Chapter.18-3 疲労を科学する3  加齢
14.加齢
   年をとると、人間はいろいろな生理的機能が低下し、また疲労が蓄積します。これは毎日実感しているところです。
 それをフリッカー値でみると、連続して働いていると3日目には50歳代と30歳代では あきらかに疲労が蓄積していることが数字でわかります(仕事前後の低下の度合い)。
図は省略しますが、夜勤も3日目には50代以上では30代やそれ以下の人と違って、 フリッカー値が仕事前でも回復していない(朝から低値)ことがわかります。
 年をとるのは仕方ありません。しかし、身体的機能が少しばかり落ちたからと言って退場したり、 させたりする前に考えることがあります。
下は年齢とともに変化する人間の能力を表しています身体的機能は30代をピークに40才から低下していきます。 これに対して精神機能のピークが60才にあることが特徴です。

中年以降の加齢現象を簡単にまとめると、次のような原則になります。
(高年齢者雇用開発協会)
 
(1). 第一原則
  生理的な機能ほど早く機能低下していく。視力・聴力などは細胞の力で働く機能なので、 30歳を過ぎると機能低下をおこし、40歳以降になると急速に低下する。大脳の働きもこれに似ている。
(2). 第二原則
  筋力の低下は足から始まり、腰・腕・手の力の順に体の上へ進んでいく。
(3). 第三原則
  人工的に訓練した能力や機能は、加齢による生理的な機能や筋力の低下後も衰えにくい。 たとえば、視力が低下しても識別能力や長さの読み取り能力などはあまり低下するものではない。
(4). 第四原則
  人工的能力は長く使えば使うほど、高齢になっても活用できる。
(5). 第五原則
  多くの経験によって身につく技能や判断力などは、むしろ歳をとるほど有力な能力になる。
 
15.加齢による身体機能低下 (視力・聴力の低下例)
  視力などは40才代からガクンと低下することがわかります。 と、すれば組織全体として対策を考える必要があります。 照明、スポットライト、文字の大きさ、環境における色のコントラストなど、 普段不自由に思ったり、気をつけているところの改善が必要かもしれません。
  聴力の低下も周波数の高い音の聞き取りが年齢とともに低下します。 警報の周波数を「低音系」に変えることも考えられます。また、聞き違い、 聞き取りミスの多くは周囲の騒音、共鳴が影響しています。そちらへの対策が優先されます。
16.加齢による機能低下と利点
 

弱点
利点
体力・感覚機能 視力・聴力
体力・持久力・気力
敏捷性・柔軟性
重量物取扱
ラインのスピード
位置決め
知識・技能的能力 記憶力・判断力
新知識・新技術の修得
個人の作業能力の差
蓄積された知識・技能
突発事態への対処
業務上の問題点の把握
無駄がない作業
若年者の指導・育成
経験・適性 けがの発生
職種転換が難しい
責任感
勤務態度
愛社精神
保全・試作など経験を要する仕事


17.ベテランの活用 〜「職務再設計」は高齢者のためだけではない
   「職務再設計」という考え方
 確かに年をとると身体機能は低下し (うす暗いところでは文字が読めなくなるし・・・)、新しい知識やそれを適応するということが困難(面倒くさい?)になります。 がんばりも効かなくなります。しかし、長い経験によって蓄積した知識や業務や組織への帰属意識・忠誠心・プライドは 明らかに若年者より勝っています。また、不測の事態への対応も期待できます。知識の伝承のところでお話しした 「know howよりknow why」「SOP確定の“何故?”」などマニュアルに残すことが出来ない知識はかえがたいものです。 これを生かさない手はありません。

 そこで「職務再設計」という考えがあります。こんなようなことです。

 「職務再設計(Job Redesign、ジョブ・リデザイン)」というのは、 作業者の人間的特性、たとえば身長・体型・感覚能力・体力などに合わせて仕事の内容を変更し、 作業者にとって負担にならないように、楽にたのしい仕事ができるように実現していくプロセスを指す。

職務再設計は人間主体の論理に立ち、 人間尊重の立場で、人に合わせる仕事の再設計を行なうことを言う。 しかも、それは経済的にも価値のある仕事に再設計することを言う。 したがって、高齢者の機能が低下したからといって単純な仕事に配置換えすることは、職務再設計とは言わない。

大事なことは、職務に本質的でない能力低下・機能低下によって 能力全体を活用しなくなることをさけることです。こうした側面をちょっとした工夫で補おうということです。

 具体的には
1) 低下した身体的能力を補填する工夫
   視力、筋力、聴力、記憶力、バランス力、体力の低下
⇒ 人間工学の応用やインターフェースの改善で解決できないか?

つまり、仕事を「〜易く」するということ。
  暗いところがあれば照明を考える。
  聞き違いを誘発する騒音環境を改善。
  つらい、力のいる仕事や危ない仕事をなくす工夫。
  わかりやすいインターフェース。
  人間中心の労働環境という考え方。

2) 優れた能力を活用する工夫
  技能、注意力、経験、判断力はそれほど低下していないことが多い
⇒高齢者能力の開発

3) 高齢者の活用・活性化
  ⇒新しい業務


 こうした労働環境の改善は「加齢対策」としてだけでなく若年者にとっても労働環境の改善、安全になり、 組織にとっては生産効率向上という効果をもたらします(一時的な経費増をケチると長期的にマイナスです)。
「高齢者のためのバリアフリー」でなく「ユニバーサルデザイン」という発想です。

 高齢者と言っても一様ではありません。身体的能力もある程度以上に低下すると業務に差し障りますが、 多くは業務に本質的でない能力・機能の低下のことが多く、ほんの少しの業務の変更・改善で 本来の能力を生かせる可能性があります。

 ベテランの技術や知識、暗黙知、仕事への取り組みは何とかして受け継がなければなりません。

 私達もそういう価値ある「ベテラン」になりたいものです。

健常者とユニバーサルデザイン
シャンプーとヘアリンスのボトルはたいてい同じで、眼の不自由なひとにはわかりにくい、という提案で、 シャンプーのボトルの真ん中あたりに凸凹をつけたメーカーがあります。
これはもちろんシャンプーとの区別に視覚障害者には好評でしたが、実際には健常者にも好評でした。
なぜかというと、頭をあらっているときにはシャンプーを使いシャワーを浴びているのですから、眼はほとんどつぶっています。 おまけに凹凸は滑り止めの効果もあったのです。つまり(ハンデイのある人だけでなく)誰にとっても使いやすいというのがユニバーサルデザインの考え方です。

 
[メインページへ]