HERO (英雄)




                                                                         〔文中に挿入している花の写真はすべて私が撮影したものです〕          河野 善福


 ”人はヒーローになるために生まれてきた”  中国・台湾・韓国・史上興行収入第1位。 第53回ベルリン国際映画祭
特別賞受賞。 「マトリックス」のCGチームが加わり、ワイヤーワークで作った目を見張るような美しく壮大なアクションシー
ンと幻想的な背景が見もの。 物語は「独裁者(皇帝)に対する民衆からのメッセージ ”天下の平和”」 が主題で、「羅生
門」の回想シーンを思わせるような手法を取り入れた二転三転するストーリーも楽しめるが、作品の殆どをしめる中国武術
のアクションが楽しめる。 紀元前220年の中国史伝の武侠物語。           

         「心ある刺客は命を賭して、人民の敵である権力者を討ちに行く」      

               監督 チャン・イーモウ(中国映画)

             

 【キャスト】

無名(ウーミン) (ジェット・リー) 始皇帝、泰王を倒すため3人の刺客を倒し、王から謁見を許される主人公の男。泰国の
            剣の達人。
始皇帝、泰王羸政(イン・ジェン)  (チエン・ダオミン)全土統一の野望のもと、敵国を滅ぼしてゆく君主。10年間謁見者を
            百歩以内に近づけたことがない男。
残剣(ツアンジェン)(トニー・レオン)放浪の途で侠女飛雪と出会い、共に泰王の命を狙う趙国の三大刺客。書道を通じて
            剣術を極める男。
飛雪(フェイシエ) (マギー・チャン) 趙の将軍だった父を泰王に殺され仇討ちを悲願とする趙国の三大刺客。 恋人の残
            剣と共に書と剣の修練をする女。
如月(ルーユエ) (チャン・ツィイー) 残剣に幼いころから仕える侍女。師への恋情を秘めて義・礼節・忠誠を忘れない女。
長空(チャンコン)(ドニー・イェン)長槍の名手で孤高の趙国三大刺客。義の前に自ら命を捧げる男。

  
 【ストーリー】

    ”2000年以上も昔の中国は、7つの国に分かれていた。 人々は乱戦に苦しんだ。 大泰国の王、安敦は全土
     統一の野望を持っていた。 この権力者の暗殺を企てた刺客がいた。 これはその物語の一つである。”

 青空と真っ白な雪の山脈が遠くに見える荒野。 数千の騎馬軍団が荒れ果てた大地を走る。 槍を持ち、弓を持ち、赤
い旗印をなびかせて一段が駈け抜ける。 彼等騎馬兵たちに護衛されて、二頭だての馬車の手綱を引くのは、孤児とし
て名も無く育った地方官吏の武士「無名」と人から呼ばれる男だった。   
      ”無名なるがゆえに剣の道に精進、10年の研鑚の後独自の技をあみ出し、
         大泰国を驚嘆させた大智を成し遂げた” 

 やがて騎馬の軍団は始皇帝の住む泰宮廷の城門に達し、大きい門扉が開かれた。 無名が先頭にたって歩く。 長い
通路を入る「陛下の命により閣下の御前に件の剣士を連れて参りました」 「長空、残剣、飛雪、陛下は趙国の放ったこれ
ら三人の刺客に命を狙われ、ここ10年心が休まる時は無かった。 だがその三人は我が泰国の古今無双の剣士の手で
成敗された。 今宵より陛下も枕を高くしておやすみ遊ばされる」。 一団の兵士が声を合わせて「陛下にお喜び申し上げ
ます」と告げる。 「陛下が剣士をお召しです。」 謁見の前に無名は裸にされて頭髪の中にいたるまで全身を調べられる。
 「陛下の御前では100歩離れて謁を賜るのじゃ。 それ以上一歩でも近づけばお前は死罪じゃぞ」 

 無名が部屋を出て宮廷の内庭に入る。 その内庭には数万の兵隊が整列して、彼への通路を作っていた。 無名がそ
の中を進み謁見室の階段を上がる。 広い室内の奥の一段と高い席に泰王が座っている。 その前の十段のひな壇に
は二人の間を遮るように数百の燭皿が置かれ、ろうそくの灯りがゆれていた。 泰王が言う「この10年、予に百歩以内ま
で近づいた者は一人として居らせぬ。 なぜか判るか?。」 無名が答える「刺客を防ぐためかと・・・」 「その通り・・甲冑
をかように常時まとっているのもそのため、その災いの元をそちが除いてくれた。 望みがあろう・・申せ!」 「国のため
にしたこと、望みはありません」 「信賞必罰はわが泰国の掟じゃ・・・これが長空の槍か?」と言い、槍を箱から取り出す。
 「我が泰国の勇士の血をどれほど吸ったことか?」と王が言う。  「大王の命により長空を倒した者には黄金と土地を
  賜った上、陛下に20歩まで近づくことを許す」・・・と控えていた係りの者が述べる。 

 無名が前に進み出る。 泰王が聞く「聞けばそちは泰国の士官だそうな・・・」 「はい、ロウモー県の役人です」 「ロウモ
ー県といえば十里四方の小さな県、そんな田舎の小役人がいかにして天下に名高い刺客を、しかも三人まで倒せたか?」
 「それぞれ果し合いです」 「詳しく話してみよ」 「残剣と飛雪が恋人同士であったことはご存知でしょうか?」 「知ってお
る・・」 「ならば3年も仲をたがえていた事は如何ですか?」 「仲たがいとな・・なぜじゃ」 「飛雪が長空と一夜の過ちを犯
したのです。残剣は許しませんでした」 「なぜ、予の耳に入っておらん」 「苦労の末につかんだ秘密にございますれば・
・・飛雪、残剣の仲を裂くにはまず長空めを・・」 「読めてきたぞ・・そちの策略が・・・長空とは何で戦った?」 「剣です・・
私の職務は県内の罪びとを捕らえること。・・確かあれは6月の5日のことでした。碁会所に長空が現れたと聞いた私はす
ぐさま駆けつけました」 
                                                           

 (回想シーン) 雨の碁会所。 盲目の老人が楽器を奏でている。 一人の男の前に七人の武術家が並び「お前の行方
ずっと追っていた。・・槍を取れ長空!・・尋常に勝負を!」と叫ぶ。 中庭の広場で最初に一人が剣を抜いて闘うが長空
の槍に簡単に負ける。 次に二人が挑むが同じように打ちのめされる。 最後に四人が長空を取り囲む。 宙を飛び、足
蹴りにし、槍で打ちのめされる。 七人が並んで「礼」をして引き上げ、長空も帰ろうとしたとき「待て!」と無名が呼び止め
る。 「小役人ごときが何の用だ?」 「ここは私の預かる土地、泰王を狙う不届き者!。成敗してくれる」 言うなり無名が
長空の前に飛び出す。 二人の激しい戦いが続く。 無名が剣で切り込み、大地を蹴る。 長空が槍を突き、廻し、剣を防
ぐ。  盲目の老人が楽器を仕舞って帰ろうとする。 無名が言う「ご老人もう一曲頼む・・・」 老人が改めて座りなおす。 
「武道と音楽は修練の形は違うがその根は同じです。 求めるものは究極の調和です。 長空と私は対峙したまま身動き
一つせず、永い時が経ちました」 雨の降る中で二人の戦いが再開される。 槍と剣が火花を散らして交わっては離れる。
宙を飛び、回転し切り付ける。 無名の剣が槍の柄の芯を突き抜け、柄が先端から根元まで花が開くように割れていく。 
戦いが激しくなり、老人の弦を叩く動きも一段と激しさを増した時に弦が切れる。
 無名の剣が長空の胸を突き抜けていた。(この場面は実に幻想的でワイヤーをたっぷり使って修練された殺陣が見れる。
 長空が槍の先を廻し、たくさんの水滴がグルグル廻って壁になるところなんかは美しい)


 泰国王の謁見室。 「実に見事じゃ・・・。これまで泰国の隅々まで知り尽くしたつもりでおったが、そちのような達人がよも
やロウモー県に溺れて居ようとは・・・」 次に残剣と飛雪から取ってきた双振りの剣が王の前に出される。 残剣の武器は
刃が欠けた剣で、飛雪の剣は永くて細い剣である。 控えていた従者が述べる「恐れ多くも大王陛下のお命を狙った残剣
と飛雪。 いずれか一人を倒す効をあげたる者には、黄金と領土を賜り、御前に十歩まで近づくことを許すとのお言葉であ
る」 無名が国王の前、十歩の所まで進み出る。  泰王が言う「3年前、二人が宮殿に押し入った時には、3000もの近
衛兵が手も無くやられた。 以来ここは如何なる刺客も身を隠せぬように物を置かぬことにしている。 そちの剣は二人に
も勝るか?」 「決して・・・」 「では、いかにして倒した?・・」
 
 (回想シーン) 黄砂の広大な砂漠を馬に乗って走る。 「私は趙人を装い、趙の国で二人を探しました。 やがて二人が
名を変えて書道塾に身を寄せていると判りました。 町には泰軍が責めてくるとの噂があり、その塾生を除けば誰もいませ
んでした。」 無名が塾にやってくる。 高山と言う名の老塾長が出てくる「かような時に、わが塾を訪ねるとは?・・・何処の
お方じゃ・・」 「今は無き父の遺言で、この塾の書を求めに・・」 「この塾もあいにく今日が最後となりましょう・・・それで、
誰の書をお望みで?・・・」 「高山先生の書を・・先生はうわさによると書から剣の極意を得たと聞きました。・・・私はまず
先生の筆になる書をこの目で観たかったのです」 「剣の心得がおありですか?・・」 「いえ、亡き父の遺言なのです。」 
塾内には50Cm角位の箱に砂を入れたものが沢山おかれ、残剣が棒の先で砂に一字を書く度に侍女の如月が砂を平ら
に延べ直している。     (当時は紙がまだ無く書は竹簡または布に書かれた)

 ここではみんな赤い着物を着ている。 流水と呼ばれている残剣が布を要求する「大きさは8尺・・その大きさなら朱墨が
いい」 侍女の如月が飛雪に「だんな様が朱墨をお求めです。・・朱墨をお貸し願えませんか?」と頼む。 返事が無い。
「聞こえておいでなのでしょ?」 「自分で来いとお言い・・」 

 謁見室で無名が泰王に言う「剣の字体が今だ定まらぬうちに、陛下の軍勢が町の城門に迫ってまいりました」 

 (回想シーン) 「歩調を取れ!・・列を乱すな!・・進め!・・」赤い旗をつけた大群が城門の前で停まる。 「弓隊・・用意!
・・」 弓を持つ者が前に出て、並んで仰向けに寝転び両足を開いて上げる。両足に弓を挟んで糸を強く引く、一人ずつそば
に控えた男が矢をその上にセットする。 「撃てッ!」の合図で矢が一斉に空に飛ぶ。 

 無名が言う「陛下の軍勢が向かう所敵なしなのは、兵士の勇敢さに加え弓の威力にあります。 これほど遠くに飛ぶ矢は
他国にはありません。 攻撃の際は敵の矢の届かぬ遠距離から一斉に矢を放ち、敵の気勢を削ぐのです。
             
 (回想シーン)  塾内の隙間無く矢が飛び込み廊下に、壁に、砂の中に隙間無く刺さる。 高山塾長が叫ぶ「うろたえる
でない!。・・泰の世はこの町を壊し、ひいては趙の国をも滅ぼすやもしれん。 だが趙の文字は滅ぼせぬ。・・・今日こそ
趙の書の真髄を学ぶ時じゃ。・・・心せよ!」  無数の矢が飛んでくる中で、塾生が座りなおして砂の書道を続ける。 飛
雪が屋外に出て、矢の雨を剣で払いのける。 残剣が朱墨の筆を持ち、床に広げた布の上に文字を書こうとしているが筆
を動かさない。

  泰王が聞く「書生達は誰も逃げなかったのか?」 「彼等は書から力を得ました。」 「残剣はなぜ「剣」の一字に手間取
った?」 「剣の字体は19通りございます。 しかし、私は彼に更なる新字体を求めたのです。・・・剣も書もおおもとは天心
の力をいかにして手首に込めるかです。・・新しい字体に剣の極意が表れます」 「一つの文字に19もの字体があるとな?
・・・バカゲタことよ・・・なんと不便な。 見ておれ予が、外に打って出る時は煩雑な字体は廃止し、全てを一つにまとめる。
天下の言語を統一するのじゃ。 予は自ら泰の強兵を率いて、かつて無い大帝国を築いてみせる。」

   (回想シーン) 矢がますます激しく飛んでくる。 飛雪は屋外で両手に持った剣で矢を払いのける。 無名
   も飛雪のそばに飛び出し矢を剣で振り払う。 飛雪が無名の剣捌きを見て「お見事です・・」 無名が「流水
   先生には及びません」と言う。と「書を求めるとはウソ・・何者です?」と聞く。  「残剣が朱墨で「剣」という
   文字を書く。 無名が「見事な書・・」というと残剣は「そなたの剣も・・」と言う。 「ご覧にならずに判るので
   すか?」 「そなたの働きで書はなった・・・真夜中にお見せしたいものがある」 やがて大群が整列し進軍
   を始めた。

 泰王に無名が言う「明日にも数十万の泰の大群が城門を破り、町になだれ込んでくるはず。 私は残剣の書と向かい合
って彼の剣の秘密を探りました」。 布を床に広げさせると「剣」の一字が朱色で書いてある。 泰王が「これに剣の極意が
潜んでおると申すか?。予の目にはただの書にしか見えないが?・・」 書と剣は奥で合い通じます。・・それをみつけませ
んと・・・」 「そちは見つけたのか?・・」 「残念ながら・・・」 「ダメだったのか・・・。では、どのようにして二人に勝った!」

(回想シーン) 残剣が聞く「長空がお主の剣に破れた?」 無名が答える「はい」 「何者だ!・・何しに来た?」 「泰から
参りました。 長空殿の事付けに・・・我が人生に悔いはないがただ一人気がかりな人がいる。それだけが心残りだ・・・と」
 「誰か!・・」 「飛雪殿です・・・かたきは飛雪殿が取ってくれると・・・」  「私との戦いに応じられるなら、明日泰の陣へ
参れ」 飛雪が柄の飾りが欠け落ちている残剣の剣を取り出す。 思い出し笑いをしながら、欠けた部分を取り出してくっ付
ける仕草をする。 

 夜、残剣の部屋。 侍女の如月が残剣の背後に廻って残剣の長髪を櫛ですいている。 残剣が振り返り、いきなり抱く。
 如月の着物をほどき裸にして、二人が激しく抱き合う。 如月のすすり泣くような声が聞こえてくる。 声はやがて長く尾を
ひいてつづき、次第に波が高まるように甲高くなり、悲鳴に似た声になって静まった。 近くの部屋にいた恋人の飛雪が、
音も立てず二人の部屋の前に来る。 戸を少しずらし、隙間から二人の抱き合った姿を息を殺して見て、再び部屋に帰る。

 いきなり如月を突き放した残剣が「出て行け!・・失せろ!」と言う。 如月は泣きながら部屋を出て行く。 残剣が飛雪の
部屋の前に行って「観ていたのは知ってるぞ!・・わざと見せてやったのだ・・・もうお前など愛していない」と言う。 部屋の
中からいきなり突き抜けてきた剣が残剣の腹部を突き抜ける。 残剣が倒れる。 如月が走ってくるが立ち尽くすだけ。
 やがて残剣に取りすがって、顔をなぜながら泣き続けていた如月がいきなり飛雪に切りつける。

  二人は枯れ葉が吹雪のように舞う中で、走る!。風が舞う!。宙を飛び、大地を蹴り、木から木に飛び移って闘う。 
     (一面に枯れ葉が積もり黄色一色となった林の中で、赤い着物を天女のようにひらひらとひるがえして、
     ワイヤワークで見せるこの戦いの場面は、綺麗で、幻想的で是非観て欲しい)
 飛雪は「お前とは戦わぬ・・・行け!」と言うが、如月が「だんな様!のかたきだ死ね!・・」と両手に剣を持って襲い掛か
る。 やがて飛雪の剣が如月を一突きにする。 倒れ苦しみの中で如月が笑う「何がおかしい・・・」 如月が言う「夕べの
あなたのぶざまなこと・・・」 黄色い落ち葉が降り注ぐ中に如月が倒れる。
             

  無名が言う「飛雪との戦いは私の計略が図に当たりました。心の乱れは剣の乱れ、彼女を倒すのは容易でした」 泰
王がいう「残剣、飛雪ほどの剣の達人が,それほど容易に心を乱すとは信じられん。・・・二人の不和に乗じて勝ちを収めた
と申すのだな」 「はい」 「それが事実なら残剣、飛雪ともに心の狭い者たちよ・・」 「御意に・・」 「そちの話は一言筋が
通って聞こえるが、おしいかな・・ある人物を見損なっているぞ」 「誰を・・・」 「予じゃ・・・予があの二人から受けた印象を
聞かせてやろう。・・三年前二人はこの宮殿に押し入った。その時の二人の沈着かつ威厳にみちた態度はとても小人物の
ものではなかった。・・・  飛雪と長空の一夜の過ちなどはありえないことよ。 残剣との煩悶もまた真っ赤なウソ。・・・そち
は一つだけ本当のことを話したな・・長空は誰か一人と会っておる」 「だれです?・・」 「そちじゃ・・それも古くからのじっ
こんの仲とみた。・・・長空が負けた訳は一つしかない。・・」 「訳とは・・・」 「わざと負けたのよ・・予の暗殺を果たすため
にそちらは一芝居打った。 秦の七剣士をまんまと人にたててな・・。うまく仕組んだものよ・・判らんのは、なぜ長空がそち
に大事を託したかだ・・・そちの剣がいかに早くても長空の槍には及ばぬ。・・・彼は自ら命を捨てたのじゃ。それほどに長
空はそちを敬い、そちの策略に満腹の信頼を寄せていた。・・・長空は何ゆえそちをそこまで信じたのか?・・・10年掛けて
研鑚したとか言うそちの暗殺剣、その技に誰も抗し得ぬ冴えがあるからであろう」

 続けて泰王が言う「長空を倒せば予に20歩まで近づける。 飛雪たちまで倒す必要が何処にある。答えは一つ・・そちの
必殺技は10歩以内でなければ使えぬ。 ゆえにそちはさらなる10歩の距離を得るために飛雪、残剣いずれかの犠牲を
求めたのじゃ。・・・飛雪と残剣は長空との面識は無かったと思われるが、槍の穂先を見て一目で彼の敗れたわけを悟っ
たのじゃ」

    (回想シーン)書道塾の蔵書館(図書館)。 中央に残剣と飛雪がおり、無名が向き合っている。周囲は円
    形に書棚で囲まれている。 書棚といっても紙の無い時代で長さ60Cmくらいの炭化させた竹に文字を書
    いて(竹簡という)積み重ねた黒い木片のようなものがある。 無名が聞く「書棚までは何歩ございます?」
    「約10歩・・」 「10歩!・・・ちょうどよい距離!」 いうなり無名は水が入った器を高く放り上げ剣を抜いて
    ジャンプし、落ちてきた器を水をこぼさず剣の上に受け留めた。 と同時に、竹簡の一角が ”カタン” と音
    を立てて崩れ、隣り、また隣りと順番にガタン、ガタンと崩れ落ち三人の周りの書棚が一周して崩れた。
    飛び降りるまでに竹簡を止めていた縄を全て切ったのだ。 唖然とする二人に無名が「どちらかの協力が
    要ります。 お二人でお決めのうえ明朝泰の陣営にお越しを・・・」と言って立ち去る。 残剣が言う「長空が
    命を預けるのも、あの男なら納得できる。」 飛雪が答える「あの者に賭けたのね・・従いましょう」 「そう、
    死を選ぶことを・・・」 「ならば共に・・・」 その夜二人は抱き合って寝る。
      

 残剣と飛雪が荒涼とした山にいる。 二人は対峙して戦いを始める。 飛雪が剣を抜き襲い掛かる。 残剣が遅れて太刀
を防ぐが剣が腹部に刺さる。 「一歩遅れたか・・・」と残剣はその場に座り込む。 走り寄って飛雪が「深く刺してしまったか
しら・・・」と心配そうに聞く。 着ている着物を引き裂き傷の上で結ぶ。 さらに「あなたは生きていて!・・・。」と言う。 「一
人で生きよというのか?・・」 「私の分も・・・」 「判った・・」 「すぐ如月が来ます。・・私はこれで・・・」 飛雪が残剣を残し
白馬に乗って帰る。 

    (回想シーン)泰の大軍がやってくる。 馬に乗る者、走る者、赤い印の旗を持つ者。 無名と飛雪が彼等に
    取り囲まれる。  兵士の一人が「こやつは天下のお尋ね者・・姿をみたからには縄にかけねばならん」と言う。
    無名が「この者と果し合いを約しています。 もし私が敗れたらその時は将軍の手で捕らえるなり、殺すなり
    ご自由に・・」と言う。 「引ケーッ!」と言う声で周りを取り巻く輪が大きくなり、無名と薄いブルーの着物を着
    た飛雪だけが対峙する。 飛雪が剣を抜く。無名はさやに収まった剣で対戦する。 「剣を抜け!・・」飛雪が
    言う。 「なぜ抜かぬ・・・そなたに暗殺を託す・・早く殺せ!」 周りを取り巻く兵隊が盾を叩き、剣を高く掲げ、
    槍や刀など音の出るものなんでも叩いて囃したてる。 無名が剣を抜いて闘う。激しい戦いの末、無名の剣
    が飛雪を突き抜ける。 飛雪が「見事な技!・・・」と苦しみの中で無名を称える。 飛雪が倒れる。 山の陰
    から馬に乗った残剣と如月が観ている。 兵士の輪が広がり、大軍が去って行く。

 泰国王が言う。「その後そちは残剣と剣を交えたはず・・その戦いもそちと長空との戦いと同じく現実ではなく、互いの心と
心が激しく火花を散らす観念の世界との戦いであったはず、さらには飛雪への弔いの意が込められていたとみた。

    (回想シーン) 美しい湖。 中央に小さい東屋がある。 傷ついた飛雪がそこに横たえられている。 無名と
    残剣が水鳥が触れたように小さい輪を水面に残しながら、水の上を走り飛び闘う。(二人がワイヤーアクショ
    ンでピョーンピョーンと湖面を飛んだり、走ったりする。この闘うシーンは長いが美しい。・・と思えるし、感動す
    る)  無名が剣で湖面を切って飛んで行った水滴が一滴飛雪が寝かされている東屋の方に飛んで行く。 
    それを見た残剣が東屋に走る。 飛雪の頬を伝う一滴の水滴を残剣が優しくぬぐう。 残剣が心から飛雪を
    愛していることを知った無名は残剣に敬意を払ってここを立ち去る。 残剣も手を前に組んで無名を見送る。

 無名が二頭立ての馬車で去って行く。と、残剣の侍女の如月が後を追って来 る。  如月が「だんな様があなたにと・・・」
といって剣を差し出す。 「何ゆえだ!・・」 「生死と契りを結ばれた二人、心も剣も永久に一緒です。・・・必ずや泰王を仕
留めてくださいませ」 こうして無名は二人の剣を手に入れた。
     

 謁見室に無名が持ち帰った朱書きの「剣」という字の布が壁にかけられた。 泰国王が言う「長空、飛雪、残剣・・三人が
自らの命を犠牲にしてそちを夜に10歩まで近づけた。 どんなに親しい友の間でも、これほどにすさまじい自己犠牲はま
ず見られまい。 すなわち、そちこそ最も危険な刺客だ!。」    しばらくうつむいていた無名が言う「なぜ、お判りになり
ました?・・」 「ローソクの炎がゆれている・・・そちの強い殺気でな・・いや、しかしそちら四人、みんな恐るべき意思の持
ち主だ。予も事ほど感じ入った」 「よくぞ見抜かれました」 「もっと早くに全てを見抜いておれば、ここまでそちを近づける
ことは無かったものを・・・泰人と言うのもウソであろう・・なに人じゃ?」 「趙の生れです。・・泰の兵に家族を殺され、さま
よっている所を泰人に拾われました。・・10年前真実を知り復讐を誓いました。」 「それで剣に励んだか?・・なるほどよく
判った。そちの得意とする必殺技を見つけたか?」 「ご明察のとおり・・必殺技は一つ!」 「なんと申す?」 「10歩必殺
剣」  「10歩必殺剣?・・実に良い名だ。・・予の衛兵は今100歩のかなたにいるが、そちは予に10歩の距離に達してお
る。・・どうやら予の命運もこれまでか?。・・残念至極!・・・何をためらっておる」 「さしも鋭敏な陛下も、一人見損なって
おいでの人物がおります」 「誰じゃ・・」 「残剣です・・私は二人の前でおのれの剣の精妙さを披露せねばなりませんでし
た。」 
  無名が言う「10歩以内に入れば私は必ず相手の命を断てます。 ただし剣を人体の壺に差せば、致命傷とはならず命
を救えます。 決闘の場でその手を用い兵の眼を欺けば、泰王もだませるかと・・・」 泰王が聞く「では七剣士の眼もそれ
で欺いたか。 長空殿は何処に?・・・」 「今もご健在です。・・・」 「よほど長空殿に信頼されたか?・・」 「泰王に近づくに
はほかに手はございません・・・」 

    (回想シーン) 飛雪が無名に言う「泰の近衛兵など居ないも同じ殺そうと思えば3年前にやれました」 
    無名が聞く「ではどうして?・・」 残剣が答える「私が止めたんだ!。・・ 殺すことはならん」 

 謁見室で泰国王が無名に聞く「残剣がそう申したと?・・・」 「御意に・・」 「なぜじゃ?・・」 「私も訊ねましたが・・」 「答
えは何と・・」 「その時は得られませんでした。・・・長空、飛雪、残剣、中で私と互角に戦える腕の持ち主は残剣のみ。 
その残剣から言われた言葉だけに私の心は乱れました」 

    (回想シーン) 残剣が無名に言う「どうあっても泰王は殺させん」 飛雪が無名に言う「私が手伝いましょう
    ・・3年前はこの人に止められましたが、今度は邪魔はさせません。 明日泰の陣で会いましう。・・・その前
    に邪魔者を・・・」と言って剣を抜き残剣に切りかかる。 (細い糸のような水の落ちる滝をバックに、残剣と飛
    雪が緑の着物をひるがえして闘う) 侍女の如月が無名に「手を貸して・・・」と頼む。
            

  無名が泰王に言う「手を貸すべきと判っていましたが、背後から襲うことにためらいを感じ剣を抜けませんでした。 飛
雪も自分がここで残剣を倒さねば暗殺は不可能と承知してはいたのです」

    (回想シーン) 無名は「よさないか!・・・かなう相手か?・・やめろ!」と止めようとする。 が、二人の激し
    い戦いが続く。 無名が二人の間に入って残剣の剣を払い退け、飛雪が飛び込んで残剣に切りつける。
    如月が残剣の治療をしながら泣く。 残剣が飛雪に言う「こうなると判っていた」 飛雪が言う「今度は止め
    られません」 残剣が「止めて見せるぞ」と言えば、飛雪が「ならば殺す!・・」と言う。 

  飛雪が残剣を案じて聞く「あの人の傷は大事ないか?」 「お嬢様のお薬があれば2日もすればよくなりましょう。 じい
が塗って差し上げました」  「決闘の後、私の剣を持ち無名と行きなさい。 誰も召使には手を出さぬから・・・。首尾よく暗
殺した時は、赤い旗を振って・・しくじれば黄色」 「もし決闘で命を落されれば・・・」   「その時はあの世で赤い旗を振っ
てほほえみます」

   (回想シーン)泰の兵士が取り囲む中で飛雪が飛び、走り宙を舞う。 無名の剣が飛雪の身体を突き抜け
   る。 飛雪が倒れる。 山の上から残剣と如月が見ている。

  残剣が戦いのあった場所に馬車でやって来る。 残剣が無名に問い「飛雪の具合は?・・」 無名が答える「命に別状
は無い・・だが、どうあっても暗殺を阻止される気か?・」 「諦めてはくれまいか?」 「私は趙の人間。」 「私もだ!」 「
泰王は仇です・・・趙を滅ぼそうとしている。・・なぜ止める。それでも趙人か!?」 残剣が言う「同じ事を飛雪も私に尋ね
た・・・むかし放浪の旅路で飛雪と出合った。・・出あった直後に恋に落ちた。 飛雪は趙の将軍の娘だったが父は泰との
戦で死んだ。 剣を娘に残した。 私は復讐に力を貸すと約束した。 書と剣は根本が合い通じる、我等は連日書に励み、
書から剣を学んでより強くなろうと誓い合った。 幼少のころから放浪の運命にあった私に飛雪はよくこう言ったものだ。
 ”泰王を殺したら、一緒に私の故郷に帰りましょう”と・・。 ”剣を捨て男と女として生きる”と・・」 残剣が続けて言う「書
の真髄は心にある、剣もまた同じだそれは真にして無の境地、私はそれを悟りつつあった。・・・そしてあれは3年前の事
だ、飛雪にどうしてもとせがまれ剣を連ね泰王の宮殿に討ち入った」

  残剣と飛雪が二人で宮殿に討ち入った。 宮廷を守る衛兵を次々とばたばたなぎ倒し、頭上を越えて宮殿に迫る。 宮
殿入った二人は入り口を飛雪が固め、残剣が泰王を探す。 室内には赤、黄色、青など色あざやかな沢山の布が、カーテ
ン状に天井から吊り下げられており王の姿が見えない。 残剣は王を探して、布を次々と切り落として行く。 王が奥に立っ
ている。 残剣が走りより王との戦いが始まる。 掛け声を発し飛び、廻り、走り二人の戦いが続く。 色とりどりの布が風に
ゆれて美くしい。 やがて残剣が横に払った剣が王の剣を飛ばす。 カーテン状の布が一斉に床に落ちる。
 

  
  残剣が無名に言う「なぜ泰王を切らなかったか、と問われ”殺すべきではないから”と答えた。それも書で悟った真の境
地だった。 以来飛雪は私と口を利かなくなった。 暗殺は諦めるろ」 「イヤだ!・・」 「憎しみから剣を学んだのか?」 
「そうだ・・・・今やめれば10年の修行が水の泡となる」 「どうすれば止められる」 「私を殺すことだ!」 「それほどまでに
・・・」 「そうだ・・」 「よかろう・・・はなむけに書を贈ろう・・」 残剣は剣を抜いて刃先で箱の中の砂に字を書く。 「私の心だ、
読み取ってくれ・・・・私の剣を無名殿に、・・・飛雪とは心も離れることは無い・・」と言って剣を渡し馬に乗ってどこかに去っ
た。 「無名さま私はいやしい侍女です。 一言言わせてください。 8歳の時から残剣様にお使いし親しく武芸の徳を学ば
せていただきました。 そのなさることには常に意味があると、・・・。その文字にもキット深い意味が・・・無名様・・ご熟慮を
・・・」こう言って如雪も白馬に乗ってどこかに去って行った。

 謁見室で泰王が聞く「残剣は何としたためたのじゃ?・・」 無名が答える「天下と・・」 「天下・・とな・・」 「こうも言いま
した。七国の争いが続き神の苦痛はいえぬ。・・この混沌を収めることができるのは、泰王のみと・・天下泰平のために恨
みを捨て暗殺を諦めてくれ。 個人の恨みなど大義の前には無に等しくなる。 趙と泰の争いにしても天下にてらせばごく
ささいなことと・・・」 「予の心を一番判っていたのは、予を狙った刺客であったとは・・・余は一人多くの者の憎しみに耐え
命を狙う刺客の手を逃れてきた。 予の願いも知らぬやからには、臣下ですら予を暴君と呼び恐れておる。 だが、どうじ
ゃ・・天下にただ一人予が宿敵の残剣のみが予の真の心を理解しておった。 為政者の心をな・・・ 今、初めて心が晴れ
た心地じゃ、・・」(このあたり結構感動した) 

  「改めて訊ねるが、身に寸鉄も帯びぬ身体でいかにして予を殺す」 無名が言う「陛下の剣で・・・」 泰王は自分の脇
の剣を抜き無名のところに投げてよこす。 「その剣は予とともにあまたの戦を闘ってきた。 だが今、残剣という真の知
己を得たからにはここで死んでも悔いはない。 その剣をどう使うか天とそち次第じゃ・・」  衛兵が一斉に駆け出して宮
殿を取り囲む。 弓を構える。  泰王が言う「そうか判った・・徒手空拳でもなお100歩の距離から相手に触れず敵を倒
す。・・そして剣の最高境地は手にも心にも剣を持たず、広く豊な心で全てのものを暖かく包みこむ。・・・人を殺すことなく
平和をもたらす」 

 無名が剣を拾って王のそばに一飛びで行く。 「陛下!・・今ここで陛下を刺すのは容易です。・・だがそれでまた多くの
民が死ぬ。・・・陛下には生きていただきます。・・・これまでに消えた多くの命のために、今の奥義をお忘れなく・・・」こう
言って無名は剣を投げ出す。 泰王が立ち上がり無名を探すが、無名はもう宮殿の入り口の近くを背を向けて歩いてい
る。 衛兵が道を明けて後ずさりする。
 
 黄色の旗を持って老人が馬を走らせる。 知らせを聞いて飛雪が泣く。 残剣と如月が荒れ果てた大地を二人馬を走ら
せる。 衛兵に囲まれた無名がおとなしく逮捕される。

            

 飛雪が言う「10歩の距離に近づいて、あの無名がしくじるわけが無い。・・自ら辞めたのでしょう。それしか考えられませ
ん。・・無名に何をしたのです?」 残剣が答える「はなむけに書を書いた」 「何とです?」 「天下と・・・」 「心には天下だ
け?・・」 「お前のことも・・・」 「信じません・・」 「どうすれば信じる?」 やがて飛雪は剣を抜いて残剣に「抜きなさい!
.・・・如月を惑わし、長空、趙を裏切った。・・・抜かぬか!」と言う。 「初めて出会ったときもやはりそう言ったろ・・・どうすれ
ばいいのだ!・・」 「剣を抜けばよい・・」 残剣はうつむいてただたたずんでいたが、静かに剣をとりそれを抜いた。 二人
が剣を振り回し飛び、廻り互いに戦った。 荒涼とした、草木も無い大地に「やあ〜っ」という飛雪の叫びが響いた。 
残剣が剣を投げ出して座り込み泣き出した。 剣が腹を突き抜けている。  飛雪が聞く「どうして剣を捨てたの?・・・」 
 「信じて欲しかった。・・・お前の故郷を見たかったよ・・・もうそれは叶わぬ・・・達者で暮らせ」  泣きながら飛雪がまた
聞く「なぜ、剣を捨てたの?・・・交わせたのに・・どうしてなの?・・・」 飛雪が声を出して「う・う・ウ・ゥ・・わ〜〜っ」と泣き
伏し山々にこだまする。

 侍女の如月が馬に乗って走る。  飛雪がいつまでも動かなくなった残剣の遺体に背後から抱きついている。 「もう放
浪の旅は終わった。・・・一緒に故郷に帰りましょう。・・二人の家に・・・」 飛雪は残剣の腹に刺さった剣を握り、そのまま
強く残剣の身体を通して自分の腹に剣を突き刺した。 残剣の背中にもたれかかるように飛雪も動かなくなった。

  泰王の宮廷の中、「陛下!・・処刑をお命じ下さい。あの男の処刑を・・・陛下!・・ご命令を願います・・ご命令を願い
ます。陛下!・・」衛兵が声を揃えて懇願する。 「弓を引け!・・」数千人の兵士が弓を構え、ただ一人の男に狙いを定め
る。 「陛下暗殺を狙った不届きもの!・・情けは無用です。・・法の厳正を知らしめすためにも決して例外は許されません。
 ご決済を・・ご命令を・・ご命令を!。・・殺せ!」 一斉に矢が放たれ、空を覆うような矢の固まりが無名を襲う。 泰王が
泣いている。 壁一面が隙間なく矢で埋まり無名が見えない。  数十人の兵士が赤い布をかけた無名の遺体を、肩に掛
けた台の上に置いて運ぶ。 布は矢の高さまで持ち上がっており一部に林立する矢が見える。

 山にいつまでも動かぬ残剣と飛雪の亡骸が座ったように見える。 宮廷の庭の壁には隙間なく刺さった矢が、人間の
形の部分だけ持ち去られて異様な空間を作っている。 

 泰王は無名の亡骸を暖かく葬り、長空は無くなった3人を思い再び槍を持つことは無かった。 

        =  終わり  =            H・15・8・16  鑑賞




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