Chapter.12「初心者のエラー・ベテランのエラー」
 
一般に「初心者はミスを起こしやすく、熟練者はミスをしない」といわれてきました。
でも、それは本当だろうか?というのがテーマです。そもそもエラーの性質が違います。

 12-1 初心者のエラー
 12-1-1 「弾がどこにいくかわからない」
 
初心者のエラー

  初心者のエラーは上のように表現されることがあります(ホーキンス:ヒューマンファクター、JASCRM「ヒューマンエラー」)。
  つまり、ライフルで弾を撃ったときどこに行くかわからない状態です。
  これはrandom errorといわれ下のSRKモデルでは知識(ナレッジ)ベースの行動の密接に関係しています。

 12-1-2 初心者のエラーの特徴(下の図を見ながら考えて下さい)
 
1) 知覚情報の取捨選択がうまくいかない。何が重要なのかわからないので優先すべき情報を選択できない。場合によっては情報過多となり、パニックになる。
2) 経験がないため長期記憶との照合がうまくいかない。照合の仕方がわからない
3) 判断が遅れるため決心がなかなかつかない。そのうちに事態が進んでしまう。
4) 行動の段階でも自分のパターンが確立していないために行動が遅れる。円滑さを欠く。操作を忘れる、どんどんあせる。
このような特徴をみるとこのタイプのエラーには訓練、教育が必須の対策であることがわかります。
 しかし一般的に初心者に危険な仕事は与えられることが少なく、普通の仕事でも結構緊張して注意深く実施(最初のうちは?)しているため、  失敗をしても直接大きな事故に結びつくことは少ないといわれています。
 が、人的リソース(資源、余裕)の少ないとき、特に夜勤などのシフト勤務では「一人前」として「扱われてしまう」こともあります。
 われわれの業界は(マスコミや役人は認めていませんが)慢性的に「人的リソースが不足」「手が足りない」(例えば患者に対する看護職員の数、医師の数にしてもOECDのなかでは圧倒的に少ない)  なかで、新人に対しても「教育の余裕」がなく「早く一人前として扱え」というプレッシャーがあります。
誰かが、本当にバックアップすることができるでしょうか?


 12-2 「ベテラン」のエラー
 12-2-1 「ベテラン」ってなんだ?
   認知科学的に「ベテラン」をかんがえると・・
 「ベテラン」とはどういうものでしょうか?その特徴をあげると
「経験が多い」、「知識がある」、「仕事が速い」「要領がいい」「人生の先輩でもある」などいろいろとでてきます。
しかしヒューマンファクター的(認知科学的)にはどのような特徴があるのでしょうか?

 上の図は人間の行動を表わした有名なラスムッセンのSRKモデルです。昨年のJASCRMセミナーの最初の「Human Error」にも登場しました。おぼえてますね。
 「ベテラン」は経験を積んでいるので通常の操作はもちろん、異常事態にとるべき行動は熟知しています。その操作は見事にパターン化していて、  いちいち上の図のような情報処理(ナレッジベースとかルールベース)のプロセスをたどらずにそれらをバイパスしてスマートにすばやく処理できます。
 つまり、情報を得た瞬間に処理してしまう、ということは自動的に無意識に操作することになり思い込みで全く違う操作をしてしまう危険があるのです。
 これが「ベテラン」といわれる人たちのエラーの特徴です。
 殆どの場合、手早く処理されたことはうまくいくので「さすがベテラン」とか「神業とかいわれますが、失敗したときは「あと知恵」からみると案外「まぬけ」です。  事態が違うにもかかわらず「手や身体のほうが反応して動いてしまう」(止められなくなってしまうスキーマともにています)といったところでしょうか。
 これが「ベテラン」のエラーの大きな特徴のようです。

 12-2-2 ベテランのエラーの特徴は?
 
HFセンター(HFC安全文化セミナー2002.7.31.)では「ベテラン」のエラーには以下のような特徴がある、といっています。SRKモデルを頭において考えてみてください。
1) ベテランは「不注意」になる
人間の行動レベルにはスキルベース、ルールベース、ナレッジベースに分類できます。

ナレッジベース:初めての事象に遭遇したとき、意識上で内外の知識を参照し、考えて対処します。ですから初心者はすべてナレッジベースの行動といえます。
この認識プロセスは時間がかかります。

ルールベース:日常よく経験する事象に関しては、対処方法があらかじめパターン化され、事象に対して適当な対処方法が当てはめられることにより対処されます。
マニュアル通りにすればよい、ということです。

スキルベース:繰り返し起こってくるようなことに関しては、行為が自動化され、無意識のうちに対処されることになります。

つまり初心者はナレッジベースの対処ですが、だんだん慣れるに従ってルールベース、スキルベースでの対処が多くなります。
行動が意識化されずに対処される、というのですから意識されないということは、注意もされないということになりかねません。
結局、どんな職場でも、ベテランになるほど本人が意識しない限り「不注意エラー」が多いといわれています。

例 輸血の際の血液型のとり違い
   冷蔵庫から血液バッグを自動行為で取り出し、血液型を確認しない。
   てばやくやってしまう。

2) ベテランは「思い込み」をおこす
 ベテランは経験があるだけに、意識的にも無意識的にも、自分の思い込みを優先してしまいます。たいていのことはそれで間違いがありません。  そこで「確認をしない」「表示を無視する」「人の言うことを聞かない」ということが生じます。
「思い込みからの脱出[1]」が必要です。

3) ベテランは「故意の違反」が多い
 どんな仕事でも「穴はあってもスイスチーズ」2枚分くらい?は多重防御になっています。つまり多少規則を破ってもいきなり事故へと結びつくことは殆どありません。  その結果、規則はベテランによってたびたび破られます[2]

 規則を破る理由としては必ずしも「悪意」ばかりではないようですが間違った好意、善意(こうやってやれば早くできる、など)。 安全余裕の過剰信頼(これくらいは大丈夫だろう)とともに、格好をつけたり、マンネリ、惰性などもあるといわれます。
「違反行為」も事故にならない限り、周囲もベテランには注意しにくいため大目に見たり、うまくいくともてはやしたり、管理者側も「臨機応変」」などとわけのわからない「誉め方をしたりします。 なかなか改めるのはむずかしいのですがほうって置くと組織の雰囲気がそうなってしまいます。「意識の腐敗」と言う事態がおきます。昨年のHF seminarで話題になりました。
「ベテラン」のみなさんは、ルールベースの行動であろうと、スキルベースであろうと、ナレッジベースの行動で監視する、事が必要です。
「自分は下手」という無事故表彰を受けた運転手、のようにもう一人の自分が自分を監視する、ことが大切です。
「自分は名人だ、間違えなんて考えられない」という人が「えーっ」と言うことをすることがあります。
 この業界では例えば研修医よりも「ベテラン」(先輩)になればその分だけ「マルチチャンネル」で仕事がふえてしまう傾向があります。
なんとなく、なんとか「こなしている」うちに落とし穴がまっています。「わたしは忙しいからその患者は診ない」とはやっぱりいいにくく、見栄もあります。
「こなしている」うちにその危なさがわからなくなります。「こなしているだけ」のことは、間違いなくスキルベースの行動のことが多いのです。
一見手早くかたずけている仕事が「思い込み」になっていないか、「近道行動」になっていないか、時々「自分をみる」(自己モニタリング?)事が必要です。
かといって「暇ならいい」ともいえません。ベテランは時間が余ると「よけいなことを」してしまうことがあります。



 12-3 だから「Error Management」
  そんなわけで「sporadic」なベテランのエラーを防ぐのは難しい、だから「Error Management」ということになります。
やっぱり「タチバナ教授[3]」の出番です。(「エラーマネージメント」については別稿)

でも今までの話は「ニセのベテラン」のはなしです。本当の「ベテラン」の貴方には必要のない話かもしれません。
 で、もしも「ベテランでない」貴方の場合、必要なのはあくまでも「知識や技術の教育・訓練」なのです
(JASCRM「Human Error」「Error Management」を思い出してください。
ランダムエラー、Avoid Errorへの対策は「教育・訓練」でしたね)。なんたって「普通のこともできない・知らない」のですから・・。

いかがでしょうか?この連載についてのご意見、ご批判をお願いします。
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[1] Hfseminarおよび別稿参照

[2] 規則が破られる理由を考える場合、その規則に無理がないか?という点も考える必要があります。また、規則が知られていないのでは?とも。

[3] JASCRMの「ヒューマンエラー」「エラーマネージメント」に登場するヒューマンファクターの「権威」(役)、自身も失敗を繰り返しながらR.HelmreichのCRMを解説するオジサン。
 
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