Chapter.18-2 疲労を科学する2  覚醒と休息
6.シフト勤務における覚醒の維持と休息の知識
 事故防止には「覚醒」が前提だ
  最近まで経営者や、工場の責任者は、従業員がその能力を最大限発揮できるように、 主に心理学と人間工学に基礎をおいた方法をとることが正しいと教えられてきました。 その方法は 以下のようなものです。
 
@. 適性と教育
  従業員の補充、配置に際しては、その仕事に必要な適性、教育、技能を考慮する。
A. 職業訓練と経験
  効果的な訓練コースと実習を準備する、あるいは従業員がそうした訓練をすでに受けて ているかどうかを確認し、彼らが仕事の詳細や、目的、対象を完全に理解し、必要な職務を確実に遂行できるようにする。
B. 注意力
   従業員がその職務に十二分の注意を払うように仕向ける。それには心理学と人間工学の原理を応用して、 以下のことに取り組む必要がある。
   a 動機づけ
  従業員が最善を尽くして職務に励むよう、効果的な動機づけをする。
彼らが精力的に作業に取り組めるよう、たえず刺激となるものを管理者は考え出さなくてはいけない。
刺激としては、単純なアメとムチ的方法もあるだろうし、経営参加による自発的動機づけという一層効果的な方法もあるだろう。
   b 仕事量
  人間工学やオートメーションを利用した作業計画を立て、肉体的、心理的に負担がかかりすぎて 従業員の職務能力が損なわれることのないようにする。たとえば原子力発電所のオペレーターは、非常事態ともなれば 点滅する制御盤や狂っているかもしれない計器類の針の読み、さらには携帯用無線電話の向こうのどなり声に対応しなければならない。 こうした時にはどうしたらいいか、人間工学を応用して、作業計画を立て、オペレーターが多量の仕事に悲鳴をあげてしまわないように 配慮する。
   c. 注意力の妨げになるもの
  労働環境内の仕事をするのにさして必要でない刺激を少なくする。
注意力が妨げられると、仕事の能力に重大な影響が出ることはよく知られている。 たとえば学生はテレビがついていると宿題がはかどらないし、ロサンゼルス国際空港に着陸しようとしているパイロットに 不動産取引の話などできるはずがない。 経営者やエンジニアはこの注意力の問題に大きな関心を寄せ、人間工学を利用して、外部からの騒音を遮断する、 視覚的な合図を採り入れる、労働現場の環境改善をはかるなどの対応を積極的にとらなければならない。
  「大事故は夜明け前に起こる」マーチン・ムーア・イード 講談社1994)
7.覚醒を維持できるか?
   ところが上のような問題に取り込めば、従業員の能力が最大限に引き出せるというのは 「神話」であることがわかってきました。
つまり、極めて重要な要因、24時間操業で重要な「覚醒」という要因が抜け落ちていたのです。
それがこの項のテーマである「疲労と覚醒」です。24時間社会では覚醒がなければなにも進まないのです。 そこで覚醒度を高める要因です。
8.「覚醒度」を高める 〜人間の覚醒度を高める9つのスイッチ〜
   人間の覚醒度を高める九つの引き金があるといわれています。その中のいくつかは、すでに実用化しています。

スイッチ 1 危険、興味、好機:「ある程度の不安」を維持することは、交感神経を刺激
スイッチ 2 筋肉を動かすこと
スイッチ 3 サーカディアン時計:体内時計を合わせ直すテクノロジー
スイッチ 4 睡眠の過不足
スイッチ 5 栄養や薬:コーヒーなども
スイッチ 6 照明:実用化しつつある
スイッチ 7 温度 湿度
スイッチ 8 音:「ホワイトノイズ」を機械が発生する。対照的に不規則な音、変化する音は覚醒を促す
スイッチ 9 香り


 この分野で最近注目されているのが「照明」のいろいろな病態?への利用です。
「朝、すっきり覚醒させるためのライト」は 既に10年位前からパナソニック電工で一般にも販売されています。 起床後に数分から十数分光を浴び脳を覚まさせるのです。
上で述べた睡眠の90分サイクルのリズムを応用した「目覚まし」とか、 睡眠障害にも光治療が試みられています。最近ではi-phoneやalarm clockなどとして 「良い睡眠」も売り物になっているようです。

9.「快適さ」の罠
   ハイテク工場のコントロールルームは快適」なことが追求されています。 航空機の操縦席もトラックの運転席も同様なことが それを設計するエンジニアに求められています。しかし上の9つのスイッチは"その時" ON-OFFどちらに倒れているでしょうか。
「快適」な労働環境は必要ですが、 そこにどんなことが「“必要な”快適」なのかも考える必要があります。

 人間工学的にも仕事が(モニターの監視のような)あまりに暇な場合は眠ってしまうか、 あまりに暇で、よけいなことをして事故をおこす傾向があるそうです。 運転士もパイロットも「モニターがしたくて」その職業を選んだわけではありません。 「運転したい」「操縦したい」からこそ一番前に座っているわけです。 必要以上に自動化したりせずに人間の仕事を残したり、人間の特性を考えながら 仕事の割り振りをする必要があります。

例えば、新幹線の運転は全自動が十分可能だそうです。しかしそうなった場合運転士は何をしていればいいのでしょうか? 多分、運転士は一生に一度もおこらない「非常時」に備えて警報をながめているのでしょうか? そして、非常時には突然、極端なワークロードが要求されるのです。 その技術を「警報をながめているだけ」の日常業務の連続で維持していくことができるのでしょうか?
 新幹線は鉄道総研の心理学者の意見を取り入れ、あえて「運転士が運転する」という手動の業務を残しました。 東北新幹線の場合はあえてマニュアルでなければ止まらない駅まで残したということです。

 またいつも言いますが 「自動化・機械化」「(設計者・管理者の)できるところからの自動化」
「(現場の)必要なところからの自動化ではない」ことに人間工学的な大きな問題があります。
「機械の都合に人間が合わさせられる」ことになってしまいがちです。 そして「設計者は満足」し、現場は余計なワークロードが増える、ということはないでしょうか?

これは機械の設計・自動化に限りません。どんな職場・現場でも同じ事が起きえます。 システムを作るとき・変えるときの設計思想の問題です。
10.休息の知識
   サーカデイアンリズムが仕事に不都合だからといって、それをなくするわけにはいきません。 メラトニンやその類似物質による無理なリズムの調節も不自然です。
サーカデイアンリズムが実際に問題となるのが、交代制勤務と旅行時の時差です。 「夜勤時の疲労蓄積を防ぐために」として以下のようなことが勧められています。 必ずしもそのまま取り入れることは出来ませんが考える必要はあります。
@. 無理をしない
   ・ サーカディアンリズムに逆らって働いているという自覚し、危険な時間を意識する
 ・ 夜勤の連続回数(深夜勤)2回にする
 ・ 翌日は十分な休息をとる
 ・ 長時間の通勤はさける
 ・ 睡眠確保:睡眠の方法、眠りにつきやすい時間など、サーカディアンリズムを考慮する。
 ・ 夜勤明けの帰宅時に強い光を避ける・・・サングラスの着用、日中の睡眠のための遮光カーテン
 ・ 年令にあった適度な運動を継続
A. 規則正しい食生活
   ・ 三度の食事を規則正しくとるように勤める規則正しくとるように勤める
 ・ 特に朝食はサーカディアンリズムを調整し、体内時計をリセットする事ができる
 ・ 朝食は糖分を多めに
 ・ 欠食はしない
 ・ 夜食は胃の負担にならないものにする
 ・ 寝酒は睡眠の質を低下させる
B. 仮眠をとる場合
   ・ 仮眠にはサーカディアンリズムの調整効果がある
 ・ 仮眠には朝方の覚醒水準の維持効果がある
 ・ 仮眠の長さ、タイミングが問題
11.生体リズムと仮眠
   仕事の合間に仮眠をとると覚醒やその後の仕事の効率が良くなることは以前から勧められています。仮眠の取り方も生体リズムの知識が少しあれば違うかもしれません。
 図は脳波をもとに睡眠の深さの変化を継時的にグラフにしたものです。縦軸は睡眠のステージで眠りの深さを示しています。
 ステージ3,4はいわゆる熟睡です(脳が休息している状態)。緑がレム睡眠期で眼球が動き、身体は休んでいるのですが脳は活動していて記憶を書き換えているような状態です。

 【このグラフのポイント】

 @睡眠には90分サイクルの深くなったり浅くなったりする波がある
 A深い眠りは睡眠の最初におこり、波全体はだんだん浅くなり目が覚める


 眼が覚めるのはレム睡眠時か、波が上に来た時(上向き)でなければ頭がぼーっとした不快な状態になります[1] 。

 深い睡眠(脳の休息)が眠り始めの1波、もしくは2波までしか得られないとすると、仮眠をするなら90分(もしくは180分)とるのが効率的で、 中途半端な時間でおきたりするときちんとした覚醒までに時間がかかります。
 昼休みの「ちょっとした仮眠・居眠り」も15分程度にして深睡眠レベル (図の睡眠ステージ3,4)に達する前に起きなければ「覚醒」に時間がかかります。またサーカデイアンリズムを考えた時に10-12時や夕方から 19時ころはあたまが冴え眠りにつきにくい時間帯だそうです。
この時期に仮眠を予定するのも効果的とはいえません。

 身体の休息は単純に「安静時間」と「栄養」なのですが、脳の休息では「眠りを効果的に取る」という知識と工夫も必要なのです[2]。

12.起きてから何時間目?(TSA:time since awakening)
   病院のレベルでの「シフト勤務の作り方[3]」の決め手はまだないようです。
しかし自分自身もシフト(あるいは当直)を意識して前日を過ごすことがプロの心がけとして必要です。
私たちの職場は他産業に比較して若い人が多く、体力に自信があり(多分、疲労=あるべきパフォーマンスの低下 を自覚していない)、休息を取らずに出勤してくることがあります。

 しかしTSAを考えるとどんな時間帯に仕事をすることになるのかを意識することも仕事です。
 またシフトが続く場合や勤務時間が長時間化する場合に疲労シミュレーションFAST/SAFTEが研究されているようです(これについては別の章で解説します)。

この24時間以内に8時間以上の睡眠をとれたか?」ということも簡単にできるチェックリスト(心がけ)です。 自分でできる生体リズムを考えた生活も必要です(上記10項「休息の知識」を参考にして下さい。)。
13.「I'm safe?」(私は安全?)
 自分自身の使用前点検
   パイロットはこれから飛ぼうというとき、飛行前点検が義務づけられていることもあって、 機体の点検をおこなうことが義務づけられています(本当は自動車でもそうです)。

 けれども人間の点検、すなわち自分自身の点検をする人は何人いるでしょうか。これは、 FAAロータークラフトハンドブック には必ずやりなさいと書いてあるそうです。
 昨年 のCRM seminar[4]で紹介しましたがヘリコプターのパイロットに限らず、私達にとっても仕事の前に「覚醒度」や「疲労」を少しは自己チェックできそうです。

I'M SAFE チェックリスト
IIllness(病気)自分にいま何かの症状が感じられないか?
MMedication(薬物)自分はいま何かの処方薬や売薬を服用していないか?
SStress(ストレス)仕事の上で、自分はいま心理的な圧力を感じていないか? また金銭、健康、家族など、気になる問題はないか?
AAlcohol(アルコール)過去8時間以内に酒を飲まなかったか? 24時間以内はどうか?
FFatigue(疲労)疲れていないか? よく休憩は取れたか?
EEating(食事)栄養は十分か?


 このチェックリストに引っかかったら飛んではいけない、というわけではありませんが、自分の状態を自覚しないままでいるよりは、 ずっと安全だ、ということです。我々も同じです。
 またこれに続いて「精神状態」「心理状態」のチェックもありますがそれに関しては、 昨年のCRM seminarで 「hazardous attitude」(危険な態度)として学びましたので その資料を参考にしてください。

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-----[引用紹介と註解]-----

 [1] 睡眠についての基礎知識がこちらにのっています。
 [2] 眠りの浅いREM睡眠時に起こしてくれるiPhone アプリがあります。腕時計型の加速度センサーで睡眠の深さやリズムを測定したり(東芝)、マットのセンサーで計測するもの(タニタ)などもあります。残念ながら管理人はDocomoなのでまだ試していません。
 [3] 睡眠、疲労、活動、サーカデイアンリズムと認知パフォーマンスの関係を分析するプログラムが考えられ、それを利用して“疲労の少ない”認知リスクの少ないシフト勤務の作り方が研究されています。http://faculty.nps.edu/nlmiller/Fatigue/HurshSAFTEFAST.pdf
 [4] セミナーは2003年と2007年(一部)です。


 
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