いままで、述べた(まだのべてなかった?)ように思い込みの発生を認知心理学的に見ると、「思い込み」
が誉められるか、(エラーとして)けなされるかは結果次第ということです。
とすると、「黙って座ればぴたりとあたる」名医の診断と、「思い込みエラーを頻発する」迷医の診断は発生
的には紙一重、ということになります。(名医の皆さん失礼をお許しくださいね)
それでは、「迷医」や「迷医療技術者」である私たちが「思いこみエラー」で医療事故を起こしてしまわない
工夫はないのでしょうか?
下手な鉄砲も数打ちゃあたる 「乱発する」(血液)検査に頼ろう
名医の診断技術はめったに真似ることは出来ません。
名医はきっと患者さんの顔を見るか見ないかのうちに「ズバッー」と病気がわかってしまうのでしょう。そして何の迷いもなく、治療方針を決め、処方箋を書くのです。
ところが「迷医」や「迷技術者」の我々はそんなことは出来ません。仮に結果として名医と同じ事を思いついたとしても、「何か」に頼って、考えたことが正しいかどうかを補完しなければなりません。「何か」は違った目をもつ他の人であってもいいし、誰からみても客観的な検査であってもよいわけです。例えば(血液検査)はどこから見ても客観的指標となります。従って、その検査で全く(自分の思った方向と)相反する結果が出たとしたら、それに対して自分の行動を説明しなければなりません。
ここで、都合の悪いデータは「例外だ」と否定してしまう、というエラーもありますが、検査の客観的数値は思い込みエラーを減らす(考え直す)きっかけにはなります(「検査のほうががおかしい」なんていう自信家もいますが、そういう人には、なんとかに「つける薬」はありません)。
こんなことをしていると、厚生省や保険支払い側は「検査漬けだ」「乱診乱療」などとワンパターンで「ためにする批判」をします。でも、現場で一人の患者さんにかけることの出来る時間を考えたとき、(厚生省の言う)「迷医」の「検査の乱発」はC/P的に考えても患者さんを救っているのかもしれません。
世の中の多くの「迷医」の皆さん、自信を持ちましょう。「検査の乱発」が貴方を(そして患者さんを)救うことになっているのです。
「やばい決断」には手続きを複雑にした方がいい?
「思い込む」のは仕方ないとしても、途中で何度か振り返る、立ち止まるプロセスを作っておくことが「迷医」の助けになります。「思い込んだら一直線」的な間違いに陥らないような「仕掛け」を作ろうと言うことです(そんなに大げさじゃないか?)。
例えば、特殊な抗がん剤、特別な抗生物質を使用したいと思ったら何段階かの手続きが必要にしたほうがいいかもしれません。必ずしも「誰か」のチェックでなくとも「手続き」の途中で立ち止まる部分があると、「おっと」「あれー?誰かに聞いてみよう」「ちょっと調べなおしてみよう」なんて事になる可能性があります。
でもやっぱり知識は大事、「本当の名医」になる努力、知識を深めるとは?
「思い込みエラー」が起こるのは、何がなんだかわからない状況を早く脱出したい。わけのわからない状況を自分なりに解決して早くすっきりしたい、と(仮の答え)「メンタルモデル」を作ることから始まります。「わけのわからない状況」でなければ間違ったメンタルモデルの形成を避けることが可能になるはずです。そのために知識の量でなく「知識の質を深める」ということが望まれています。この「知識の質を深める」とはどういうことでしょうか?
JASCRMでは以下の6点をあげています(前にも述べましたね)。
1) 記憶:定義が言える
2) 理解:他のことと関連づけられる
3) 応用:具体例を挙げることができる
4) 分析:現実の分析ができる
5) 総合:新しい関係をつくりだせる
6) 評価:価値を評価できる
もう一つ大事なのは仕事の目標や全体像をあらかじめ把握する、示しておく、ということだといいます。
Use of resource みんなを利用する
「迷医」や「迷技術者」の私達が「思い込みエラー」から脱出するには人の助けが必要です。つまり、自分のしていること、しようとしていることを仲間に言う癖をつけておく。人に聞いてみる。他人が声をかけやすい関係をつくっておくなどです。職場にこういう雰囲気があると、畑村教授の「発展期の組織」(No.10を見てください)じゃないですが、仕事がお互いにオーバーラップしていることになります。お互いに「口を出す」「聞く耳をもつ」ことがあたりまえとなり、日常の仕事がダブルチェックされていることになります。その結果チーム全体としての仕事の信頼性が向上することにもなるといわれます。
また、チームとしての思いこみを防ぐためには「毛色の変わった」メンバーを一人入れておくことも有効です。前に言った「悪魔の代弁者」とか「fresh
eye」とかの役割を持つ人です。
つまり、「迷医」や「迷技術者」の私達は人に頼りましょう。いやいや人や情報を有効に利用させてもらいましょう。
「あいつは、時々ぬけるからちょっと見ていてやろう」と思われる、というのもちょっと恥ずかしいのですが、チームとしては機能しています。「あの人には、どうせ何を言っても・・・」と口を出してもらえない状態がいちばん危ないのです。
やれやれ「迷医」や「迷技術者」の私たちが生きていくのは大変です。
いかがでしょうか?
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