたので気付かなかったが助手の小池遥が隣から小声で言った。

教授の嗚咽ひどいね。私が言うと彼女は答えた。
もっと近くまで行ったらわかるけど、違う、ありえない、違う、ありえないって言い続けてるの。さっき奥さんに注意されて小さな声になったけど。

何がありえないのかな。
祭壇の写真。
写真? 写真がどうかした?
俺は目を細めて遺影をじっと見た。思わず声を上げそうになった。

何であんなピンボケの写真飾ってあるんだ?
遥は黙って首を横に振るだけだった。

その夜の出来事はそれだけだ。あとは後日談として伝わってきたことばかりだ。
小説なら教授は頭がおかしくなって入院となるところだろうが現実ではそこまで行かない。
いや、おかしくなったことには違いないが変人の宝庫とでも呼ぶべき学者世界にあってはそれ程目立たない。

だが変節はした。とんでも科学一掃に命を懸けていた教授が自ら創設し運営していた会を解散した。
さすがに似非科学に加担する程の裏切り行為はないが攻撃することからは撤退した模様だ。

どこまでが真実かはわからないが確かそうなところを繋ぎ合わせるとこういうことだ。
故人となった教授の母親は信心深い人であった。
当然の結果としてどこかで思い切り正面衝突した。母親は死に際に息子に言った。
この世の中には科学で解き明かせないことがいくらでもある。もっと謙虚にならなくては身を滅ぼすよ。

教授が答えた。
最後まで歩み寄れなかったのが残念です。

彼女が亡くなり葬儀屋に遺影のための写真を選んでくれと言われて探したところ不思議なことに彼女の写真はどれもこれも全てピントがぼけていたというのだ。そんな筈はない、どれも綺麗に写っていた筈だと心の中で反論するものの一枚としてはっきり写っているものがなかった。親戚や知り合いに問い合わせても結果は同じだった。この世にある彼女のポートレートはその部分だけがぼやけていた。教授の記憶もだんだん曖昧になり出した。

葬儀屋が教授に言った。御遺影は仕方ないとして誠に面目のないことでございますがいかように致しましても防腐処理がうまく行きません。それどころか進行があまりに速くてどうにも。このような仏様は後にも先にもお目にかかったことも聞いたこともございませんです。

ありえない。何かが違う。私は間違っていない。考えられない。宇宙の法則が突然変わったとでも言うのか。ありえない違うありえない違うありえない・・・・・・・・・・

ついさっき、神経科の先輩教授が心配して入院を勧めているという噂が研究室に流れて来た。

命ある限りの恋(お題は「ぼける」) くりるん♂作

「命ある限りの恋」 偽の投稿者名:ポン太(O-bakeさま宅の企画に参加)


A「ヒロシ、最近おかしいよ」
B「おかしかねぇよ」
A「だったらどーして日曜会ってくんないのよ」
B「だから用事だって言ってんじゃねぇかよ」
A「他に好きなヒトできたんでしょ」
B「だったら、どーだってんだよ」

C「アンタしばらく見ねーうちに、えらい若返ったねー」
D「恋愛若返り法っちゅうやつかねェ」
C「へっ、アンタ恋人でもできたんかね」

B「よっ、しばらく」
D「今日はどこ行こうか」
B「婆ちゃんは、どこへ行きたい?」
D「そーだな、海が見たいかな」
B「海かぁ、よしっ、じゃあ乗んな」

じいさん、わしゃつい最近まであんたのこと恨んでたけっどもな、もうやめたよ。
あんたが若い女と心中なんかするもんじゃから、わしゃどうしていいかわからずによ、
ずーっとこのまんま恨み通そうかとも思うちょったが、だんだんアホらしゅうなってきよった。
そいで、わしも浮気してみとうなったんじゃ。わしも援助交際じゃけ。

ある日、「婆ちゃん、オレの声わかる?」って電話掛かってきたんじゃ。
「ユタカか、おめえどうしてたんじゃ」って言ってやったら、その子、そん時から
わしのユタカになってくれよったんじゃ。
若い子はカワイイのォ。月10万の小遣いで、毎週日曜日にデートに誘うてくれよるんじゃ。

さあ、いつまで続くかはわからん。好きな女の子でもできたら、わしなんかあっという間に
お払い箱じゃ。
ひとはお孫さんですかなんて言ってくれよるが、そういうつもりじゃありゃせん。
ユタカは正真正銘わしの恋人じゃ。プラトニック・ラブっちゅうやつじゃ。

ユタカは賢い子じゃけ、わしがボケとるふりをしとるっちゅうこと、もうわかっとるじゃろ。
けど、わしと一緒におると、すさんだ心がいつの間にか消えていくんじゃと。
まあ、おたがい、ボランテアっちゅうとこかいのう。

じいさん、墓参りだけは、ちゃあんとしてやるけ、まァわしがそっちへ行くまでの間、
適当にやきもき焼き餅やいていなはれ。

ぼけ違い(お題は「ぼける」) くるりん作

「ぼけ違い」 偽の投稿者名:春菜(O-bakeさん宅の企画に参加)


 春雨の中、舅の三回忌があった。春彦と暮らし始めたのは、一周忌が過ぎた頃だった。亡くなって二年なのに何故か二周忌や二回忌とは言わず、急に一から三へ飛ぶ。亡くなった年を0とせず、1として数えてゆくからだ。逆に赤ちゃんの「百日」のお宮参りは生まれた日を0とし、翌日から1・2・3・・・と数えてゆく、口が滑っても「百ヶ日」と言ってはならない、それは亡くなった人に使う言葉だから。
 そんな事はどうでもいいが、とにかく次男の嫁は気楽な稼業と思い、春彦を同居相手に選ぶ際の条件の一つにしたのだが、さすがに法事などの冠婚葬祭だけは親戚付き合いをしなければならない。この姑がまた変わった人で、法事に女は皆男装をして来いと言う。まったく何を考えているんだか、連れ合いを亡くしてから少し惚けてきたのではないかと皆が言っている。
 仕方がないので私は、もともと小柄な弟が制服の無い高校へ通っていた時、祖母の葬儀のために調達した喪服を借りてきた。ネクタイの結び方は、私の高校は紺のブレザーにエンジのネクタイという制服だったのでお手のものである。しかしまあ親戚一同集まると、宝塚の男役張りに似合っている人と、どう贔屓目に見ても全国ブス犬コンテストで入賞したブルテリアにしか見えない人もいる。
 これらの集団の中には当然子供もおり、遠方へ嫁いだ春彦の姉の男の子は特にやんちゃで走り回っている。その子が私の背後に来た時である、
「あっ、おばちゃんの服、穴ほげちょる!」
と言って笑いだした。ほげる? おいおい、またかよ、何ボケているんだい? 今回のお題は「ぼける」だよ、まったく。


内証考(お題は「ないしょの話」) くりるん♂作

「内証考」 偽の投稿者名:阿野ねのね(O−bakeさま宅の企画に参加)

     1
 「悪戯、嘘、と来て、今度は内証か。似て非なるものかな。ところで、内証の定義って何かね」
 「それはね・・・・ナイショ」

     2
 昔々のまた昔、所はどこでもおんなじだ。
「おい、おもしろいモノめっけたぞ」と一人が言った。
「なんだい、教えろやい」ともう一人がにじり寄った。
「お・し・え・な・い」と先の男が、別に女でも構わないんだが、薄ら笑いを浮かべながら答えたとしたら、ここに内証という現象が生じるわけだ。
 もし薄ら笑いを浮かべていなかったらどうなるのかって?
これは言葉の彩、表現上の脚色というやつで・・・

     3
「そんなこと言わないで、そら俺の自慢の石包丁やるからさあ。教えてくれよ」となおも男は追いすがる。
「なにっ!お前の石包丁をくれるってか?!」
おわかりのように内証というものは、腹の足しにならなくても形がなくても取引に使えるのである。

     4
 取引に使える、つまり商品価値をもつ内証というものは、だから金儲けの種になる。すぐに思いつくのは、芸能レポーターであり、記者という職業の人達である。
「頼む!これだけあるから、知ってること何でも喋ってくれないかな、もちろんあんたの名前は絶対に明かさないから」なあんてね。
高い銭払って買ったネタはもっと高く売れるってわけでさあ。

     5
 今の世の中、そう資本主義の爛熟期、拝金思想の跋扈する現代、IТ社会なんぞと大層に言ってますが、こんな情報を売り買いする時代が来ることは石包丁の昔からわかっていたんです。なんせ、人が意味ありげに隠し持っているモノに無関心でいられる人間なんていませんもの。
 求道者や悟りに達した人は別だと仰る、そりゃそうでしょうとも、ここは表現技法上の・・・

     6
 資本主義の爛熟期、拝金思想の跋扈するこんな世知辛い世の中に、インターネットの世界を渉猟していて驚かされるのは、無料サービスのサイトがあまりにも多く存在すること。人間まだまだ捨てたもんじゃないと嬉しくなります。正しい意味での「社会主義」が、こんな所からも芽生えてきているのではと、未来を信じてもいい気がしてくるのです。

遺書のようなもの(お題は「ないしょの話」) くるりん作

「遺書のようなもの」 偽の投稿者名:天瀬五郎(O−bakeさま宅の企画に参加)

 死ぬまでに、他人様に話したかったわしの秘密を聞いてくれるじゃろうか。あれは昭和十九年、わしが旧制中学五年の時じゃった。わしには二人の兄と一人の妹がおったが、父と長兄は戦死、次兄も南方へ赴き行方不明、わしは三男なのになぜか五郎。戦争が激化して、それまで満十九歳だった徴兵適齢が満十七歳以上となり、たとえ十七歳未満でも志願すれば兵隊になれるという恐ろしい時代になった。
 わしは同級で親友だったN君と密かに相談し、翌年の徴兵検査の前に徴兵逃れを企てたのじゃ。何しろ、兵隊になってから脱走するのは至難の業だからな。

 当時よく使われた手は、賄賂を使うとか虚偽の診断書を書いてもらうだの、医学部や農学部系の大学に進学するとか、醤油を浴びるほど飲むだとか遂には醤油を目に入れるなどまで横行したが、家には賄賂を払える金もこれ以上進学する金もなく、虚偽を書いてくれる知り合いの町医者も無かった。醤油も考えたが、万一検査を通ることが恐ろしゅうて、要するに臆病なんじゃろな。
 どんなことをしてでも、確実に逃げたかったのじゃ。苦労しながらここまで育ててくれ、旧制中学にも行かせてくれた親には申し訳なかったが、家を捨てる決心をしたのだ。たった一人の妹よ、母さんを頼んだぞ。

 もとより狭い島国、どこへ逃げても憲兵は追ってくるが、憲兵の数すら不足しているとの噂もあった。食糧事情も悪化し、たとえ逃げても餓死という現実もあったが、幸いN君とわしは田舎育ち山育ちゆえ山の中なら不安がなかった。とにかく、山奥へ山奥へと逃げ込み、草木や兎を餌にして生き延びたんじゃな。当時、徴兵逃れをした者はおろか、そういった者を出した家は残った家族にも厳罰があったので、終戦の気配を感じても、おいそれと家には戻れなかった。
 そこで、わしら忌避者は身元を詮索されない炭鉱などの重労働に従事せざるを得ず、ヤマ(炭鉱)からヤマを渡り歩いたのじゃ。あの頃は酷かった、朝鮮からの強制労働者もおってな、それはそれは過酷な重労働の中、炭鉱事故も相次ぎ苦労を共にしたN君が帰らぬ人となった。わしは悔しゅうて悔しゅうて、N君の遺骨と土をどうしても彼の家族に届けてやりたかった。

 十代の頃とは全く風貌の変わったわしじゃが、わしの家族には顔を合わせられないので密かに彼の実家を訪ねた。既にご両親は亡くなっており、彼の姉さんが婿さんをとって家を守っていた。わしは詫びた、姉さんに。そりゃあ土下座して謝ったさ、遺骨を届けたからにはわしの役目も終わったので責任をとって死ぬつもりだったが、その姉さんと旦那がいい人でな、わしを匿ってくれた。それから姉さん一家が、山あいで鄙びた温泉宿を始めると言うので手伝った。
 わしの戸籍かい?そんなもんは無いさ、徴兵を逃れて行方不明、のち死亡扱いになったらしい。妹がわしを血まなこになって探したのも、過去の話じゃ、母の最期も妹が看とってくれたらしい。旧制中学のとき密かに片恋をしていたF子さん、同じ汽車で高等女学校へ通学していたんだがね彼女も幸せな家庭を築いたらしいし、もう思い残す事は何も無い。

 ただな、わしが死んだら妹だけには、逃げ隠れして生き延びた非国民のわしのことを伝えて欲しい。非国民かどうかは、他人様が判断してくれたらいい。ここだけの話だが、わしはもうすぐ仙人になるのじゃ。


 「永訣の朝」のはなし (くりるん♂)

 知人に和泉攷(こう)という物書き志望の男がいる。いくらせっついても期待しても一向に何も書きそうにないので、もと詩人と呼ぶことにしている。十年前に一冊だけ詩集らしきものを出したからである。書けないのか書かないのかは知らないが、とにかくそれ以来ほとんど作品らしい作品を書いていない。だが、いや、だからこそ彼の話はおもしろい。
          *      *      *
「宮沢賢治がベートーヴェンのファンだったって話、知ってる?」
「もちろん。セロ弾きのゴーシュは田園ひいてたんだろ」
「そう。じゃ、「永訣の朝」と第五シンフォニーの主題が同じだったって話は?」
「何だ、それ。どちらも“運命”ってか」
「小学生じゃないんだぜ」と彼は嗤った。「未発表の説だから、あまりあちこちで吹聴しないでくれよな」と断わってから、もと詩人は得意気に始めた。
          *      *      *
「永訣の朝」のモチーフは二つある。一つは言うまでもなく“死にゆく妹”であり、いま一つは“妹のせりふと、降りしきる雪”だ。一つ目のモチーフは、冒頭にはっきりと示されている。
「きょうのうちに/とおくへいってしまうわたくしのいもうとよ」
 あとの方にも、「きょうおまえはわかれてしまう」が二箇所出てくる。
 二つ目のは、変奏曲のようにいくつものヴァリエーションを伴いながら進行する。
「みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ/(あめゆじゅとてちてけんじゃ)」
「うすあかくいっそう陰惨な雲から/みぞれはびちょびちょふってくる/(あめゆじゅとてちてけんじゃ)」
「(あめゆじゅとてちてけんじゃ)/蒼鉛いろの暗い雲から/みぞれはびちょびちょ沈んでくる」
「(あめゆじゅとてちてけんじゃ)/銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの/そらからおちた雪の…」
「あんなおそろしいみだれたそらから/このうつくしい雪がきたのだ/(うまれでくるたて/こんどはこたにわりゃのごとばがりで/くるしまなぁようにうまれでくる)」

 「これのどこがベートーヴェンと関わっているのかって? まあ、慌てなさんな」彼は僕を制しながら、「この詩の前半十五行目までと、十八行目からあとの部分で詩の調子がどう変わるか、感じたままを言ってほしいんだけど」と言った。僕はしばらく作品を黙読してから、「そうだな。感じだけでいいっていうんなら、前半は暗く沈んでて、そう、文字通り、びちょびちょって感じかな」「後半は?」「後半は、そんな感じちっともしない。むしろ清らかで明るいイメージだよね」「その通り。それがこの詩のテーマなんだ」
 彼は飛躍して、一気に結論を出してしまった。「もう少しわかりやすく説明してくれないかな」「もちろんそのつもりさ」
          *      *      *
 妹さんが所望した「あめゆじゅ」を、前半では「みぞれ」と言い、後半では「雪」と言い換えているところがこの詩を解く鍵なんだ。「陰惨な雲」から落ちてきた「まっしろなゆき」は、妹が食べた後どうなるのかというと「聖い資糧」になるのだという。このメタモルフォーゼ! 「修羅」を歩く賢治が「けなげないもうと」のオーラに触れると菩薩に昇華するというのと同じプロセスなんじゃないか。
 ところで、この作者の作品はどれも多かれ少なかれ宗教的だよね。この詩にも「兜率の天」なんていう抹香臭い言葉が出て来る。仏教的ということにこだわれば、「陶椀」の模様も気になるところだ。なんで「蓴菜」なんだろう。お茶碗に紺色の蓴菜の模様ってのはポピュラーだったんだなんて、まことしやかな説明を読んだことがあるけど、そんな問題じゃない。「青いもようのついた/これらふたつのかけた陶椀」で充分じゃないか。なんだって「青い蓴菜のもようのついた」でなきゃならないんだ。我田引水と思いたきゃ思え、僕の答えは、「蓴菜」は極楽浄土の象徴である「蓮」(蓮華)の代用品だということだ。どちらもスイレン科の植物で形もよく似ている。ついでに言えば、賢治の信仰していた法華経のお題目「南無妙法蓮華経」にもちゃんと「蓮華」の文字が含まれている。仏教で蓮の華が意味を持つのは、言うまでもなく「泥中より咲き出づる蓮の華」と言われるように<修羅からの浄化>をこの植物が象徴しているからだ。さあ、もうわかったろう。この詩には、確かに二つの主題があった。でも本当の主題は文字に書かれたものではなくて、この作品のもつ構造それ自体なんだってことが。「汚れから聖なるものへ」の転生。ベートーヴェンの第五シンフォニーの構成による主題は何だっけ。そう、「苦悩を通して歓喜に至る」。まあ、堅いこと言わなきゃ、おんなじことだあね。
          *      *      *
 かなり強引な説だとは思ったが、お愛想で、「面白いじゃないか。どこかに発表でもすりゃ、ひょっとして新説として注目されるかもよ」と言ってやったら、こういうのは内々でこっそり愉しむのがいいんだよとうそぶきやがった。どうやら公にされていないこの手の珍説なんてのは、巷間にゴマンところがっているような気がしてきた。



 長江にもの想う(くりるん♂)

  長江にもの想う

長江を下る船の窓から
次々と現れては消えてゆく
緑の風景を観つづける

樹々の中にコンクリート造りの
四角い箱のような家々が見える
白壁に青い窓枠の集合住宅
山を一つ越えた遠くに工場群
学校 マンション 古風な楼閣

流れ去るのは江上の峡谷か
それとも瞬時に古びてゆく
時という目に見えぬ大河か

決して飽きることはなくても
際限なく続く光景に疲れた目を閉じ
頭の中で想像の家屋を見送る
その間 本物の家々の幾らかは
私に観られることなく過ぎてしまう

私に観られた洋館がかりに
この客船の船長の家だったとしても
観過ごされた陋屋の一つが
フロント受付嬢の家だったとしても
ただの観光客である私には
何の関わりもない事である

それは無論そうなのだが
にも拘らず好奇心を越えた
何か得体の知れない感情が
私とそれら諸々の風物とを
結びつけようとしてやまない

雑技を終えて駄賃をねだる鬼城の子らも
渓谷にのど自慢を披露し合う土家の民も
自らの哀れな肢体を見せつけ物乞う嫗も
私の日常には一切関係しない人々である
しかるに一旦私の目に飛び込んだ彼らは
私の生きている限り
私の中で呼吸し生活し
常に私に何ごとかを訴え続けるのである

彼らの死後も私の死後も
悠久の長江は流れ続ける
宇宙の時間を流れ続ける


(2002年夏、再び中国を訪れて…。※陋屋=ロウオク、土家=トカ、嫗=オウナ)


 人骨(お題は「いたずら」) くるりん♀作

「人骨」 投稿者:ジェームズ・ボーンド (O−bake様宅の企画に参加)

 「どちらも3時頃になります」と、市の職員である焼き場の係員は静かに言った。骨格を見ただけで焼き上がり時間が判り、遺族の気持ちを決して逆撫でしないその物腰はプロ級で、そんじょそこらの市職員には勤まらないだろう。「どちらも…」と言う事は、亡くなったのは1人ではなさそうだ。

 生前から仲の良かった老夫婦は、常日頃から一緒に死ねたら良いねぇと語り合っていた。それが無理なら、せめてお互いの遺骨を見たいもんだ…とも。そちらの方が、もっと不可能だと思うのだが。

 ところが幸運にも、前者の願いが叶ったのだ。その老夫婦の夫の方は、若葉マークならぬ枯葉マークを付けて車の運転をしており、そろそろ免許証を返還しなければ…と言っていた矢先の事故であった。加害者の大型トラックの運転手は無傷、片や老夫婦の軽自動車はペシャンコ、2人共即死であった。

 そろそろ焼けただろうか?2人の仲を知る遺族達も、一緒に逝けて良かったのでは?と、あまり悲しそうではない。年甲斐もなくベタベタした2人が消え、中には清々した!と思っている者も居るようだ。

 実は亡くなった2人には、もう1つ叶いっこない夢があった。普通2人亡くなると、骨壺は2つだ。同じ墓と言っても、2人は別々の壺に入り、別々の白木の箱に入り、どうかしたら金襴緞子の煌びやかな布袋まで被せられる。しかしその老夫婦は、2人の遺骨をグチャグチャに混ぜ合わせ、墓の中でも同じ壺に入りたかったのだ。こうして別々に焼き上がった今、どうやって混ぜる事が出来ようか!

 彼らの家には、座敷童子が住んでいた。いつも、老夫婦の会話を盗み聞きしていた童子は、何とか彼らの非常識な願いを叶えてやりたいと思っていた。やるなら今しかない!

 遺族の1人が海外の農業派遣先からやっと戻ってきて、火葬場で皆がお骨を拾っている所へ入ってきたのだ。その人が入ると同時に、童子は竜巻のような突風を起こした。火葬に使った重い台は別として、灰から骨から皆飛び散り、床に散乱した。人々は尻餅をついたり、壁際に叩きつけられたりした。持っていた壺も落ち、割れた。もう、どっちがどっちの骨か判らない。遺族たちは、辛うじて壺の破片と人骨を選り分け、新たに用意された2つの壺に収めた。

 これを運命のいたずら、もしくは今まで数々のいたずらをしてきた童子の、最高のいたずらと言わずして何と言おう。


 小咄ニ題(お題は「いたずら」) くりるん♂作

「小咄二題」 投稿者:いとこい (O−bake様宅の企画に参加作品)

小咄 其の一

電車の中で痴漢行為におよんだ者の似顔絵が駅の構内に貼り出された。
「どいつもこいつも皆ハンで押したように、平板な顔ですなあ」
「ええ、これがホンマのイタヅラちゅうやつです」


小咄 其の二

ある日、神様が長男のシッカリに、大地と火星をプレゼントしたそうな。
長女のチャッカリには、大海と水星を。
二男のオドケには、大空と木星を贈った。
次女のオチャメには、金星と土星を。
そして、一番可愛がっていた末っ子のイタズラには、太陽と月を奮発してやった。

まもなく、末っ子以外の子供達はお礼の品々を持って父上を訪れ、肩をもむやら腰をさするやら。
ところが、いつまで待ってもイタズラだけは姿を見せない。
そこで、神様は大きなため息をつきながら言ったとさ。

「イタズラに月日をおくると、あとで後悔することになるのだなあ」