冷たい雨のふる日だったけど、ハロウィンパーティが開かれている英会話教室は熱いぐらいで、窓はうっすらと曇っていた。
僕はその窓の下にすわり、魔女になりきった妹たちが夢中でゲームの続きをしているところをぼんやりながめていた。もともとやる気の無い僕はとっくにドロップアウトしている。
ほんの一時間前まではここに来るつもりなんて、さらさらなかった。今年は高校受験だから、仮装パーティは去年で終わりにするつもりだった。
これで最後だからと、去年は恥をしのんで女装にトライして、結果、見事に仮装大賞をもらい、「今年でパーティからは引退する」と宣言までしてきたのだ。
それなのに今日になって妹が「お兄ちゃんが行かないならあたしも止める」と言い出し、彼女の強情さを知っている母は渋い顔をしながらも「あんた、行ってあげたら」と来た。
で、僕は引退しそこねてここにいる。しかも某魔法学校の悪名高き教師の格好をさせられて。窓に映る不機嫌きわまりない顔は本物そっくりだ。今年も別の意味で仮装大賞がもらえるかもしれない。
僕は、ここに来てから何回目になるかわからないため息をついて、部屋を見渡した。すると、黒い仮装の中で、たった一人、白い魔女に扮した女の子に気がついた。初めて見る顔だ。最近教室に入った子だろうか。ついじっと見る。彼女が振り向いた。
可愛い。
ひざ上10センチの白いワンピースに、白いボアのついたマントをはおり、白いブーツという格好。頭にはお決まりの三角帽子をのせて、これは銀色。抜けるように白い肌にくりっとした目。肩にかかるまっすぐな黒髪。むしろ妖精だ。
ぼうっと見つめていると、彼女が微笑みかけてきた。僕の頭が一気に熱くなって、もう少しで倒れるところだった。
そうならなかったのは妹のおかげだ。彼女は投票用の紙を持って「お兄ちゃん!」と来た。仮装大賞を決める時間が来たらしい。
投票するのに鉛筆はいらない。チップのような青い紙切れを、自分が一番気に入った人のところへ持っていけばいい。青い紙を一番多くもらった人が賞をもらえる。
僕は迷わず白い彼女に手渡すことにした。そうしたらきっと話もできる。
ところが、彼女がいない。さっきはひと目でわかったのに、今はいくら探し回っても見つからない。僕は教室の先生に聞いてみた。すると、アメリカから日本に来て3年になるというその先生は言った。
「今日はハロウィーン、日本のお盆と同じ。死んだ人も集まってくる。だから、そういうこともアリマス」
先生は意味ありげにウィンクをすると向こうに行ってしまった。残された僕は思う。
「そういうこと」ていうのは、つまりアレか? 「化」のつくものなのか?
ぞわりと鳥肌がたちかけた僕の背中を誰かがトントンと叩いた。さっきの白い女の子だ! 僕の頭から思考力が弾け飛んだ。まるで消え入りそうな白さもコスチュームも可愛らしさも仮装なんかじゃない。この子がモノホンの幽霊だとしても、それがどうしたっていうんだろう。
僕は青い紙を女の子に渡そうとした。でも彼女は首を横に振り、にっこりと僕の胸元を指した。
「あなたの体をちょうだい」
そういい終わるか終わらないかのうちに、ぐわんと目まいがして、僕と彼女は入れ替わっていた。僕は気づいたら浮遊霊となって、自分の体を見下ろしている。
この世とあの世を通じて最強最悪の化かし屋だよ、女って。