Chapter.28「(ENDING)「飛ばなければ飛行機は落ちない」、「安全と安泰」、人間への期待」

 そもそも飛ばなければ飛行機は落ちません。

同じように、医療行為をしなければ医療事故は起きませんし、運転しなければ自動車事故は起きません。

しかし、飛行機や病院、自動車のない生活など考えられません。今まで進んできた文明・歴史自体を否定することになります。

 ライト兄弟のW.Wrightは「完全なる安全が欲しければ、垣根に座って飛ぶ鳥をながめていればいい」といったそうですが、それだって垣根から落ちる危険があります。  人間の行動には必ずリスクが伴うのです。そしてそこには「安全」というものは存在しません(昨年のCRMセミナーの資料)。
 あるのは「危険」ばかりです。

 その危険要因をあらかじめ察知して排除し、排除できないものには防御措置をとり、防御出来ないものには回避する方策を考えて対処するという (「危険の海を泳いでいる」Reason),そしてその結果なにも起こらなかったときそれを「安全」と呼んでいるだけなのです。
 (「安全」の定義をおぼえていますか?「許容される範囲の危険」Wローレンスです)

つまり危険・危険要因にたいして常にたたかい続けることだけが現在の「安全」を保つ手段だというのです。

「If you want things to stay as they are,things will have to continuously change」


 「安全」にたいして「安泰」という言葉があります。

 旅行の安全を祈る、という言い方と お家の安泰を願う、というように使われ、「安全」は積極的に何かをする場合に使われます。

   それに対して「安泰」はただただ何も変化のない場合に使われるようです。わたしたちは「安全」を目指すことはあっても「安泰」を祈るわけにはいきません。

「エラーをおこしたくない」「事故にかかわりたくない」「責任を持ちたくない」という気持ちは自分のどこかに全くないとはいえません。 しかしそれだけでは何も進まないのです。穴にでももぐっているほかありません。

 ヒューマンファクター(ズ)は人間を中心として、「SHELL」に表されるように人と人、人と機械、規則や取り巻く環境との影響・調和について考え、そして進むことを目的とした総合的学問です。

 そこでは、人間はエラーをするもの、エラーを起こす仕組みを本来もっている、ことを前提として受け入れそれをどうコントロールするかと考えるものです。

 「エラー」というnegativeな問題ばかりではありません。
 何度もだしました「火事場の馬鹿力」[1]や「第六感」「無我夢中でみんなの気持ちがひとつになった」「機転」などというのは  ヒューマンファクターがすばらしく発揮された例です。

 ヒューマンファクターやCRMを学ぶことで得られるのは「事故の防止」といったある意味で「消極的な効果」がばかりではありません。  それと同時にチームとしての問題解決能力やパフォーマンスの向上が得られるに違いありません。

 エラーの塊のような人間の行動を考えるとき、確かにシステム上のバックアップは必要です。しかしそのバックアップ自体も人間が作るものです。  そして万一それが破綻し、事故なってしまったとき、それを処理[2]するのも人間です。

 結局、一方でエラーの塊でもあり他方で創造性の固まりでもある人間の価値観[3]と倫理観こそが「安全」の最後の砦なのです。

この2年間CRM、HFC-seminarそしてこの「ヒューマンファクター事始(v.3)」と学んだ結論はここ[4]に行き着くように思われます。

いかがでしょうか?
この連載に苦情、ご批判、ご意見をお願いします。


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 現在、医療事故(インシデントも)の報告制度が云々されていますが、大事なのは日常の行動・業務をどのように考え、どのように見るのか、ということです。
 そのときヒューマンファクター的な眼をもって日常を見る(そして行動指針としてのCRM)ことが「予防安全」(反対は「墓標安全」といいます)への一つのアプローチになると信じています。

 この連載はいったんこれで終了しますが、違う形でのもう少し実践的な勉強を続け、「HFカルチャー」をひろげていきたいと考えています。

 どの部門のかたでも興味のある個人の参加を歓迎します。  2003.3.

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[1] 「火事場の馬鹿力」は「クラッシュマネージメントとしての10.4.」をみて下さい。基本的には設計上のミスです。
一つのトラブルでああいうことが起こることは予想しなければならなかったことです。
それを何とか乗り越えたのは・・・

[2] 処理をきちんとできないで問題になった例が最近たくさんあります。

人や組織の評価はそれを起こしたことよりも、そのあとの対応によってきまるといいます。
最優先することはなにか、最上位の目標は?と考える必要があります。

[3] 人間の意識の最上位でその人の考え方そのもの、(高めるように)手を加え続けなければ崩れ去る。
その下に危機感、使命感、正義感などの「感性」、気づき、積極性、状況認識性、品格、協調性などの「心的態度」

[4] 決して「根性主義」や「精神主義」とは違うことはこれまでの「事始め」やHF,CRMセミナー資料を読んでいただければ理解していただけると思います。
認知科学の筑波大学の海保先生は「心理学(認知科学)の知見や考え方に裏付けられた合理的精神論が必要」と指摘しています。

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