後 に  た 街

 テレビドラマをメモルのは2度目です。 映画は主に外国映画を観たくせに、英語が判らないので、録音しても役にたたないから
、字幕の文字をメモってます。 テレビは録画させていただいたので、かなり詳細に書くことが出来ました。
 今回のドラマはテレビ朝日 ・ 山田太一ドラマスペシャル ・ 終戦60年特別企画として平成17年12月3日に放送されたもの
 です。

  朝、目覚めたら・・・昭和19年だった!。 夫婦が、そして親子が・・・戦争を生き抜く現代家族の愛と絆は?。
  

                                             〔文中に挿入している花はすべて私が撮影した写真です〕          河野 善福
【キャスト】
 清水 要治 (中井 貴一) 川崎に住むサラリーマン。妻紀子、長女信子(成海 璃子)、長男稔(成田翔吾)の四人家族。
 清水 紀子 (木村 多江) 要治の妻。
 宮島 敏夫 (柳沢 慎吾) 要治の小学校時代の友人。 妻と別れ、長男新也(窪塚俊介)と住んでいる。
 特校・曹長 (柳葉 敏郎) 要治の家の捜索に来た兵隊。
 山で出会った老人(小林 桂樹) 背負いかごを持ち出征兵士を見送っていた鎌を持っている老人。


【ストーリー】
 物語の主人公、清水要治が浅草仲見世通りの雑踏の中を歩いている。

  要治が話す。・・”これからお話しするとんでもない出来事が起こる2日前私は夕方の浅草に居た。  浅草は私が生まれた土地である。 もっとも私が
住んでいたのは昭和40年代の浅草で、小学校6年の途中までのことだった。 一番仲が良かったのは宮島敏夫さんと言った。 別れてからも時折手紙を
出し合ったが、中学になるとお互いに間が空き想い出となった。 私は父の仕事の都合で福岡、高松、名古屋と転校になり、今は世帯を持って多摩川に
近い川崎市に住んでいる。 仕事は忙しく浅草は遠くなってしまっていた。  敏夫さんから突然電話があったのは5日ほど前だった。 浅草で結婚式場
のマネージャーをやっているという。 彼が会いたいと言って来た。 あまり気乗りはしなかったが、懐かしそうなので日曜日に会うこととなった。 30数年
ぶりのことだった。”

  要治がホテルの待合室でソファーに腰掛けて待っている。 遠くで敏夫さんが新郎新婦や親族を前に式の順序を説明している。

  ”敏夫さんだった・・・一目で判った。 あの敏夫さんが結婚式場のマネージャーとは・・・。”

 敏夫さんが要治のところにやってきて、「しばらく・・・」と白い手袋をはめたままの右手を差し出した。 要治も「しばらく・・・ほんとうに・・」と言って二人は
そのまま握手をした。 「すぐに判ったよ」 「こっちも・・」 「急に若いのが二人辞めてね・・・呼んどいて悪いね」と敏夫さんは待たせていることを謝った。

 二人は再会を懐かしみ居酒屋で飲んだ。 店の支払いを敏夫さんが行った。 要治がお金を出そうとしても「けちな事いうなよ・・呼んだのは俺だよ・・恥
をかかすなよ」と言って受け取らない。 「ここだけは俺に払わせてよ」と言う要治に敏夫さんは「要ちゃんね・・要ちゃん来てくれて俺助かったよ。・・俺ね、
いっぱい一杯なんだよ。」と言い出した。 「どうしたの?・・」と尋ねる要治に敏夫は「俺ね家も仕事も一杯いっぱい・・・要ちゃん居て助かった」と言う。 
「どういうことよ?・・」 「助かった・・・それだけ・・」と言って敏夫は酔いつぶれた。

 ”二人は子供のように道路や橋の上ではしゃいだ「こういう酔い方はきらいなはずなのに不思議なくらい楽しかった。・・子供の頃の友達は特別なのかと
も思ったが、それもこれから起きる出来事のために神様か何かが、仕組んだことだったのかも知れなかった。」”

 川崎の住宅街の朝。 家の玄関を走り出て学校に急ぐ小学生の息子に母の紀子が「稔!・・給食の袋をまた忘れてる・・頭おかしいんじゃないの?」と
言う。 稔は「五月蝿いよ朝から・・」と給食袋をもぎ取って走り去る。 部屋の中で出勤の準備をしていた夫の要治が「みっともないだろ。・・大声で」と言う
が、妻の紀子は「だって、洗濯して目の前においてあるのよ。・・それを忘れちゃうんだからあきれちゃうわよ」と言う。 食卓に座ったままでメールを打っ
ている長女の信子に、要治が「信子・・・」と声をかけるが振り向きもしない。 母が「そら返事もしない・・・メールばかりして・・・怒ってくださいよ、お父さ
ん!」と要治に言う。 「学校いいのか?」と聞くと「午後から・・・先生の何かがあるんだって・・」と答える。 要治が紀子に「駅まで送ってよね」というと、紀
子は「急に言わないでよ」と言う。 「急じゃないだろ・・夕べ言っただろ」と言うと「予定があるんだから」と嫌な顔で答える。 妻は渋々車で駅まで送ってく
れるが、車の中で「お酒臭い!・・そのまま会社に行っちゃあダメよ。・・駅で口臭剤買って・・」と言う。

    要治が込み合った電車を乗り継ぎ、ビルの中の事務所に出勤する。

 ”「私は上り調子のコンサルティング会社で、システムエンジニアをしていた。小学校5年の息子。中学二年の娘。妻と私の4人家族で、何とか人並みに
暮らしていたのだった。」”



 朝、起きたばかりの妻の紀子が雨戸を開けて窓の外を見て驚く。 改めて外を見ると窓の外は深い緑の木々に囲まれている。 階段を走りあがって、
要治の部屋に飛び込む。 「パパ」と呼ぶが声にならない。 ベットの脇に走りよって身体をゆする。 「起きて・・パパッ・・」 「ン・・どうした?」 「私・・どう
かしちゃった・・」 「どうかって・・ン・・どうした?」 「外に何も無いの・・雨戸を開けたらね何も無いのよ」 「泥棒か?」 「どうかしてるの・私。・・森なのよ、
どう観ても外が森なの!」 「おまえ熱は?」と言って妻の頭に手をやる。 「あるでしょ。きっと。・・起きてるわよね私。・・・どうしても森にしか見えないのよ
私」 「横になれよ。・・俺は疲れてるんだよ。葬式が二つ続いたしさ」 「表を見てみてよ」 身体をゆすられ「判ったよ」と言って要治が起き上がる。 「薬
箱を観てくる」 「薬じゃなくて表を見て!・・」と泣き声になる妻。 「判ったよ」といいながら階段を下りて薬箱を捜していたが、外の風の音が違うのに気付
き要治が窓を見る。 要治は窓辺に近づき外を見て唖然とする。 緑の木々が続き人家などは見えない。 要治は庭に下りてみる。 

 ”「道路がなかった、道路どころか隣の浜野さんも、こっち隣の飯田さんの家も、お向かいの谷さんも、坂本さんもすべて消えうせて深い雑木林だっ
た。” 

 部屋に帰った要治は、二階でいきなり顔を合わせた妻とでさえ「わあ・わあ・わあ」と二人とも腰をぬかさんばかりに驚いた。 二人はその後で訳もなく
笑った。 妻は「私どうかしてたのよ。・・周りが本当に森に見えたのよ」と言い。 要治も「間違いなく森に見えたよ」と言ってさらに笑い転げた。 「本当に
森に?」 「ああ」 「だって今パパ笑ってる」と妻が言うと要治は急に泣き顔になった。 妻が「本当に森なら・・笑うようなこと?。・・」と聞くと、要治は「もち
ろん笑うようなことじゃない」と言って顔をそらした。

 息子の部屋に入って要治は寝ている息子の身体をゆすった。 「稔、・・稔・・いいから起きなさい」と起こして、妻が娘を起こし部屋に連れてきた。 信
子が「何?・・」と寝ぼけた顔でやってくる。 要治は「いいから入りなさい・・」と部屋にみんなを集めた。 「とにかく、ママとここにいるんだ」と要治が言う
と、信子が「強盗か何か?・・」と聞き返す。 「そうじゃないが、カーテンを開けちゃあだめだ。・・パパが様子を見てくるまで、この部屋を3人とも動くんじゃ
ない」と言って要治が部屋を出る。

  要治は裏口から出ると、フエンスを乗り越えて森に入った。 森は木立の続く斜面で、小枝が歩行を妨げた。

  "道路の痕跡もなかった。 何十年も前から雑木林だったと言うように下草も濃密に生えて、およそ370戸もあった高台の住宅が一夜にして影も形も
なかった”

 稔が部屋のカーテンを引いた。 妻が「いけない!・・いけないってパパが言ったでしょ」と止めようとしたが、信子も窓際に走りよって「何なのこ
れ!?・・」と驚きの声を上げる。 「訳わかんないでしょ」と妻が言った。

 要治は雑木林を下の方に降りていった。 多摩川を挟んで遠く東京が田園地帯に見える。 下の方からなにやら人の声がする。 号令に続いて夫人や
子供たちの声で歌声が聞こえてきた。
 
    ♪♪ 勝って来るぞと勇ましく〜、誓ってく〜にを出たからわ、て〜がら経てずに死なりょうか。♪♪ 

 近くまで降りてみると、神社の境内で出征兵士の壮行会が行われていた。 みんなが軍歌に合わせて日の丸の小旗を打ち振っていた。 軍服を着た
男性が、「出生兵士、上野勇君の言葉〜」と叫ぶと、正面に立った青年がみんなに敬礼をして挨拶を始めた。「このような早朝のお見送り、喜びに耐えま
せん。 大君に召され御国のために入隊の栄を賜りました上は、宿敵米英の撃滅の日まで全力を尽くすものであります。 昨夜来の皆様方の暖かい励
ましに・・・」 
 要治は掲示板を見た。 「戦時下の婦人の責務」と題した「時局必勝講演会」が中原国民学校で開催されるとあり、日時は昭和19年9月17日(日)午後
1時よりとあった。   
 「・・・・大東亜数億の民のために、一人でも多くの敵を倒す決意であります」軍服を着た青年が直立不動の姿勢でまだ大声で叫んでいる。  

 「どこの者んだ!・・」気が付くとすぐ後ろに、老人(小林桂樹)が立っていた。 「ここいらの者んじゃねえな・・・」 「いえ・・その・・この近くなんです
が、・・・」 「近くってどこだい!・・」 「この山の上の・・あの・・この方向の・・」 「この先に家なんかねえぞ・・・」 「妙なこと伺いますが・・何を皆さんなさっ
ているのか?・・」 「何をしてるとは何か!・・」と老人は手に持った鎌を振り上げた。

    ♪♪ あ〜あ〜堂々の輸送船 さ〜らば祖国よ栄あれ ・・・♪♪ 

 「わしはあいつを笑って見送らにゃならんと思っている。・・・涙は見せておらんぞ」 「私にはよく理解できないのですが?・・・映画の撮影とか・・そう言う
ことでも無いように思うのですが?・・・規模が大きすぎて何もかもが現代ではないような変わりようで・・・あのう・・この掲示板の昭和19年というのはどう
いうことなんでしょうか?・・・私には何がなんだか判らなくて、この辺いったいがどうなったのか?・・住宅地はどこへ行ってしまったのか?」 「何をとぼけ
とる!、・・・何をごまかしておる!・・何をあわてておる!・・・怪しいやつだ・・なんでここに居る。・・どこの者んか!」老人が鎌を振り上げたので、要治は
命からガラ逃げ帰った。


 要治は家に駆け込んで急いでドアに鍵をかける。 妻の紀子が「どうした?」と聞きに来る。 子供たちも玄関に集まり「どういうこと?」と稔が聞く。 「妙
なことが起こっている」と要治が言う。 「だめだといったのに二人とも外を見ちゃったの」と紀子が要治に言う。 「すごく大掛かりよね。・・テレビの何かだ
としても・・」と紀子が問う。    「テレビじゃない・・・そんなもんじゃないよ」 「じゃあ・・何?」 「ドッキリカメラが高台の住宅地を一晩で無くせるか?・・」
 「だから無くしてはないのよ・・・」 「バーチャルで何かしてるんだよ」と稔が言った。 「普通の家にそんな大掛かりな仕掛けをするわけがないだろ」 信
子も「誰なのイイ加減にしてよ」と叫ぶ。 「そんなもんじゃないんだ。」という要治に紀子が「パパ の話を聞こう」と言う。 「ずうっと雑木林だ。・・映像やバ
ーチャルなんてもんじゃない。・・本物の雑木林だ。・・向こう側の斜面に出た。」 「東京の方ね」 「多摩川はあった?・・」 「あった・・・だが、何がなんだ
か良くわからないんだ」 「学校もう遅刻だね」と稔が言うと「学校どころじゃないでしょう」と信子が言う。 「よく聞けよ・・・パパが見て聞いて触ってきたこと
なんだ・・家を出て草も木も、神社も人もバーチャルなんてものじゃないんだ」 「聞く・・話して」と妻がいい、子供たちも要治のそばに集まった。 「多摩川
の向こうに、二子玉川のデパートやそのもっと遠くに新宿の高層ビル見えてたよな・・・デパートもビルも国道の246も橋も何も無い」 「無いって火事と
か?」 「そうじゃない・・・パパの生まれる前の・・・もしかすると昭和19年ころに戻ってる」 妻の紀子が「そんなことどうして判るのよ?」と聞く。 要治は
「昭和19年と言う掲示板を見た」と説明する。 「そんなものいくらでも造れる!」 「その頃の人間に追いかけられたんだ・・・そのころここは山だったんだ
よ・・住宅なんて何も無かったんだ・・外は何から何まで今とは違う時代なんだよ」 妻が聞く「じゃあ・・どうして私たちは居るの?・・この家は有るの?・・・
電話は?・・実家に掛けて見る」と言って席を立つ。 「切れてる・・・ツウとかそう言うのが無い」 「お前たちも外を見たろ・・隣近所が何も無いって・・どう
考えりゃいいんだ」  その時電話が鳴り出す。 お互いに顔を見合すだけで誰も出ない。 稔が「早く出てよ」と言うと、要治が「俺が出る」と言って電話を
取る。

 電話の向こうからは敏夫さんの声で「そちら要ちゃん・・・要ちゃんのお父さんですか?」と言う声がした。 「敏夫さん!・・・ああ・・要治です。・・・親父じ
ゃなくて要治です」 「ありがたい・・・今ね・・品川なんだけど、あちこち電話してもどこにもつながらない。・・やっとお宅さんにつながったんだ・・会えないか
な?・・どこにでも行くよ。・・お宅に行くのが一番いいんだけど、お邪魔してはいけないかね。・・いま、品川の駅の公衆電話に居るんだけどね」 「思い切
って妙なこと聞くけど、切らないでよね。・・いまそっちへ平成何年?・・平成17年。西暦2005年ですか?」 「ああ・・あの・・なんか訳判んないんだけど
ね・・」 電話を掛けている敏夫の前を軍服姿の集団が通り過ぎて行く。

  ”私は品川から来ると言う敏夫さんを迎えに最寄の駅に向かった。 見咎められないように出来るだけ地味な服装を選んだ。 穏やかな風景だが、現
在とははっきり違う風景で、認めたくは無いが、やはり私が生まれる前の日本がアメリカや、イギリスと戦っていた時代・・・たぶん昭和19年の日本に私
は居るようだった。”

 車も、駅も、電車も乗客も、みんな戦争中の日本のようだった。 敏夫さんが駅を出て駆け寄ってきた。 「要ちゃん!・・この間のまんまだ。」 「敏夫さ
んも・・・」二人は手を取り合って再会を喜んだ。 敏夫くんは後ろに立っている少年を振り返り、「これ・・息子の新也ってね・・・新也・・こっち来い、まだ15
でね・・高校1年」 「そう・・・いらっしゃい」と要治が呼んでも返事も無く、少し頭を下げて横を向いた。 「お前はもう・・・挨拶一つ出来ないのかよ」

 三人は山を登って要治の家に向かった。 歩きながら敏夫さんが「参ったね・・・こんなことってあるのかね?・・・品川からこっち、大崎も大井も川崎も全
部が昭和19年だよ」と言い、さらに「年号を見るとみんな昭和19年、第二次大戦中に日本だよ。」と言った。  
 家に着いてから敏夫さんが話す「見栄を張ったってしょうがねえから言うけど、こいつ高校入って4日で後は学校行ってないんだよ、女房など疲れて、お
父さんのせいだ何とかしろって、毎日帰れば口げんか。・・おもいきって夕べ真鶴のつり船屋に二人で行ってね。親子二人でじっくり話したいから、釣り船
二人に貸してくんないかって借りたんだ、ところがこいつ船酔いで話どころじゃないんだよ。・・・船で真鶴の港に帰ってみるとがらっと港が地味になって
て、訳が判らない。 変な親父が出てきて、駐在さんを呼んでみんなに取り囲まれてしまった。 そのうち一人の爺さんがこいつの頭を見て、この非常時
にこいつの頭は何だ。・・戦地の兵隊さんにすまないと思わないのか。と言うんだ。おれは理屈抜きで直感したね、・・・訳は判らないけど、別の時代に来
ちまったって。・・調子合わさなきゃ逃げ道は無いって・・・それで、こいつを東京に連行しなきゃならないって叫んだよ。・・・外人だとか、スパイだとかの声
もあったけど、あんたらが言う立場じゃないって。・・・海軍省の特殊任務である。触るな、寄るなって訳の判らないこと言って逃げて、駅の窓口で切符買
おうとしたら、2円60銭とか言うんだよ」 「昔のお金なんか無いわよね」 敏夫さんが話している間も新也君は顔を横に向けて誰とも目を合わせようとし
なかった。 敏夫さんが続ける「駅長いるか!・・こいつ引っ張って駅長室に行って、このアノラックが証拠だ。・・・こんなアノラックを見たことあるかって目
の前に突き出した。・・・ナイロンなんて見たこと無いと思ったからね。・・このアノラックを置いていくから50円用立ててもらいたいって、・・もう必死よ」 そ
の時玄関のほうで「ゴメン、・・・ごめん」と声高く呼ぶものが居た。


 ドアが激しく叩かれた。「はーい・・ただいま・・」要治がドアを開けて顔を出すと、軍服姿の男たちが出口を取り囲んでいた 「お待たせいたしました」 兵
を率いる曹長(柳葉敏郎)が問う「ご主人か?」 「そうです」 「この家の建築は何年前か?」 「4年と5ヶ月ほどになりますが・・・」 「道が無い・・お宅へ
来る道が無い・・・道が無い家は奇妙なものです。 その上見慣れない自動車を置いておられる。 道が無くて自動車と言うのも不可解です」 「確かにご
もっともですが・・・」 「池田伍長!・・お前たちはこの山に何べん足を運んだか?」 「三遍であります」 「このお宅に気がつかないとはどこを向いて歩い
ておる!」 「はッ」 「犬を飼っておられるな?」 「はい」 「いまどきいいご身分ですな」 家族も、敏夫さんも家の中に隠れるようにして成り行きを見守っ
ている。 要治が答える「さる筋の匿名を受けて、極秘で新型爆弾を開発しております」 「さる筋とはどこか?・・」 「陸軍省であります。・・・極秘でありま
す。他言無用に願います・・・一見自動車に見えるこれも研究材料であります。・・・道が無いのが何よりの証拠であります。・・・」 「この先に高射砲陣地
を造ることについて何かお聞きか?」 「内々に連絡を受けておりました・・・これ以上の追求は不都合です。・・・極秘と申しております」 「いいでしょ
う。・・・陸軍省に問い合わせましょう」 「問い合わせても無駄です。 極秘なものを簡単に認めるわけがありません」 曹長は無言で敬礼をして立ち去っ
た。

 要治は敏夫さんに手伝ってもらって、裏山に穴を掘り家財道具を埋めている。 妻の紀子が「何か、戦争中って決めすぎてない?」と聞くが、要治は「念
のためだよ」と答え。 敏夫さんも「とにかくここらだけでなく、どこもが昭和19年だったんだから・・」と言う。 「あの兵隊明らかに疑がってた。・・踏み込ま
れたらどうなる?」 「正直に言えばいいわ」 「どう信じる?・・・家の中には昭和19年には無かったものばっかりだ。・・テレビから、パソコンから、DVD、
カメラ、洗濯機、掃除機そういうものをどうやって説明するんだよ」 「平成17年にはこうなんだって言えばいいわ」 「そんなことが通じるかどうかわかん
ないからあわててるんだろ」

 部屋の中ではみんながリュックサックに当面必要なものを詰めて出かける準備をしているが、新也君はジャンパーを頭から冠って部屋の隅に座り込ん
でいる。 敏夫さんが「新也・・お前荷物が少ないんだから何かを引き受けて持っていくんだ」と言うが動かない。 要治が「いいよ、新也君はこっちで用意
するよ・・」と言う。 敏夫さんが「信子さんは何詰めた?」と聞くと、「MDプレーヤーとラジオと携帯」と信子が答える。 すかさず要治が「そんなものは電
池が切れたら役に立たないんだ」と声を荒げるが「そんなものは裏に埋めて、今は生きるために一番必要なものを持っていくんだ。・・・下着とかセータ
ー、ズボン、ちり紙とか石鹸、ノート」と諭す。

 6人が荷物を持って山を降りる。 ”こうして、妻と子供たちはこの時初めて庭の外に出た。 本気になれないと言っていた妻も、広い住宅地が跡形も無
く消えていることに圧倒されたように、口を利かなかった。・・山を降りると改めて途方も無いことに巻き込まれたことを知った。・・このあたりは商店街であ
り、アパート、マンションがならび畑などまったくない街だったのだ。”

 6人は一軒の農家にたどり着いた。 農家の主人に泊まりの交渉をする。 主人は「ここなら一晩かしてやってもいいが」と言う。 「ああ、いいよね」 
「いくら出す・・・10円は貰わんとナ」 敏夫さんがいきなり主人の胸倉を掴み「おっさんよ・・俺たちはな、お上の命令でな自分の家を取り壊してきたんだ
ぞ・・空襲が始まったら東京の下町は家がびっしりで逃げる場所がねえ、空き地を造れって、無理やりみんなのために自分の家を捨ててきたんだぞ。・・
そう言う人間に同じ日本人がカネを取るのかよ。・・たった一晩のことでよ」と迫る。 「本当に一晩だろうな・・・」 「握り飯12と沢庵とお茶を用意しろ・・・
その分はただとは言わねえ。カネを払ってやる」 

 6人がローソクの明かりの下で夕食を取る。 敏夫さんが聞く「稔ちゃん・・・おじさんの事恐くなったかい?。・・人間弱い時は強い振りをしちゃうんだよ
ね。・・持ってるものも少ないからなるべく節約しなきゃいけないし、強い振りしないとすぐに無くなっちゃうもんね」 「うん」 要治が言う「もし・・今が、昭和
19年の9月だとすると、戦争が終わるのが、20年の8月15日だからね、・・後1年近くある。」 妻が「よして・・そんな話」と言う。 信子が「でもこんなの
始めてね・・・何んて言うか・・キャンプみたい」と、言うと稔も「たまにはいいよ」と言い、敏夫さんも「ほんと本と・・ちょっと臭いけどナ」と言う。

”その夜、敏夫さんと私だけでもう一度家に戻った。 「レオ・・遠くに行くんだぞ」といって、犬の鎖を取ってやった。 チーズとかビタミン剤とか忘れていた
ものをカバンに詰めた。 「空襲記録・東京焼亡日記」を本棚から取った。 電気は切れていたが静かだった。 これなら何もあわてて家を出ることは無
かったかもしれないと家族にすまない気がした。”

 「何してるの?・・」観ると敏夫さんが部屋の中にガソリンをまいていた。 「裏に石油があったからね・・」 「だからって何?」 「要ちゃん・・これはただ事
じゃないよ」 「そう思ってるさ」 「だれかがこのうちに入ってきたらどう思う。・・全部新建材だし、テレビはあるし、パソコンはあるし。・・俺たちはよほど怪
しいものだと思われる」 「だからって家をどうするのよ」 「俺はね、もう大勢の兵隊を見ているんだよ・・昭和19年の日本からそう簡単に平成には戻れ
ないよ」 「戻れるかの知れないじゃないか、・・この家手に入れるのにどんなに苦労したと思ってるのさ」 外で犬の鳴き声がするので窓の外を見ると、無
数の懐中電灯が揺れながら山を登ってくるのが見えた。 敏夫さんはマッチを擦って石油の中に投げ込んだ。 一面が火の海になった。 「敏夫さ
ん!・・・」 「逃げなきゃ・・」 二人は裏口から逃げた。 兵隊たちが家のドアを叩いた。 昼間来た曹長が「ごめん!・・」と呼ぶが返事がない。 「展開せ
よ」との曹長の合図に、兵が口々に「展開」「展開」と声を出して配置に着いた。その時、家の中から火の手が上がった。 「突っ込め!・・・撃て!」曹長
の合図で一斉に室内が射撃された。 二人が逃げていく前方から「山が火事だ」 「鉄砲の音がした」と村人が駆けてきた。 畑の脇に隠れていると敏夫
さんが「要ちゃん・・トラックがある」と言う。 「キーもある」と言って荷物を荷台に放り込んだ。 「これ、軍のトラックでしょ。捕まったら命に係わるよ」 「何
を言ってるんだ。火が収まったらこの辺はしらみつぶしだぞ」と言って敏夫さんは運転席に乗り込んだ。 「軍隊を敵に回しては・・・」 「とっくに敵に回して
るよ」 トラックが走り出した。 要治は「ああ・・ちょっと待って、敏夫さん」といってトラックにすがりついた。 家族のところに行って、荷物とみんなを乗せ
てトラックは夜道を走った。

 ”トラックはひどく揺れ、追って来る車はないかと緊張した。 その晩は我が家が燃えていることを家族には話せなかった。”


 立川でバーだった家をほんの少しの間と言うことで借りた。 敏夫さんが「しかし、こんなふうにいつまでも逃げてばかりも居られないよな」と言った。 要
治が「国民総動員だからね」と言うと妻が「総動員?・・」と尋ねた。 要治が「本を見ると男は12歳から60歳、女は12歳から40歳までみんな国民登録
をしなければならない」と言うと、妻が「区役所か何かに?・・」と聞いた。 「それをやらないと衣類も食糧も配給を受けられない。・・すごい物不足、食糧
不足だから・・・配給を受けないと生きていけないみたいだ」と、要治が答えた。 「しかし、登録するには戸籍謄本とか、転出証明とかが要るだろう。・・稔
ちゃんが学校に行くんだって前の学校の成績証明とか・・・」と、敏夫さんが聞いた。 「稔を戦争中の学校へ?・・」 「嫌だよ俺・・」 「訳わかんないよな、
戦争中なんて」と要治が言った。 敏夫さんが息子に言った「新也!・・良く聴いておけよな。この時代はな、ボロだすと半殺しだぞ」 「敏夫ちゃんはおじ
いちゃんの話あるからいいけど、こっちは親父はなしたがら無かったからな」 敏夫さんが言う「一つ思い出したこと言うとな、信子ちゃん達・・パパ・ママと
いうのは辞めなきゃいけない。・・この時代はアメリカは一番憎い敵だったからね・・・敵の言葉は使わないんだよ」 要治が言う「それから、・・日本は来年
の夏に負けるんだけどね。」 「負けるなんて言っちゃいけないのよね」 「そう、こんなに何にも無い日本になっても、大半の日本人は負けるとは思ってな
かったらしいんだよ」 「絶対に勝つと言ってないと何をされるか判らない」 こんな話にも新也君は加わらず隅で黙ってうつむいていた。

     ♪♪ エンジンの音ごうごうと 隼は〜ゆ〜く 雲〜の〜はて・・♪♪

 ささやかな夕食が始まった。「さあ・・ご飯、ご飯と言うほどのご飯じゃないけど、・・・」 「かぼちゃと芋ばかりの時代だったと言うんだから、・・・」 「そう
よ、白いご飯はご馳走なのよ少しだけど」 「ダイエットにはいいけど」 それまで黙って立っていた新也君が、さっと手を伸ばして芋を取った。 敏夫さん
が怒った「新也!・・」 「いいよ、敏夫さん・・」 「よくないよ・・戴きますと言え!・・新也!」 横を向いて返事もしない新也君に代わって妻の紀子が「戴き
ます」といった。 みんなが次々に「いただきます」と言って芋を手にした。

 夜の部屋の中。 「一日水ばかり飲んでるな」と要治が言い、妻が「血がさらさらになっていいんじゃない」とおどける。 敏夫さんが「この水飲むと平成
に戻ってるんじゃないかと思うんだけど戻らないね」と言う。 「戻っても家焼いちゃったからな」と要治が言う。 「それでも戻りたい」と紀子が言う。 「家、
燃やしたことについてはやりすぎだったと思ってる」と敏夫さんが謝る。 「燃やさなかったらなぞだらけの家だもの」と要治が言い、「どう思ってるんだろ
う」と紀子が言う。 「考えたってしょうが無いよ、俺たちに罪は無いんだから」と敏夫が言う。 「敏夫さんの奥さんと娘さんどうしているだろう」と紀子が言
う。 「どうしているにせよ、俺たちよりましよ。・・・前にも言ったけど、新也のことやなにかで、うちはもうぶっ壊れかけてたからね。・・・ほっとしてるんじゃ
ないの」と敏夫が言う。 そのとき、外の通りで自転車の止まる音がした。 「しーッ・・・ここはおれがやる、要ちゃんは隠れて・・」と敏夫さんが言った。 ド
アが叩かれる。 「駐在の者んだ」 「はい・・・ただいま」 要治と紀子が隣室に逃げる。 「これは何事でしょうか?」 「どこから来たかね?・・どういう転
入かね」 「転入じゃありません。・・・信州へ疎開が決まりましてね。 ところが新宿で大事なかばんを盗まれましてね」 「盗まれた?・・何お?」 「だから
全部です。 転出証明から、強制疎開証明から戸籍抄本に郵便貯金通帳とか」 「家族構成は?」 「女房と子供3人、・・男女男の順で・・」 「もう一人大
人の男が居ると聞いたが?」 「あれは同情して、ここまで荷物を持ってくれた人で、とっくに居ません」 巡査は同行してきた曹長に「この男・・どうです
か?」と聞いた。 じっと敏夫をにらみつけた曹長は、部下を引き連れて室内につかつかと入り込んだ。 紀子と稔と紀子が、さらに新也が出てきて、
順々に「こんばんわ」と挨拶した。 「これで全部です。・・とにかく米が無いと旅館も泊めないというので、再発行まで安くね。・・・永い事空き家だって言う
もんだから」 巡査が「どうですか?・・似てますか?」と聞いた。 曹長は「いや、人違いのようだが・・・」と言った後で命令した。 「磯村二等兵!・・二階
を捜索!」 「はい!」 「岸田二等兵!」 「はい!」 「奥と裏だ!」 兵たちが室内の捜索を始めた。 要治が隠れていた物置のカーテンを岸田二等兵
(金子 賢)が引いて、懐中電灯の明かりが顔に照らされた。 階下から曹長が「磯村二等兵!・・」と呼んだ。 「はい!・・ただいまのところ異常ありませ
ん」 「岸田二等兵!・・」 「ハイ!・・裏にも奥にも誰も居りません!」と兵は言ってカーテンを閉めた。
 
 "兵隊の目には、何かひどく深い投げやりのものがあった。・・その前後の日本はろくなことが無かった。 6月にサイパン島を取られ、8月にテニアン、
グアムを取られ、守備隊も民間人も大半が戦死した。 10月にはアメリカ軍はフィリピン・レイテ島に上陸、日本の連合艦隊は殆ど消滅したに等しかっ
た。 10月の25日には第一陣の神風特攻隊が出撃している。 しかし、新聞やラジオはまだまだ負けは大したことは無いといっていた。 最後には日本
が勝つのだと言っていた。 その頃の私たちは、ただもう生きていくのが精一杯だった。 父から貰ったレア物のスイス時計を手放して、戸籍係から偽造
した謄本を手に入れ、私たちは国民登録をした。 その結果、妻は竹槍でアメリカ兵を突き殺す訓練を隣組の人たちとしなければならなかった。 信子は
郵便局へ勤めだした。 新也君と稔だけは家に居た。 あれから中野、板橋、新大久保と転々とし、今は荻窪の借家で二人だけは病気と言うことにして
家に居る。 この戦争がどういうものかも、翌年どういう結果で終わるかも100も承知で居ながら、私たちには何一つ出来ることが無いのであった。”  
 昭和19年(1944) 秋。 

         
     ”平成17年から持ってきたものはもうほとんど無かった。 食べるものは乏しかった。”

 夕食時、妻が「ご飯です」と要治を呼んだ。 続いて「敏夫さん。・・新也君ごはんです・・。信子も寝てないでご飯ですよ」とみんなを呼んだ。 ごろ寝をし
ている娘に要治が「信子・・・仕事は大変か?」と聞く。 信子は「だるくて・・・」と寝転んだままで答える。 だるそうに起き上がって「今ね、丸久とかデパー
トとか、スーパーを思い出してたの・・・ほんとに何でもあったわね」と言う。 「そうね」 「チョコレートなんてこんなに並んでて、シュークリームだってケーキ
だっておすしだっていくらでもあって・・」と信子が言うと、妻が「着る物だってね・・・」と言う。 「冷蔵庫には卵も牛乳もいつだってあったし・・・」 突然稔が
「そんな話することないだろう・・」と、泣きながら信子に掴みかかる。 要治は「よし・・よし・・思い出したくないよな」と言って、膝の上に抱いてやる。 敏夫
さんも「昼飯は芋2本、夜はスイトン1杯だもの、平成に生まれた子にはたまらないや・・」と話す。 みんなが食事のために丸い座卓を囲み席に着く。 
「新也君ご飯ですよ」と妻がまた呼ぶ。 敏夫さんが「あいついいんだ・・」と答える。 「どうして?・・」 「あいつ・・出て行っちまったよ」 「どこへ?・・」 「あ
のばか、書置きを置いてね」 「だって、さっき居たのよ」 「俺が部屋に入っていったら、ぱあっと立ってさ、これをほおり投げて、出て行っちまったよ」 
「だって・・追い駆けなくっていいの?・・」 「いいんだよ・・・見てよあのバカ」 要治が手紙を広げる。 「そうか・・・ I walk alone 新也 」 「どういう意
味?・・」 「一人でやっていくって意味だよね」 「追い駆けなくていいのかね・・」 「あいつも16だからね・・・そのくらいの根性あったほうがいいよ。・・・あ
いつがその気なら行かせた方がいいよ」 

 ” I walk alone 新也 ・・・ほとんど口を利かなかった新也君は、十分孤独だと思っていたが、もっと一人になる必要があったのだろう。 しかし、昭和
19年の日本をどう一人で生きていくのだろう・・。”

 ある朝。要治が台所に行って妻に話す「さっき敏夫さん玄関から出て行った?。・・今頃追い駆けてもその辺には居ないだろう。・・・眠れないよなあ」 
「仕ようがないでしょ・・・行っちゃったものを・・あんな変な子何処かで苦労したほうがいいのよ」 「しかし、敏夫さんの身になれば・・・」 「敏夫さん、敏夫
さんって・・私の身にはならないの?・・このご飯見てよ。・・お米足りないから、初めて豆カス混ぜたのよ。・・豆カスって判る?。・・大豆の油を絞ったしぼ
りカスよ。・・なんの栄養も無い。・・敏夫さんだってパパだって言うに決まってる。」 「言うもんか・・」 「わたしだってね、何か味をつけようと思ったわ
よ。・・でもお塩があるだけ、醤油は代用醤油で辛いだけ、お砂糖もない、お味噌も無い。これでどうしろって言うのよ」 「梅干があればいいよ・・」 「梅干
だってやっと手に入れたのよ。・・あと四日で終わりよ」 「判った」 「判ったじゃないわよ。 お米とお芋を買ってくれば後は私が何とかすると思っているよ
うだけど、こんな何にも無い時代に売るものも無くってどうしろって言うのよ。・・石鹸も無い歯ブラシも無い、シャンプーやリンスなんて影もない。 油も無
ければお酢もない。 ガスは弱くてちょろちょろして停電は毎日」 「そんなことは判ってるよ」 「判ってない!・・本当にはわかってない」 「俺と敏夫さんが
のんきに工場に通っていると思ってるのか?」 「思ってるわよ!・・こっちは配給の月払いを先月も今月もおっつけられて、配給所から運んできて、隣組
12軒分を人数割りにして、うちは魚は4人分でイイだろうなんて組長は平然と言うのよ。 病人は要らないだろうって・・それってどういう神経。・・働かない
人間は食べるなってこと」 「大声を出すな・・」 「ご近所付き合い全部私に押し付けて呑気なもんよ」 「俺は毎日殴られている!・・・敏夫さんもだ・・・た
だ、活をいれると言うだけで・・・気まぐれに殴られてる。・・・自分のことばかり言うな」 足早に要治が立ち去った後、紀子は座り込んで大声で泣いた。

 "稔はさらに一人になった。(稔が玄関の戸をすこしあけて、外でメンコなどをして遊ぶ子供たちをうらやましそうに見ている)しかし、戦争中の教育を受
けるよりはいいだろうと言う気持ちは変わらなかった。 稔のうらやんだ小学生たちもまもなく親元を離れ、先生に引率されて農村へ疎開して言ったのだ
った。 集団で飢えといがみ合いの中で暮らすより、孤独でも両親との暮らしのほうがましだと思ったが、子供がそうばかりは思えないのも仕方の無いこ
とだった。(稔がストレスから障子など破いて暴れた)”

   ♪♪ こんなこといいな 出来たらいいな あんな夢 こんな夢 いっぱいある〜けど みんなみんなみんな         かなえてくれる  不思議な
ポッケが叶えてく〜れる ♪♪

       ”東京への初めての大空襲は、昭和19年11月24日だった。”

 空襲警報解除のサイレンで、裏庭に掘った防空壕から出て敏夫さんが言った「気味が悪いほど本の通りだな」 要治が「本にな、信子・・・東京の大空
襲は昭和19年11月24日、東京に初めての大空襲とあるんだ」と本を広げながら言う。 「ぴったり11月24日だもんな」 「ここいらはやられない」 「や
られたらこんなもんじゃ防ぎよう無いもん」 妻が「稔も信子も体が痒いって言って、すぐにおできになって・・・栄養失調よ・・」 「また川越あたりに買出しだ
な・・」 「卵・・こどもの分だけでも手に入るといいんだけど・・・」 「そうだな」 

 要治と稔が買い出しに農村に行く。 要治が農家を尋ねて老婦に言う。「失礼いたします・・・お芋か、出来たらお米少し分けていただけないでしょうか」
 「ねえよ・・」と言って顔も見ない。 「あれ大根ですよね」 「お目えらの根性はわかってるのだから」 「何のことでしょうか?」 「芋がほしくていい顔して
るが、内心はこの田舎者と思ってるんだろうが・・・」 「いやあ・・思っていません。」 「東京者んに売るような物は、なあんもねえだ」老婦はそういって立ち
去った。

 ”闇の米や芋を農家に買いに行く時くらい、稔を外に出さなければと思い連れ歩いた。 しかし、なかなか売って貰えないと、私はどうしても子供には聞
かせたくないような卑屈な男になった。 稔はほとんど口を利かなくなった。・・この子は内心私を軽蔑しているのではないか?。失望しているのではない
かと言う想いがよく私の胸を刺した。平成の時代をあわてて捨てて、おとなしく戦争中に適応し、芋を買いに行くだけの父親”

 「ああ・・ちょっとだめだ。・・ものすごく疲れた。・・・すこし休む。・・急に馬鹿に重たくなった」要治は帰り道、街灯の薄明かりのさす橋のたもとで座り込ん
だ。 稔もそばに座った。 「寒くないか?・・よく歩いたな。・・・一つ聞いていいか?・・・左手に何持ってる。・・・時々左手を開いてみてるだろ」 稔は握り
締めた左手を隠した。 「お父さんには内緒のようだけど・・何持ってる?・・・怒ったりしないよ」 稔が握り締めた手をそっと前に出して開いた。”ドラえも
んのキーホルダー”だった。 「そんなもの持ってたのか?・・」 稔はあわてて手を引っ込めた。 「いいさ・・・プラスチックなんか誰も知らないし。・・・一つ
ぐらいこの時代に無いものを持って居たいよな。・・・一度観ると又観たくなるなあ・・・もう一回見せてくれ。」 稔が手を広げて差し出し、要治がつまんで持
ち上げる。 「いいよな、どこでもドアであの家に帰りたいよな。」 「テレビ観たい・・・ゲームも」 キーホルダーを返しながら「そうだよな」と答える要治。 
「学校も・・コンビにも、ドッチボールも」 「ディーズニーランドもな」 「そこまでは言わないけど」 「言え、言え何んだって言え・・」 「だったら、シュークリー
ムにハンバーガー」 「それは言いすぎだ・・・」 「自動販売機にジュース」 「それはすごい贅沢だ」 稔が声を出して笑った。 要治も声を出して二人が大
笑いをした。


      昭和20年(1945) 元旦。 家々の玄関に日の丸の旗が掲げられた正月。 

 朝の食卓に全員がそろった。 妻が「敏夫さん・・・」と新年の挨拶を催促した。 「いや・・それはやっぱり要ちゃんがやらなくっちゃ・・」 「そんなこと無い
よ・・お正月お汁粉で何とか格好がついたのも敏夫さんのお陰だし・・」 「そうよ・・お父さんじゃ、お餅や小豆なんてとっても手に入らないもの」 「そうだ
よ」 「そんなことはないけど、お汁粉さめちゃうし、早く食べたいし・・・ええ・・去年はほんとに飛んだことで・・みんなご苦労様でした。・・・今年も8月15日
までまだ戦争だけど、幸いここらは空襲でやられないことは判ってるし、なんとかがんばって生き抜きましょう」 妻が「新也君も何処かでお餅食べてると
いいけど・・」といい、要治も「向こうに居る奥さんも娘さんも・・・」といいかけるが、敏夫さんが「それは、もう言いっこなし」と話をさえぎった。 敏夫さんが
「あけましておめでとうございます」といい、続いてみんなが「おめでとうございます」と頭を下げた。 「いただきましょう」と敏夫さんが言うと、またみんなが
「戴きます」と手を合わせ頭を下げた。 「あま〜い・・お汁粉ってこんなに美味しいものだったんだね」と信子が言えば、稔も「もっと昔食べておけば良か
った」と言った。 一人一個づつのお餅に満足した。

        ♪♪ ひ〜とり酒場で の〜むさ〜けは わ〜かれな〜みだの ♪♪

 夜、敏夫さんが巻きタバコを作りながら口ずさむ。 「こんな唄も無かったよね」と針仕事をする紀子さんに話しかける。 「唄ってはやらせちゃおか・・・」
と紀子さんが言えば、「それいいね」と敏夫さんが言う。 「俺たちが知らない歌が5万とあるもんね」 「天才作詞作曲家になっちゃうかもよ」 要治が部屋
に入ってくる。 「ちょっといいかな・・・」 「何よ?・・」 「ここのところしばらく考えてたんだけど、俺たち何とかバレないでこの時代を生きてるよね。・・・そ
れだけでも大変だと言われりゃそのとおりなんだけど、それだけで良いんだろうか?」 「いいも悪いも、どうしようも無いじゃない」と敏夫さんが言った。 
「僕たちすごくいろんなこと知ってるんだよね。・・今、勝ってる勝ってるって言ってる大本営発表が嘘だってことも、敗戦になることも、マッカーサーが厚木
に降りて来ることも」 「今になると嘘のようだけど・・・」 「でも・・それ事実でしょ。・・・ベトナム戦争もブッシュも同時多発テロも日本がどうなるかも、ベル
リンの壁もイラクも、ものすごくいろんなことを知ってるんだよね。 こんなこと珍しいと言うか、驚くべきことでしょ・・・何もしなくて良いのかな?。・・・ただ、
みんなの中に混ざって生きてるだけで良いのかな?・・・それじゃあ、こんな目にあってる甲斐が無いんじゃないかな?・・・何か出来ることあるんじゃない
かな」 「平成の匂い消してさ、綱渡りみたいにヒヤヒヤ生きてるんだよ。・・この上何が出来ると言うのよ」 「例えばね、3月10日のことを俺たち知ってる
よね、・・・下町の大空襲。 9日の夜中といったほうがいいのかも知れないけど
10日の夜明け前、10万人以上の人が死んじゃう大空襲が下町であるんだよね」話しながら要治が「空襲記録・東京焼亡日記」を敏夫さんの前に置い
た。

 「そのこと知ってるの俺たちだけじゃない。・・・なんとかそれを下町の人に知らせて、少しでも非難させること出来ないかな。・・・みすみす10万もの人が
死ぬのを見過ごすの情けなくないかな。・・いくらかでも食い止めること出来ないかな。・・・とにかく平成から60年もバックして昭和に居るんだ。・・何にもし
ないの悔しいじゃない。・・・そうじゃないかな」 妻が「そうね・・・本当そう」と賛同してくれた。 「やろう・・・お父さんやろう。・・・私も何かやらなきゃ、こんな
時代生きてるの堪らないと思っていたの」 「そんなに無茶言ってるかな」 「反対?・・」 敏夫さんは「そうじゃない・・・賛成だけどね、容易なことじゃない
よ」と、言う。 要治は「判ってるさ、・・でも、やってみる値打ちあるだろ。・・例えば広島だって、長崎だって俺たちは事前に知らせることが出来るんだ
よ。・・・手始めに3月10日を試してみようよ。・・・結果10人でも20人でも助かれば、こんな目にあったのも無意味じゃなくなる」と言った。 敏夫さんが
「ただ、昔を変えることになるよね・・・死んだ人が今度は助かるとか」と言う、妻は「どうせ変わってるんだもの・・私たちがこの時代に生きてることが、だ
いたい理屈に合わないんだもの。・・・やってみよう敏夫さん!」と言った。 「どうやる?・・・」 要治が言う「ほら、このごろ迷信がはやっているだろ・・・朝
飯をらっきょだけで食べると弾に当たらないとか、金魚を拝むと爆弾が避けて通るとか。・・・みんなそう言うことに左右されている。・・・だからこっちも正確
な情報って言うのじゃなくてね」 妻が言う「占い師が言っている。・・・良いんじゃない」 要治が続ける「そう・・有名な占い師が、何度やっても同じ卦が出
る。・・・それは3月10日の夜明け前。 東京の下町の大空襲だって・・・・」 「それいい・・・絶対」 敏夫さんが「どうやって流す・・」と心配する。 「どうやっ
てったって・・下町に行ってさ」 「誰かを捕まえてしゃべる・・・しかし、それは簡単じゃないよ」 「知らないやつが急に来て、そんなこと喋りゃあ、みんな怪
しむだけだよ」 「でも、例えば外食券食堂とかで、ちょっと周りの人に話すとか」 「そうだよ」 「こんどの休みに二人で行ってみるよ・・どの位出来るかや
ってみるよ」と要治が言った。 「いけるわよ。・・・きっとうわさ広がるわよ」 「正直、そこまで賛成してくれるとは思ってなかったな」 「するわよ・・・息が詰
まりそうだったの、何か出来ないかとずっと思ってたもの」 「そうか・・」 
 敏夫さんが外に出て、「何で?・・なんで俺は、女房と一緒じゃないんだよ」とこぶしを電柱に叩きつけていた。


 ” 出かけたのは1月7日だった。 厩橋で隅田川を渡り、本所の外食券食堂に入った。 なにより当惑したのは、みんなひどく不機嫌で、急いでいるこ
とだった。 とても世間話を始めると言うような空気ではなかった。 (みんな黙って黙々と食べている) 情けないことに、私たちはたった一人にさえ話し
かけることが出来ずに、夕方を向かえて仕舞ったことだった。”

 二人が夕方の神社の境内に来ている。 「あーあ・・へこたれた。・・こんなに難しいと思わなかった。・・二人とも実は人見知りだもんね」 「ああ・・・」 二
人は並んで石の上に腰を降ろし、水筒の水を交替に飲んだ。 「しょうがないな・・・いい年して・・・」 「昭和へ・・・戦争中に来て、こんな風に二人で居るこ
とは無かったな。・・・苦労してるな・・」 「パパもね・・・」 二人は顔を見つめあった。 要治が紀子の肩に手を回し引き寄せた。 紀子は要治の胸に顔を
埋めた。 夕日が真っ赤に燃えて遠くへ沈みかけていた。

 夜の部屋の中。 敏夫さんがたくさんの紙を束ねて持ってきた。 「何これ?・・・」 「悪いけど、二人がうまくしゃべってくるとは思えなかったんだ。 俺な
りに元旦から色々手を回しておいてね、・・これ400枚、半分に切れば800枚。・・」 要治が「チラシか?・・」と、聞く。  「そうチラシ・・・これ郵便受けに
入れていくんだよ。」 「良くこんなに紙、手に入ったわね」 「要ちゃん、文章考えてよ。・・みんなで手分けして書こうよ。」 「書くの?・・」 「こんなもの印
刷出来る訳無いじゃない」 「ガリ刷りって言うの、ガリ版て言うか・・」 「どこで借りたって目は光ってるよ。」 要治も「書こうよ。・・信子も稔も書くよ。・・・
書いたほうが気持ちも通じる。・・・さすが敏夫さんだよ」と言った。 信子と稔を呼んで「お父さんたち、やろうとしている事があるんだ」と言った。

 ”私たちは書きに書いた。 信子も稔も黙って従った。 私たちは800枚の紙に3月10日の空襲についてのうわさを書き、手分けして三軒おき五軒お
きというように配った。 人目を避けるのは難しかったが、1枚1枚大切に、空襲のあるはずの深川、本所、浅草、日本橋を配って歩いた。 平成から持
ってきた本に、ある人の日記の引用があり、ちょっと信じて貰えそうな事を書くことが出来た。 それは3月4日は雪。 3月6日は雨という事実だった。 3
月4日と3月6日の天気に気をつけてほしい。 もし予言どうり雪と雨だったら、3月9日の空襲を信じてほしいと書いたのだった。 全部配り終えたのは2
月の12日だった。 それまでに噂はかなり広まり、私たちを捕まえようと警官や、警防団が通る人を調べたりするほどになっていた。” 

 川のそばのベンチに腰を下ろし、敏夫さんが要治に話す「これは逃げるよ。・・・3月9日の夜にはかなり逃げる人が居るよ。 やってみるもんだな・・そ
この人に聞いてみようか」 「何を?・・」 敏夫さんが近づいて「おじさん・・」と声をかけると、男は食べていた握り飯を隠して「ねえよ・・・これしかねえんだ
から・・」といった。 「芋じゃないよ・・芋じゃない・・このところね、・・何か・・3月10日にすごいのがあるってだいぶ噂流れてるでしょ。」 「だから何?・・」 
「いや・・ほんとかな、なんて二人でね話してててね・・」 「本当のわけ無えだろ・・つまらない噂を流しやがって・・」 敏夫さんが言う「しかし、地震とかと違
って、空襲は人がやるもんですからね」 要治も言う「米軍の予定がもれたのかも知れないし・・」 「よしんばそうだとしたってよ、あんな噂流されちゃ逃げ
られないじゃないか」 「えッ・・どうしてですか?・・」 「毎日回覧板だの警察だの組長などが言ってきてよ・・」 「何と言って来てですか?」 「根も葉も無
いことを信ずるな・・あんな流言飛語で動揺するものは非国民だ。 9日に逃げ出すようでどうして勝てるんだ。 みんなが牽制し合って逃げるに逃げられ
ねえや・・・」 「じゃあ・・誰も逃げないかも知れないの」 「噂のせいで逃げられないというのですか?・・」 「それはいけない・・・それは無いよおとうさん・・
いいですか3月10日の空襲は必ずあるんですよ」 「ああ・・必ず有るんだってさ」 「なんだ、お前ら・・」 「信じてください。・・上の公園は大丈夫だよ・・あ
すこに逃げた人たちは助かってる」 男は急に立ち上がり要治の胸倉をつかんで「お前らか!・・あんな噂流しやがったのは・・」 敏夫さんが「そうじゃな
い・・」と言うが、要治は「そうです。・・必ずあるんです。・・必ずあるんです」と訴える。 「おおい・・噂を流したのが居たぞ!」と大きな声で仲間に知らせ
た。 敏夫さんは要治を引っ張って必死で逃げた。 用水槽の影に隠れて「こうなったら、口で言うしかないな」と要治が言った。 「口で?・・どこで?・・」 
「外食券食堂があったはずだ」と言って要治が立ち上がった。 「何言ってるの・・無防備に何か言ってどうするの?・・」

 二人が外食券食堂にやって来た。 止めようとする敏夫さんを振り切って要治が話す「皆さん・・これは噂ではなく、確かな情報です。・・大本営も把握し
ている情報です。」 みんなが食べるのを辞めて要治の話に注目した。 ひとり振り向いた男の目が光った。 特校の曹長であった。 「3月9日の夜、10
日の夜明け前・・・これは極秘情報です・・ここらは火の海です。・・・3月10日は火の海です。」 曹長が立ち上がって「お前だッ!・・」と叫けんだ。 店の
中は大混乱となった。 「これは噂じゃないんです・・本当なんです」 店の中は大混乱となった。
                    
 二人がやっと我が家に帰って来た。 「ただいま」 「どうしたの?・・」と妻が出迎えた。 「ちょっと殴られた。・・」 「お父さんも・・」 「ああ・・もう大丈夫
だ」 「さっきね・・30分ほど前、新也君帰ってきたの。 「新也が・・・」 「元気か?・・無事か?」と要治が聞いた。 敏夫さんが二階の部屋に駆け込ん
で、「バカやろう・・・どこに居た!・・お前!」と怒鳴った。 新也君は正座して威儀を正し、無言で深々と頭を下げた。 「ご心配かけました・・」と言った。 
敏夫さんは「なんだ・・・」と言ってそのまま座り同じく正座した。 「新也君、すっかりかわったのよ」と妻が言った。 「お帰り・・・」と要治もそばに来て座っ
た。 「いろいろ、ご迷惑をかけました」 「どこに居た?・・・何してた?・・」と、敏夫さんが聞いた。 「戦闘機の部品を作る軍需工場で働いていました」 
「そうか・・よく雇ってくれたな・・」 「身元なんかどうでもいい。 問題は国のために命を駆けて働く気があるかどうかだ。・・・と、言われました」 「そう
か・・・」 「みんなお国のために死ぬ気で働いています。 引きこもりだとかなんだとか、学校に行かなきゃクズみたいに言う時代とは大違いです。・・自分
は1月に月間増産表彰を受けました」 「すごいじゃないか・・」 「お父さんたちは、まだつまらないことを言ってるそうでね・・・」 「つまらないって・・」 「国
のためにみんなが真剣になっている時、ぐずぐず言ってるやつは親でも俺は許せません」 「ちょっと・・お前!」 「おじさんはどうですか?・・国のために
死んでいく人を笑えますか?・・」 「笑えやしないよ・・」 「でも、馬鹿な死に方だと思ってるんじゃないですか。・・つまらない戦争だって・・」 「そんなことは
言ってないよ」と要治が答えた。
 「言ってるわ!・・つまらない戦争だって・・・」と言って信子が部屋に入って来た。  「だって今、こんな戦争で命を落とすのは・・・」と言う要治をにらんで
信子が「私だって堪らないわ」と言った。 妻が「ノブ・・子」と言って顔を見る。 要治も「どうした?・・」と顔を見る。 「みんな一生懸命国のために戦ってい
るのに、こそこそ・・つまらない戦争、馬鹿な戦争って」と信子が言った。 「みんなね・・人間一生懸命やっては居ないよ。 サボるヤツも居れば、儲ける
やつも居るし、こんあ戦争って小声で言ってるのはいくらでも居るし」と敏夫さんが言ってるのをさえぎって、「そんなヤツのほうがえらいんですか?」と新
也君が言った。 「えらいとは言わないけど・・」 信子が「米軍はどんどん空襲をして日本人を殺しているのよ」と言う。 新也君が続けて「そうです。・・そ
の敵を憎いと思わないなんてどうかしてます」言う。 「立ち向かって戦おうと思わないなんておかしいわよ」と信子が言った。 「そんなことをおまえた
ち・・・」と要治が言いかけた時、廊下に居た稔がかべや障子をばんばん叩き始めた。 「どうしたんだお前たち!・・」と要治が叫んだ。 「こんな時に仮病
を使って工場を休んで、ふらふらほっつき歩いて・・・」と新也君が言えば、「ほっつき歩いてとはなんだ?!・・」と敏夫さんが畳を叩いて立ち上がった。 
要治は「いいか、・・この戦争はな、8月になれば日本人全員がこんな戦争は間違っていたと気がつくんだ」と言うが、新也君は「やられればやり返
す!。・・・負けるもんかと言うのが何が悪いんです」と言い返す。 「そうよ・・プライドがあれば戦うわ」 「そんなことを言ってたら、いつまでも戦争は終わ
らない」と、要治は諭す。 「新也・・・どうしたんだ」と敏夫さんは聞く。 空襲警報を告げるサイレンが鳴り響く。 新也君が「空襲です・・・避難しましょう・・」
と言う。  「いや・・・ここらは大丈夫だ」と要治が諭し。 「ここらはやられない」と敏夫さんが言う。 「どうしてそんなことが判るのよ」と信子が逆らう。 
「本で見ている。・・本で確かめている」と要治が言う。 「冗談じゃないわ。・・・私たちは昔話を繰り返してるんじゃないわ。・・今を生きてるのよ」と、信子
が食って掛かる。 「避難しましょう。・・裏から出ましょう」と、新也君が立ち上がる。 「大丈夫だ・・ここらはやられるはず無いんだ」 「いいから逃げるん
だ・・避難するんだ」 サイレンが鳴り響く中で、すぐそばに焼夷弾が落ちて、燃え上がる。 

 火の海の中を人々が逃げ惑う。 低空で飛ぶ飛行機の爆音が、爆弾の炸裂する音が、悲鳴をかき消す。 足元に死体が転がり、建物が崩れ落ちる。
 必死で逃げ惑い夢中で走り続ける要治たちの後方で、何か恐ろしい爆発が起こり,強力な閃光の中で一瞬に全ての物が何も無くなった。





 

  ”歴史とは違う!。・・・これでは、歴史とは違う!。・・・・いったい何が起こったのか?・・ ” (要治は全身を焼けどして、瓦礫の間で気を失ってい
た。)

  ”瓦礫の中に何か黒いものが見えた。 やがてその黒いものが誰かの焼けただれた手だとわかった。・・・起き上がろうとしたが左腕が無かった。 血
液が身体からどんどん流れているのを感じた。 そこからたぶん血液が流れているのだろう。 いったい何が起こったのか?。  死体がやたらにまわり
にあった 見渡す限り瓦礫ばかりだった。  これではまるで関東全域がやられてしまっているようなものだ。 それから,妻や子供や敏夫さんたちの姿を
求めた。 しかし,みんな黒こげで,どれがどれやらわからなかった。 こんなことは,昭和20年、1945年の歴史にはなかった。 ・・いくらなんでも、こん
な東京全部がなくなってしまうような爆撃なんてなかった。 
 それから私は妙なものを見た。 あるはずが無いものを見た。 (無残に崩れかけて鉄骨だけが残った新宿の東京都庁ビルや半分だけ残った東京タ
ワー) 昭和20年に新宿の高層ビルがあるはずがない。 しかし、遠くに見えるのはそれらの残骸に観えた。 いったいこれはどういうことか?。 この一
面何も無い死の町の東京は、一体いつの東京なのか?。”

 要治は、そばで片手を高く上にのばしている男を見つけ,右手で全身を引きずりながらそばに行った。

 被災して、動けず目も見えなくなった男が居た。 「あなた・・あなた!」要治が方をゆすって呼びかける。 「水・・・水を・・」 「水はあげましょう・・捜しま
す。・・しかし、その前に聞きたい。・・・今は何年ですか?・・・昭和?・・・いや・・平成・・いや2000、西暦2000何年ですか?・・今年です。・・今年は何年
ですか?」 男の口がわずかに動いた「2000・・」 「2000?・・2000何年?・・」 「2000・・・」後は言葉にならず男は息絶えた。 

 放心したように,まわりを眺める要治。 荒廃した台地には瓦礫しかない。 空には,黒い雲の間から顔を見せている赤い太陽がある。 静粛のなかで
風の音を感じる。


    ”終わりに見た街は、おそらく原爆でやられた、西暦2000何年かの死の町東京だった。” 
        荒れ果てた焼け野原の町で要治も動かない人となった。

                 =  終わり  =


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