北の零年 YEAR ONE IN THE NORTH(下)





【キャスト】
小松原志乃 (吉永小百合) 四国・淡路の稲田家の侍・小松原英明の妻、明治維新後に新政府の命で稲田家の侍た
          ちと北海道の静内に移住を命ぜられ、開墾に励むが波乱の人生を歩む主人公。
小松原英明 (渡辺 謙) 四国・淡路の稲田家の侍、開拓民の中心的存在として妻の志乃と働くが、静内で生育する 
          稲の種を入手するため札幌に向かったまま行方不明となり、5年後に帰ってくる男。
小松原多恵(大後寿々花・石原さとみ) 英明・志乃の子、志乃と牧場を経営し平太に恋心を寄せる。
馬宮伝蔵 (柳葉敏郎)  稲田家の侍、開拓民として妻加代とともに開墾に励むが、後に妻に逃げられる。子供の雄 
          之介は多恵の許婚であったが病死する。
馬宮加代 (石田ゆり子) 馬宮の妻、生き抜くために伝蔵を捨てて、倉蔵の妻になる女。
アシリカ (豊川悦司) アイヌの若者と見られていたが、実は元・会津藩の新政府軍からのお尋ね者。 志乃に思いを
          寄せる男。
持田倉蔵 (香川照之) 弁舌巧みに開拓民をだます悪徳商人。新政府役人として静内分署長になり加代を妻とする。
堀部賀兵衛(石橋蓮司) 稲田家の家老。城主を迎える屋敷造りと、領民の移住受入れのための先遣隊の責任者。
エドウイン・ダン(アリステア・ダグラス) 農業・牧畜の指導者として北海道に来ていた米国人。志乃、多恵親子を救助 
         し牧畜の指導をする男。 妻おつる(鶴田真由)
モノテク (大口広司) アイヌの老人でアシリカを匿っている男。
長谷慶一郎(吹越 満)と母すえ(馬渕晴子)妻さと(奥貫 薫)、
川久保栄太(平田 満) 英明と行動を共にする稲田家の武士。 その子、平太(金井勇太) 

                                
【ストーリー】   続き
                    「2年目 冬」

 雪の降る中を志乃がお宮参りに行く。 お宮の前で出会った女房たちが言う。 「志乃さま・・・小松原様はいったいい
つになったら、お帰りになるのですか?」 すえばあさんも「我らがための稲をと申されて行ったが、結局殿のように我ら
を見捨てられたのではないのか?」と言う。 「そんなことなら開拓使から扶持米をもらっておくべきだったんです、それ
を止められたのは小松原殿なのですよ」 「このまま小松原殿のお帰りを待っていては、我ら皆飢え死にをしてしまう
わ」 

 雪の激しく降る日。 ソリにいっぱいの荷物を載せて、鈴を鳴らし、薬売りののぼりを立てて、男たちがやってくる。 
「地獄に仏とはこのことだ、お前の顔が仏に見えるぞ、倉蔵!」 家老堀部が言う「いや、ほんとに助かった・・・倉蔵!。
恥ずかしながら我らが渡せる金は今これしかないが、足りない分は鹿の皮で何とかしたい」 倉蔵が答える「分かってま
す・・・何を差し置いても皆様に出来るだけのことをさせていただきます」 「かたじけない・・」堀部が頭を下げる。 倉蔵
の手下が表に酒樽を担ぎ出して皆に酒を振舞う。 伝蔵が倉蔵のところに来て「お主・・・小松原のうわさを聞かん
か?・・・もう半年も音沙汰がないのだ」と問う。 倉蔵は「いいえ、存じません」と答える。 

 志乃の家。 倉蔵が「私・・この地に落ち着くことにしました。・・・あなたさまにほんの挨拶代わりです」と言って衣装箱
から着物を取り出す。 志乃は受け取れないと言って返す。 「このような着物では気に入りませんか?」と倉蔵が言う。
  志乃は「小松原のことなのですが?・・・」と夫の消息を聞こうとするが、「小松原様は、帰って来ませんよ・・・」と薄笑
いを浮かべる。 「なぜです?」 「女が出来たのです。・・札幌でちらりと見かけたのです。・・西洋の服を着たきれいな
ご婦人と一緒に馬車に乗っておいででした」 「うそです。・・あの人はそのような人ではありません」 「見たんだからしょ
うがない。・・小松原さんはご夫人の風に乱れた髪をいつくしんで、このように直しておやりでした」と言って倉蔵が志乃
の乱れ髪に手をやる。 志乃はその手を払いのけ「何をします!・・無礼な!」とにらみつける。 「何が無礼だ・・あんた
は何にも判っちゃ居ないね、・・この世の中変わったんだ・・・侍と言って威張っていても、今ではあんたら只の百姓だ・・
俺がいないとあんたも他のやつらも食っていくことは出来ないんだよ」と言って志乃に襲い掛かる。 「あんたは亭主に
捨てられたんだよ・・」 「信じませんそんなこと・・」 「女一人で生き残れるとでも思ってるのか?」 倉蔵が志乃を捕ま
えて唇を奪おうとするが、志乃は倉蔵の舌に噛み付き抵抗する。 志乃は手当たりしだいに物を投げながら雪の積もっ
た外に飛び出す。 転びながら雪道を逃げるが転んで倉蔵に捕まる。 「悪いようにはしねえよ」 雪の中で覆いかぶさ
る倉蔵の耳元に短刀が飛んできて大木に刺さる。 立ち上がり短刀を抜いた倉蔵の顔にこぶしが一撃を食わす。 
右、左数発顔を殴られて倉蔵は口から血を吐く。 「やめて・・・止めてください」志乃は男の腰にすがりつく。 倉蔵は走
って逃げる。 助けてくれたのはアイヌの若者アシリカだった。 アシリカが言う「妻と子供もこうやって殺された・・・あの
時私が居れば・・・。あんなやつは死んでしまえばいいんだ」 雪の上に二人は座り込んでいる。

 倉蔵のところに伝蔵が尋ねていく。 「倉蔵はどうした?・・」 手下の男が出てきて「旦那はちょっと出てるのです
が・・・」と言う。 「味噌樽一つとはどういうことか聞きに来たのだ・・」 「えッ・・渡された金の分はこれだけなんですよ」 
「そんな高い味噌聞いたことないぞ・・」 「旦那は今ここに居ないんですよ」 「うそをつくなどけ・・」 伝蔵が手下を押し
のけて入ろうとすると、男は短筒を抜いて伝蔵の顔に押し付けた。 

 志乃の家。 アイヌの若者に志乃が味噌汁を出す。 「このようなものしかないのですが・・・」 囲炉裏を挟んで向こう
側に志乃と多恵が座る。 男が泣いている。 アシリカが「夢を見ているようだ」と言う。  多恵が「どうして泣いている
の?・・」と聞く。 アシリカは亡くなった妻や娘との団欒を思い出していた。 
         
 倉蔵の家から男が飛び出してくる。 倉蔵の手下で、伝蔵に切りつけられて悲鳴を上げている。 「切られた!・・・切
られた」 伝蔵は他の手下に取り押さえられている。 「こいつが米を盗もうとした」 数人が騒ぎで駆けつけてくる。 
「馬宮!・・まことか?・・」 「盗人はあれだけの金を取って味噌樽1つしか寄越さぬこやつらで、その不心得を正しに来
ただけだ」 そこに倉蔵が帰ってくる。 「これは弱りましたね」 切りつけられた手下が「旦那が何と言おうと、おれはこ
いつを役人に引渡しますからね・・」 家老の堀部が倉蔵に頭を下げる「まて・・倉蔵・・ここは何とか・・」 伝蔵が強がり
を言う「ご家老・・わしの処分はご家老がお決めになること、ここは我らが国じゃ」
伝蔵の妻加代が走り出て、倉蔵のまえに土下座して言う「お願いでございます。・・・どうかこの人を助けていただけませ
んか?」 「加代・・おまえ!・・」 「あなたはまだ判ってられないのですか・・あなたがお役人に引き渡されてしまったら、
私はこれから先どうやって生きていったらいいのですか・・雄之介を亡くし、あなたまで亡くしたら私はこれから先どうす
れば・・・」 「加代・・・」 堀部が「わしからも頼む・・・このとおり・・」と頭を下げる。 倉蔵が伝蔵と加代の手を取り、立ち
上がらせながら「わかりました・・・許してあげなさい。・・・目先の損得ばかりを考えていた私が悪うございました。・・・皆
様あっての商いです。 米は皆様方に等しくお分けいたしましょう」と言う。 堀部が「倉蔵・・・まことか」と言うと、「いず
れ返していただければいいのです。これからはこの倉蔵に何事もお任せ下さい」と倉蔵は言う。 「かたじけない」 「有
難うございます」

 多恵が雪の道を一人帰っていると、悪がき共が5〜6人取り囲んで「お前の父は札幌で良い暮らしをしているとみんな
言ってるぞ」 「お前の父は卑怯者だ!」 みんなで雪の玉を投げつける。  家に帰った多恵が部屋の隅に隠れるよう
にして泣いている。 外から帰った志乃が傷だらけの多恵を見つけて驚く。 多恵が泣きながら言う「母上・・・父上は裏
切り者なのですか?・・」 志乃は多恵の顔の涙を手でぬぐいながら「父上はそんな卑怯な人ではありませんよ」と言う。

 裸になった倉蔵が、仰向けになったまま動かない加代の上にずり上がり、身体を抱く。 加代は目を見開き天井をに
らんで耐えている。 加代の目に涙がたまる。 乱れた髪も、はだけた胸元もかまわず、加代ががつがつご飯を食べて
いる。 倉蔵が「そんなに腹が減ってるのか・・・喰え・・・思う存分喰え・・・武士の女とて哀れなもんよ・・」と独り言のよう
に言う。

 夜。・・志乃の家。 ドンドンと戸を叩き「開けてください!・・早く」と女の声がする。 志乃が急いで土間に降り板戸の
かんぬきをはずす。 転がり込むように加代が入ってくる。 外には抜き身の刀を持って伝蔵が立っている。 「この女
倉蔵に身を売っておった・・・もうそれがしの妻ではない」伝蔵はそれだけ言うと刀を引きずり、ふらつきながら帰ってい
った。 加代は座り込むと嘔吐し「子がいます。・・・馬宮の子ですが、倉蔵には倉蔵の子だというつもりです。・・・私をさ
げすみかね?・・・だが、誰の所為でこうなった。・・・皆小松原殿の所為ではないか・・・私は雄之介を失った、もう2度と
子は失いたくない。・・・母親なら判るでしょ志乃さん。・・・男は口ばかり、力もないのに”我らが国、我らが国”と夢のよう
なことばかり、私をはらませた馬宮も憎いが皆をあおり裏切った小松原殿が許せぬ」と言う。 「あの人は裏切ってなど
居ません」 「だったら、なぜ今にも死にそうな妻子を放って戻っては来ないのですか?。・・・男などもう要らぬ・・・おな
かの子を守るためなら何でもする」捨て台詞を言って加代は出て行った。

 ちょうちんを下げて雪の道を志乃が馬宮の家を訪ねる。 部屋の隅で馬宮が明かりも点けず震えている。 志乃が囲
炉裏に火を焚き、馬宮が火のそばに出てきて泣きながら話す。 「堀部殿が言っておった新しい我らの国はどうなった
んでしょうな・・・小松原殿が居た時は・・・もっとよかったのに・・・畜生!」 

 一面どこまでも真っ白な雪の山道。 志乃と多恵の親子が手を取り合って歩いている。 アシリカが志乃の家にやって
くる。 家の中を覗いたアシリカは親子の外出を知り後を追って走る。 どこまで走っても親子の姿は見えない。 やが
て山は吹雪になる。 雪嵐の中で志乃は自分の肩掛けを取って親子で頭からかむり、道のなくなった雪原を歩く。 吹
雪の中でアシリカが「わあ〜あ!ッ。・・・あ〜あ」と叫ぶが風の音にかき消され二人には届かない。 「耐えるのです・・
父上が待っておられるのですからね・・」  志乃は猛吹雪の中で動けなくなった多恵を背負い腰まで深くなった雪の中
を行く。 やがて志乃は力尽き、二人とも雪の上に抱き合って座り込む。 志乃は肩掛けを伸ばし多恵にも掛けてやっ
て意識が遠のいていく。 「あなた・・・」

 吹雪の止んだ一面が白い雪の中に、動かぬ黒いものがある。 意識を失い抱き合ったままの志乃と多恵である。 
遠くで馬の蹄の音がして2頭の馬が次第に近づいてくる。 親子を発見したのは西洋人であった。 彼らは意識を取り
戻した志乃に話しかけるが、志乃には何を言っているのかまったく判らない。 二人は馬に乗せられて救出された。



      「5年後」
 晴れ上がった緑の牧場に馬の背に乗った女性が一人、もう1頭の裸馬を引いてやってくる。 馬上の女性は志乃で、
ここは志乃達親子を救出したエドウィン・ダンの牧場である。 ダンは米国人で牧畜と農業の指導のために、政府の招
きでこの地に来たのだった。 志乃は裸馬の身体をワラで拭いてやって居る。 「志乃さん・・」と呼ぶ声がする。 「あ
ッ・・おつるさん、こんにちは・・・今日は種付けをお願いしに参りました」 「本当にご熱心ね・・・いつぞやダンが申してお
りました。・・・男でも腰が砕けてしまうほど辛い仕事なのに志乃さんはどうして耐えられたのでしょうと。・・娘さんもまじ
めに勉強されてますよ。・・頼もしいですね」
 近くの農場で10人前後の若者たちが、鋤を馬に引かせて畑を耕し、ダンがそれを指導している。 ダンが鐘を鳴らし
「皆さん休憩にしましょう」と先輩の男が言う。 畑の中から多恵が志乃を見つけて手を振る。 志乃も手を振って答え
る。 ダンが来て「こんにちは・・お元気ですか?・・志乃さん」と言う。 「はい」 ダンは志乃に英語で何かを説明する。
 おつるさんが通訳してくれる「先週札幌に行って来ましたが、残念ながらあなたの夫の行方の良い情報が得られなか
った」 「ダンさまには、本当に世話になって・・・私、主人と約束をしたのです。・・あの地にいてどんなことがあっても私
たちの国を作ると・・・決して弱音を吐かぬと・・・妻の約束です。 守らなければ帰ってきた主人に合わす顔がありませ
んから」
 平太が馬で帰ってくる。 多恵が走り出て笑顔で「平太!・・」と出迎える。 平太も「多恵さん・・」と呼び返す。 平太も
この農業技術指導所で勉強中である。

 志乃が畑で栄太に聞く「川久保さま・・稲の具合はいかがですか?」 「今年の稲は何とか行けそうです」 「本当です
か?」 「後はお天道様の機嫌しだいです」 「川久保様は誰よりも稲つくりに力を尽くしてこられましたものね」 「志乃さ
まがこのような馬を作ってくださったから、私たちが楽になったのです。・・本当に感謝してます」

 夜、志乃の家の庭で夕食を取っている。 アイヌの老人モノテクと若者アシリカも着ている。 多恵が英語の歌を歌い
ながら手を腰に当てて踊りだす。 終わってみんなが拍手する。 多恵が言う「おつるさんに教えてもらったの・・」 「ァァ
 そうなの・・」と志乃が言う。 モノテクがふらついた足取りで立ち上がり、今の踊りのステップを踏む。 多恵が立ち上
がり、もう一度英語の歌を歌いながら、並んで踊る。 二人は互いに向き合い手を取ったり、回ったりして笑い転げて踊
る。 モノテクとアシリカは牧場の周りの柵の上に松明を並べる。 アシリカが「こいつを点けていると狼が来ない。・・狼
は炎に弱い」と言う。 「有難う」 二人が馬に乗って夜の道を帰っていくのを親子が見送った。

 モノテクの家。 モノテクがアシリカに言う。 「今夜は楽しかった。・・」 「何が言いたい」 「永遠を望んではだめだ・・
ここ、倭人が増えて猟が出来なくなった・・・ここ、去ろう」

 農業技術指導所で多恵が平太に「先輩、よろしくね」と馬を渡す。 平太が多恵に「俺に勉強を教えてくれませんか」と
言う。 「俺・・農学校に行きたいんです・・・父ちゃんも米がうまくいったら学校に行っていいって・・」 「良かったね・・」 
「俺・・多恵さんと一緒にもっともっとこの土地を豊かにして行きたいんです」 「一緒に・・」 「はい・・あの・・」

 志乃が牧場で柵の壊れたのを直している。 アシリカがそれを手伝っている。 制服を着た警察官が牧場に近づいて
くるのが見える。 アシリカがスーッと居なくなる。 警察官がそばまで来て多恵に「小松原志乃はいるか?」と聞く。 多
恵が「お母さま」と母を呼ぶ。 志乃が「何の御用でしょうか?」と警察官に聞く。 「戸長がお呼びだ・・。開拓使出張所
まで出頭せよ。・・・それから・・・この中に見たことのあるものはいるか?」と言って警察官が広げた人相書きには、アシ
リカの似顔が書かれていた。
 「五稜郭で降伏を拒み何人もの政府軍を切り殺し逃げている賊徒である。 知らんか?・・」 「いいえ・・」 「九州で西
郷隆盛が兵を挙げ、各地で賊徒どもが氾濫を起こしている。・・・見かけたら必ず警察に知らせるのだ。・・・判ったな」そ
ういって警察官は引き上げていった。 志乃と多恵は改めて人相書きに見入った。

 モノテクの家。 アシリカが物置のワラの下に隠しておいた木箱を取り出す。 箱の中には刀が2本入っている。 彼
は刀を取り出しこの地から逃げる支度をする。 モノテクが「別れは言わなくていいのか?」と聞く。 アシリカは「私が居
ればあの親子に迷惑がかかる・・・判ってくれるだろう」と言う。
 
 志乃が”開拓使静内分署”と大きな看板が掲げられた官舎に馬に乗っ
てやってくる。 馬宮が官舎の隣の厩で、ボロをまというつろな眼をして座
っている。 「馬宮様・・・」志乃が声を掛けても反応がない。 志乃は官舎
のドアを開ける。 吏員が一斉に志乃を見る。 志乃が言う「戸長がお呼
びだと伺いました」 吏員が隣室に案内する。 「志乃殿がお出でになりま
した」 「入れ!」 志乃がドアを開けて入ると、大きな机の向こうに後ろ向
きで座った男が、窓から入る太陽の光を手に持った鏡で志乃の顔に反
射させて、鏡に映る志乃の顔を探るように観ていた。  振り向いて「久
しぶりですね」と言ったのは薬売りの倉蔵だった。
                       
 驚いた志乃が気をとりなして聞く「何の御用ですか?・・」 「相変わらず愛想がないですな・・・・川久保の農地のこと
聞きましたよ。・・馬に土地を耕さしているとは・・・そんなことに馬を使うくらいなら、もっと他の事に使へるんじゃないで
すかな。・・・たとへば戦さとか・・」 「いくさ?・・」 志乃が驚いて聞き返す。
 隣室に向かって大声で叫ぶ「おい・・志乃さまのような大事な客が来てんだぞ、茶ぐらい持って来い」 倉蔵が言う「西
郷隆盛が九州で戦を起こしていることはご存知でしょう。・・鎮圧のためにね、この町からも人を出すことになった。・・・
あんたんとこ娘だったな。・・戦に出すわけにはいかないだろ。・・・実は馬も足りないんですよ。・・あなたの馬はすばらし
い。・・開拓史の間でも評判になって、ぜひ戦に欲しいと言って来ている。・・・名誉な話じゃないですか」 「誰の名誉です
か?・・戦のために作った馬では有りません。・・お断りします」 そこに男の老吏員がお茶を持ってくる。 「遅い
ぞ!・・」と怒鳴りつけて、一口飲むが、すぐに床に湯飲みを叩きつけて「ぬ・る・い・・」と言う。 老吏員が黙って割れた
湯飲みを集める。 倉蔵が続ける「これから収穫の大事な時期に男手を取られたらこの町どうなると思う。・・・馬を差し
出したら戦に出す男の数は半分でいいと国が言ってくれたんだよ。・・あんたがそう頑固に言い張るなら、この町の人間
を全員敵に廻すことになるぞ。・・・あんたの所だけいい思いをしているなんてね。・・・あんたがいくらいやだと言っても、
馬は徴用されるんだ。・・国がそう決めた。・・・おえらいお役人が近いうちに徴用に来る」

 志乃が官舎を出ると、乗ってきた馬に子供が餌をやっている。 「馬が好きなの・・・」と言って近づくと。 西洋風の服
装で帽子を冠った女性が出てくる。 よく観ると馬宮の妻、加代だった。 「ご無沙汰しております・・・」加代が挨拶する。
 あまりに変わった加代に驚き立ち尽くす志乃に「主人に会いにいらしたのですか?」と加代が聞く。 「主人は私たちを
大事にしてくれます・・・倉蔵の子を産んで、倉蔵と夫婦になれて、今私は幸せなんです。・・判ってくださいますでしょうね
志乃さま。・・・判ってくださらなければ、もうこの町には住めなくなりますよ・・・私は戸長の妻です。そんなことぐらい簡単
に出来るのです」 厩のワラの上にはまだ放心状態の倉蔵が座っている。 志乃が言う「加代さん・・・私は今でもあなた
を妹のように思っております・・・」

 モノテクとアシリカが馬で山越えをして居る。 急に太陽が隠れあたりが暗くなる。 遠くの山のほうを見ると空一面を
覆うように何かが動いている。 アシリカが「何だあれは?・・」と聞く。 モノテクが「イナゴだ」と教えてくれる。 「イナ
ゴ?・・」 二人は今来た道を全速力で引き返す。

 畑で農作業をして居る人たちのところに、イナゴが飛んでくる。 空を埋め尽くすような大群が畑に降りて農作物を食
い荒らし始める。 一面にうごめくイナゴをいくら取っても取りきれない。 米も野菜もトウモロコシも瞬く間に食べつくす。
 志乃も驚いて走り出るが手の出しようがない。

 静内分署の中。 倉蔵が執務中の机の上にイナゴが飛んでくる。 イナゴをつまんで捨てて、胸元を観るとまだイナゴ
が居る。 窓ガラスに何かを投げつけるような音がして窓を見ると、窓の外は畑に居る人たちがイナゴと格闘中。 

       

 志乃たちがイナゴと奮闘しているところに、モノテクとアシリカが馬を飛ばしてやってくる。 アシリカが「火をつけ
ろ!・・火をつけて追い払え!・・・火をつけてイナゴの向きを変えろ」と叫びながら、松明の火を作物に点けて回る。 イ
ナゴが焼けて落ちていくが少しの火では追いつかない。 栄太が「畜生!・・もう終わりだ・・。畜生!・・俺の稲を・・」と
悔しがる。 栄太は桶に入っている油を頭から冠る。 志乃が「川久保さま・・・」と叫んで止めようとする。 平太も「父ち
ゃん!・・」と叫んで止めに走ろうとする。 栄太は「殺してやる!・・」と叫び燃え盛る火を持って自分の身体に点ける。 
「ワーッ・・父ちゃんが・・・」 全身燃えあがる身体で栄太は畑を走る。 栄太が倒れたところから火は広がり、やがて作
業小屋も焼失する。 天を焦がすような勢いの火でイナゴの大群が飛び立つ。 作物が燃えている火の中に、アシリカ
が走りこむ。 やがて栄太を背負ったアシリカが火の中から現れる。 アシリカは「生きている。・・・すぐ医者に・・」と言
う。 志乃がアシリカの前に言って無言で深々と頭を下げる。 遠くから警察官がやってくるのが見える。 モノテクとア
シリカは馬に乗って走り去る。

 静内医療所。 入院中の栄太を多恵と息子の平太が見舞いに行った。 医療所を出て平太が「父ちゃんがあんなこと
になって。・・俺どうしたらいいんだ」と泣き顔で言う。 二人で思案しながら歩いていると、警察官に「おい!・・道の端に
寄れ。・・お役人がいらっしゃるのだ」と言われて、道の端に避けて立つ。 平太が「この土地の馬を取りに来たお役人
ですか?」と聞く。 多恵が「私たちの敵です」と言う。 遠くから数人の男に先導され、馬上に姿勢を正した役人が来る
のが見える。 後ろには20人くらいの兵隊が小走りで隊列を整えて付いて来ている。 役人が多恵の前を通る。 役人
は正面を見ている。 多恵は驚きその横顔を凝視する。 間違い無くそれは父英明であった。  

 隊列が静内分署の前に来る。 整列して「本庁書記官、三原英明殿である。・・」と先導した警察官が大声で告げる。
 馬宮が見つけて「やあ、英明殿・・・我らの国はどうなったんでありましょうか?・・・」と声を掛けるが無視される。 多
恵はそれを見て唖然とする。

 志乃の家。 多恵が家に走りこむ。 志乃が「お帰りなさい。・・」と言うが返事が無い。 「どうしましたか?・・」と聞く
が、多恵は呆然と部屋の中に立ち尽くす。 多恵がいきなり「父上に会いました。」と言う。 「父上は開拓使のお役人に
なられて、・・名前も・・・三原と言う名前に変わっていました。」 「三原・・・」 

 静内分署。 倉蔵が英明に説明する「だから、イナゴのせいで事情が変わったんです。 馬さえあれば百姓たちはき
っとまたやる気になってくれる。・・今、あの馬だけがこの町の救いなんです。・・・このとおり・・」と頭を下げる。 英明は
「下郎!・・我らが戸籍を使って扶持米をかすみ取った下郎だから、仕方ないかも知れない」とさげすむ。 そこに倉蔵
の妻、加代が来る「うちの主人を下郎呼ばわりですか?・・」。  英明は「主人?・・」といぶかしがる。 加代が言う「頭
をお挙げなさい、あなた・・卑屈になることはありません。・・皆を何とか食べられるようにし、この町を造ったのはあなた
です」 「加代・・・」 「小松原様、あなたはこの土地を捨てた。妻や子を捨てた。・・・あなたに何が言えるのですか!。」
 英明はこれを無視して「約束どおり馬を出せ!。・・・さも無ければ全員徴兵だ」と言って立ち去る。



 英明が只一人で馬に乗って志乃の牧場に来る。 多恵が家の中からじっと見ている。 多恵が英明のそばに行く。 
「多恵・・・」 多恵は「何をしに来たのですか?・・」と言って泣き出し「何年も、何年も待った・・・お母様が待っていたの
は、あなたのような裏切り者では有りません。・・帰れ!・・帰れ!」と怒鳴る。 「うるさい・・多恵。 父上にそのようなこ
とを言うものでは有りません」いつの間に出てきたのか、厩舎の入り口のたって志乃が言う。 「父上では有りませ
ん。・・違う!」

 志乃は英明を部屋に通し「どうぞお着替えになってください」と着物を差し出す。 「新しいのです。・・いつお帰りになっ
ても良いように、毎年仕立てておいたのです。 さあ、どうぞ」 英明が言う「札幌についてすぐ病に倒れた。・・・ある人
に救われた。・・・死んでもおかしくなかった。 札幌では治らんと東京に連れて行かれ、何とか命は取り留めた。 東京
でその方の父上のお役目を手伝うようになった。 何度も帰ろうと思った。・・・これが私を救ってくれた人だ」 英明が写
真を取り出す。 子供を挟み西洋の服装に身を固めた女性と英明が移っている。 「我らの国を作るなど、ただの夢だ
った。・・・戯れ事でした」 「ザレゴト・・・夢はそれを信じれば、いつか必ず誠になる。・・・あなたのその言葉を信じたか
ら、多恵と二人ここまでやって来られたのです。・・・それではなぜ、あなたはここにいらしたのですか?」 「戦さのため
に馬を徴用にきた。・・令書だ」と言って英明が書類を広げる。 ”駄馬20頭”の文字が見える。 「改めて馬を取りに来
る」と言って、令書を志乃に渡す。 受け取った志乃は立ち上がり、何も見ないで破いて捨てる。 英明が「許してくれ・・
志乃。 許してくれ」と後を追う。 「いや!・・」といって振り払おうとした手が、英明の手と触れる。 志乃は英明の手を
取って「あなたの手きれいな手ですね。・・・私の手はごつごつして・・」と言って手を隠す。 「女の手ではない。あなたに
は恥ずかしくて見せられません」 「私には畑を耕したり、米を作ることなど出来なかった。・・・情けないがそのことに気
がついたのじゃ。 私は所詮禄を食む侍でしか生きられなかった、だが志乃おまえがずっとここに居る」 英明は旅立
つ時志乃からもらった鈴をポケットから取り出す。 (チリン・チリンと鈴が鳴る) 志乃が鈴を受け取り胸の前で両手で
抱くように握り締める。
 志乃が言う「馬を持っていきなさい。・・・それがあなたのお役目なのでしょうね。 お役目を果たし、あなたを待ってい
るご家族のところにお帰りなさい。・・・私と同じ思いを誰にもさせたくない」

 夜、静内分署の前を村人が荷物を載せた車を引いて通る。 倉蔵が酒を飲み酔っ払って、独り言を言う「みんなこの
土地を捨てて行く。・・終わりだ」 落ちぶれた姿の加代がやってくる。 加代は黙って倉蔵の頭を撫でる。
     
     志乃の家。 着る人のなかった着物が、きちんと折りたたまれて置いてあり、その上に鈴
が載っている。 朝、夜明けの空が明るくなってくる。  英明が馬に乗って志乃の牧場に
馬の徴用にやって来た。後ろに続く20人ほどの兵は全員隊列を乱さず、銃を持って駆け
足でやって来た。 牧場に入って、上官の指揮の下、英明の前に横一列に並ぶ。 指揮官
が叫ぶ「政府の命により軍馬を徴用に来た。 馬を出してもらえんか?・・」  英明が続い
て言う「小松原志乃・・・お役目である馬を引き渡せ!・・」   部屋の中で多恵が立ち上
がり、窓越しに英明を見ながら「渡したくありません。・・・絶対に渡さない」と母志乃に言
う。 

  志乃は部屋に座って、どうすればいいのか解らなくなった自分にじっと耐えている。  突然並んだ兵の前に鉢巻を
して、たすきを掛け、抜刀を頭上に掲げた老人が飛び出してくる。 元家老の堀部であった。 堀部は「ここに居る馬は、
我らの国の、我らの馬である。・・・お前たちには渡さん!。」 村の老若男女が各々鍬を手にぞろぞろ出てきて堀部の後
ろに集まる。 多恵が「お母さま・・・皆さまが・・・皆さまが」 志乃も立ち上がり、窓から外の異変を見て外に走り出る。
 馬宮が刀を抜いて後に続く。 英明が馬宮に「馬宮・・・下がってくれ、・・お前や我らの力ではどうにもならんのだ」と言
うが、馬宮は「いや、・・彼らの土地は我らで守る。・・我らは稲田の者だ、共に政府から外された仲間だ」と言う。 「そ
うだ!。 我々も一緒だ!」と村人が口々に叫ぶ。 指揮官が「これは政府の命令である。・・・お前たちがやっているこ
とは犯罪と同じだ!」と言う。 英明も「どいてください」と堀部に言う。 指揮官が「どけ!・・どかんと撃つぞ!。」と叫
び、兵が一斉に銃を構えるが、堀部は「どいてたまるか!。・・・小松原 さあ撃て!」と言ってさらに前に出る。 銃口
が堀部に集まる。 

 馬のいななきと共に、厩舎の馬が一斉に飛び出し、止めようとする兵を蹴散らして、いずことも無く疾走する。 誰もが
ただ見守るしかなかった。 厩舎から武士の姿をしたアシリカが出てくる。 アシリカは「元会津藩、高津政之だ。・・・」と
名乗る。 「高津?・・あの五稜郭の残党か?・・」 「いかにも・・」 「わが命、この地で散らす」高津は抜刀し英明に向
かって突進する。 「かまわぬ・・撃て!」 高津を引きとめようとして、志乃が高津のところに走り寄る。 銃を構えてい
た兵が後ずさりして転ぶ。 銃が暴発して高津の前に走り出た志乃に当たる。 「お母さま!・・・」  高津が刀を投げ
出して志乃に走り寄り抱き上げる。 「志乃!・・」英明が驚いて馬から下りる。 高津が「志乃さん・・大丈夫です」と言う
と、志乃が血だらけの手で高津に抱きつき「死なないで、生きて・・・生きてください」と哀願する。 指揮官が「召し取
れ!」と兵に命令し、兵が高津の両腕を抑え引き離して逮捕する。 逃げる馬の一団を見て兵が英明に「一刻も速く馬
を追わねばなりません」と進言するが、英明は返事をしない。 英明は志乃が高津に寄せる思いに気付いた。 指揮官
が「開拓使に逆らった者たちの処分はいかがいたしましょうか?」と聞くが、これにも答えない。 英明が「馬にしてやら
れた・・・」と独り言を言う。 「引き上げろ!」 英明と兵が帰って行く。 志乃が牧場の広場に座り込んだままで、多恵
が母を後ろから支えている。 村人たちも呆然と立ち続けている。 堀部老人が「何の役にも立てず、申し訳ない・・」と
頭を下げる。 志乃が「そんなことありません」と言う。 多恵が布切れで志乃の止血をする。 



  志乃が立ち上がり言う「皆の心がこの北の地でひとつになり・・・ここは我らの土地です。 ここから始めたのです」。
 
 志乃と多恵が開墾された農地を歩く。 村人が鍬を持ってそれに続く。 志乃が言う「生きている限り。・・・夢見る力が
ある限り。・・・きっと何かが私たちを助けてくれる」     多恵が「お母さま・・」と言って志乃を見て微笑む。 村人たち
が大地に力強く鍬を打ち込み耕している。 多恵が平太のそばに走って行き「平太・・・私もやる」と言って鍬を取り耕
す。 平太が「うまくなりましたね」と言う。 その時、顔を上げた平太の眼に丘の上を走る馬の集団が見える。 「馬が
帰ってきたぞ!」平太が叫ぶ。 多恵が「お母さま馬が・・・馬が戻ってきました」と言って走り寄り、二人は抱き合って喜
ぶ。 村人が手を休めて丘を見る。 馬の一団の中にアイヌのモノテクがいる。 モノテクが馬を引き連れて丘を下って
くる。  多恵が志乃に「アシリカさんきっと帰ってきてくださるよね」と言う。 志乃がうなずく。 
       = 「終わり」 =


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