涙 そうそう〜この愛に生きて

                                                                         〔文中に挿入している花はすべて私が撮影した写真です〕          河野 善福

 テレビドラマを観て、ストーリーをメモルのは始めてです。 これまで映画を約60本、それも殆んどを封切期間中に映画館で観た
ものですから、ビデオで観た映画は飛行機の中で観たもの一本だけです。 録音しても翻訳が出来ませんので、もっぱら字幕を
メモッて来ました。 映画の場合は1回か2回しか見られませんが、テレビドラマはビデオも使わせて頂きました。 映画は映像の
活動を重視していますので会話が少ないのですが、テレビドラマは映画と違って会話が重視されているので、どうしても長文にな
らざるを得ませんでした。要約した部分が少なくてごめんなさい。 物語は千葉県在住の岩上清美さんの手紙を読んだ橋田寿賀
子氏がドラマ化された作品だそうで、TBSテレビ50周年記念番組です。


  
   【キャスト】 

  小田 未来 (上戸 彩)    恋人が交通事故で死ぬが、おなかに居る子供を生む決意をする主人公の少女。
  小田 志津 (黒木 瞳)    恋人と結婚できなかったが、恋人の子供を生んだミキのおばあちゃん。 
  小田 貴子 (賀来千香子)  夫婦離婚の危機にある未来の母親。
  小田  浩  (三浦友和)   未来の父親。 夫婦離婚の危機にある。
  小田 庄介 (伊東四朗)   志津の父親。京都で老舗の料理屋の主人。
  小田 トキ  (いしだあゆみ)志津の母親。 京都で老舗の料理屋の女主人。
  松野 貴志 (平 岳大)   京大の学生。志津の恋人。
   タ  ミ   (久本雅美)  定食屋のおかみさん。
  春野 邦枝 (泉ピン子)   美容院「ハルノ」の女主人。
  西川  勇  (西田敏行)   美容院「ハルノ」を買い取った男。
  沢井 医師 (井川比佐志) 鹿児島の村の医者。 

      
 
 【ストーリー】

 夜12時近く、母の貴子が一人で部屋で刺繍をしながら家族の帰りを待っている。 息子の司が帰ってくる。 母貴子が「サンドイ
ッチでもこしらえようか?・・」と声をかけるが、司は振り向きもしないで台所に行く。
司は「俺のことならほっといてくれよ。・・勝手に食うから・・」と振り向きもしないで答える。 母は「そうは行かないでしょ、大学受
験を控えてるのだから」と心配して言う。
「頼むからもう寝てくれよ、そのほうが気が楽なんだよ」と司が逆らう。 「母さんは司にできるだけのことをしてあげたいの、それ
で母さんの気が済むの・・・それに
今夜はお父ちゃんもお姉さんもまだ帰ってこないし・・」と言う母に、司は「俺、もう寝る」と言う。母が「受験勉強しなければ間に合
わないでしょ」と言うが「姉きだって親父だっていつ帰ってくるか判らないんだ・・夫婦喧嘩や親子喧嘩はもう沢山だよ」と言い返
す。 「母さんがいつ夫婦喧嘩をした?・・変なこと言わないでよ」と母が聞くが、司は「最近お互いに口も利かないじゃないか・・
姉きだって母さんとは口も利かないじゃないか・・」と言い返す。 「未来はそういゆ年頃なの・・成人式も過ぎたし今は信用して母
さんはだまってみてるの・・親子喧嘩だなんていって欲しくないわね」 「母さんがそう思っているのならそれでいいけどさ・・じゃお
休みなさい」 「お休み・・」

 家の前にタクシーが停まり、主人の浩が帰ってくる。 妻の貴子が「お帰りなさい」と玄関に出て迎えるが、浩はだまって部屋に
入り、そのまま居間に行く。 「何か召し上がりますか?」貴子が聞くが、浩は「いい・・」とだけ答える。 「お風呂もお入りになった
んでしょ。・・このままお休みになりますか?」と聞く貴子に、浩は「私が毎晩どこに寄って遅くなっているのかを君は知っているの
だろ・・・君はよく黙っていられるな」と皮肉を言う。 貴子は「私へのお気遣いなら無用です。・・ただ小田家の家長であることと、
子供たちの父親であるってことさえ忘れずに居てくだされば・・・明日の朝はいつものとおりでいいのですね」と立ち去ろうとする
と、「貴子・・別れよう・・理由は君が一番よく判っている筈だ」と貴子を呼び止めて言い出す。 「君は私を愛して結婚したんじゃな
い・・ちゃんとした家庭がほしかっただけだ・・・同じ大学で知り合った頃、君は田舎者の私に優しくしてくれた。・・最初は信じられ
なかったが、いつの間にか夢中になっていた。君のためにいい成績を取り、一流企業に就職して君にふさわしい男になりたいと
思うようになっていた。・・私は2年間待たせて君と結婚した。・・君が笑顔でうなずいてくれた時には天にも登る想いだった」 「今
頃そんな昔のこと・・・」 「君が私に白羽の矢を立てたのは・・・私なら夫として平和な家庭が一緒に築けると思っただけなんだ」 
「あなたと一緒に暖かい家庭を築きたいと思って、私は精一杯あなたに尽くしてきました。・・今になって愛が無かったなんて・・・」
 「君はお父さんを知らずに育った。・・・・お母さんが美容師をして女手一つで君を育ててこられた。・・父親の居ない家庭はやっ
ぱり寂しかったのではないかと不憫に思い、私たちが結婚した時おかあさんがこの家を建てて下さった。・・・君への償いのお気
持ちだったんだろう。 私も君が不憫でいい家庭を作ろうと努力をしても来た。・・・しかしもう疲れた。・・・・君は立派な主婦を勤め
てきた・・感謝しなければいけないのだろう。しかしその気持ちが私には息苦しい」 「判りました・・・その女のところにいらっしゃ
るのはかまいません・・・ただし、離婚はしません。あなたは二人の子供の父親です。・・子供たちのためにも家庭を壊すわけに
は参りません。それだけは譲れませんから・・・」 

 二人の会話中に電話が鳴る。浩が言う「誰だこんな時間に夜中の二時だぞ!」 「ミキかも知れないわ」 「まだ帰ってないの
か、未来は・・」 浩が電話に出る。 「未来か?・・未来なのか?!・・エッ・・警察!・・たしかにうちは小田ですが・・未来はうちの
娘です。未来が何か?。・・はい、わかりました」

 未来の両親がタクシーで病院に来る。夫の浩が「しっかりしろ」と貴子を支えながら病院に入る。 白い布が掛けられた手押し
の寝台車が二人の脇を通り過ぎる。 貴子が「未来!・・」と叫んでそれに取りすがろうとするが、付添いをしている男に押し退け
られる。 廊下を押されて行く寝台車に取りすがって泣いている付添い人が「健!・・お願いだから起きて!」と叫んでいる。 浩と
貴子が顔を見合わせていると、別の部屋からもう1台の手押し寝台車が出てくる。 錯乱する意識の中で少女が叫んでいる「ケン
に逢わせて・・」 貴子が走り寄って「未来!・・ミキ!・・・。母さんよ未来!」と叫ぶ。 未来は「健は大丈夫なの?。・・健に逢わ
せてください・・・お願い!」とうわ言のように言っている。
 警察官が夫の浩に声をかける「小田未来さんのお身内の方ですか?」 「父親ですが・・・」 「お嬢さんと運転されていた村上
健さんとはどう言ったご関係でしょうか?」 「どうって言われたって・・・私が聞きたいですよ。・・名前を聞いたこともありません」 
警察官は困ったように「事故の状態を聞きたいのですが、お嬢様は聞ける状態ではありませんし・・・」 浩が「男性は何て言って
るんですか?。・・どうしてこういうことになったのか私も聞きたい。・・逢わせてください」と言うが、警察官は「村上さんは亡くなり
ました」と答える。

 貴子が沈痛な面持ちで廊下に居る夫の浩のところにやって来て「未来は鎮痛剤で眠りました。・・・」と伝える。 そこに興奮した
女性を制止しながら男女がやってくる。 警察官が「亡くなった方のご両親です」と貴子たちに教えてくれる。 女性が「健はお宅
の娘さんに殺されたんです!」と興奮した声で言う。 さらに「お宅の娘さんなんか乗せてなければこんな事故に合う事も無かっ
たのに!・・」と迫る。 貴子が「うちの娘こそ、お宅の息子さんのお陰でとんでもない事故に巻き込まれて・・・どうせうちの娘を自
分の車に誘い込んで・・・」と言うと、健の母親は「うちの息子にはね、ちゃんと婚約者が居たんですよ。・・お宅の娘さんこそ、うち
の息子に婚約者が居ると聞いて無理心中でもしようとしたんじゃないんですか!。・・・私は許さない・・・絶対に許さないから・・」
と言って立ち去る。
                                            
 朝、夫の浩が病室にやってくる。 妻の貴子がベットのそばでイスに座ってうたた寝をしている。 未来はまだ眠っている。 夫
の浩が「貴子!」と肩を叩く。 「いやだ・・いつの間にか眠っちゃって・・・早く会社にいらっしゃらないと・・・」 「会社には連絡して
休みを取った。・・司は学校にやった。・・・君も帰って休みなさい」 「未来が目を覚ました時、私たち夫婦が付いてやってたらどん
なにか心強いでしょ」 「そうだな・・・今度のようなことが起こって、私も未来の事なんか何にも判っていないと言うことを痛感した
よ」 「私こそ未来のこと何も判ってはいませんでしたよ。・・あんな男と付き合っていたことも、おなかに赤ちゃんが居るってこと
も・・」  「未来が妊娠してるとでも言うのか?」 「お医者さまから3ヶ月だって・・・」 「父親は誰なんだ・・・」 「判りません・・そん
な大事なことも気付かないし、未来からも話して貰えない・・・私は母親失格です・・あなたに愛想つかれるのも無理ありませんよ
ね。・・ただ、今は未来の父親としてそばに居てやってください。・・おねがいします」 

 ベットで未来が目を覚ます。 横を向いて両親を見ようとしない未来に、母の貴子が「ミキ・・・」と声をかける。 「ごめんなさ
い・・・心配掛けて・・」と言う未来に母が布団の上からすがって泣く。 未来が「大丈夫だった。・・・私と一緒だった人・・・この病院
に居るの?・・逢いたい・・・健はどこの病室?・・」といいながら起き上がろうとする。 母は未来を必死に押さえて「治ってか
ら・・・」と言う。 未来が「じゃ助かったのね」と言う。 父が聞く「あの男とはどういう付き合いだったんだ?」 「結婚の約束してる
の・・・もう永いお付き合いなんだけど、やっとお互い結婚する決心が出来て、夕べはお互いに両親に話そうということになって、
ちょっとお祝いしたのよ」 父が聞く「おなかの子は彼との?・・」 未来が答える「それも判っちゃったんだ。・・子供が出来たから
健も私も結婚する決心が出来たの・・健にはご両親が決めた婚約者が居て、なかなか私のことをご両親に話せなかったの、でも
子供が出来たって健に話したら、健、喜んでくれて・・・」 父の浩が言う「その子の父親は夕べ亡くなった」 「うそよ・・・健が死ん
だなんて・・そんなのあるわけ無いじゃない。・・私、健に逢って来る」起き上がろうとする未来を二人がやっと抑える。 「病院には
居ないんだ。・・・たぶん今夜がお通夜だろう」 「だったら、私の目で確かめてくる。・・・健のご両親にだって会わなきゃならない
し」 母が言う「あのことは忘れるのよ・・忘れるほかないの」 「健の純粋な命が私のおなかの中にいるのよ。・・健のご両親だっ
てキット喜んでくださる」 父が言う「夕べその男のご両親に会った。・・・お前のこと認めてくれるどころか、婚約者が居る息子を誘
惑して、結婚できないことが判ったから無理心中でもしようとして、わざと事故をおこしたんだと・・・人殺し呼ばわりしていた。・・・
そんな親に会ってどうなる」 「健と私は心底愛し合っていたの。・・健のご両親だってきっとわかってくださる」 「いい加減目を覚
ますんだ。・・未来!」

 読経の声が流れる健の葬儀会場。 正面に健の写真が飾られている。 焼香者の列に未来が並ぶ。 未来が最前列に並んで
焼香者に頭を下げている健の両親の前に走っていく。 「私・・健さんと結婚の約束をしていた小田未来です。・・健さんに合わせ
てください。・・お別れをさせてください」 健の母親が「何かのお間違いじゃないのですか?・・そんな人が居たなんて私どもは健
から一言も聞いていません。・・・どうぞお引取り下さい。」と言う。 「おなかには健ちゃんの赤ちゃんだって居るんです」 「健が亡
くなったのをいいことに・・・健と縁もゆかりもない方にご焼香していただくわけにはいきません」  母親の言葉に堪らず未来は葬
儀場から走って逃げた。

 未来の自宅。 父の浩が「やっぱり未来一人で行かすんじゃなかった。・・・どんなに辛い思いをしているか。・・自殺でもするよう
なことになったら・・」と妻の貴子に言う。 貴子が「そんなばかなこと・・相手の両親にあったら、未来も産めないことだってことが
判るでしょう。・・そしたらおなかの子を始末させて、したいことさせてやったら、時間が解決してくれる。・・・すぐ忘れますよ」
 玄関の戸が開く音がする。 「やっぱり帰ってきたじゃありませんか」 「明るく迎えてやれよ・・・あのことには触れるな」 未来が
部屋に入ってくる。 両親が「お帰りなさい」 「お帰り」と明るい声で迎える。 「疲れただろう?」 「おなか減ってないか?」と声を
かける。 未来は「良かった・・健のお通夜に行って・・・父さんや母さんの言うとおり、健には関係ないってみごとに追い返され
た。・・けどこれで私は安心した。・・わたし健のつもりで赤ちゃん産むわ。・・健を取られることも無い。一生私と健で生きていけ
る」 父が言う「おまえ産むつもりなのか?」 「あたりまえでしょ」 母が「何を夢みたいなこと言ってるの。・・父親の無い子を産む
と言う事がどんなに大変か、何にも判ってないのよ」と言うと、未来は「健と一緒ならどんな苦労だって耐えられる。・・私一人で立
派に育てて見せる」と答える。 母は「父親の無い子がどんなに惨めか、生まれてくる子のことだって考えなきゃ。・・それは誰より
も母さんが一番良く知ってるんだから・・お爺ちゃんは、母さんがおなかに居る時に死んじゃって、おばあちゃんは結婚しないまま
母さんを生んだの」と話す。 未来が「おじいさまは母さんが小さいときに死んだんじゃないの?・・」と聞く。 母が続けて言う。
「そのことで親兄弟や親戚からも見放されて、一人で母さんを育てなきゃならなかったの。それがどんなに大変だったか・・・母さ
んだって辛い思いをしてきたの・・・母さんは、未来にも生まれてくる子供にも、おばあちゃんや母さんのような苦労はさせたくはな
いの」 「あのおばあちゃんが不幸だったなんて信じられないよ」 「おばあちゃんは私を抱えて、再婚も出来なくて、とうとう家庭も
持てなかった。・・だのに未来がおばあちゃんと同じ生き方をしようとしてるなんて、母さん絶対に許せない。・・・許せるわけない
でしょう」 父が優しく未来の肩を抱きながら「明日病院に行こう。・・・それで男の事は忘れて新しく出直せば済むことだ。・・・お前
はまだ若い、これからだ。・・これからいくらだって良い出会いがある」と言う。 未来は無言で席を立ち、自分の部屋に帰る。

 未来は自室で彼との想い出のアルバムを広げる。ページをめくると彼との楽しかった日々が脳裏によみがえる。 母が食事を
持って部屋にやってくる。 未来は急いでアルバムを毛布の下に隠す。 母は「少しでも食べておかないと・・・」と言って机の上に
食事を置きながら「お父さまがいいお医者様をご紹介いただいたわ。・・・明日の午後2時に伺う約束だからそのつもりで・・手術
は何も心配すること無いって・・それを乗り越えないとあなたも新しい人生が無いのよ・・」と話して出て行く。 未来はもう一度ア
ルバムを取り出す。 大笑いをしながら未来が彼の口に食べ物を運んでいる写真がある。 未来は彼の笑い顔を見ながら涙ぐ
む。
                  
 朝、台所で朝食を取りながら、夫の浩が妻の貴子に聞く「本当に一人で大丈夫なのか?」 「それが母親の役目ですから・・あ
なたには感謝してます。 あなたは私と別れるとおっしゃった時、家庭も私も未来も捨てるつもりだったんでしょ。 だのに未来の
こと心配して、精一杯のことしてくださいました。私、涙が出るほどうれしかった。・・・・あなたは父親として十分のことをしてくださ
いました。・・・未来の始末が付いたらあなたの思うようにしてください。・・本当に永い間有難うございました。 私のことはもう心
配していただかなくても大丈夫ですから・・・」
 その日の午後、母が二階の未来の部屋に行ってドアをノックしながら「未来・・・時間よ」と言って部屋に入る。 部屋の中に未来
の姿が見えない。 

 会社の役員室。 売り上げ対策の会議中で、若い女性が白髪の老夫人に、今月の売り上げ状況を報告している。 老夫人は
「月末から年末にかけてキャンペーンをしましょうか?」と提案をしている。 その部屋に未来が飛び込んでくる「おばあちゃん助
けて!・・」 「未来・・・」 「このままだったら、母さんに病院に連れて行かれちゃう。・・どうしても健を守りたいの・・・頼れるのは
おばあちゃましか居ないのよ」 「どうしたのよ・・」 そこに「貴子さまからお電話でございます」と女子社員が告げに来る。 未来
のおばあちゃん志津は自室に戻って電話を取る。  「はい・・もしもし私・・何か用?。未来?・・来てませんよ。・・未来がどうかし
たの?・・なんでもないんだったら無駄な電話してこないで頂戴。・・わたしあなたみたいに暇な身体じゃないんだから・・じゃね」と
言って電話を切る。 未来におばあちゃんは「これくらい言っておかないとうるさいから」と言う。

 志津おばあちゃんと未来は、おばあちゃんのマンションに帰る。 おばあちゃんは「うちならゆっくり話せるからね・・。」と言って
部屋に入る。 未来は暗かった部屋を見回して「誰も居ないの」と聞く。 「お手伝いさんが私の留守に家のことと、頼んだ買い物
をしてくれるの・・食事は会社のお付き合いで外で済ませることが多いし・・・」 「おばあちゃまは相変わらず一人暮らし続けてる
んだ」 おばあちゃんは「外に出たら、一日中人に囲まれてるの、家に居る時ぐらいは一人になりたいのよ・・今朝ねパリから帰っ
てきたばかりなの」と言う。 
 未来が「勝手な時ばかり頼りにしてごめんなさい」と言う。 おばあちゃんは「それでいいのよ・・年寄りなんて鬱陶しいだけだも
んね。・・時々は思い出してくれることもあるんだ・・けど、あんまりいい話じゃないようね。・・いくら頼りにされても力になって上げ
られないことだってある。・・それだけは始めにはっきり言っておくよ」と言う。 
 ソファーにきちんと座りなおして未来が口を開く「おばあちゃまは父親が居ないのを承知して母さんを産んで、一生独身を通して
母さんを育てたんだよね。・・・母さんはおばあちゃまは不幸な人だ、父親の無い子を産んで若い時から苦労のし通しで、おかげ
で母さんだって小さいときから惨めな思いをさせられてきたって・・」 「母さんにはおばあちゃまが不幸だったって見えるんだろう
ね・・・母さんだって父親が居なかったことが辛かったのよね・・・だからいい家庭を作って、いい妻といい母親をやってきたんだと
思う。」 「おばあちゃまは、どうしておじいちゃまが死んじゃったのに母さんを産んだの。・・生まない事だって出来たんでしょ」 
「そんな昔の事聞いてどうするの?・・」 「ねえお母さんを産んだこと後悔してる?」 「どうして、そんなこと聞くの?・・」 「私もお
ばあちゃまと同じことしようとしているから・・」 驚いたおばあちゃんが「おなかに赤ちゃん居るの?」と聞く。 未来は黙ってうなず
き、おばあちゃまにすがり付いていった。

 母の貴子は玄関で帰ってきた夫の浩の前に両手を付いて、深々と頭を下げて謝った。「申し訳ありません。・・私の不行きとどき
でこんなことになって・・。心当たりには連絡し、捜してはいるんですけど・・」 「お母さんのところには行ってないのか?」 「あの
子母には甘えさせないようにしておきましたから・・・お金があるにまかせて猫可愛がりされては教育上よくありませんし」 「未来
は本気で産むつもりなのか?」 「こんなことでまた会社を早引きさせてしまって申し訳ありません。どんなことをしても手遅れにな
らないうちに探し出します。」 

 志津おばあちゃまの部屋の中。 「そんな大変なことがあったなんて・・・」とおばあちゃまが言う。 「あたし、生まれてくる子供
は健の生まれ変わりだと思って、健だと思って育てたい。・・・大変だってことは承知してる。・・けど、健と一緒だったらどんな辛い
ことでも耐えていける。・・そういうことって馬鹿なことなの?・・夢見たいな話なの?・・間違ってるの?・・おばあちゃまはどんな思
いで生きてきたの?・・本当に辛かった?・・不幸だった?」 「まさかね・・未来に話すときが来るなんて、一生もう誰にも話すつも
りなんか無かったのに・・・貴子には、貴子のお父さんは亡くなったって言って来たけど本当はそうじゃないの、結婚できなくて別
れただけ・・・死んだって言わなきゃ貴子だってお父さんに会いたくなるでしょ」 「じゃあ、おじいちゃまになる人、今でも生きてる
の?」 「さあ・・別れてから一度も会ってないから・・・」 「どうして・・そんな人の子供を産んだの?・・・生きてるのに結婚もしてく
れないような人の子供・・・」 「その人のことが好きだったから・・大好きだったから・・・その人もおばあちゃんと結婚するつもりだ
ったの・・・でもいろいろ事情があって・・・」 「本当に愛し合っていれば結婚できないはず無いでしょ」 「おばあちゃんもそう思っ
てた。・・おばあちやんは京都では老舗の料理屋の一人娘で、その人は京大の学生だったの、教授のお供で時々うちに来てい
て知り合ったんだけど、その人は鹿児島の古いお寺の次男で、付き合うようになった時、次男ならうちに婿にも来てもらえるんじ
ゃないかと思ってたし、その人もそのつもりになっても呉れてた。・・・だから卒業したらお互いに両親に話して認めてもらうって心
を許しお付き合いしてたの。・・・その頃が一番楽しかったし、幸せだった。・・・けど、その人の卒業間際にいっぺんに変わるよう
なことが起こったの・・いつも待ち合わせる喫茶店でその日も彼を待ってたの」
       

 京都の喫茶店。 若かった頃の志津おばあちゃんが彼と会う約束の場所で待っている。 あわてて駆け込んで来た彼に志津が
「今日な、見たい言うておした南座の切符が手に入りましてん」と言うが、彼は「それどころじゃ無いんだ。今朝、兄貴が亡くなっ
た。・・・今夜の夜行で鹿児島に帰らなければならないんだ」と言う。 「どういうことどす」 「心筋梗塞だそうだ。・・前から心臓が
悪かったんだが、まさかこんなことになるとは思わなかった」 「えらいことどすなあ・・・たった一人のご兄弟どすやろ・・どんなに
お辛いか・・」 「鹿児島に帰る前にはっきり言って置かなければならないことがある。・・・私の実家の寺は古い寺だ。・・代々世
襲で次は兄貴が継ぐはずだった。その兄貴が亡くなった。 ・・私は寺を継ぐ事なんて考えたことも無かったし、今も継ぐ気は無
い。しかし、最悪の場合断りきれないかも知れない、その時は君との結婚もあきらめなければならないかも知れない。」 「そんな
あほな・・なんで」 「君は老舗の大事な後取り娘だ。・・私は大学に残って、君のご両親さえ許してくださったら、君と結婚して、一
生京都で暮らしたいと思っていた。 鹿児島に帰らなければならなくなったら、君を鹿児島につれて行けない。 大事な店の跡取
りとして育てた君を、よそにお嫁に出すなんて、君のご両親が許してくれるはずがないだろう」 「そんなこと心配してはるんです
か・・・うちの弟は小さいときから料理屋継ぐの嫌がって、東京に出てしもうてから勝手なことしてます。そやからうちに店継がすつ
もりで、うちを仕込んできたんどす。・・うちも他にしたいこともあらしまへんし、貴志はんと結婚していただけるゆう希望も持ちまし
て、お付き合いさせていただいたこの1年あまり、毎日がばら色に輝いていました。・・けど、事情が変わったら仕方おへん。・・・
貴志さんが鹿児島に帰らなならんことやったら、うちが鹿児島に行ったらええことどす。・・店は弟に帰ってきてもろたら済むことで
すさかい。」 「そんな簡単なことじゃないだろ。・・」 「うちはどんなことがあったかて貴志はんに付いて行くと決めとるのどす。」 
「ありがとう・・・志津さんにその気持ちがあるんだったら、私も覚悟して鹿児島に帰る。・・・七七忌が済むまでは無理だろうが、そ
の間に両親ともよく話し合って、必ず京都に帰ってくる。・・私だって志津さんと別れるなんて考えられない。・・・私を信じて待って
いてほしい」 二人は手を取り合って再会を誓った。

 志津おばあちゃまの部屋の中。 未来が聞く「その人貴志さんて言うんだ。・・だから母さん貴子って名前なのは、その人の貴と
言う字貰ってるんだ。」 「そう、その時はまだおなかに赤ちゃんが居るなんて気がついてなかったんだけど、それから、貴志さん
が戻ってくるまでの2ヶ月ほどは、もう鹿児島にお嫁に行くつもりになって、いつでも家を出られるように秘かに準備してたの。・・・
待ちに待った手紙が来て、いつもの喫茶店で待つようにって、日時を知らせてきたの。・・・今日から新しい人生を歩き始めるんだ
と思ってうれしかった。・・・興奮して待っていたけど何時間待っても貴志さんは来なかったの。・・・夜になって貴志さんの下宿へ
も行ってみた。・・そしたら、貴志さんの両親と言う人が、引越し屋を連れてきてみんな引き上げて行ったって聞かされたの。・・私
は何がなんだか判らなくて、仕方なく、家に帰ったの。何かの手違いで、家のほうに連絡があったかも知れないと思って、その時
はまだ希望を持ってたのよ。」

 志津の家。 志津が夕方家に帰って玄関に入ると鬼の面のように顔を引きつらせた父親が、玄関に走り出て、無言でいきなり
志津の顔を殴った。 母が走り出てきて「お父ちゃん。・・おとうちゃん」と父にすがり付いて止めてくれた。 「止めといて・・おとう
ちゃん」母が間に入るが、再び父の平手が志津の顔に飛んだ。 何がなんだか判らず志津は「私が何したいうのどすか?」と父
に聞いた。 父は「親の顔に泥塗るようなまねしてようそがい大きな口がたたけるな・・・・自分で何をしてるか位わかってるや
ろ。・・・親に隠れてふしだらなまねしよって・・相手の親にねじ込まれて、わしな、どない腹の煮え返る思いさせられたか・・・」  
母が志津をかばいながら「志津だけが悪いんやあらしまへん・・ゆっくり志津からかて事情聞いたらな・・・」と言ってくれた。 母は
志津のほうに向き直り「あんたも言いたいことおすやろな・・・よう話し合うて・・・」と泣き声で言ってくれた。 父は逃げるように奥
に消えた。

 奥の座敷に怒った顔の父、庄介が座って待っている。 母、トキと志津が部屋に入る。 志津が父に「松野さんとお付き合いし
てます。・・・結婚の約束もしてます・・どうかお嫁に行くこと、許してください。・・・お願いします」と言って頭を下げる。 父は「何、
寝言ゆうてるのや。・・・・今日その男の父親と母親が来て、お前にだいじな息子をたぶらかされた。結婚するやなんてアホなこと
ゆうてる見たいやけど、娘さん、嫁に迎える気いなんてさらさら無い。・・・二度と息子とは会わんようしっかり監督してくれ。そない
ゆわれた。・・親の目盗んでふしだらなまねするような娘に育てた覚えあらへんで」と答えた。 「ふしだらやなんて・・・お互い結婚
するつもりで・・・貴志さんはうちへ婿にきてもええゆうてはったし・・もし事情が変わって鹿児島に帰えらはることになったら、うち
が鹿児島についていくつもりで、今日にでもお父さんにお話して、お許しいただく覚悟決めてたんです。」 「本人同士がどうであ
ろうと向こうの親にしてみれば、お前が息子を誘惑したとしか思われへんのや」 「ほな、うち鹿児島に行って貴志さんと二人で、
貴志さんのご両親にうちらのことちゃんとお話させていただきます」 「まだそんな夢みたいなことを・・・お前が鹿児島に行った
ら、その男と一緒になれるとでも思うてるのか・・・ええか、寺は代々世襲やけど、寺は檀家たちのもんや、跡継ぎが無うなったら
出て行かんならん。・・・その男が寺継ぐよりほか無いのんや」 母が言う「松野さんのお母さんな、帰りぎわあてに泣きながらそっ
と言うてはった。・・・寺の嫁は檀家やお寺の仕来たりに詳しい人やないと勤まらんのどす。亡くなったお兄さんには、檀家ん中で
も力のあるお人の娘さんとの結婚が決まってて、次男の貴志さんがお寺を継ぐことになったら、その娘さんと祝言あげることにな
るって・・・寺を追い出されんためにはそうするよりほかないんだし、あんたには貴志さんのこと忘れて欲しいって・・・お母ちゃん、
松野さんのお母さんの気持ち痛いほど判った。・・・お母ちゃんかてこの店のためには誰よりもあんたがだいじや・・」 父が言う
「こっちのほうこそだいじな娘たぶらかされて、怒鳴りたかった。・・けど、今更喧嘩する気いにもなれへん。・・だまって帰って貰う
た。・・・これでおまえが眼え覚まして呉れたら、それでええねんさかいな」 「誰にかて、若気の過ちの一度や二度はあるもん
や、・・・お母ちゃんかて今度のことは忘れる。・・・二度と口にはせえへん。・・・あんたも忘れるんや、ええな・・あんたはこの店の
女将になる人どっせ、惚れたの晴れたの言う取る場合やおへんやろ」

                          

 再びおばあちゃんの部屋。 未来がおばあちゃんに聞く「母親ってみんな、息子に恋人が出来ると、息子が相手の娘に誘惑さ
れたって言うのね」 志津おばあちゃんが言う「だいじな息子が他の女を愛したなんて、母親として認めたくないのかも知れない
わね。・・・翌日、おばあちゃんは鹿児島に行った。・・どうしてもその人にあって、その人の口から本当の気持ちを聞きたかった
の。・・・ 尋ねて行ったお寺は思ったより立派な由緒のありそうな古いお寺だった。」

 志津がお寺の石段を駆け上がる。 境内には大勢の村人が忙しそうにしていた。 志が女性に声をかける「あの・・こちらで今
日何かお有りですねんやろか?。」 角樽を抱えた女性が「今日はこん寺の跡取りの息子さんの仮祝言やっとですよ。・・・村中
総出のお祝い事ですきに・・」と言って立ち去る。 石段のほうから「着いた、ついた・・足元に気をつけて・・」と言う声がする。 志
津が振り向くと花嫁さんを先導して紋付を着た村人が数人、石段を登ってくるところだった。 志津は急いで山門の影に隠れた。
 「お〜い・・花嫁ドンの到着じゃ」と男が触れて太鼓が打ち鳴らされると、寺の中から、貴志を先頭に迎えの人達が出てきた。 
貴志が花嫁に深々と頭を下げて迎え、二人は並んで寺の中に消えて行った。 志津は声も無く遠くからその様子を見ていた。

 人影も無い日暮れ間近の海岸を志津が当ても無く歩いている。 立ち止まり地平線に沈んでいく太陽を眺める。 やがて志津
は夢遊病者のように、沈む夕日に向かって吸い込まれるように歩き始める。 海水が膝から腰に、さらに胸まで・・深みに向かっ
て志津は歩みを止めない。
 未来が聞く「いやだ・・・おばあちゃん死ぬつもりだったの?・・」 「若かったのね・・その人に捨てられたら生きてても仕方がな
いと思い詰めてたの。」

 「志津さん良かった・・・気が付いて・・」 目を覚ました志津の布団の脇に貴志が居た。 志津は村の沢井医師の自宅で畳の部
屋に寝かされている。 まもなく、白衣を着た沢井がやってきて話す。「近所の漁師がね、昨日漁の帰りにあんたが海に漂うちょ
るところを見つけたちゅうて運んできた。だいぶ水を飲んどったが、人工呼吸をして水を吐かせたら、何とか息を吹き返した。 ジ
ャドン意識が戻らんでね、どこの誰だか、どこへ連絡したら良かか判んなくて、そしたら上着のポケットに住所を書いたメモが入い
っちょるでね、そこへ電話をしてみたとじゃ」 貴志は「電話を貰ってすぐに君だとわかったよ。・・まさか君が鹿児島に来てるなん
て・・けど、どうしてこんなことに?・・」 
「あんたはんに逢いに来たんどすけど、・・・お寺が判らなくて・・海辺を歩いているうちに足を滑らせて、・・・崖から落ちたらしお
す・・とんだご迷惑掛けてしもうて・・」 「私も君に逢いたかった。・・・両親に君の事を話して嫁に貰いたいって言ったら、急に監禁
状態になって、京都に行くどころか、電話も掛けさせてもらえないんだ。・・・それから、・・寺をも守りたいんだったら、檀家の娘と
結婚しろと言われて、寺を継ぐことに同意し、その娘と仮祝言さえ済ませば親も安心して、私を自由にしてくれるだろう。そうした
ら君を京都に迎えにいって、二人で誰も知らないところで新しい生活を始めることができる。・・・ そう心に決めて、仮祝言を昨日
無事済ませた。 兄貴の一周忌がすまないと正式な結婚は出来ないから、私を縛るだけの仮祝言なんだ。・・それでも親は安心
したみたいで、秘かにうちを出る準備をしていた。 そしたらここの先生から電話を貰って飛んできた。」 「ごめんなさい。・・あん
たはんをびっくりさせてしもて・・」 「君が着てくれたことで私も踏ん切りが付いた。・・今夜支度をして君を迎えに来る。・・・君のご
両親には申し訳ないことになるが、君が京都に帰ったら、きっとうちから手が廻るだろうし、君はうちから二度と出られなくな
る。・・・このまま逃げるほか無い。・・・きみに家も両親も捨てる勇気があるかどうか・・とにかく今夜迎えに来るから・・・・ここで待
っててくれ」 「おおきに貴志さん・・・うち鹿児島まで来たかいがおした」
 「絶対・・絶対迎えに来るから・・」

 午後、志津は医者の家を抜け出そうとして沢井に見つかる。 「何処にいくんね・・待たんね・・・治療費はさっきの人が払うてい
って呉れた。・・どこに行こうと勝手じゃどん、身体は大事にせにゃ。・・あんたのおなかの子の父親はさっきに人かね?・・」 「は
あ・・・」 「もう三月になっとるじゃなかね」 「あの・・・わたし・・・」 「なんち・・気が付いとらんかったと・・・」 「はい・・」 「さっきの
人が夜、迎えに来るからよろしくお願いしますと頼まれた、おとなしく寝ていなさい」 「ちょっと買いたいものおして、駅前まで・・
すぐ戻ってきます」 「どういうつもりか聞くつもりは無かがね・・あんたは母親になる身体じゃ、生まれてくる赤ちゃんのためにも、
命を粗末にするようなことだけは・・・誠実なよか人じゃなかね・・信じて付いて行けばよか・・夕飯はあん人と二人分夜用意してお
く、まっちょるけん」 志津はそのまま駅に行ってホームで列車の来るのを待った。

 志津おばあちゃんの部屋。 未来が聞く「おばあちゃまはどこに行くつもりだったの?。・・・おじいちゃまは待ってろと言う約束だ
ったのに・・」 「その人を待ってどうなると言うの・・その人を不幸にするだけなのよ。 私が居なかったら、お寺のあとを継いで平
和に暮らせるの・・その人の人生をおばあちゃんのために犠牲にさせるようなことは出来なかった。そんな資格私にはないも
の・・・」 「その人の赤ちゃんがおなかにいるのよ・・別れるなんて馬鹿なことを・・」 「赤ちゃんが出来たことが判ったから直のこ
とその人の足手まといにはなりたくなかったの・・・二人で逃げて、そんな惨めな思いをその人にはさせられない。・・・しかも子供
が生まれたりしたらどんなに大変か、それがわかってたから・・・」 「相手の人に苦労させたくないって・・・そんな愛もあるんだ」 
「暮らしが厳しいとね、愛し合ってたことなんか忘れて、相手を恨むようにもなるの・・・それが恐かったの・・・その人とはいい想い
出のまま別れたかった。・・その人は家も親も捨てて迎えに来ると言ってくれた。・・・それだけでその人を愛したことを誇りにも支
えにもして生きていけると思ったの。・・・今でもおばあちゃんはその人に愛されていたと信じてる。・・・でも死ぬつもりで海に入っ
たとき、お財布を入れたバック持ったままだったからどこかに流されたちゃって、スラックスのポケットにあった1万円札で買い物し
たお釣りで東京までの切符を買った。・・・少しでもその人に見つからないところまで行かなきゃとおもって」 「京都には帰ら無か
ったの?・・」 「おなかに赤ちゃんがいるのよ・・京都に帰ったら産ませてくれないことわかってたし・・おばあちゃんはおなかに赤
ちゃんがいるってことが判ったから、その人と別れる決心が出来たし、別れることが辛くも淋しくも無かった。・・・一生その人の命
を貰った子供と生きて行けるんだもの」 「そう・・じゃあ、おばあちゃまには、健だと思って産みたいと言う私の願い判ってくれるよ
ね」 「けど、・・・お金が無いってのは惨めだよ」
      

 志津が街の定食屋で丼物を食べている。 食べ終わった志津はレジに向かって歩く。 店の女将さんが「親子丼ですね?・・・。
120円戴きます」と伝える。 志津が「申し訳ありません。・・うちお金無いんです・・・その分こちらで働かしてください。・・皿洗いで
も何でもしますから・・・」と言いだす。  「あんた無銭飲食かい・・」 「こちらで働かせていただいて、お払いしとうおす」 「冗談じ
ゃない・・・金がないのを承知で、まあ図々しい。・・・そんなのにいちいち同情してたら、うちは商売にならないんだ。・・・カネが払
えないんだったら警察だ」 志津は「どないなことでも、させていただきます」と土間に座り、平謝りでタミに頭を下げる。 そばで
様子を見ていたご夫人が立ち上がり「この人のお勘定いくら?・・」とタミに聞く。 「120円・・・」 「じゃ、私の分と一緒に取っとい
て・・・高々120円くらいのことで、無銭飲食だの警察だのと騒ぐこと無いじゃないの・・・私が払ったら文句ないでしょ」と言いなが
ら志津の腕を取って立ち上がらせる。 タミは「私はね・・・お金が欲しくって言ってんじゃないの。こういうのは常習犯んですよ」と
譲らない。 「人に同情買っては住み込んで、金目のものを盗んでいく、こういうしおらしい顔をしているのが危ないんですから」と
言われる。 志津は「私はそういうのと違います。・・私は、お金が無くて、何にも食べられへんさかい、お腹がすいて、こないなみ
っともない真似・・・堪忍してお呉れやす」と言って泣き出す。 そのご夫人が「あんたの勘定済んだんだから、さっさと行きな・・ぐ
ずぐずしてると突き出されちゃうよ」と言ってくれる。 志津は「ご好意に甘えさせていただきます。・・」といって、店を走り出る。 タ
ミは「先生は人がいいんだから・・・」と言うが、ご夫人は「いいじゃないの・・・私は人助けをしたって勝手にいい気持ちになってる
の」と笑ってごまかす。

 志津はご夫人が店を出てくるのを待っていた。 「あんたまだ居たの?・・・」 「どうしてもきちんとお礼申し上げとうて、・・・警察
に突き出されたら家に連れ戻されるとこでした。・・助けていただいたご恩は一生忘れません」 「あんた家出してきたの?・・」 
「家には帰れへん事情がおして、・・ほんまに有難うございました」 帰りかけた志津にご夫人が「あんた、行くとこあんの・・いくと
こあったら無銭飲食なんかしないわね・・・ちょっと、よかったら事情聞かせて・・・私の家、すぐそこだから」と言ってくれる。

 「ハルノ美容室」と看板のかかった美容院。 ご夫人はその店の女主人、春野邦枝さんだった。 先生が「ただいま・・」と店の
中に入る。 「お帰りなさい」と4~5人の従業員が答える。 来客に「いらっしゃいませ」と挨拶して、美容師たちに「遅くなっちゃっ
て・・・私ね、この人と話があるものだから・・」と志津を奥に連れて行く。
 志津を座敷に座らせて、「あんた、京都の人だね・・」と聞く。 志津は「せっかく親切にしてもろうてるのに、身元だけは甲仕上
げられまへん」と答える。 「そりゃそうやね、家出した人に家のこと聞いたて話すことは無いわね。 私が知らせたらお終いだも
の・・あんた東京でどうやって暮らしていくの?・・」 「今は景気のいい時どす。東京なら、働き口くらい何ぼでもあると思うてまし
た。・・・けど、履歴書も書かれへん、保証人もあらへんでは、ちゃんとした仕事などでけへんゆうこと初めて知りました。・・・身体
一つあったら働ける、そういうとこいうたら、いかがわしい夜の店くらいで、そこまでは落ちとうありませんし、仕事探してるうちに、
手持ちのお金も使い果たして二日も食事できずに居たら、何か食べることしか考えられなくなって、あんなこと。・・・けど、うちはう
ち一人の命やあらしまへん。うちは何があったかて死ぬ訳にはいかしまへん」 「あんた一人の身体じゃないって、妊娠してる
の?」 「はい・・・私にはこの子が命なんどす。・・この子がいる限り死ぬ訳にはいかへんのどす。・・・わたしも今日で腹くくりまし
た、生きていくためには仕事の選り好みなんかしてられしまへん。・・夜の仕事かて、何をしてかて生きてみせます。・・いつか生
まれた子を連れて、お礼に伺えるようになります。・・今日がうちの新しい人生のスタートどす・・・おおきに・・」志津は深々と頭を
下げて礼を言い出て行こうとした。 先生が「あんたうちで働く気ない」と志津の後姿に声をかける。 「あんた、お腹の赤ちゃんの
ためやったら、どんな苦労もする言ったじゃないの・・うちの仕事は厳しいよ。・・私も手加減しない。それでよかったら、・・・その代
わり、名前や過去は一切聞かない。 ここに住み込みで食事の支度や洗濯、店のことも手伝ってもらう。・・寝る暇なんかないよ」
 「ほんまどすか?・・ほんまにうちを・・・」 「あんた身の回りのものどこに置いてるの?・・」 「そんなもん有らしまへん・・・着の
み着のまま出てきましたさかい」 「あんたは根性あるわ・・それより名前どうする?・・まさか、あんたで通すわけにもいかないで
しょ。・・・どんな名前がいい?」 「先生のお呼びになりやすいように・・・」 「じゃ千代・・千代ちゃんどお・・」 「千代どすか・・女ら
しい可愛い名前どすな・・おおきに・・」と言って志津は泣き伏した。

 ハルノ美容院の店内。 先生が「さっちゃん・・」と従業員に声をかける。 「事情があって、知り合いから預かって、今日から住
み込みで働いてくれることになった千代さん」と志津を紹介する。 みんなに聞こえるように「お店のことと、奥のこと手伝ってもら
うから・・・幸子さんに、信子さんに、律子さん・・三人とも通いで仕事をしてくれてるの、なんでも言うことを聞いて可愛がってもら
いなさいよ」と志津に言う。 「よろしゅうお願い申します」と志津が頭を下げる。 「どんどん何でも言いつけて、早く覚えてもらうよ
うに」とみんなに言った。

 夜、閉店後の春野先生の家。 志津が台所で炊事をしている。 「ああ・・今日も無事に終わった」と先生が炊事場に来る。 
「お口に合うかどうか判らしまへんけどお夕飯のしたくさせていただきました・・冷蔵庫も勝手に開けさせてもろうて・・・お風呂より
先に召し上がりますか?・・」 「あんたも一緒に・・」 「うちはお店の片付けとお掃除して、洗うもの洗ろうとかんと・・幸子さんに
そうするよう教えてもらいました」  深夜、先生が物音に気付いて店に下りると、志津が作業着やタオルを部屋いっぱいに干し
ていた。 「あんた何してるの?・・クリーニングに出すものまで洗わなくてもいいのよ」 「うちに出来る事はうちがやります・・」
             



 志津おばあちゃんの部屋。 「その頃には一般の家庭にはまだ乾燥機など無かった時代やから。・・・けど、仕事が多いことで
救われてた・・余計なこと考えてる暇など無かったから。・・・その先生に拾ってもらって、やっとまともに生きられた。・・毎日夢中
で働いた。・・先生が母親のように思えるほど、優しくも厳しくもしてくれて・・・」

 大きいお腹をして志津が店の中で働いている。 先生が「予定日とっくに過ぎてるのに、奥でゆっくりしてればいいのに・・」と言
ってくれる。志津は「大丈夫です・・自分で自分の身体のことくらい判ります」と言ってる。 まもなく志津が「あ痛たッ!・・・」とお腹
を抱える。 「先生・・千代ちゃん始まったんじゃないですか?」 「まだ、大丈夫です」 先生が「あんた・・タクシー捜して来
て!・・」と従業員に言ってあわてる。

 産院の一室。 ベットで寝ている志津のところに先生が見舞いに来る。 「こんな立派な病院でお産させていただいて・・・」と例
を言う志津に、先生は「今、赤ちゃん見て来た。 元気な女の子、おめでとう」と微笑む。 「みんな先生のお陰どす」 先生がイス
に腰を掛けながら「ただ・・赤ちゃんの籍どうするの?・・あんたの戸籍はわかんないし、どこに出生届だしていいんだか・・・」と聞
く。 「すぐ私の戸籍を東京に移して、私の籍に入れます」 「赤ちゃんの父親には認知してもらえるの?・・」 「父親は死にまし
た。」 「そう・・あんたがその覚悟なら、あんた一人の子供として籍に入れるのね・・・それでいいのね」 志津は「はい」とうなず
いた。 「そうだ、・・名前決めなきゃね」 「名前は貴子と決めてます。・・・貴いと言う字で貴族の貴です」 「立派な名前・・・しっか
りしたいい子になるよ」 そこに看護婦が「おっぱいの時間ですよ・・」と赤ちゃんを連れてくる。 志津が赤ちゃんを抱いて乳をや
る。

 志津おばあちゃんの部屋。 おばあちゃんが未来に話す「あのときの嬉しさは今も忘れない。子供があんなに可愛いものだと
は知らなかった。この子が居てくれたらどんなことだって出来ると思った。すぐに京都から戸籍を抜いて先生のところに住所を移
し、自分ひとりの戸籍を作って貴子の出生届けを出した。・・・貴子の父親のことは誰にも話さなかった」

 ハルノ美容院の店内。 赤ちゃんが泣き出して、志津が仕事の手を休めて部屋に行き、子供に乳を与える。 「有難うございま
した」 先生は「いちいちお礼など言うことないのよねえ」とお客さんに話す。 そこに、京都から母トキが店を訪ねてやってくる。 
「志津・・・・。」  部屋に入って親子で話す。 「そうやったんか・・・あんたこの子を産みとうて家出たんですか・・」 「すみませ
ん、ご心配掛けて・・」 「父親は、松野言う人かね・・」 「いいえ」 「ほな・・どこの誰ですねん」 「父親はいてしまへん。・・死にま
した。うち一人の子供です」 「産んでしもうたもの、今更どうもしようあらしまへん。・・お父ちゃんかてなあ、あんたが家出てから
どないに心痛めてはったか・・八方手えつくして捜して、松野さんかて、お寺も親も捨ててあんたと一緒になるて、うちに見えて、
あんた見つかるのを待ってはった。けど松野さんあきらめて、家に頭下げて帰ってしまいはったし、お父ちゃんは我慢してはった
けど、あんたが戸籍抜いて生まれた子供の出生届け出した事知って、とうとう切れはったんどすやろ。・・・志津と親子の縁を切
る。二度とうちの敷居またがさへんて」 「みんな覚悟の上どす」 「けど、今のうちやったらまだ何とかなる、この子よそに養女に
出して身い一つになって帰ってきなはれ・・貰ろて呉れる人かて、ちゃんと捜してある。・・そしたらお母ちゃん、お父ちゃんを説得
してあんたが帰ってこれるようにするさかい。・・そのためにお父ちゃんに内緒で東京にきたんや・・あんたの一生がかかった大
事な時どすのや」 「折角来てくれはったのに申し訳けありまへんけど、帰っておくれやす。・・うちのことは忘れて、死んだと思う
て・・・」

 閉店後のハルノ美容院の店内。 志津が店内の鏡拭きをしている。 先生が「あんたいいかげんにして寝なさいよ。夜中に貴
子ちゃんのため何度も起きなきゃならないのに」 「おおきに・・家にはお気使いなく・・」 「あんた本とに今のままでいいの?・・今
だったら京都に帰れるのよ」 「そのことはもう・・・先生にはご迷惑でしょうけど何とかこちらで・・・」 「うちはあんたに居てもらって
助かってるからいいけど・・・お母さんの気持ちもわかるしねえ・・」 「葉はかて、うちに貴子を手放す気の無いことよう判って、あ
きらめて帰りました。・・親子の縁も切られて・・これで後ろ向かんと生きていけます。・・・それで先生にお願いしたいことがあるん
ですけど、うち・・・美容学校に通わせていただけませんやろか・・こちらにお世話になるンやったら美容師の資格取りたいんで
す。身の程知らずのお願いや言うことはよう・・」 「あんた・・・とうとうそういう気持ちになって呉れたの・・・」先生が志津の手を取
って喜んでくれる。 「ほな、・・許していただけるんですか・・おおきに・・・これも厚かましいお願いですけど、学費を前借させてい
ただいて、一人前に成れたら働いてお返しする言うことで・・・」 「学費のことなんか心配すること無いの・・・わたしはあんたがそ
う言う気持ちになって呉れたのがうれしいのだから・・・・今だから話すけど私にも娘が居るの・・あんたより五つ上かな・・・永いこ
とうちに寄り付かないでどんな暮らししてるんだか。・・・もう娘と思ってないけど」 「先生のお嬢さん、うちと同じこと・・・」 「不思
議夜ねえ・・そういう娘を持っている私のとこへあんたが来るなんて・・そういう娘を持っていたから、あんたのこと放っておけなか
ったのかもしれない。・・・ただ、あの子とあんたは違うの、あの子がうちを出たのは親がいけなかったの、・・私たち夫婦は私がこ
んな仕事を持って居るでしょ。・・・どうしても女房としての役目がおろそかになるでしょ。・・・亭主が浮気して、夫婦喧嘩が絶えな
かったからね・・・とうとう離婚したけど・・・そんな両親見ていて耐えられなかったんでしょうね。いつか非行に走って・・・変な男を
作って家を出て、いつの間にか消息わからなくなって、・・・亭主も私と離婚した後、すぐに亡くなって、独りぼっちになるとね。何の
ために家庭壊してまでガツガツ働いてきたんだろうって、むなしくなるの・・・店を大きくしたって後を継いで呉れる人も居ないのに
ね・・・そんな時あんたとめぐり合ったの、娘が帰ってきたような気がした。・・・今も本当の娘だと思ってる。私も勝手よね。・・・あ
んたが美容師の資格を取ってこの店にずっと居てくれたら、苦労も無駄ではなくなる。・・・あんたを縛るつもりは無いの。・・・あん
たが美容師の資格を取りたいって言って呉れたことが、娘が言ったように嬉しかっただけ」 「先生・・・あの・・美容学校って夜学
ってありますのやろか。・・昼はこちらで今まだどうりお仕事させて頂きとうおすし、それから貴子を連れて通えるのかどうか?」 
「何を言ってるの・・夜学に行かなくたって昼間行けばいいじゃないの・・」 「貴子ちゃんだったら、私たちが面倒見てる」 「こちら
にご面倒おかけしてまで通うつもりもありませんし・・・貴子はいつもそばにおいて面倒見てやりたいです。・・それが無理やったら
あきらめます」
     

 美容学校の教室。 貴子をおんぶして志津が授業を受けている。 背中の子が泣き出して、あわてて廊下に出て行く志津。 
 志津おばあちゃんの部屋。 未来がおばあちゃんに言う「何もそこまでやらなくたって・・・」 おばあちゃんが答える「貴子は私が
愛した人なの・・いつも私のそばに居てほしかったの。・・・あの人、貴志さんは誰にも触らせたくなかったのよね」 「うちの母さん
幸せだったんじゃない」 「美容師の資格も取れて、一人前の仕事が出来るようになったら、お客様を美しくすることが楽しくなって
ね。・・毎日夢中で働いた。・・貴子は春野先生にも孫のように大事にしてもらって、貴子が小学校に上がるころには、私もみんな
を引っ張っていく立場になって、・・・いい後継者が出来た。店は千代ちゃんに譲って私は楽隠居させて貰うって、いつも幸せそう
に笑ってくださってた。・・・・そんな時だった」

 閉店後のハルノ美容院の店内。 「今日も一日無事に終わった」先生がいつもと変わらず部屋に入ってきた。 貴子が疲れてテ
ーブルに寄り添ってうたた寝をしている。 「貴子ちゃん寝ているね」と先生が言う。 炊事に取り掛かろうとする志津に先生が「貴
子ちゃんね・・今日学校でお父さんって題で作文書かされたんだって、お父さん死んじゃって知らないから作文掛けなかったっ
て、あんたお父さんのこと貴子ちゃんに何にも話してないの・・・」と聞く。 志津は「いつかそう言うときが来ると思ってます。」と言
う。・・・貴子が眼を覚ます。
 志津が炊事場を離れて部屋に行く。 先生が貴子に「貴子ちゃん・・・母さん、お父さんの話しして呉れるって・・・」と言う。 志津
がアルバムを大事そうに胸に抱えて居間に来る。 二人が並んで座ってアルバムをめくる。 若い二人が並んでにこやかに笑っ
ている。「この人が貴子のお父さん。」 先生が気付いて「あんたそれ・・・」と駆け寄る。 志津は「私が京都に帰らないと判った
後、母が私の荷物を送ってくれましたでしょ。その荷物の中に入れて呉れてはったんです」 貴子はページをめくりながら「みんな
母さんとお父さん?・・」と聞く。 「そうよ・・お父さんといろんなとこ行った。・・・母さん、お父さんのこと大好きだった。・・お父さん
も母さんのこと大事の思ってくれて、だから貴子は産まれたのよ。・・・お父さんはまだ大学に通っていて勉強の好きな優しい人だ
った・・・けど、結婚式を挙げる間じかに急病で亡くなって、母さん、お父さんのお嫁さんにはなれなかったの・・その後で貴子がお
腹の中に居るってわかったの、・・・母さんね、貴こは0お父さんの生まれ変わりだと信じてる。だから・・・お嫁さん居は成れなか
ったけど貴子を産んだの。・・・母さん今でも貴子の中に父さんが居るって思ってる。・・だから母さん生きていけるの。・・・一生懸
命働ける。・・・貴子はお父さんが居ないと淋しい?」 「お父さんは貴子と一緒に居てくれるんでしょ?・・・貴子には母さんが居
る、邦枝おばさんがいる。お店の人たちだって居る。寂しくなんか無い。」 邦枝先生が「貴子ちゃん・・・貴子ちゃんはうちの子、
寂しい思いなんかさせない」と言って抱きしめる。 台所にたった志津に先生が「あんた、いい想い出に胸に抱いて、その人と生
きられるなんて、幸せかも知れないよ。・・・精一杯ほれて、いい人だと信じて、その人と結婚したって、一緒に暮らしたらそうは行
かないもん。いつかお互いにあらも見えて喧嘩になるしね。・・・挙句に亭主に文句言われて、浮気されてごらん、ボロボロになっ
てしまう。・・・そんな親を見て育った子がいい子に育つ道理がない。・・・あんたみたいな生き方言うこと無い。」 「私はそれで生
きて行けても、わたしの思いが貴子に判って貰えるかどうか・・」 「大丈夫だよ、あんたが一生懸命生きていけば貴子ちゃんだっ
て判ってくれる。・・・おんなじ女だもん。・・・はい、・・すき焼き出来ました。」と言って、お皿を運ぶ途中で、先生はお皿を足元に
落としてその場に倒れた。 「先生!・・先生!」 「小母ちゃん!・・」

 志津おばあちゃんの部屋。 志津おばあちゃんが、未来に聞かせる「救急車ですぐに病院に運んでもらったんだけど、病院に
着く前に亡くなってた。 脳動脈瘤が破裂したんだって、・・おばあちゃんも運が無かったね」 

 ハルノ美容院の前。 ”此の度、春野邦枝死去の為廃業させていただきます。長い間のご愛顧ありがとうございました. ハル
ノ美容室”と張り紙が出されている。
部屋に先生の娘さんが着ている。 志津が「よくお帰りになりました。・・先生がどんなに心配されてお出でだったか・・・先生お喜
びになるでしょう」と声を掛ける。 タンスの抽斗など探し回っていた娘は「まったく、お金になるようなものは何んにも残っていない
んだから・・・貯金通帳見つけたって20万足らずしか残ってないし、店を改造してずいぶん立派に見えたようだけど、それでお金
使っちゃったのかね?・・死んじゃったら全部処分しなきゃあならないと言うのに、そんなものにお金掛けて馬鹿ばかしいったらあ
りゃしない、・・とにかくここ全部処分しないと相続税を払えそうも無いのよね。・・だからあんたにもここを出て行ってもらわなきゃ
ならないのよ。」といった。 志津は「永い間こちらにお世話になりました」と頭を下げて家を出た。 

 何も無い裸電球のぶら下がった古いアパートの一室。 ランドセルを抱えて座り込んだ未来が母の志津に聞く「ここが、今度住
むお家?・・」「そうよ・・」 「お風呂も無いの?・・」 「お風呂屋さんがあるんだって、たのしいわよ」 「お父さんが居たら、こんな
とこで暮らさなくてもすむのかなあ・・」 「父さんは貴子のそばに付いていて下さる・・だから母さんがんばれる。・・・そうだ今日の
ことね、お父さんにお話しよう」そういって志津はバッグからアルバムを取り出して、二人でページをめくった。 貴子が「お父さ
ん、笑って言ってる。・・お母さんと三人でがんばろうねって」というと、志津が抱いてくれた。

                                 

 志津おばあちゃんの部屋。 おばあちゃんが「私たちは辛い時も、うれしい時も、アルバムの中のお父さんの笑顔を見て、話し
かけてた」と未来に話す。 「いつも一緒なんだと思うと、心が安らいだ。ただ、ハルノ美容室を追い出された時だけは、さすがの
おばあちゃんも落ち込んでた。 けど、やっぱりその人は私を守ってくれてたの。・・今でもそう信じてる

 ハルノ美容院の前。 志津が今は閉店となった美容室の前で中を覗きうなだれて立っている。 「あんた、泣いてるのね、・・・い
や・・あんた見ててついわいもほろっとしてしもた。・・あんたこの店のいわれのひとかいな・・」と、作務衣を着てひげをつけた男
が声をかけてきた。 急いで立ち去ろうとする志津に「待ちいな、待ちいな・・、ワイこの店買うた男や、・・・持ち主が売り急いでい
たさかい、叩いて安う買うたんはええねんやけど、思案して観に来てたんや。・・このあたりは発展することも判ってる。・・ビルで
も建てたいけど、ワイの会社は今ビルを二つ持ってるのでここまで手廻わらへんのや。・・食べ物やでもしょうか思うたけど人任せ
ではごまかされてしまう。そしたら、あんたの会うたんや。・・・あんたこの店のなんですか?」と、話し始めた。 志津は「こちらで
住み込みの美容師させてもろうてました」と答えた。 「あんた関西の人か?」 「京都です」 「さすが京都の女は違うは・・・惚れ
たわ」 立ち去ろうとする志津に男は「ちょっと待ちいな・・あんた何で泣いてる?・・」と聞く。 「亡くなったこちらの先生のことが、
懐かしくて・・・」 「そうかあ・・・あんたここを追い出されたわけや。・・そいで今どないしてんのや、・・・あんた泣くほど懐かしいん
やったら、あんたにここをやって貰うてもええおもうてな。」 「わたし店をお借りするようなお金ありません」 「誰が貸す何て言う
た。・・あんたに任すんや、儲けは折半や、あんたの腕次第でなんぼでも稼げる。・・こういうことは月給制にしたら誰も一生懸命
は働かん。・・・これでどうどす。・・・わいなあんたの涙見て、あんたは信用できると思うたんや。・・これは真面目な話やで・・悪い
話や無い思うんやけどな。・・・今晩一緒に飯でも食いながら細いこと相談しよう。・・わいなこういう者んですわ」 そういって差し
出した名刺には、西川興産株式会社、社長、西川勇とあった。 「今晩六時にここに来ていな」ともう一枚の名刺を渡された。 
「タクシーに乗ってここに連れてって言うたら、連れてってくれるわ。タクシー代は、店の女将に払うよう言うとくわ。・・ほなな」

 志津が貴子の手を引いて、料亭"志乃松”にやってくる。 貴子が「ここ誰のお家?・・母さんの知ってる人のお家?」と聞く。 
「ここでね大切なお話があるの」  二人が部屋に案内されて入ると、和服を着た西川が先に来て待っていた。 「いや、よう来て
呉れたな・・・もしかして振られるンちゃうか思うてたんや」 「お言葉に甘えてまして、寄せていただきました」 「あんた地下鉄で
来たんやて・・・女将がタクシー代と祝儀払うつもりで迎えに出てたのに、来いへんかったって・・・訳の判らん男にはビタ一文借り
は作りとうない。 あんたはそう言う人なんや」 「私の身分ではタクシーなんて贅沢です。・・・娘の貴子です。・・・家で一人で留
守番させるのは不憫で連れてまいりました。・・・お話が済み次第失礼させていただきますから、お食事のご心配頂ませんよう
に・・・」 「あはははは・・・いや、これは参った。・・あんたにワイの下心読まれてしもうてたわ。・・・子供連れで来られたんでは手
も足もだされまへんわな」 「お気に召しませんでしたら、お話を伺うこともございません。ご好意を無駄にするようですがこれ
で・・・」と貴子の手を取って立ちあがる。 「何もそんなとんがった言い方せんでも・・・ビジネスとこれとは別や・・・貴子ちゃんやっ
たな・・・貴子ちゃんパパは・・・」 「お父さんはいません。・・・私が生まれる前に亡くなりました」 「、ママとずーッと二人で・・・」 
「死んだってお父さんはいつも私たちと一緒です。・・・母さんがいつも、貴子の中に父さんが居るんだよって・・・だから貴子と一
緒に居ると頑張れるんだって」 「えーつ。・・貴子ちゃんのお母さん素晴らしいお人やな」 「おじちゃんますます貴子ちゃんのお
母さん気にいった。・・・色気抜きであの店、あんたに任せる。・・・貴子ちゃんのためにも金儲けできること考えなはれや。・・・今
は好景気で女は誰でも美くしゅう成るためやったら金を惜しまん時代が来てる。・・・髪を結うてるだけやのうて、美顔術からエス
テ、化粧品にまで広げることを目標にしてな。・・・あんたやったら出来る。・・・亭主持ちや、男に弱い女はいかん。・・・わいなあん
たに見事に振られて、あんたは信用できる女やと見込んだんや。・・・ワイいろんなアイデア持ってる。あんたを通して一流な会社
造りたいんや。・・・ワイの夢あんたに賭ける。・・・今日は出陣式や・・盛大にやりまひょ」 

 志津おばあちゃんの部屋。 未来がおばあちゃんに聞く「その人、西川のおじちゃまでしょ。・・私覚えてる、よくいろんな物いた
だいたなあ。いつも面白い事言って笑わせていた」 「未来が四つくらいだったかしら、亡くなられたの・・今のおばあちゃんの会
社は西川さんの時代を読むお力があったからなの・・・美容院のチエン店からエステの専門店、化粧品の販売まで全部西川さん
のアイデアでこkまで伸びたの。・・・でも、おばあちゃんには指一本触れなかった。・・・おばあちゃんのその人への思いを大切に
してくださって。・・・貴子と一緒に食べなさいといろいろの物を貰って、貴子と一緒にアルバム見て、お父さんの話をしながら食べ
たの・・・貴子に淋しい思いをさせた覚えは無かったのだけどね・・やっぱり現実に父親が居ないということは応えていたのかしら
ね。・・・その人を愛していたというだけで、父親の無い子を産んだ私を恨んでいたのかも知れない。・・・いつか貴子は人を愛する
ことを恐れるというか、拒否するようになってた。・・父親の無い家庭を不幸だと思ったんでしょうね・・・だからきちんとした家庭を
作ることだけに集中して、ただ、真面目だけが取り得の人を相手に選んで、私の意見も聞かずに結婚してしまったの。・・・そのこ
ろから私を敬遠するようにもなって・・・」
                             
 母貴子と父浩が家に居る。 貴子が言う「私、一生懸命やって来たつもりだった。・・妻としても、母としても精一杯のことをして
来た。・・・あなただって私には非の打ち所の無い夫で、子供たちには最高の父親だと思ってた。・・・夢は叶えられたはずなの
に、どうしてこんな事になったのかしら。・・私の何がいけなかったの?。」 「君は父親が居ないことを承知して、君を産んだお母
さんを恨んでるのだろうがね、お母さんは君に不自由な思いをさせるようなことをなさったのかね?。・・・君は立派に教育も受
け、人並み以上に豊かな生活をさせて貰って結婚した。・・・結婚してからだって、どれだけお母さんに助けられているか。・・・お
母さんに感謝したって恨むなんて罰当たりな・・・」 「あなたに、父親が居ないってことがどんなに淋しいことか判る訳けない・・母
からどんなに素晴らしい人か、どんなに聞かされたって、何の役にも立ちゃしない。・・・私は子供たちにだけはそんな思いさせた
くなかった。・・・未来が今、母と同じことをしている。・・・私と同じ子供を産もうとしてるの!・・それがどんなに不幸なことか判りも
しないで・・・。」  そこに、「ただいま!・・」と言う未来の声が聞こえる。  貴子が「よかった・・・帰ってきた」と玄関に急ぐ。 志
津おばあちゃんと二人で部屋に入り、未来が「ご心配かけて、申し訳ありませんでした」と、頭を下げる。 「しばらくね・・・」と、志
津おばあちゃんも挨拶する。 母が、「やっぱりおばあちゃまのところに行ってたのね」と言う。 未来が言う「おばあちゃまに、初
めておばあちゃまのことを話してもらった。・・・わたし健の赤ちゃんを産む。・・おばあちゃまと同じ生き方をしたい。それでおばあ
ちゃまは幸せだったんだものね」 母が「未来!・・」と驚くのをさえぎり、おばあちゃんが「貴子・・・わたしはあなたのお父さんに
沢山のいい思い出を貰ったわ。・・あなたにも恵まれた。あなたと一緒に居るとお父さんがそばに居てくれるようで、それだけで幸
せだった。・・・その思いに支えられて今まで生きてこられた。・・でもそれはわたし一人の思いであって、父親の居ないことが、ど
れだけあなたを傷つけてきたか・・・あなたには償いきれない事したって後悔してる。怨まれても仕方が無いとあきらめてる。・・・
未来とはよく話しをした。」 母が言う「だったら、不幸になる子供を産むなんて馬鹿なことを・・・」 「父親ってなんなの・・・。今だ
から、はっきり言っておく。・・・私にはお父さんが居る。母さんだって居る。・・・けど、お互いに愛し合っても居ない夫婦を両親に
持っているくらいなら、父親だって、母親だって居ないほうがましなの・・・わたしは物心付いたころから、お父さんと母さんのこと
変だと思ってた。いつか、母さんはお父さんを愛していないんだ、と言うことがわかってきた。・・・今はお父さんにほかの女の人
が居るってことも知ってる。・・そんな父親を見てるくらいなら、父親は死んじゃってたって、その想い出を大事のして生きている母
親のほうが、よっぽどましだわ。・・・母さんはそういうおばあちゃまに育てられたのよ。・・・・おばあちゃまから父親のいい思い出
をいっぱい聞かされて、おばあちゃまが愛した人の分まで愛されて、父親が居なくて不幸だったなんて母さん贅沢よ。」 父が「未
来!・・・」ととめようとするが、未来が続ける「私は父親が居なくたって、想い出をいっぱいこの子に話して聞かせる。お前はそう
言う素敵なお父さんの子なんだよって。・・・形だけで心の通い合っていない両親を持ったから、なおさらのこと、そういう愛に憧れ
るのかも知れない。・・・わたしはこの家を追い出されても、親子の縁を切られても産みます。・・・おばあちゃまのように幸せに生
きている希望が持てたから・・・。」 そういって一人部屋を出て行く。

 残された三人がソファーに腰掛ける。 おばあちゃんが「私には産むなとはいえなかった。・・・貴子が自分と同じような子を産ま
せたくないと思ったら、母親として反対しなさい。・・・浩さんも父親として未来とよく話し合ってください。・・・未来といろんなこと話
し合ってて、貴子も永いこと辛かっただろうなと思ってね。・・・私の勝手であなたを不幸にして・・・いつか謝らなきゃあと思ってた
の。・・・今まで言えずにいたこと、詫びなきゃならなかった事を今日ははっきり言っておきたくて、・・・浩さん、貴子をこんなふうに
したのは私なんです。・・・私はこの子が居てくれたから幸せに生きてこられた、けど、貴子はどんなに辛いことだったか。・・・・貴
子・・ごめんね」と言って頭を下げる。
 貴子が言う「やめて、母さん!・・私が母さんにどんなに大切にされてきたか良く判ってるの。・・・どんな時も、いつも私を見守っ
てくれてて、父親の役目まで立派に果たしてくれてた。・・・それを知ってても父親が居ないってことが私にはこたえてた。・・・友達
と違うってことで惨めな思いもした。だから、母さんみたいな生き方だけはしたくなかった。・・・小さい頃から憧れてた家庭や家族
が欲しかった。だから、浩さんと結婚もした。・・精一杯理想の家庭や家族を作ることに努力をしたわ。・・・それが私の生きがいだ
ったし、その夢が叶得られたと思った。・・・未来のことでその夢がいっぺんに壊れてしまった。・・・・違う壊れてしまったんじゃな
い、元々壊れるものなんか無かったんだわ。私は何も作ってはこなかったんだもんね。・・・未来がそれを教えてくれた。・・未来の
言葉がこたえた。・・・愛の無い夫婦を親に持つより、父親が居なくても母親に愛された父親の思い出を聞かされて育ったほう
が、ずっと幸せ。・・・それを聞いた時、ショックだった。・・・私が小さい頃、母さんから亡くなったお父さんのことをよく聞かされた。
 お父さんとの想い出を聞かせてくれる時の母さんは、本当に幸せそうだった。・・・・私も幸せになりたい。・・・今でもそう言うとき
の母さんって忘れない。・・・けど、私は未来に父親の話なんてしたこと無い。・・・娘に話してあげれるような父親との思い出なん
て無いんだもん。・・私浩さんとは、そういう夫婦でしかなかったのね。・・浩さんから離婚しようって言われた。・・浩さんから理由
を聞かされても納得できなかった。・・・でも、未来に言われてやっと眼が覚めた。・・・・あなたに出て行かれても、文句は言えな
いわ。・・未来には赤ちゃん産ませてやりたい。・・・亡くなった人と生まれてくる子供を精一杯愛して、母さんのように悔いの無い
ように生きて行ってほしい。・・・やっとそういう気持ちになれた。」 うなずく母、志津の胸に顔を伏せて貴子は泣いた。 「有難う
お母さん・・・母さんのお陰で、私未来を不幸にしないで済んだ。」
 「貴子!・・」母は貴子を抱き寄せてくれた。  「母さん・・・温ったかい・・・小さい頃、よく抱き締めてもらった。・・・温ったかくて
心が安らいだ。・・私、未来のお陰で何が本当の幸せなのか思い出せた。 自分のことも見つめ直したい・・・未来を守っていく覚
悟も出来た。・・・母さんもいつまでも私たちの味方でいて。」 志津おばあちゃんが笑顔でうなずいた。  二人の会話を聞きなが
ら 浩はうつむいて声も無く、ソファーに座り込んでいる。

                             
 寝室に浩と貴子が入ってくる。 貴子が「お疲れ様でした。・・・あなたに居ていただいてよかった。・・・ 私一人で未来の心配し
てたら、どんなことになっていたか。」と言う。 浩が背広を脱ぎ始める。 それを見て気子が「今日からあちらにいらっしゃるんじゃ
ないんですか?・・行らして下さっていいんですよ。・・・離婚届けにも判を押させてください。 ・・・子供たちだって別れる事知って
いるんです。もう取り繕ろうことも有りませんしね。・・・あなたのおっしゃるとおり私がいけなかったのです。・・・私にあなたを引き
止める資格なんてありません。・・・どうか、あなたの好きになさってください。・・・長い間嫌な思いをさせて申し訳けありませんで
した。」と言って、頭を下げて部屋を出ようとする。  浩が貴子に「私たちはやり直せないのか、もう?。・・子供たちに、居なくても
いい父親だなんて言われたまま、出て行けるわけ無いだろう。・・・未来のことがあって君は変わった。・・・今の君とならやり直せ
るような気がするんだ。・・・やり直したいんだ。」と言って、そばに行き、さらに続ける「子供たちに自分の両親は愛し合った素晴
らしい夫婦だったって思われたいんだ。・・だから、今の君となら、そう言う夫婦になれるという気がしてるんだ。・・もう遅いの
か?。」  貴子が振り向き、浩の顔を見つめ「あなたどこにも行かないで・・・お願いします。・・・おねがいします」と言って浩の足
元に座り込み、両手を床に着いて泣く。 浩は貴子の肩を抱いて頷く。

 志津おばあちゃんの部屋。 貴子が母と二人で話をしている。 志津おばあちゃんが娘の貴子に言う「私はね、この会社を誰に
継いで貰う気も無いのよ。・・・」 貴子が「私だってそんな気持ちはありませんよ。・・・浩がね、君も仕事を持ったほうが良いんじ
ゃないかって、・・・家で待ってられたんじゃ、子供たちも息が詰まってしまうんじゃないかって。・・・」 「急に浩さん、浩さんっ
て・・・まあ、結構なことですけどね。」 「浩ったら、今まで私に言った事無かったのに、ここんとこ、ああしろこうしろと,五月蝿くな
っちゃって・・・私のこと考えて呉れてるんだからありがたいと思って・・・」 「ごちそうさま・・・」 「この年になったら雇ってくれると
ころも無くて、母さんのところなら雇ってくれるかなと思って・・・ 「まあ、外の空気を吸ってみるのもいいでしょう・・・・未来はどうし
てる?」 「生まれてくる子供のこと考えて、うちで出来る仕事を探すって・・・」 「そう・・」 「その前に行っておきたいところがある
からって、今日出かけた」 「どこへ?・」 「さあ・・・もう、母親がとやかく言う年じゃないし・・・今までずいぶん厳しいこと言ったけ
ど、それが裏目に出たみたいですしね。・・・もう、子供のことは卒業して、自分を大事にすること考えなさいって、浩に言われた」
 「ここで仕事するつもりなら、いい加減な気持ちじゃダメよ、プロのなるの。・・・付いて来られなかったら辞めてもらう。・・・いいわ
ね」 「はい」

 田舎の海岸沿いの畑の中を、1両のみの気動車がのんびりと走っている。 未来が窓の外の景色を物珍らしそうに眺めてい
る。 気動車がとまり、コスモスの咲き乱れる無人駅に未来一人が下りる。 ”さつまなかがわ”という表示板がある。

 ””あれから一月ほどして、私はどうしても祖母の恋人。・・・私の祖父になる人を人目見たくて、祖母にも内緒でその人の寺を訪
ねました。””
未来が急な石段を登って寺の山門をくぐる。 裏の方から「ああ、住職さん・・お加減はどうですか?・・・」と村人らしきご夫人の声
が聞こえてくる。 未来は急いで声のした方に廻ってみる。 そこには車椅子に座って眼を閉じて、日向ぼっこをしている老人の
姿があった。 未来が近づいて声をかけようとすると、「何か御用ですか?・・・」と奥から夫人が声をかけて来た。 「こん人に聞
いても、なんも判りませんよ。・・・」 そう言って夫人が近づき「もう中に入りましょ。」と言って、ひざ掛け毛布を取ると「触るな・・・」
と、叫んで「誰だ・・・あんたは?・・あっち行け」と言う。 夫人が「嫁の私の顔も判らんとです」と未来に言う。 夫人は「あれ
え・・・おじいちゃん又。早ようオムツ変えにゃあ・・」と言って、急いで車椅子を押して行った。 未来は言葉もなく、それをただ亡
然と見送った。

  志津おばあちゃんの部屋。 おばあちゃんと、母と未来が料理を作っている。 母の貴子が「母さんのところで、みんなそろっ
て食事するなんて、私が結婚してから始めてよね。・・」と言う。 おばあちゃんが「外で食べるつもりでもう席、予約してたのに・・・
かえって手が掛かって大変」と言う。 母が「お誕生祝いなのに、母さんおところに集まりたいって、浩の希望なの・・・だまって聞
いてあげて」と言う。 みきが言う「父さん気い使ってるのよ。・・・母さんとおばあちゃまがうまくいくようにって・・・司も仕方なく受け
るみたいですしね・・」 「父さんの夢なのかもね・・・みんながそろってお食事するっての・・・」 机の上に置かれた学生服を着た
松野さんの写真を母が見つける。 「この写真は・・・」 未来が「おじいちゃまもみんなと一緒にいたいでしょ」と言う。 母は「今お
父さんが生きてたら、どんなお父さんになってたかしらねえ・・案外、おばあちゃまとうまくいかなくて、別れちゃったりして・・・」と
言う。 未来があわてて「かあさん・・・」と止める。 「そうね・・・思い出だけの方がいいのかも知れない・・・いつまでも素敵な人
で、みんなの心の中に生きていてくれるものね」と母が言う。 玄関のチャイムの音がして「お父さんだ・・」と言って母が走る。 お
ばあちゃんが写真を持って「あなた・・・今夜はみんな揃うんですよ・・・いつも守っていてくれて有難うございます」と言う。 玄関に
父の浩と弟の司が姿を見せる。 父が「今晩は・・・お言葉に甘えてお邪魔します」と挨拶して部屋に入る。  「どうぞ、どうぞ」と
おばあちゃんの声がする。 おばあちゃんが””HAPPY BIRTHDAY! HIROSHI SAN”” と書いたケーキを見せる。 写真立て
の中の松野さんが笑っている。 シャンパンが開けられ皆がはしゃぐ。

   ♪♪  古いアルバムめくり ありがとうとつぶやいた いつもいつも胸の中 励ましてくれる人よ 晴れ渡る日も雨の日も 
浮かぶあの笑顔 思い出遠くあせても おもかげ捜して よみがえる日は涙そうそう ♪♪       =  終わり  =

          平成17年10月9日  放送




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