10-1-1「表層的照合」と「構造的照合」 |
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『医療事故』(朝日新聞社)の著者山内隆久氏(心理学者)(医療事故の心理学的研究)によると
『例えば、入院患者に薬剤が投与される場合を考えてみると、医師の書いた一週間分の処方箋どおりに薬剤を準備し照合するとき、
これは一つのルール(基準)による照合である(「定型照合」と呼ぶ)。ところが、「検査がある日はこの薬剤は除く」とか
「血圧を測って○○以上ならこの薬を加える」などと別の細かい指示が加えられることもある。
これは、複数のルールや臨時のルールを使う照合である(「非定型照合」)。
いくつもの書類やデータを見比べながら「非定型照合」するのは負担の大きな仕事である。
また、患者の名前や薬品名などは、書類に書いてあるものと一致しているかという形式的なレベルでの確認ができる(「表層的照合」)。
これに対し、その薬剤の作用が患者の症状や病歴からみて適切かという医学上の判断のレベルで照合すべきこともある(「構造的照合」)。
「非定型照合」が増えるとエラーの危険が増す。書類や指示は「定型照合」できるように、シンプルで分かりやすい形にする必要がある。
また、重要な確認は、「表層的照合」と「構造的照合」の両方で行いたいものである。医療者は、「構造的照合」ができるよう専門知識を深めることが必要だ。
場合によっては「表層的照合」しかできないこともあるが、その際は、照合を繰り返す、目で見るだけでなく口に出して確認するなどして、
とりわけ丁寧に慎重に照合することが必要になってくる』
いわゆる「内容的ダブルチェック」が必要だ、ということです。
これは当院でも「医師の指示」から始まり「看護婦の与薬・注射」でおわる「投薬のプロセス」ですこし実施されています。
私のところなんかへはよく「先生、薬この人には多いと思うんだけど…」とか「えっ、これ使うの?適応症にははいってないんだけど」
といったチェックが薬剤部からはいったり、「先生!経口薬と注射がダブってるよ」といったチェックが看護婦からはいります。
確信犯的に用法用量を「逸脱?」することもありますが「おっとっと!」ということも少なからず、です。
「ダブルチェック」
「ダブルチェック」というと「同じ文字が書いてあるか」とかいった形式的な場合が多いのですが
こうした「義務づけられてはいない」が「内容的なピアチェック」は
広げていきたいものです。
はっきりと「おかしい」と言えなかったら「ん?」とか「○○ですか?」と疑問形を「装う」という手もあります。
立場の上下に関係なく広げていけるかどうかは「ASSERTION/INQUIRY 」とか「CONFLICT」とか
「organizational culture」とかいったものに大きくかかわってくるのですが…。
(昨年のCRM-HFC seminarの資料を参考にして下さい)
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10-1-2 エラー率
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1/100×1/100=1/10000のエラー率という計算が成り立つか?
信頼度1/10の2人のダブルチェック1/10×1/10=1/100の信頼度という計算になってしまうか?
その違いはなにか?
この違いは「システム設計」や「人間工学」から説明されています。システムを効率的で機能的に運用するために、通常多重化、つまり二重系にしてその信頼を高めようとします。
二重系とは、例えば10回に1回壊れる部品をもう一個並列につないでおけばそのシステムが壊れる率は1/10×1/10で100回に1回の確率でしか壊れない勘定になり、
安全性は飛躍的に向上することになります。ところがこの二つの部品を直列につなげてしまうと壊れない確率は9/10×9/10=0.81となり
壊れる方の確率は 1-0.81=0.19 となりほぼ5回に1回は壊れる、という計算になります。
これは人間同士の関係でも同じだと言われています。
1/2の信頼性の二人が直列に組み合わされた場合の信頼性は1/2×1/2=1/4となり、並列に組み合わされた場合はエラー率が1/2×1/2=1/4ですから逆に信頼性は1-1/4=3/4となり3倍となります。
「ダブルチェック」する二人の関係は直列でしょうか、並列でしょうか?それを取り囲む「組織の雰囲気は」?
(チームワークのあり方、communication、TAGにもかかわってくると思いますがこれは別稿および昨年のCRM-HFC seminar資料)
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10-1-3 「先輩(上司)の仕事を部下(後輩)がダブルチェック
するとエラーの検出率が下がる」という事実
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これは想像がつきます。「あの人(先輩)がやったんだから間違いがないだろう」(依存・依頼)とチェックが甘くなったり、省略したり、
「(ん?と思うけど)きっと自分が間違っているのだろう」「言わなくとも気づくだろう」「言えない」(遠慮)など、と考えてしまいがちです。
これは東京電力HFでの実験結果です。
直接のダブルチェックでなくとも上司や先輩の行動や指示で「ん??」を発見したときの対応には悩みます(私も悩まれているのかもしれませんが)。
しかし、こと安全に関する問題に関しては勇気をもって指摘することが必要です。また指摘を受けたほうも「誰から言われた」とうけとめるのではなく
「何を指摘されたか」と受け止める必要があります (JAS CRM CONFLICT、ASSERTION)。
また処置などをする場合、実際の「作業」は後輩にさせて先輩は後ろから見ているようにしたほうが、全体を見て他の指示を出したり、
処置を見て誤りを指摘しやすかったり・・と、うまくいくことが多いといわれます。
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10-1-4 同じ思いこみ
:同じ環境でのダブルチェックは同じ人の2回チェックに近い?
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「チームで思い込み」をしてしまう誘因のひとつに「同じ環境」があります。前に上げたチェックの「遠慮」や「依存・依頼」などということがなくても
「同じ環境」で働いている状況のチームのダブルチェックの能力は落ちます。
「チーム全体の思い込み」「ここまでやったんだからという…」、またダブルチェック自体が目的になっていることもあります。
こんなときには「別の眼」が必要です。そのことに参画していなかった人、「考えの違う人」の眼です。
よそのひとからみると「何を騒いでるの!○○でしょ」ということはどんな世界でもあります。
典型的なのがスリーマイル島の放射能漏出事故です。
クリスマスツリーのように点滅する警報ランプに何が起こったかわからず当直員達がパニックになっているときに、
応援で駆けつけた別の運転員が簡単に「あれ?ここのスイッチはいってるよ」と指摘したことで事故は収束に向かったのでした。
別の眼です。またチームに必要なのは皆と違う考えをする人をいれることです。
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