母べえ (かあべえ)





 最近は「たそがれ清兵衛」「武士の一分」など時代劇の名作を作ってきた山田洋次監督が、何もなくただ貧しかった昭和
初期を舞台に、母の愛・家族の絆をテーマに撮った感動の名作です。


【キャスト】
野上 佳代(吉永小百合)  夫を尊敬し、子供たちにも情愛深い母。
                  夫が拘留されて後も夫を信じ家族を支え続ける母。(かあべえ)
野上  滋(坂東三津五郎) 戦争反対の信念を貫き、治安維持法違反で検挙される文学者。 佳代の夫。(とうべえ)
野上 初子(志田未来)   野上家の長女。 (はつべえ)
野上 照美(佐藤未来)   野上家の次女。 (てるべえ)
   〃   (戸田恵子)      〃    。 大人になってからの照美。
山崎  巌 (浅野忠信)  出版社に勤める滋の教え子。 滋が逮捕されてから後の野上家の家族を支える。
藤岡 仙吉(笑福亭鶴瓶) 岡山に住む叔父さん。
藤岡 久太郎(中村梅之助)佳代の父親。 元警察署長。
野上 久子 (壇 れい)  滋の妹。

【ストーリー】
 昭和15年の東京の夕方。 父親の滋が外出先から帰ってきたのを知らず、母親の佳代が庭に干していた洗濯物を取り込んで
いる。 姉の初子が「お帰りなさい!。」と父に言い、庭に居る母に「父べいが帰ってきたよ」と大きな声で教える。
 (家族がお互いに、 べえ をつけて呼び合うアイデアはユーモアを愛した父の提案だった)
 滋は佳代に「また、検閲に引っかかったよ言葉を選んだつもりなんだけどなあ」と言った。 さらに「家賃どのくらい溜まってい
る?」と聞いた。 佳代は「3ヶ月くらい・・・」と答えた。 滋が「しょうがない・・・本でも売るか?・・」と言うと、佳代が「何とかなる
わ・・・なるって」と言うのを「どうなるんだ・・・そう考えるしか、しょうがないだろ」と滋は答えた。

 野上家の部屋の中。 丸いちゃぶ台を囲んで、家族四人が夕食の最中。 姉の初子が「父べえ・・・家の中でまた襟巻きして
る。 家の中ではしない約束でしょ」と父に注意する。 滋が「父べえは広島で育ったからな」と言い訳をする。 妹の照美が「広島
ってそんなに暖かいの?・・」と聞く。 滋は「いいとこだぞ」と言い、母が「窓から海が見えるんですって・・・」と言う。
 初子が  ♪ 海は広いな 大きいな  と唄い出す。♪  (家族みんなが歌いだす。)  ♪ 月は登るし 日は沈む。     
  ♪ 海にお船を 浮かばせて  行って見たいな  よその国 ♪
  (なつかしい我が家の思い出です。 姉の初べいは12歳、照べえの私はまだ9歳でした)

 家族が枕を並べて寝ていた深夜。 車が表で止まった音で母が目を覚ます。 ドアの開く音や会話が騒々しい。 母が父に「あ
なた・・起きて、なんだか変よ」と言って起す。 車から4〜5人の男たちが降りてきて、玄関の戸を叩く。 男は玄関に入ると「署ま
で来てもらおう」と父に言った。 父は「逮捕状は有るのか?」と聞いた。 男は「そんなものはない」と言い、他の男たちにアゴで
しゃくって、捜査の取り掛かりを命じた。 男たちは土足のまま部屋に上がって、タンスや押入れの中のものまで、手当たり次第
に引っ張り出した。 おびえる子供たちを母は「だいじょうぶ」と言って抱き寄せた。 父は「子供がいるんだから少しは考えてくだ
さい」と言ったが、男は「うるさい!」と怒鳴った。 たくさんの本を押収して、男たちは父の両手に縄をかけ、さらにタスキがけし
た縄で身体を縛った。 照べえが「こわい」と言って顔を伏せた。 男は「奥さん、・・今度は少し永くなるよ」と言った。 父は「父べ
えのことは心配要らない。・・・必ず帰ってくるからな」と言って車で連れて行かれた。

  朝、子供二人が丸いちゃぶ台で食事をしている。 照べえは泣きながら食べている。 母が「早く食べなさい・・・学校に行ったら
いつものように普通にするのよ」と言う。 照美は「父べえは悪いことをしたの?・・」と聞く。 母は「父べえが悪い人ではないこと
は、二人が一番知っているでしょ。・・・」と言った。
  (父べえが連れていかれたあの朝のことは忘れません)

 留置所の部屋の中。 5〜6人が先に入っている格子のある部屋に入れられる。 年配の男が「お前は何をやった」と聞いてく
る。 滋が「思想関係のことで・・・」と答えると、男は「赤か?・・便器の脇に座らす訳にはいかんな・・・だいぶやられたか?」と言
った。
  (翌日から母は毎日のように面会に行きましたが、なかなか面会は許されませんでした)

 母佳代の父、久太郎が突然山口からやって来た。 「お父さんどうして?・・・とにかく上がって」 「そがな時間は無かよ・・・。佳
代・・滋君が逮捕されたと言うことを何で手紙で知らせなんだ。・・・維持法違反だぞ。つまり国に逆らう、これ以上の罪は無い」 
佳代が言う「滋さんはそんな大それたことをした訳ではないので、きっとそのうち・・・」 「何を言うか!・・容疑はちゃんとあがっと
る。・・・わしは警察の人間ぞ。・・・ わしは署で恥をかいた。 わしがお前の結婚に反対したのは、いずれはこがいなことになる
と思うてじゃ。 国体を維持することに逆らう者の最高刑は死罪じゃぞ。・・・父さんはこれから所轄署に行って挨拶してくる。それ
で夜行で山口に帰る。・・・何かの足しにせえ、・・・もう少しましな家に住んどると思うちょったが・・・」と言って紙にくるんだお金を
おいて出て行った。

 家族三人での夕食。 照べえが写真の父に向かって「父べえ、いただきます」と言って手を合わせた。 玄関の戸をドンドンと叩
く音がした。 初べえが「特高じゃないの?」と母に言う。 照べえが「特高って何?」と聞く。 母が玄関に出て「どなたですか?」
と聞く。 「山崎です。・・・」 「どちらの山崎さんですか?」 「あの・・野上先生の教え子の山崎です。・・夜分どうもすみませ
ん。・・ぼく学生時代に友人とお邪魔したことがありますが・・・」 「シューベルトのリードを大きな声で歌った山崎さん。・・・」 「え
え、その山崎です」 「よく覚えています。・・・さあ、どうぞ、どうぞ」 山崎が三人に挨拶する「皆さんこんばんは、・・お食事中に申
し訳ありません。 用事が済み次第すぐに帰ります。 だが、奥さんこの度は大変なことで・・・。先日、小林先生から連絡があり
まして、びっくりしました。 さぞ、ご心配のことと思います。 早速仲間たちが集まりまして、面会とか差し入れのことを調べてま
いりました。」  山崎は手帳を出して読みながら説明をする「すでにご存知のことと思いますが、面会にしても差し入れにしても
警察によって様ざまです。 緩やかなところもあるし、腐るまで放っておくところもあるそうです。・・・先生が留置されている堀の内
署なんですが、・・・」 佳代が「差し入れは一応受け取るんですが・・面会の許可がなかなか下りなくて・・・」と口を挟む。 山崎が
「まだ会わせてくれないんですか?・・しょうがねえな。・・そのような場合は担当の検事に直接お願いすれば、何とかなるんで
す。・・・どこに行けばいいかと言うことになるんですが、・・・東京は霞ヶ関にあります中央警察署に検事局がありまして、その中
の知捜に行ってください。・・・冷たくされても簡単に諦めてはいけません。粘り強く交渉することが大事です」といってメモに書い
てくれた。 さらに山崎は野上の写真を持って「先生貴方は決して独りではありません、大勢の人達が先生のことを見守っていま
す。 頑張ってください」と言った。 佳代が「有難うございました」と礼を言うと、山崎は「また何かありましたら、ぼくのほうに連絡
下さい。 僕の勤め先の出版社の電話番号を書いておきました。・・・それでは僕この辺で・・・奥さん、お嬢さんたち、決して希望
を失ってはいけません。」と言う。  挨拶をして、立ち上がろうとした山崎は足の痺れで転んでしまう。 さらに立ち上がろうとし
て、今度はひっくりかえる。 靴下に大きな穴が空いているのを見られる。 佳代が「よかったら、ご飯召し上がっていきません
か?・・・何も無いんですけど・・・」と言う。
  (山崎さん、愛称山ちゃんは、その日から我が家には居なくてはならない人になりました)
 玄関で、山ちゃんが「食事までご馳走になってしまって・・・」と礼を言う。 照べいが「また来てちょうだいね」と言い、三人が「お
やすみなさい」言って分かれた。

 交番の前を山崎が大きな声で、ドイツ語でシューベルトのリードを歌いながら通る。 立ち番の警察官が「おい、こら!・・ちょっと
まて」と呼び止める。 「こんばんは、・・・何でしょうか?」 「なんでしょうか?・・・俺が呼んだのに、なぜ立ち止まらないんだ・・・
この夜更けにどこへ行く?」 「こっちの耳(左)がまったく聞こえないものですから・・・大学時代にお世話になった先生のお宅に
行ってきました。 今から下宿に帰るところです。」 「大学出か?・・・いい身体して何ぜ軍隊に行かないんだ?。・・・耳は聞こえ
なくても国のお役に立つ方法は幾らでもあっぺよ」 「学生時代に徴兵検査を受けたのですが、残念ながら丙種で有りました。 
私のようなものでも赤紙が来れば、護国のために出征する覚悟は出来ています」 「ようし、行け!」
 
  (山ちゃんに教えられてとおり、母は検事局や警察に何べんも足を運び、ようやく面会の許可が下りたのは、さくらが満開の頃
でした。)
 佳代が留置所の係官に「弁当と着替えを持ってきたのですが、食べさせてもらえますか?」と聞く。 案内された事務室に、家を
出たときのままの着物姿で、やせ細った父が入ってくる。 父が「照べえも来てくれたのか?」と照美に声をかける。 照べえは父
の変わりようが恐くなって母の着物の袖に隠れる。 母が聞く「あなたお身体は?・・・」 父が答える「ごらんのとおりだ」 「もっと
早く来たかったのだけど、なかなか手続きが・・・小菅さんのご好意でようやく着替えを・・・」と言いながら、風呂敷を解いて新しい
着物を出す。 佳代が古い朽ちかけた着物を脱がせ、滋の背中に新しい着物を掛けようとして、佳代は一瞬顔をそむけ目をつむ
った。 滋の背中は拷問の跡が隙間無くあった。 佳代は急いで新しい着物を肩に掛けた。 小菅が言う「あんただって帝国大学
の学士さま、順調に行っていれば、俺達なんか口も利いてもらえない大学の教授なんだがな。」 
 佳代が弁当を広げて夫に食べさせる。 佳代が泣いている。 佳代が「ゆっくり食べて・・」と夫に話しかけると、小菅が「私語は
いかん!」と注意した。 小菅は佳代に「大変だなあ、あんたも、・・・結婚する時は、こんなことになるとは思わなかっただろう」と
言い、滋に「こんなベッピンさんに淋しい思いをさせて・・・奥さんのお父さんが突然訪ねてこられて、びっくりしたよ。・・・山口県で
警察署長をしておられたんだってな。 娘を嫁にやったが相手が思想犯ではな、お義父さんの立場としては随分お困りの様子だ
ったよ。・・・お義父さんの気持ちを少しは考えるんだな。 娘さんも居ることだし、少しは早く家に帰れるよう考えんとな」と言っ
た。  佳代が小菅に聞いた「主人は何時ごろ釈放になるんでしょうか?・・・」 「そりゃ奥さん、奥さんからもだんなさまに頼むん
だな、早く考えを改めて、正しい日本人になってくださいって。・・・お嬢ちゃんもさみしいだろ」と小菅が言った。 照べえが小菅の
ほうを指差して「この叔父さんさっきから・・・」と言いかけたので、びっくりした佳代が照べえを叩いた。
  (母べえは帰る道で泣きどおしだった。 父べえは髪の毛ぼうぼうで、永く風呂に入ってないので臭かった。)

 炭屋のおじさんが「おたくはご主人が、ああゆうことになっているのだから、隣組の付き合いはちゃんとしたほうがいいよ」と言っ
てくれた。 住吉隣組では宮城遙拝を毎日行った。 陛下が葉山の御用邸に居る時は、どっちの方角を向くのが正しいか論争し
て、どちらも遙拝した。
  (隣組のおじさんは、なぜか母には親切で小学校の代用教員の世話をしてくださいました。 しばらくして父は拘置所送りにな
りました。 拘置所では面会も欲しい本の差し入れも許されました。  ただし、本の書き込みは1字残っていてもいけなかったの
で、山ちゃんと皆で手分けして消しました。 子供には面会が許されず悔しかった。 面会時間はすぐに終わってしまうのに、母
は泣くばかりで何も話せなかったから、用件は全部書いて山ちゃんに頼みました。) 

 山崎と佳代が拘置所に面会に行った。 夫は「皆が世話になっていることは、手紙で呼んで知っているよ。」と、山崎に礼を言っ
た。 佳代に「子供たちは元気か?・・・初べえは女学生だろ」と聞いた。 佳代は「お祝いに下さったの、ほら・・・」と言って、セー
ラー服姿の初べえの写真を見せた。 山ちゃんが「先生少し痩せられましたね」と聞いた。 父べえは「留置所よりはましなんだ、
ちゃんと本が読めるからな」と答えた。 山崎がこらえ切れなくなって泣いた。 次の話をする前にシャッターが下りた。 山崎は
「まさか先生があんな格好で居るとは思いませんでした。 戦争を始めるばかりが愛国心ではないんです。」と佳代に言った。 
佳代は「山ちゃんはいい人ね」と言った。

 母べえと初べえが道で隣組の組長さんに出会う。 初べえが「こんばんは、おじさんでなくて組長さん」と挨拶する。 組長は
「いいんだよ、おじさんで・・・女の子はいいね戦争に取られないから」と言う。 母べえが「健一さんも兵隊さんになるの?」と聞い
た。 組長は「支那が降参しないからな、・・・後にアメリカさんが付いてるから。 ドイツがヨーロッパを占領してくれれば・・・」と言
った。 初べえは「おじさんは何でも知っているのね」と言った。

 佳代は夫に手紙を書いた。”紀元2600年勝祝行事は、国を挙げての大変なお祭りになりそうです。 拘置所の売店でうちわを
買って差し入れました。 暑さにも寒さにも弱いあなたを心配している 妻より”
 滋から妻への手紙を初べえが読む。"15日付けの手紙受け取った。 うちわは助かった。 照べえの手紙はいつも楽しい。 だ
が、時々漢字が間違っている。漢字の書き取りをちゃんとするように” 読みながら初べえは泣いている。

  (夏休みに入って間もなく招かざるおじさんが我が家にやって来ました。奈良のおじさんです。)
 仙吉おじさんは、父べえの書斎に入って、「佳代さん、・・・滋君はこの部屋の本みんな読むのか?」と言って驚いていた。 そこ
に父べえの妹の久子さんがやって来た。 仙吉は「佳代ちゃん・・誰か来はったで、・・・べっぴんさんやな」と言う。 久子さんは
絵を書いて居るが「私は、お金儲けをするために描いているのと違います。」と言う。 仙吉は「兄さんと一緒やな」と言い、照べえ
に「ああ言うとるが、金にきまっとる。 金がものを言う世の中やで、ええか照べえ、人間は死ぬのやで、しこたま儲けて死ぬの
や」と言う。 照べえは「おじさん大嫌い」と言う。

 父べえから手紙が来る。”・・・・さて、本の差し入れのお願い。・・・トルストイの「戦争と平和」全3刊を読み返すのにちょうど良い
機会やから・・・・」

 母べえは初べえを連れて、夫の滋を教えた教授の家に「戦争と平和」を借りに行った。 通された居間に、教授が本を持ってや
って来た。 教授は「書き込みが有るけど消しても良いですから。」と言い、「いつ、検束されたのです?」と聞いてきた。 佳代は
夫が逮捕された時の状況を話した。 教授は「あなたは子供の前で縄を掛け、ひどいことをしたと言いますが、野上君は法を犯し
たのですからね」と言った。 佳代が「先生は野上を犯罪者だとおっしゃるのですか?」と詰問した。 教授は「いつ、そんなことを
言いました?・・・野上君を教えた人間として言います。 彼のような立派な人間が思想の問題で逮捕されると言うことは、大変残
念です」と言った。 佳代は居たたまれなくなって、初べえを引っ張るようにして家を出た。 夫人が後を追って出てきて、「これ、ご
主人がお読みになりたいと言った本」と言って差し出した。 佳代は「必ずお返しします」と言って本を受け取った。 夫人は「いい
え、お返しにならなくて結構です」と答えた。

 街頭で、国防婦人会の女性が”ぜいたくは敵です。” ”華美な服装は慎みましょう” ”贅沢撲滅運動” と書いた看板を立て
て、メガホンを手に通行人に呼びかけている。「通行中の皆様、なにとぞお国のために、・・・」 「・・・・国策に沿って華美な服装
は慎みましょう」 通りかかった仙吉が「良いやないか、若い子が綺麗にすんの目の保養や」と言う。 婦人会の女性が「あなた
は国策に協力しないと言うのですか?」と詰め寄った。 女性は仙吉が指にはめている金の指輪を見つけて、「全ての金属は供
出しましょう」と言う。 仙吉は「贅沢は敵だと、・・・何言うとるか、贅沢は素敵だ」と言って逃げて行く。 

 仙吉が初べえに土産のかんざしを買って帰ってきた。 仙吉は初べえにかんざしを渡しながら「娘らしなって、身体はもう大人や
な」と言ってじろじろ見る。 初べえは「もうやめて!・・」と言って席を立つ。 久子さんが母べえに「お姉さん・・・今のははっきり言
って、かなりデリカシーを欠いた言い方でしたよ。・・・奈良に帰ってくださいと言った方がいいんじゃないの?・・」と忠告するが、
母べえは「あのおじさんの顔見るとほっとするのよ・・・」と答える。 照べえが「母べえにとっては、いいおじさんなのよ」と言う。
  (おじさんは、しょんぼりしていましたが、しばらくして奈良に帰って行きました。)

 出征兵士を見送っている駅のホーム。 「ばんざ〜い。・・ばんざ〜い」と見送りの婦人たちが歓声を上げている。 「行ってきま
す!・・母さんのこと頼むぞ」と軍服姿の男が言っている。 仙吉が列車の窓から顔を出して初べえに「母べえのこと頼むぜ・・」と
言った。 母べえが「奈良に帰ったらなにするの?」と聞くと、仙吉は「やることも無いから死ぬのを待つだけや」と言った。 
  (戦後間もなく、おじさんは本当に病気で亡くなりました。・・・昭和16年の正月が来ましたが、父は釈放されませんでした)

 新年を迎えた野上家に山ちゃんが来ている。 母べえがちゃぶ台を囲んで挨拶をする。 「私たちは元気に正月を迎えることが
出来ました。 これからも私たちは希望を失わず、元気に生きて行こうと思います。 父べえに聞こえるように大きな声で歌いまし
ょう」 (全員で新年祝賀の歌を唄った)

 拘置所の事務室に父べえが呼び出されている。 杉本検事が「検事の杉本です。・・・法規の定めるところにより、敬語は用い
ません。・・・あなたは支那事変のことを戦争と書いて居るが聖戦と書くべきです」と言う。 父べえが「杉本君・・」と言うと、「失礼
だぞ!・・私のことを君づけで呼ぶとは・・・あなたのような人を何と呼ぶかご存知ですか?・・・国賊です」杉本検事が怒鳴った。

 佳代の父親、久太郎が東京に出てきて、佳代たちは四谷の旅館に呼び出された。 佳代と子供の三人で会いに行った。 テー
ブルの上にすき焼きがセットされ、玉子が出された。 部屋に居た女性が席を立った時、佳代が父親に聞く。「父さん、・・あの女
の人は誰?・・・」 「わしの女房じゃ」 「なして、始めに紹介せんとね?」 「今、しようと思っていたところだ」  女性が部屋に戻
って来たので「挨拶が遅れましたが、父がお世話になっています」と佳代はお礼を言った。 肉を食べるために各々が玉子を割っ
た時、照べえがテーブルの上に生卵をこぼした。 久太郎が「もったいない」と言いながらチュウチュウと音を立てて吸い込んだ。
 父親は佳代に「息子が思想犯で捕まったと言うのにジットなんかしておれるか。 滋君にも少しは考えを変えてもらわないと、周
りの者に迷惑ばかりかけておる。・・・佳代、滋君は上申書は出したんじゃろな。」と聞く。 佳代が「滋さんは悪いことは何もして
いないから・・」と言うと、「おまえまで非国民にかぶれたのか」と怒り出す。 近くにあった包丁を取り出して「ここで咽喉を掻き切
って死にんしゃい。」と言い出す。 奥さんが包丁は取り上げたが「娘婿が売国奴と言われ、わしがどがいな立場に立たされてい
るか、判った上でのことか?・・・おまえとも今日限り赤の他人じゃ。・・早よういね!」と言って席を立った。 奥さんが「孫らが折
角会いに来たちゅうに・・・」と、取り成したが、佳代は子供の手を引いて外に出た。 照べえが泣くので「何時までもめそめそ言う
んじゃないの」と叱ると、照べえは「だって、お肉食べたかったんだもの・・・おなかすいた〜」と言ってまた泣いた。
 
   ♪ 今日のよき日は大君の 生まれたまひしよき日なり  今日のよき日はみ光の  さし出たまひしよき日なり  光あまね
き君が代を  祝へ諸人もろともに  ♪♪

 佳代が倒れた。 山ちゃんは自転車を無茶苦茶こいで駆けつけた。 「あれ、買ってきます」と言って家を飛び出し氷を買ってき
た。 医者に連絡するが「息子が出征してしていて行けない」と言われる。 山ちゃんは初べえに道案内をさせて、自転車で病院
に行き、先生を後輪に乗せて帰ってくる。 先生が「このまま働き続けていたら死んでしまいます。 ご主人のことは聞いています
よ奥さん。 3週間くらいは身体を休めなさい」と言う。 「支払いのことですが?・・・」と母べえが言いかけると、先生は「そんなこと
は心配しないでいい。・・・ご主人へのお祝いです」と言った。 山ちゃんには「君は書生かね?・・発言には気を付けたほうがい
いよ」と言った。

 久子さんが「姉さん・・・おかゆ炊けてるけど食べない?」と言ってくれて、母べえがおかゆを食べる。 母べえが「おいしかった」
と言ったら、照べえが「まずかったの?」と聞き返す。 母べえは「そうね、叔母ちゃんは絵は上手だけど、料理は苦手ね・・・」と
言って笑った。 
 久子さんが山ちゃんに「山ちゃんだって、ご両親いるんでしょ。・・・家の中に男の人が要るっていいものね。・・さっきお姉さんが
小声で言ったの。・・・これからも助けてあげてね・・」と、言った。

 昭和16年の夏休み。
  (ヨーロッパではドイツ軍が対ソ戦を開始、日本も南部仏印に進駐しました)
 父べえから手紙が来た。 ”我が妻へ  夫より  山崎君が娘たちを海水浴に連れて行ってくれるとのこと、子供たちも喜ぶこ
とだろう。 僕のことは心配要らない食事もちゃんと食べている。”

 山ちゃんが海で子供たちとはしゃいでいる。 頭上を飛行機の編隊が通り過ぎる。 母べえが子供たちに「一度上がって甲羅ぼ
しをしなさい」と声をかける。 山ちゃんのほうを見ると山ちゃんがバタバタしている。 "山ちゃんが溺れている” 母べえが服を着
たままで海に走りこみ、そのまま泳いで山ちゃんを助ける。 周りに居た人達も協力して山ちゃんを引き上げる。 照べえが「山ち
ゃん死んじゃったの?・・」と言って顔を覗き込む。 母べえが「大丈夫・・・ちょっと水を飲んだだけよ」と言う。 山ちゃんは「死ぬ
かと思った」と本気で言った。

  (久子おばさんが田舎に帰ることになった) 
 久子さんは「永い間お世話になりました。・・・私には絵の才能がないことがわかったの、広島に帰って教師になります」と言っ
た。 母べえが「私はね、あなたは山ちゃんと一緒になるんだと思ってた」と言うと、久子さんは「山ちゃんにはほかに好きな人が
居るんだもの」と言う。 母べえが「あら・・どんな人?・・私の知ってる人?」と聞く。 久子さんは「お姉さん、鈍感ね・・」と言い、
「これ、照べえにあげて・・・あの子私なんかより才能有るわよ」と言って自分が書いた絵を渡す。

  (そして、あの朝が来ました。・・・12月8日)
 ラジオは「臨時ニュースを申し上げます。 帝国陸軍は、本未明、西太平洋において、アメリカ・イギリス軍と戦争状態に入れり」
と言っている。 代用教員の佳代は小学校の教室で子供たちに「みなさん・・・校長先生のお話を静かに聴いてください。 日本
はね、アメリカやイギリスと戦争状態に入ったの・・・皇軍の武運を祈ってください」と話した。 

  (母べえが父べえに差し入れをする綿入りのちゃんちゃこを作っている。)
 初べえが手紙を書く。  ”お父様、お身体の具合はいかがですか?。  みんな元気に暮らしています。”  初べえが「これか
ら先が書けないの・・・・。 この間だって、お作法の時間にお茶を点てるのを失敗したら、みんなが笑うの・・・そんなこと書いたら
父べえが笑うでしょ。・・・母べえは何と書くの?・・・」と、言う。  母べえが手紙を書く「あなたへ・・・照べえはおなかが空いた、
お腹が空いたと言って私を困らせます。・・・・あなたがどんなに二人に会いたいだろうか。・・・それを思うと私の胸はキューット痛
むのです」

 新年を迎えて、照べえと初べえが羽根つきをして居る。 そこに山崎さんが来る。 山ちゃんが声をかける「新年おめでとう。・・・
田舎にかえってたんだ。・・・母べえは?・・・」 初べえが「新宿にお買い物」と答える。 山ちゃんが加わって羽根つきをしてい
て、羽根が屋根の上に乗っかり、竹竿で取ろうとするがなかなか取れない。  そこに郵便屋さんが来て「野上佳代さんの家だ
ね・・・電報だよ」と言って、電報を差し出す。 山ちゃんが「空けてご覧」と言ったので、初べえが「読んで良い?・・・」と聞いて電
報を開いた。 初べえが「ノ・ガ・ミ・シ・ゲ・ル・ケ・サ・7・ジ・39・・・」と読む。 山ちゃんが「ちょっと貸してご覧・・・」と言って取り
上げて読む。 山ちゃんは「大変なことになってしまった。・・・先生がね・・・君たちのお父さんが死んだんだ」と言った。  山ちゃ
んは「あと1時間位で帰ってくるから・・静かに留守番してるんだよ。・・・可哀想になア」と言って二人を抱きしめた。 外は雪がち
らついていた。

 照べえが大きな声で「初べえ、母さんが帰ってきた」と母の帰りを告げた。 照べえは「父べえが死んだ」と言って、母にすがっ
て泣いた。 母べえは「買い物なんかに、行かなきゃ良かったのよ。寒い中で1時間も並んだのよ。・・・ばかね」と自分を責めた。
 晩ご飯は山ちゃんも一緒に食べることになった。 母べえが「山ちゃん、本当に付き合って貰ってもいいの?・・」と聞くと、山ちゃ
んは「当たり前ですよ」と答えた。

 その日、父からの手紙が届いた。 母べえが「日付は12月24日よ。・・・今日何日だと思ってるの」と言いながら、手紙を読む
「妻と娘たちへ・・・・今日は西洋流に言えばクリスマスです。 ついこの間まで甘えん坊だった初べえがもう悩んでいる。・・・・君
たちの幸せをただ祈ることしか出来ないのを残念に思います。」

  (父の葬式は人目を憚って、ひっそりと行われました。  2月のある日。 街ではシンガポール陥落を祝っていました)
 山ちゃんが、ポストを修理して、外に取り付けている。 母べえが山ちゃんに「今お茶を入れるわね。・・・娘たちは?・・・」と、聞
いた。 「シンガポール陥落祝いの、お酒の特売があるって買いに行きました」と山ちゃんが答えた。 母べえは山ちゃんに「初べ
えがね、お嫁に行くなら山ちゃんのような人が良いって言ったの。・・・照べえも、私もと言って笑ったの」と話した。 そして、「あな
たにあげようと娘たちと相談して決めたの」と言って靴下を差し出した。 「あれ、何時でしたっけ・・・貴方が足がしびれて、ひっく
り返った時・・・」 山ちゃんは「僕とても嬉しいです。・・・これを履いて入営します」と言った。 「えっ・・・今、なんて言ったの?」 
「あさっての朝、山形の連隊に入営です。・・・だまって、このまま行こうと思っていたのですが・・・去年の12月から、僕のような身
体の弱い者も徴兵されるようになったのです」 「娘たちはまだ知らないのね・・・だまって行ってしまうの?・・・」 「戦争に行くん
ですから、覚悟は出来ています。」 「覚悟って死ぬってこと?・・・何が覚悟よ。泳げもしないくせに・・・」 山ちゃんを母べえが一
人で玄関で見送った。

  (悪夢のような3年が過ぎ、久子さんは原爆症で苦しんだ挙句死んでしまいました。 母はやせ衰えた身体に鞭打って働いて
いました。 そんなある日の事です)
 一面焼土と化した東京の、瓦礫の道を軍服姿の男が歩いてくる。 家の前で、洗濯物を取り込んでいた母べえが男を見つけて
「山ちゃん?・・・」と言って駆け寄る。 男は「野上佳代さんですか?・・・」と佳代に聞く。 佳代が頷くと「自分は山崎の親友で、
満州の牡丹江で同じ部隊におりました。 去年の秋、突然朝鮮の港から南方に輸送船で移動となりました。 山崎は "自分は
まるでカナヅチだから、この船が沈んだら必ず死ぬ。・・・君はなんとしても生きて帰るんだ。 そしてこの家を訪ねて伝えて欲し
い。 僕はもうこの世に居ないけど、魂はそばに居ていつまでも皆を見守っていますと。・・・”。 次の日の朝。 船は魚雷を受けま
した。・・・鉄板の薄い、貨物船ですからね。・・・俺は山崎をしっかり掴んでいたんだけど、山崎は ”もういい” と言って、俺の手
を振り払ったんです。」と、男が話した。

 学校のグラウンド。・・・子供たちが元気に走り回って遊んでいる。 教室では先生になった照べえが、子供たちに絵画の授業
中。 他の先生が「電話です」と呼びにくる。 照べえが職員室に帰って電話に出る。 「もしもし・・・私よ。・・おばあちゃん、いけ
ないって?・・・。すぐ行くから・・」初べえからの電話だった。 同僚の先生が「おばあちゃん、いけないんですか?」と心配して聞
いてくる。

 病院に駆けつけた照べえが「初べえ。・・・どうなの?」と母の容態を聞く。 初べえは「孫の顔はわかるけど・・・」と答えて、母に
「母べえ、・・照べえが来たわよ。」と言う。 母べえが細く眼を開けて「な〜に・・・いま、なんていったの・・・」と、弱弱しく聞き返
す。そして「おせわになったね、ありがとう」と言う。 初べえが「何言ってるの、・・お世話になったのは、私のほうじゃないの」と言
った。、照べえが「もうすぐ父べえに会えるものね」と言うと、初べえも「山ちゃんにも、みんなに会えるもんね」と言った。 母べえ
が何かを言っている。 初べえが母の顔のそばに耳を近づけて聞いている。 照べえが「母べえ、何て言ったの?」と聞く。 「あ
の世で父べえに会いたくないって、・・・生きてる父べえに会いたいって。・・・」そう言って初べえは泣き伏した。

  (朝、5時半、君は決まって目を覚ます。・・・君はガスコンロに火を付ける。 君は薄給の小学校の代用教員。 みんな不平を
言いながら生きている。 君は12貫足らずの痛々しい身体で働いている。 いったい誰だ、僕たちにこのような苦しみを与えてい
るのは。・・・誰が、僕が人間であることを思い出させてくれるんだ。)   

     = 終わり =

    平成20年6月11日、新しく就航したばかりの、シンガポーッル航空 A380(471人乗り)機内で鑑賞。


戻る
戻る