2004年スプリングパーティ(O-bakeさん宅の企画)〜いただきました
   2003年のハロウィンに続き、覆面のHNで投稿して本当のHNを当てるというものです。
   お題は「嘘」。くるりんが当てたお話と、管理人様のお話を頂戴しました。



嘘でしょ  投稿者:癒雨零(O-keiさん→O-bakeさんの創作のお仲間です)

 ゆらりは、足が痛いと思った。疲れたのか神経痛なのか、わからないけど鈍い痛みが時々やってくる、様な気がした。
「あたし、何だか足が痛い」
 明かりが見えない静かな夜のお寺の片隅で、ゆらりがそう言った。
「嘘でしょ。あたしたちに足なんてないじゃん」
と、ふらりが言った。
ゆらりとふらりは、ゆうれいだ。だから足なんて存在しない。1年ほど前、たまたま同じ日にゆうれいになって出会ってから、友だちになったのだ。
「ほら、足とか手とかを失った人が感じる幻肢痛ってやつ。こんな感じなのかな」
「あんたさあ、生きてる時にそういう状況になったことあんの?」
「ないけど……」
 ゆらりはゆうれいになる直前のことを思い出してみた。
あれは、あたしが嘘をついたせいだ。同棲してた彼に、彼の親友の家で泊まったって言ったら、彼が豹変した。本当は泊まってなんかいなかったのに、あんまり彼が親友とあたしの仲を疑ったりするから、わざと言ってやっただけ……。後で、嘘だよって言っても遅かった。彼は狂ってた。彼は一緒に死のうって言った。あたしはまあ、死ぬこともいやじゃなかった。なぜか彼となら死んでもいいかもって気がした。そして二人で海に飛び込んだ。ありきたりだけど、結果はあたしがゆうれいになって、彼は助かったってわけ。そして、彼は大怪我をした。
「それで、彼は怪我をして足を失ったとか?」
 ふらりが、好奇心むき出しに聞いてくる。
「それが、失ったのは足ではなくて腕なんだ」
「じゃあ、なんであんたの足が痛むわけ?」
「わかんない」
 でもゆらりには何となくわかっていた。足が痛いわけが……。彼は夜、ベッドでゆらりの足をさすったり、舐めたりするのが好きだった。ゆらりも彼が足をかまってくれることに、ある快感を感じていたと思う。でもそんなこと、ふらりには言えなかった。だから嘘をつく。嘘のせいでゆうれいになったのに、また嘘をつく。


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「これ、わたしの『小説講座』のゼミの課題の創作。できたから配っとくね」
 時折、冷たい風が窓から流れてくる教室で、由紀が言った。文枝はそれを見て青ざめた。
「嘘でしょ。これ、わたしの……」
 主人公の名前こそ、「ゆきえ」から「ゆらり」に変わってはいるものの、それは紛れもなく、文枝が夕べ姉の写真を傍らに書いたものに酷似していた。しかも文枝はまだ提出していない。
「これって、盗作じゃないの」
「嘘でしょ」
 文枝の背筋が震えた。

〈了〉



Sweet Little Lies  投稿者:弥生(まりかさん→+夜間飛行+

 旅行鞄に荷物をパッキングしていく。ひとつひとつ、注意深く。
 これから行く私だけになれる場所に、私にとって必要なものだけを持っていくために。
 たとえば五色のシャワージェル。私は五回は泡に埋もれたバスを使うだろう。
 リモージュ焼きの白磁の皿を二枚。柊をかたどっていて、私の片手に載るほどの大きさだ。
 眠るときのオードトワレ。数冊の詩集と本。ローズの口紅、白いバスローブにetc.etc.
 仕上げは離婚届だった。慎重に押印をして鞄にしまうと、私は自宅をあとにして予約したホテルへと向かった。



 星空が広がったような窓の夜景に東京タワーが浮かんでいる。
 プールで泳ぎ、バブルバスからあがると、ぼんやりとした疲労感が体を包んだ。
 これからささやかな空間を作るのだ。
 リモージュの一枚に結婚指輪が、かりんと音をたてて転がった。もう一枚にはキャンドルの炎が揺れている。
 透きとおる雪のような皿の白は、それを買ったフランスでのクリスマスを思い出させる。
 雪がちらつく街で夫となったばかりの人が隣にいた。ツリーの柊は清らかな幸せを運ぶのだというのを教会で聞いた。
 私達の幸せが、とけない雪の葉になったようね。と、私達は、もちろん冗談でなく本当に誓いあって、笑って、それを選んだ。
 冷たい雪の中、私達は世界中の何にも負ける気がしなかった。
 熱い蝋も解さず、柊は白い葉のまま沈黙している。


 ぴたぴたと雨が夜景をにじませはじめた。
 冷えた体を温めようといきおいよくバスタブに湯を流しこんだ。身を沈めた三回目の泡はブルーだった。
 手元にある詩集では、アル中の苦しみを克服した男が妻への愛をうたっている。
 詩の中の男は一度「死んだつもり」になる。二度と彼女の前に起き上がれなかったらどうしようかと、彼はさらに考える。
 妻のことを考え、目を開け、今自分が生きていることの慎ましやかな喜びを彼は記す。
 私が夫と繰り返した諍いの中で、憎しみから相手を消し去りたい思いに駆られたとがあった。そのとき、天に仰向く詩の男が、必ず私の中にいた。
 青天の光のなか、瞼が閉じて。開かれて。
 本当は、私だって、その男が感じた小さな喜びだけで充分幸せだったはずなのに。
 そして、詩の男は、このあと本当に死んでしまう。
 君に感謝をする。という言葉を残して。


 ルームサービスのデザートに、小さな桜の枝がついていた。
 デカンタに挿して見ていると、少しずつ花びらがほころんでいるようで飽きなかった。
 自宅の窓には隣の庭の桜が、手に届きそうに咲いていた。二人で迎える初めての春だった。
 春生まれの私に、オードトワレが彼から贈られた。カーテンにほんの少しつけてみると、風が香りをはらんで部屋を通った。
 カーテンが翻るたびに姿を見せる桜や、君に似合う香りがわからなくて、という彼の穏やかな声を思い出した。
 こうしてホテルのベッドの中で。
 夜が続くかぎり、私が思い出すことに尽きるという言葉はなかった。
 私って何て遠くまで、引き返せないところまできてしまったのだろう。夜を統べる東京タワーのように身動きが出来ない。
 もし結婚が終りを告げたりして、いや、それ以外の出来事もあるかもしれないが――彼という人間と別々の道を歩むことになったとしても、その存在は生きている限り自分の一部となり、分かつことなど出来ないのだ。こんなふうに。
 愛しても、憎んでも。うまくいっても、失っても。
 誰も棲まないたった独りの、怖いもの知らずだった自分に戻ることは、もう二度と出来ないのだ。



「どうだった?小さな旅行は」
 翌日帰った自宅の玄関で夫が迎えてくれた。私の東京土産に笑顔を見せながら。
 彼は続けて穏やかな声で「おかえり」と言ったので、私も「ただいま」と答えた。
「もちろん、エステ美人になれて充実したお休みだったってば。散らかす人も、掃除をしない人も、片付けない人もいないし」
「それって全員同じ人のこと?」
「そうよ」
 今もさ、申し訳ないことにその通りなんだよ。と、苦笑しながら荷物を運んでくれる背中は、何も以前と変ってなかった。
「君がいない一晩でちょっと桜が咲きはじめたよ」
「東京も咲きはじめてた」
 東京タワーがさみしそうだったの。そう言おうとして、どうしようもない懐かしさに足がすくみそうになった。
 雨ににじんだ東京タワーや、朝、ホテルのデカンタで凛と咲ききった桜の花が遠い日のことのようだった。

 彼は私が持っている封書に全く気付いていない。
 あとで私は、そっと、そして丹念に、自分のことだけを書きこんだ贋物の離婚届を破り捨てるだろう。
 年に一度私は、夫には秘密の嘘を、自分には自分をためすような嘘をついて独りになってみる。
 私の誕生日前の、小さな大冒険の話である。



嘘と真実の隙間  投稿者:O-bakeさん(Sweet Little Ghostの屋敷)

「ねえ、知ってる? 音楽準備室に『出た』んだって」
「それ、私も聞いたよ」
 6年2組の教室は朝からその話題でもちきりだった。
 授業の合間にひとり窓ぎわで外をながめていた今日子にも、クラスメートたちは押しかけてくる。
「今日子、掃除当番の時に見たんでしょ? どんな感じだった?」
「別に見えたわけじゃないし……」
「でも誰もいないのに音がしたとかさあ」
「風のいたずらだったかもしれないし」
 幽霊話の苦手な今日子はのらりくらりと、好奇心の塊みたいな級友をかわそうとする。しかし、彼女たちはそんなに甘くない。
「ねぇ、今日子って幽霊が恐いんじゃないの?」
 ついに一人が大きな声で問いかける。
 やはりそう来たかと、今日子は思う。ここで認めたら、あとあとやっかいなのだ。卒業するまで、ことある事に幽霊恐怖症を引っ張り出されるに違いない。しかたなく今日子は奥の手を使った。
「あのさ、幽霊話をしていると、その場所に幽霊が集まってくるんだって」
 ふっとその場が静まった。そこへ、茶色がかったショートカットの女の子がやって来て、ある場所を指さす。
「ほら、そことあそこにもう来ているよ」
 トイレから戻ってきた留依だった。彼女には本当に幽霊が見える。それを知っている女の子たちの顔色が変わった。もちろん今日子もだ。その場しのぎで言っただけなのに、本当に来ているなんて!
「えーっ!」
「うそでしょ?」
「背中がゾクゾクしてきた!」
 今日子を取り囲んでいた子たちは、たちまち散っていった。
「ありがと、留依」
「そんなの、大したことないよ」
 留依はニッと笑って見せた。
「ところでさ……」
 今日子が鳥肌のたった両腕をこすりながら、声を落とした。
「あ、本当に『来ている』かってこと?」
「それそれ!」
「あれはね……」
 留依はわずかの間窓の外に目をやる。
「うそだよ」
 今日子は思わず大きくため息をもらした。
「よかったぁ。もし本当に来ているなんて言われたら、私、きっと気絶してる」
「ふふ、相変わらずだね今日子は。あいつらは大したことしないってば」
「留依は強いよ」
「そうかな」
 うん、と今日子は大きくうなずいた。
 実際、今日子のすぐ後ろでは男の子の幽霊が苦笑いしていて、留依にはそれがよく見えていたのだった。