ト  ロ  イ (下)



                                                                      〔文中に挿入している花はすべて私が撮影した写真です〕          河野 善福

 朝、浜辺に兵士たちが続々と集まる。 アキレスのテントにユルミドンの兵士が呼びにくる「出発の時間です」 「俺た
ちはここに残る。・・・アガメムノンが泣きついて来るまでは動かん」 「分かりました」   アキレスがいとこのハトルクロ
スに言う「戦えるのか? 人を殺すんだぞ。・・・心構えは?」 「出来てる」 「夜になると見えるんだ、黄泉の川の向こう
岸にみんながいて、俺を待っている。早く来いとな・・・何のために戦うかと言うことは教えてなかったかな?・・」 「あん
たのため・・・」 「俺が死んだ後はどうする。兵隊は顔も知らぬ王のために戦う。 命じられたとおりに戦い死んで行く。」
 「それが兵士だろ」 「どこかのアホのせいで無駄死になどするな。・・もう行け!」 

 トロイの城門の前の広場に数万の兵がすでに整列している。 ヘクトル、パリス兄弟が馬に乗って城から出てくる。 
後に騎馬の兵士が続き整列した兵の前に出る。 プリアモス王と子供を抱いたアンドロマケが城壁のベランダでイスに
座って心配そうに成り行きを見ている。 ヘクトルが弟パリスに聞く「本当にやる気か?・・」 「ぼくが原因だから・・・」  
ベランダで落ち着かず状況を見ようと立っているヘレンに、王が隣のイスを指差して言う「ヘレン・・ここへ掛けなさい」 

 「前進・・進め!・・」 遠くの砂丘の影から数万人の兵が姿を現す。 二頭立ての馬車が7基、兵たちを先導してスパ
ルタ軍の前まで出てくる。 城を固めるトロイの兵たちと互いの距離が狭まる。  「停まれ!」とアガメムノンが叫び兵
たちが歩みを止める。 アガメムノンが弟メネラウス王に「行くぞ!」と声を掛けて二人が前に出る。 トロイ軍のほうか
らはヘクトルとパリスの兄弟が前に出て対峙する。 アキレスはこの様子を丘の上で仲間たちと見ている。 パリスが城
壁の上の王たちを振り返ってみる。 王が「行け!」と目で送り出す。  パリスとヘクトルが馬を下りてさらに前に出る。
 アガメムノン王が言う「よく出てきたな、壁の外に・・勇敢なことだ。浅はかだが・・・」 ヘクトルが答える「招いた覚えは
ない・・・速やかにお引取り願いたい」 「手遅れだ、ヘクトル王子・・・」 聞いていたメネラウス王が「王子?・・・どこが王
子だ・・王の子があのようなことをするか?・・散々もてなしを受け、友人面した挙句、人の妻と夜逃げとは・・・」と怒り言
う。 パリスが「逃げた時太陽は輝いていた」と言う。 メネラウスが剣を抜き「あの女も見ているな・・・よし!。お前の死
に様を見せてやる」と言う。 アガメムノンが言う「あわてるな弟よ・・どうだあれを見ろ、ギリシャ中の兵と言う兵がトロイ
の浜に集まった。 トロイを救う道もある。望みを二つそれを呑むなら誰も死ぬ必要はない。 ひとつ、ヘレンを我が弟
に返せ。 二つ、トロイはわしの支配下となり、わしの求めに応じ戦うのだ」 ヘクトルが言う「あなたの軍隊を見て怖気
づくとでも思うのか?・・。なるほど5万人もの兵たちがひとりの欲のために戦わされている」。  「調子に乗るな情けに
も限界がある」 「その限界はすでに見た。・・いいかトロイの民は他国の支配者に服従しない」  「ならばトロイの男は
みな死ね」 

 パリス王子が言う「ほかに道がある。・・・1対1へレンをあきらめられない者同士、戦おうじゃないか・・勝者がヘレンを
連れ帰りそれで終わりにしよう」 兄アガメムノンが「勇敢な申し出だがそれではだめだ。・・」と言う。 引き上げようとす
るアガメムノンのを引き止めて弟メネラウスが小声で話す「あの小僧を殺させてくれ・・・」 「お前の女房のために来た
んじゃない。 わしはトロイがほしいのだ・・」 「わしは名誉がほしい。・・殺させてくれ。 あいつがくたばったら攻撃を始
めてこのミヤコを分捕ればいい。・・わしの気も済む」 「好きにしろ・・・」 兄王が引き上げる。 メネラウスがパリスに向
き直って言う「よし、受けて立とう・・・今夜はお前の霊前で乾杯だ」   
「よーし、下がれ!」両軍の兵士が下がる。 兄と弟は抱きあい肩をたたき合い健闘を祈る。 「兄上僕が死んだら・・へ
レンに伝えてください。 もしもメネラウスが彼女を・・」 「お前は自分の剣と相手の剣のことだけを考えろ・・いいか・・・
大振りさせてやつを疲れさせろ」 指示を受けて弟が王家に伝わる剣を抜いて前に出る。 へレンが心配そうに見てい
る。 メネラウス王は盾を投げ捨て仁王立ちでパリスを迎える。 パリスとメネラウス王の戦いが始まった。 メネラウス
王が剣を振り下ろし切り込んでくるのをパリスは盾で防御し防戦が続く。 メネラウスは盾と一緒にパリスを押し倒す。 
兄ヘクトルが「立て!・・早く!」と叫ぶ。 パリスの立つのを待つ余裕がメネラウスにはある。 二人の力の差は歴然と
しており、立ち上がったパリスの剣がたたき飛ばされる。 さらに戦いが続いて、メネラウス王の剣がパリスの足を切
る。 メネラウス王は立つ力なく座り込んだパリスのそばに来て剣を首に当て「王子を切るのは初めてだ」と言って振り
下ろすべく大きく振り上げるとパリスが兄の足元に這って逃げる。 メネラウス王は城壁のヘレンに向かって「こんなや
つのためにわしを捨てたと言うのか!」と叫ぶ。 「この腰抜け戦え!・・約束だぞ・・戦え!」 プリアモス王が「戦え・・・
わが子よ」と言うが声は届かない。 メネラウス王は「かかって来い!・・トロイが約束を破ったぞ。・・・全軍戦闘用意!」
と大声を出す。 パリスは兄の足にすがり付いて泣いて震えている。 「恥ずかしくないのか・・貴様それでも王族の端く
れか?」 兄ヘクトルが言う「勝負は終わりだ・・」 「まだ終わってはおらぬ。・・下がっておれヘクトル・・・さもないと、お
主の足元で殺す」 再び剣を大きく振り上げた時、 「私の弟だ」と言いながら兄ヘクトルの剣がメネラウス王の腹を正
面から突き抜けた。

 状況を見ていたアガメムノンが「行け!・・」と号令し、スパルタ軍が一斉に攻め込んでくる。 逃げかけていたパリス
が王家の剣を投げ出したままになっていることに気付き、足を引きづりながら引き返して剣を拾う。 「中へもどれ!」 
二人は馬に乗って城内に逃げ込む。 
 弓隊に指示する。 「城壁に近づけさせる。まだ撃つな」 スパルタ軍が近づいた時一斉に矢が放たれた。 撃った兵
は後方に下がり、後ろで準備をしていた兵が前にでる。 矢が雨のように降り注ぎギリシャ軍の兵隊が倒れていく。  
兄ヘクトルが城外に飛び出す。 大男と戦いになる。 ヘクトルが転び大男が大きいまさかりを振り上げる。 防いだ盾
を突き破りまさかりがめり込む。 ヘクトルは下から槍で胸を突き通すが、大男はヘクトルの首を絞めて暴れる。ヘクト
ルがさらに刺して大男を倒す。 アキレスがこの戦いを遠くの丘の上で仲間と見ている。 
 「船まで戻れ・・・敵の射程内だ・・退却だ」  矢の雨に苦戦しているスパルタ軍は部隊を立て直すため退却する。 
「走れ!・・。退却だ」 「隊を戻せ」 「引き上げろ!」 大混乱の中を浜辺の船に向かって我先に兵士が走る。  「ヘク
トルさま敵は逃げてます」 「深追いするな・・・防衛線に戻れ。 負傷者の救護を・・使者を送り死体を引き取らせろ」 
「それでは甘すぎませんか?」 この日は、トロイ軍の大勝で終わった。 日暮れ前、スパルタ兵が広場一面に重なるよ
うに倒れている兵士の死体をシートに載せて、馬に引かせ浜に持ち帰った。

 死んだメネラウス王の両目に貨幣を乗せ、アガメムノン王が火を付ける。 高く組み上げられたやぐらの上で、一気に
燃え上がる炎の中、王が焼かれる。 浜辺には同じく燃え上がるやぐらの列が延々と続いている。 悲しみの夜が更け
る。

 王宮の自室でパリス王子がヘレンに傷の手当を受けながら言う「あきれたな・・・とんだ腰抜けだ。・・死にたくなかっ
た。・・君が見ていた。父上も兄上も・・国中が見ていたが、恥も外聞もなかった。 生きたいために名誉も誇りも捨て
た」 「愛のためよ・・強い相手に挑んだだけでも勇敢だったわ・・・あなたは勇者よ。・・・あの人といる時は毎日、海に身
を投げたいと思った。 英雄なんてほしくないの、一緒に年老いて行きたいだけ・・」  

 浜辺の船の中。アガメムノン王が怒っている「敵はわしをあざ笑っている。 わしが日の出と共に逃げ帰ると思ってい
る」 部下が言う「そうすべきかと・・・」 「逃げるのか!・・負け犬のように・・」 別の家臣が言う「兵士はメネラウスの妻
を奪い返しに来たんだ。・・もうここには用はない」 「今ここを去れば、信用が失墜しますぞ」 「トロイに惨敗したとなる
と、早速ヒッタイトが攻め込んでくる」 「とどまるのならギリシャのためと言う大義名分がいる。 あんたとアキレスの確
執も問題だ」 「アキレスはただの男だ。・・」 「ヘクトルもただの男だ。・・その男に負けた」 アガメムノンが言う「ヘクト
ルは国のために戦うがアキレスは己のためにしか戦わん」 「忠誠心のあるなしは関係ない。 戦場でのあいつの勝負
強さがほしいんだ」 「賛成だな・・士気を高めるためにも・・」 「わしがアキレスに和解を申し出たところで、あいつが聞
くものか。言葉をかけるより槍を突き出す男だ」 オデュッセウスが言う「私が話す・・」 「あの女を返さないと・・」 「ええ
さ・・女はくれてやる。・・・手は付けておらん!・・兵に与えた」
          
 浜辺で兵たちが逃げ惑うプリセウスを囲み気晴らしうにもてあそんでいる。 笑い転げて体に触る、抱きかかえる。 
悲鳴を上げてプリセウスが抵抗する。 焼きごてを持った男が赤く焼けたコテを押し付けようとする。 男から焼きコテを
奪い取り一撃を加えたのはいつの間にか来たアキレスだった。 みんなが下がり遠巻きに見ている中をアキレスはプリ
セウスを抱き上げて自分のテントに運びベットの上に投げ下ろす。 「怪我は?」顔の傷に触れようとすると手を払いの
ける。 「犬だって襲われたらやり返すわ」 アキレスがタオルを洗って渡すと顔に投げ返す。 「食えよ・・」食べ物を出
すが見向きもしない。  「あなたみたいな人よくいるわ。・・軍人なんてみな同じよ、戦のことしか頭にない」 「軍人がき
らいか?」 「哀れじゃない!」 「お前らを守るために大勢死んでるんだ・・哀れむだけじゃ可愛そうだろ」 「なぜ兵士の
道を選んだの?・・」 「選んだんじゃない・・・生まれた時からこうだよ・・・お前はなぜ神に愛をささげる。いくら愛しても
報われることはないのに・・・」 「私を怒らせたいの?・・」 「神々に仕えてるんだろ。争いの神アレスは敵の皮を剥いで
寝床に敷くやつだぞ」 「神々は恐れ敬うべきものよ」 「いいことを教えようか?・・神殿では教えてくれないことを・・・
神々はうらやんでいる。人の命に限りがあることを・・終わりがあるからすべてが美しい。・・お前の美貌もいつかは衰え
る。この瞬間は二度とない」 「無神経でバカな人かと思ってた。・・それなら許せるのに・・」

 二人がベットに並んで寝ている。 深夜。 アキレスの首にナイフが当てられる。 アキレスは払い除けようともしない
で言う「やれよ!。・・・簡単だぞ」 「怖くないの?・・」 「みんないつかは死ぬ。 今日でも50年後でも同じだ・・・や
れ!」 「生かしておけばまた人を殺すわ・・」 「大勢な・・」 ベットに寝たままのアキレスが両手で、目の前にいるプリセ
ウスの両肩をつかみ横に倒して上に乗る。 アキレスが口をプリセウスの口に重ねる。 すこし拒んだプリセウスが、自
分からアキレスに抱きつく。 アキレスの手がプリセウスの腰まで着物を引き上げる。 二人は愛撫しキスを重ね結ば
れる。  
 
 プリセウスがベットで寝ている。 アキレスが起き上がって土間にすわっているとオデュッセウスが呼びに来る。 アキ
レスは外に出ると部下に命じる「すぐに荷造りを始めろ・・・国へ帰る!」 「部下が号令する「 荷造りを始めろ!」 「帰
る用意だ!・・」。  オデュッセウスがアキレスに言う「アガメムノン王は傲慢な男だ。だが過ちは認める」 アキレスが
言う「やつの替わりにわびに来たのか?・・なんであんなブタに尽くす?・・」 「お前から見れば世界は単純だろうが、国
王ともなると俺にも事情がある」  「あいつが怖いのか?」 「恐れを知らんのも問題だ・・・戻ってきてくれ・・ギリシャの
ために」 「おれが生まれる前からギリシャはあった、死んだ後もギリシャはギリシャだ」 「兵士たちがお前を待って
る。・・とどまれアキレス!・・お前のための戦だ」 「単純にはいかない」 「女は物事をややこしくする」 「あんたはギリ
シャいちの国王だが、いまはただの下僕だ」 「民を率いるためには仕方ない。・・いつかお前にも分かる」 

 いとこのハトルクロス少年がアキレスに聞く「帰るつもりなの?」 「明日の朝な」 「大勢殺されたんだこのままじゃ帰
れない!」 「そんなに戦いたいのか?」 「同胞の戦だ・・・アガメムノンの負けを見たいからって、それじゃギリシャを裏
切るよ」 「だれかが負けんとな・・」  

 トロイの宮廷内、大勢の家臣を集めて会議を開催している。 占術士がプリアモス王に言う「よき兆しが現れておりま
す。 今こそギリシャ軍を倒すべき時」 別の家臣が言う「敵は士気が落ちております。たたくなら今・・叩きのめそう」 
賛意の歓声が高まる。 「逃げ出すまで・・」 兄ヘクトルが言う「昨日はユルミドンがいなかった、内輪もめでもあったん
だろう。 だが打って出て船を襲えば敵は団結する。 敵が攻めて来るなら来させればいい城壁は絶対破れん。」 弟
パリスも言う「敵が昨日油断してくれたからといってお返しは必要ないでしょう」 プリアモス王が聞く「良き兆しがあるの
は確かなのだな?」 占術士が答える「神人を冒涜されたためアポロンが怒っています。 神々の呪いはギリシャ
に・・・」 プリアモス王が決断する「戦さの用意だ!・・夜明けと共に攻め込む!」 

 アキレスのテントの中、アキレスがプリセウスと抱き合って寝ている。 プリセウスが「私は今も奴隷?」と聞く。 「俺の
客人だ」 「客は好きな時に出て行けるものだわ」 「なら行けばいい」 「戦いを捨てられる?」 「トロイを捨てられるか
い?」 アキレスは外の異常な気配に飛び起きる。 まだあたりの暗い時、大勢のトロイの弓隊が火をつけた矢を空に
放ち、あたり一面の砂浜に火のついた矢が刺さっていく。  丘の上から枯れ草の玉を運び押し出すと、枯れ草は転び
ながら火の玉となり、浜辺のテントを襲ってきた。 逃げ惑う兵士たち、火玉はテントに当たって四方に飛び散る。 多く
のテントや船が炎上しギリシャ軍に大被害を与える。

 大軍団がトロイの門を出る。整列した兵が左手で胸に鉄の盾を持ち、右手に槍を立てて持ち、槍の柄を盾に打ちつ
けながら列を崩さず前進する。 「アキレスが帰ってきたぞ」 右手砂丘を超えて兵士の一団が迫るのが見える。 ヘク
トル王子が「アキレスか?」と確認する。 「行け!・・」 両軍がぶつかり乱闘になる。 ヘクトル王子が前に出てアキレ
スと二人の戦いとなる。 他の兵士たちは手が出せない。 二人は死力を尽くし壮絶な戦いをする。 激しい戦いの末、
ヘクトルがすれ違いざま横に払った剣がアキレスののどを切り裂く。 トロイの兵士が歓声を挙げる。 ヘクトルが倒れ
た男の兜をとると、男はアキレスの鎧を付けたいとこのハトルクロスだった。 誰もが驚く。 苦しそうに泣くハトルクロス
の胸にヘクトルはとどめの剣を振り下ろす。 ユルミドンの隊長が叫ぶ「今日はここまでだ!・・・船に戻れ!」 部下が
叫ぶ「船に戻れ!」 「ミヤコに戻るぞ」  トロイ軍も「町に戻るぞ!・・・トロイへ!」と叫び退却する。 

 アキレスのテントの前。 退却したばかりのユルミドンの隊長がアキレスに報告にいく。 テントの外に出てきたアキレ
スに「今日帰るはずでした」と言う。  アキレスは「帰るなどと言っておれんだろ」と言う。 隊長が大きく頭を下げて、
「アキレスさま・・」 と言ったまま座り込む。 「俺に背いたのか?」 「いえ、それが勘違いで・・・」 「戦うなと命じたはず
だ・・誰が先導した」 「私ではありません・・あなたかと思い・・・・」  アキレスが「ハトルクロス!・・」と大声で名を呼び
彼を探す。 「彼をあなただと思ったのです。・・・あなたの鎧を着て、盾を持ちすね当てを付け、兜をかぶり動きまでもそ
っくりで・・・」 「どこだ!・・どこだ・・・」 「亡くなりました。・・・ヘクトルにのどを切られ」 アキレスは逆上して隊長の首を
右手で鷲掴みにする。 苦しむ男を見て「やめて!」と止めに入ったプリセウスも、左手で首をつかまれる。
                     
 ヘクトル王子が妻のアンドロマケを地下道に連れて行く。 「道筋を覚えたか?」 「ええ!・・どこへ行くの?」 行き止
まりの扉を開くと外に出られる。 「次にここへ来た時は、この地下道を進め・・道はまっすぐだからそのまま進めばい
い。 そうすると川に出る。 川をたどってイダ山を目指せ」 「なぜそんな話をするの?」 私が死んだら都はいつまで
持つか分からない。・・壁を破られたら終わりだ。男は殺され、子供は壁から投げ捨てられ・・」 「やめて・・・」 「女は奴
隷にされる。お前には死よりつらいことだ」 「どうしてそんなことを言うの?」 「お前には逃げてほしい。・・私の息子を
ここから連れ出してほしい。・・・今日人を殺した・・・少年だった。  まだ若すぎた。」

 アキレスがハトルクロスの目にお金を乗せる。 浜辺に組まれた高い木組みのやぐらの上でアキレスが火をつける。
 夜空を焦がし赤く火が燃え上がる。

 浜辺の船の中。 アガメムノン王が家臣に言う「あの若造のおかげで勝利が見えてきた」 

 トロイの宮殿の中でパリス王子がわら人形に弓を射る練習をしているのをヘレンが見る。

 テントの中でアキレスが部下に手伝わせて鎧をつけている。 トロイの宮殿の中でもヘクトル王子が鎧を身に着けて
いる。  ヘクトルが部屋を出て行くのを妻はベットの中で見る。 アキレスが二頭立ての馬車に乗って出かけようとする
と部下が横に乗り込む。 「いい・・」と制して部下を下ろす。 プリセウスが「行かないで!・・」と泣きながらアキレスの
後を追う。 「ヘクトルはいとこなのイイ人よ。・・戦わないで、彼とだけは・・・」 「はッ!」 アキレスはまっすぐ前を向い
て馬にムチを入れた。  

アキレスが二頭立ての馬車に乗って、一人でトロイの城に向かう。 弓隊が一斉に弓を引く。 「よせ!・・」ヘクトルがそ
れを制する。 アキレスは城門の前まで来て馬車を止めゆっくりと降りる。 城の二階ベランダにはトロイの王をはじ
め、王子兄弟、妻たちがいる。 門の前に立って城内に向かいアキレスが叫ぶ。 「ヘクトールッ!・・」 続いて叫ぶ。 
「ヘクトールッ!・・」 城内からは何の反応もない。 「ヘクトールッ!・・」続けて「ヘクトールッ!・・」と叫ぶ。 ヘクトルが
父王に挨拶に行く。 「父上・・今までの無礼をお許し下さい。・・精一杯戦います」 プリアモス王が祈る「神々のご加護
を・・・。ヘクトル・・お前ほどの出来た息子はいない。」 家臣が「アポロンが護ってくれましょう」と言う。 弟パリスも「兄
上は最高の男だ」と言い、ヘクトルも弟に「名に恥じぬようにな」と言って抱き合って分かれる。 階段を下りる途中でヘ
クトルは妻に会う。 「教えたとおりやれるな・・」 「行くことはないわ・・やめて!」 再度言う「教えたとおりやれるな・・」 
ヘクトルが子供の額にキスをする。 子供が泣き出す。 妻と抱き合う。 アンドロマケが泣いている。 「ヘクトール!」
アキレスが呼ぶ声が聞こえる。 城門のかんぬきを大勢の兵士が担いではずす。 大門がきしみながら開かれる。 へ
レンが城壁のベランダに立ち尽くして見送る。 ヘクトルが右手に槍、左手に盾を持って歩いて出る。 門が閉まる。 
ヘクトルがアキレスの待つところに歩み寄る。 城のベランダからはみんなが見ている。 

 二人の距離が詰まる。 ヘクトルが言う「こうなることは夢で見ていた。・・取り決めをしよう。・・神々を証人に誓うの
だ。 勝者は敗者に人としてそれ相応の弔いを許すと・・・」 アキレスが言う「獅子と人間は取り決めなどしない」 アキ
レスが兜を脱いで投げ捨てて顔を見せ「これで間違えなくて済む」と言う。 ヘクトルが言う「昨日はお前だと思って戦っ
た。・・お前ならよかったが・・・死んだ少年にも礼節を尽くした」 「殺しておいて何が礼節だ!。 お前の目をくりぬき耳
も舌も削いでやる。 その姿で黄泉の国をさまよえば、死人たちにも分かる。・・・ これがヘクトル。・・・アキレスに挑ん
だ大馬鹿者だと・・」 二人は槍と盾を持って戦う。 激しい戦いが続き、ヘクトルの槍が飛ばされる。 アキレスの槍は
ヘクトルが手でつかみ、足で踏みつけて折る。 共に盾を投げ捨て、剣を持ち長い激しい戦いになる。 ヘクトルは両手
に剣と折れた槍を持って戦っていたが、石につまずいて転ぶ。 アキレスが言う「立て!・・トロイの王子!・・立て・・石こ
ろに手柄はやらん」 ヘクトルの立ち上がるのを待って、また戦いが続いた。 双方が死力を尽くし戦い、アキレスが折
れた槍を拾ってヘクトルの左胸に突き刺す。 ガクッとひざをついて立つヘクトルの体の中心に、アキレスは自分の全
体重を乗せて剣を突き通す。 

 城壁の上で戦いを見ていた、王や弟パリスたちが悲しむ。 アキレスは馬車からロープを取り出し、ヘクトルの両足を
縛って馬車に引かせ仲間のいる浜辺まで持ち帰る。 すべてを見ていたヘクトルの妻アンドロマケとへレンが抱き合っ
て泣く。 馬車からはずしたロープを今度は自分でテントの入り口まで肩に担ぐようにして引いて行く。 テントの中にい
たプリセウスが全身に返り血を浴びたアキレスを見て、狂気のごとく耳をふさぎ泣き叫ぶ。 アキレスは裸になって全身
についた血と汗をかめの水で洗う。 プリセウスが聞く「あなたのいとこが死に、私のいとこが死んだ。・・・いつ終わる
の・・この戦いは?」 「終わりはない・・」

 夜になってアキレスがテントの中にいると、頭を布で覆った一人の老人がだまってテントに入ってくる。 アキレスの手
を取り口づけをする。 アキレスが聞く「何者だ・・・」 老人が泣きそうな小さな声で語る「この世の誰も味わったことのな
い恥辱を味わった。・・わが子を殺した男の手に口付けしたのだから・・・」 「プリアモスか?・・どうやってここに来た」 
「この土地のことはギリシャ人よりよく知っている」 「勇敢な人だ・・一瞬でその首を切り落とされたかも知れないの
に・・・」 「この後に及んで死など恐れると思うか?・・長男の死を目のあたりにし、お前の馬車に引きづられて行くのを
見て見送ったのだぞ。・・・あれを返してくれ。 手厚く葬むられるべき男だ。・・返してくれ」 「いとこを殺した」 「お前と
思ってな・・わしは息子を亡くした。・・お前の父を知っておる。若くして世を去った。・・だが息子の死を見ずに死んだこと
を幸運と言えよう。・・・お前はわしのすべてを奪った。 わが世継ぎ、わが国の守り主を・・情けを示してくれ。・・・あの
子の体を洗ってやりたい。 祈りもさせてくれ。 黄泉の川の渡し銭もあの子のまぶたに置かせてくれ。・・」  「やつを
帰しても何も変わりやしない。・・朝になれば敵だ」 「今も敵には変わらんが・・・少しは敵に礼を示してもよかろう」 「あ
んたの勇気は立派だ・・・しばらくして外に来い」 アキレスは泥にまみれたヘクトルの死体を毛布にくるみながら「友よま
た直に合おう。」と語りかけて一人泣く。

 死体を馬車にくくりつけながらアキレスが言う「すばらしい戦士だった。俺の国じゃ弔いに12日間かける」 「わが国で
も同じだ」 「王子らしく葬ってやれ。・・ギリシャは12日間攻撃を控える」 そこに王を見つけた女が走り出る。 王が声
を掛ける「プリセウス!・・」 女が王に抱きつきその胸で泣く。 「てっきり死んだものと思っていた・・・」 アキレスが貝
で造ったネックレスを首からはずし、彼女の手の平に乗せながら言う 「行け!・・・安全に返してやれ・・約束だ・・・」 
「さあ、来なさい」 「あんたは、うちの大将よりよっぽどいい王様だ」 王が手綱をとって死体を乗せた馬車が動き出す。
 プリセウスが馬車の立ち席で、王の隣りに立ち振り向きながら遠ざかって行く。

 アガメムノンが家臣を前に激怒している「アキレスが約束をした密約を守れと言うのか・・何たる裏切り。・・敵の王と馴
れ合って12日間の休戦するだと・・」 「王子が死に敵には指揮官がいない。今こそ攻撃の時だ」 「ヘクトルが死んだと
言って城壁を破る手立てはありません」 アガメムノンが言う「あの壁は必ずつぶす・・たとえ4万のギリシャ兵を犠牲に
してもだ」 
         

 浜辺でスパルタの兵が材木を集め大きなものを作っているが、何かがよく分からない。 アガメムノン王が言う「オデ
ュッセウス・・・羊の食卓に狼を招かせる手立てを使ったようだな」と笑いかける。 

 浜辺のテントの前でアキレスが部下に言う「みんなを連れて国へ帰れ・・」 「あなたも一緒では?・・」 「俺にはやるこ
とがある・・」 「では、私たちも残ります」 「お前たちを巻き込みたくはない」 「これが最後の命令だ」 「あなたのため
に戦えて光栄でした」 

 宮殿の中の広間。 一段と高く組まれたやぐらの上に横たわるヘクトルの遺体。 目にはお金が一枚づつ乗せてあ
り、そばにプリアモス王が立っている。 息子ヘクトルの死顔に王がキスをする。 自分で死体の下に火を入れる。 炎
が赤く燃え上がり王がゆっくりと階段を降りてくる。 ヘクトルの妻のアンドロマケが泣いている。 

 12日後、「門を開けろ」 城門が開かれる。 プリアモス王や王子たちが馬に乗って浜辺に来る。 浜辺には巨大な
木馬が板を張り合わせて作られている。 周りには兵士の死体が転がっているが、ほかに船も人影もない。 「疫病か
も・・・あまり近寄られますな。」 「神の思し召しです。 アポロンの神殿を汚したので天罰が下ったのでしょう」 「エーゲ
海を逃げ帰ったのでしょう」 王が木馬を見て聞く「これは何だ?・・」 「ポセイドンへの貢物です。・・・帰りの船旅の無
事を祈って作ったのでしょう」 「神へのささげ物ですからポセイドンの神殿に納めねば・・・」 「焼いたほうがいいと思う」
 「何をおっしゃる神への送り物です」 パリス王子が言う「父上焼きましょう」 

 城内。 巨大な木製の馬に数本のロープが架けられ多くの人が引いている。 城門をくぐり丸木をたくさん並べた上を
木馬は広場まで引いてこられる。 人々は祭りのごとく踊り騒ぐ。 パリスがヘレンに「あれを見よ・・・王子が死んだのも
忘れて・・」 「今はあなたの街よ・・誇りを持って」

 静かな入り江に帆を下ろし、ギリシャ軍の船が海を埋めて潜んでいる。 

 トロイの町の広場。 静かになった深夜。 木馬の板がはずされロープが下ろされる。 ロープを伝って人間が滑り降
りる。 別の場所でも板がはずされ、同じようにぞろぞろと人が出てくる。 アキレスが小走りで仲間に指示をする。 番
兵を倒しながら城門に迫まる。 7〜8人掛かりでやっと持てる門のかんぬきをはずし、門を開ける。 一人が門の上の
見張り台に走り上がり、味方に松明の火を振って合図をする。 砂丘の陰で身を伏せていたギリシャ兵が一斉に立ち
上がって城門に殺到する。 城内になだれ込んだギリシャ兵が次々に火をつけていく。 アキレスが王宮の中を走る。 
アキレスが「プリセウスはどこだ!」捕まえた兵に聞く。 「知りません。・・・助けてくれオレには子供がいる」 「この街か
ら早く逃げ出せ」突き放されて兵が逃げる。 城内でも一斉に火の手が上がった。 プリアモス王が街の焼けるのを見
て泣いている。 子供を抱いたアンドロマケがヘレンをつれて逃げる。 「逃げましょう」 「どこへ行けばいいの」 「とに
かく急ぎましょう」 

 アガメムノン王が叫ぶ。 「トロイを焼き尽くせ」 人々が逃げ惑う。  アンドロマケがパリスとヘレンを地下道に案内
する。 パリス王子が「僕は残る・・父上と一緒に都を守る」と言う。  「だめよ。・・都は死んだのよ・・今に焼け落ちる
わ」 パリスは通りかかった少年を捕まえて「お前の名は?・・」と聞く。 「ファイデーン・・」少年が答える。 「剣は使える
か?」 「ハイ」 パリスは剣を抜いて少年に見せながら「トロイのつるぎだ。・・我々の民には未来がある。 きっと叶うこ
の世から戦いをなくせ」と言って剣を渡す。 へレンが「私も残るわ」と言うのを「行くんだ」と叱る。 「お願い捨てないで」
と言うヘレンに「逃げ出すような弱虫男を愛せるのか?・・・また二人一緒になれる。 戦いが収まれば必ず会える ・・・
さあ行って!」 ヘレンを見送って王子は城内に引き返す。    

 宮殿の中。 巫女のプリセウスがギリシャ軍の男に追われ 「パリス」 と助けを呼びながら逃げている。 宮殿内の像
が次々と倒される。 プリアモス王が「恐れを知らんのか!・・神々への恐れを・・」と叫ぶ。 プリアモス王は敵にやりで
刺されて倒れる。 プリセウスがアガメムノン王につかまり暴れている。 「お前の色恋のせいで戦いが終わらなかっ
た。・・今更祈っても手遅れだ!」 王が前からプリセウスの首をつかみ締め上げる。 「お前はわが奴隷として仕える
のだ。 そして夜は・・」 ヘレンは右手に隠し持っていた剣で王の左首を突き刺す。 アキレスがこれを見つけて助けに
走る。 座り込んだプリセウスを助け、立たせようとしているアキレスの背後で、パリス王子が弓を引くのがプリセウスに
見えた。 知らせるより早く矢がアキレスの足に刺さる。 「やめて!・・」 立ち上がろうとするアキレスの腹に第2の矢
が刺さる。 これをもぎ取ったが次の矢が胸に刺さる。 プリセウスが狂気のように「やめて!・・あッああ」と叫ぶがパリ
スが矢を止めない。 アキレスが崩れ落ちる。 「大丈夫・・大丈夫」 アキレスが言う。 プリセウスが泣く。 「戦いは人
生に安らぎをくれたな・・・プリセウス、早く行け!・・行くんだ。トロイが滅びる。・・行け!」 プリセウスがアキレスにキス
をする。 パリス王子がプリセウスの手をとり「逃げ道がある・・行こう」と言ってつれて行く。 ギリシャ兵が来て死んだア
キレスを見つける。 街は火の海になっている。

 朝、トロイの町の広場でアキレスの火葬が始まる。 木組みの高いやぐらの上、アキレスの両目にお金が載せられ
る。 安らかに・・・友よ・・」と祈り、火をつける。 炎が赤く燃え上がりオデュッセウスがゆっくりと階段を降りる。

  ”私の物語が語られるとすれば、巨人たちと共に歩んだと伝えてほしい。 人は生まれては死んでいくが彼らの名は
不滅だ。・・・伝えてほしい、私がヘクトルと同じ時代に生きたことを・・・。そして、アキレスと同じ時代に生きたこと
を・・・。” 
     =  終わり  =


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