Chapter.9「わたしたちはミスをするかもしれません」というステッカー
 
ある病院でこんなパンフレットとステッカーが考えられたそうです


私たちは医療ミスをするかもしれません
もちろんそうならないように最大限の努力はしていますが限られた人数では限界があります
もしかしたら私たちのミスで患者さんに重大な障害を与えてしまうかもしれません
そうならないよう、私たちの行動、もらった薬、点滴の種類を患者様自身も確認してください
(ここに点滴とか検査とかの内容が記載される)
 
○○科  ××号病室 ______ 様
ミスがおこったとき、最後にそれを防げるのは患者様自身の力だけです。
ご協力をお願いします。


 ご想像の通りいろんなところからのいろんなクレームが発生し最終的には実現されなかったそうですが、 ほんとうは本来のインフォームドコンセントや事故の防止という側から考えると
「最先端」の考え方だとおもいます。

 9-1 本来のインフォームドコンセント
 『インフォームド・コンセント』とは「患者と治療のゴールを共有し、 そのゴールを達成するために患者と共同で治療プランを作成するプロセス」といわれています。

 決して「癌であることを本人に言った」とか「○○のための説明と同意」、まして「危ないことをムンテラしておいた」などではありません。
 当院のマニュアルにあるように「患者さんと作り上げられるべきコミュニケーションの中核」であると思います。そこには「病気や治療に対する情報の提供」や 「患者の理解度や意思の確認」などの「繊細な問題」を「人間らしい感情表現」をもっておこなう、ということです。

9-2-1 事故の予防にも
 「事故」について考えると、医療現場と機械相手の現場とのもっとも大きな違いは、当然相手が人であるか物であるか、です。 これを生かさない手はない、と筑波大学の海保教授はいいます。以下『 』内引用です。

 『物とは対話はできない。しかし、人とは対話ができる。かりに、口がきけなくとも、その気になれば、相手の顔やジェスチャによる対話もできる。 この利点を生かせば、医療現場での人為ミスによる事故はもっと減らせるはずである。対話相手からの生身の応答によって自分のミスにつながるかもしれない行為がチェックできるはずだからである。 一言「田中さん、A型を輸血します」と声をかけるだけよい。

(中略)

 対話環境をより良質のものにするためには、医師・看護婦(士)と患者との間に情報の共有が、まず必要となる。  なぜ、その医療行為がその患者に必要なのかを、行為の大小を問わず、また行為のたびに、十分に説明するようにしてほしい。


9-3-2 「静かすぎる病院」〜情報の共有とコミュニケーションが事故を防ぐかもしれない

 具体的な提案として病院の対話環境の改善をあげています。
1)看護婦の対話権限(責任を持って対話できる範囲)の拡大
   現状は、ほんのちょっとしたことをたずねても、「先生に聞いてください」と逃げられてしまう、というのが患者さんから見た印象なようです。
 これは、病院全体の対話拒否の強烈なメッセージになってしまっているといいます。
2)まず会話環境の改善を
   ただでさえ、病気は患者をしてすべて医師・看護婦(士)におまかせという気持ちにさせてしまいます。  ましてや医療現場が対話不在の雰囲気に満ち満ちていれば、もはや患者は絶望的な気持ちにさえなってしまいます。  言われるがまま、なされるがままとなって、せっかくの生身の患者からのミス・チェック機構が機能しなくなってしまいます。

 以下『 』内引用です。
 『せめて「会話」だけでも、もっと活発にすることではないかと思う。「名前のある」相手とのさりげない会話には、相互のやりとりの活性化や場の雰囲気をリラックスさせる効果がある。  対話の入口として効果的である。あまりに静かすぎる医療現場[1]が多すぎないか。効率や多忙さを言い訳にしてはならない。』
(中略)
  『医療行為も、医療従事者と患者との生身のかかわりである。当然、そこには対話がなければならない。   このことを踏まえた医療現場の構築が、人為ミスによる事故を減らすことだけでなく、患者中心の医療を行なうことにつながるはずである。』
 



9-4 「self monitor-team monitor-patient monitor」
                         〜事故防止のために患者をもっと使え

 事故に遭わないためには患者さん自身がまず「自分の治療チームの一員になりなさい」「自分で決定しなさい」「自分もみまもりなさい」という考えがあります。

「self monitor」で忘れられ「team monitor」でも見落とされたら、患者自身の「patient monitor」は最後の砦なのです。
(これに関しては「隣の会のリンクページ」をみて下さい。「患者さんから見た医療過誤を防ぐ20の助け」、「self monitor」?「team monitor」?「patient-monitor」については 別稿およびCRM-HFCセミナーの記録をみて下さい)

 医療者と患者のコミュニケーションとしても「看護婦さん、いつものクスリと違うんだけど・・」とか「血型違ってるよ」  「先生、時々、薬抜けるから俺が見直しておくよ」などといってもらえる関係ができると最高にいいのではないでしょうか。
 (言葉は乱暴ですが)医療者側から見ると安全のために「もっと患者を使え!」ということなのです。

 しかし患者さんの方にも問題はあります。
 とにかくやはり「おまかせ」がもっとも多いようです。たとえばよく外来でアンケートをとっていますが(よく説明されていない、ということもあるのでしょうが)  自分の正しい病名を言うことのできる人は何%でしょうか?また「全ておまかせいたします」と話を遮るのもこまります。  うそも言わないことを含めて医療者側の話をきくのは義務だと思います。

 もう一つは医療側に理想的なICや人間関係にまで踏み込んだコミュニケーションをとる余裕がない、ということです  (最近の教育機関はどうか知りませんがいままでは訴訟逃れの「ムンテラ」しか教育されていないのも現実です)。

   例えばマスコミなどで、米国では外来でもよく説明してくれる、と紹介されますが、そのために「いくらかかるかは(いくら請求されるか)」マスコミも言いません。  イギリスでは「6ヶ月後においで」などと言われてしまうということです。[2]
 これは医療者側に問題があるのではなく制度(政府)に大きな問題があるわけです。  J.Reasonのいうスイスチーズの「根本側の大きな穴」なのです。
 
 これを改善するのは実は簡単です。政府を倒せばいいのです?「リスクの排除」はヒューマンファクター対策の原則です。おっと発言が不穏当になってしまった。ははは…。


 いかがでしょうか。この連載にご批判、ご意見をお願いいたします。
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「静かすぎる医療現場」というのは「患者さんが本来自分中心のはずにもかかわらずに自分の情報に関して自由にアクセスしたり、話したりしにくい環境」ということだろうと思います。 医者は看護婦となにやら話している、看護婦は看護婦同士でなにやら自分のことらしい事を話している。家族も何か医者と話している。しかし、自分が話すと…。
「○○様」と言ってみても何の慰めにもならないのです。

2 世界の医療業界の常識として「待ち時間の短さ」「医療の技術レベル」「患者負担額の少なさ」の3つの目標のうち2つまでしか両立させることはできないといいます。 米国もイギリスも2つだけ。でも日本はそこそこのバランスでWHO(世界保健機構)から(現在のところ)「世界一の医療システム」とお墨付きをいただいています。 しかし政府はそれを壊そうとし、マスコミはこれを無視します。
先進諸国における医療費支出
(1998年,対GDP,OECD調べ)
医療費支出(%GDP)
米国
ドイツ
スイス
フランス
カナダ
ノルウェー
オーストラリア
イタリア
スウェーデン
日本
英国
13.0
10.6
10.4
9.6
9.5
8.9
8.5
8.4
8.4
7.6
6.7

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引用紹介と註解[2005.9.1追加]


今回は以下の文献・資料を参考にさせていただきましたが、引用の誤り、解釈の誤り、「思い込み」があるかもしれません。 是非、原典にあたることをおすすめします。

1) 保博之教授(筑波大学)のサイト
    
http://www.human.tsukuba.ac.jp/~hkaiho/index.html
2) 「患者さんから見た医療過誤を防ぐ20の助け」
    http://www004.upp.so-net.ne.jp/amarume/iryoukago.html


またお気づきの点はメールでご連絡いただけましたら幸いです。

 
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