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「不注意である。今後、注意するように!」とか「みんなで気を付けようね」なんてことが「事故」や「インシデント」のたびにいわれます。 たしかに「注意」しなければ、気がつかなかったり(知覚)忘れてしまったり(記憶)考えられなかったり(思考)判断できなかったり、します。そしてそれが「実行」の段階に達したときには、しなければならないことが忘れられたり、省略したり、余計なことをしてしまったり、する事に失敗したり(未熟)と明らかなエラーになります。場合によってはそのまま事故です。 しかし「注意しなさい」とか「気をつけなさい」などということはエラーや事故を防ぐためにどれくらい有効なのでしょうか。(「不注意である」と非難されないためには)いったい何時(いつ)、何に「注意」したり「気をつけ」たらよいのでしょうか?その他の対策はないのでしょうか? 「今後注意するように」と一件落着する前に考えなければならないことはないのでしょうか? 人間の情報処理過程を考えてみますとこんな風になるようです。 つまり、情報の入力、記憶と照らし合わせて(あるいは合わせないで)判断などの意思決定をする、そして実行する、という情報処理過程の全てに「注意」といわれる情報処理資源が使われています。 「注意力」の特徴 では「人間の注意力」というのは、本人さえその気になれば いつでも、あらゆることに、いつまでも安定して向けることができるものでしょうか? 「注意力」の性質としてこんなことがいわれています。「選択性」「衝動性」「指向性」「動揺性」です。 1)注意力は選択的に働く 当面の行動にとって無意味なものは無視し有意義なものを選択する。しかし有意義なもの全てに気がつくとは限らない。 人間は入ってくる多数の情報を全て処理することはできません。限られた処理能力を使うために情報の選択を行っています。このフィルターとしての効果で短時間で効率的な判断が可能となっています。これを心理学では「選択的注意」というそうです。しかし、必ずしも必要な情報を全て取り入れているとは限らない事も知っておく必要があります。 例えば、診断を一つ思いついたらそれに「合致する情報」だけに注目し、その他の情報が目に入らなくなるなんて事もあり得ます。 2)注意力は衝動的に働く 「大きいもの」「派手に動くもの」「けばけばしいもの」など目を引くものに注意が向く 「大事なもの」ではなく「目立つもの」につい注意が向いてしまう、ということです。「目立った外出血に眼をうばわれ腹腔内出血に気がつくのが遅れた」「訴えの多い患者さんにばかり手をかけていたら、(注目しなければならなかった)訴えの少ない(おとなしい)患者さんの状態が悪化してしまった」等と言うことはよく聞きますね。 この性質を逆に使って大事なこと、忘れやすいことなどは目に付きやすい、思い出しやすい工夫をしておくことも事故を予防するために効果的といわれています。 3)注意力は指向性がある。 注意力は分散も集中もできる。あることに一生懸命になると、その意図に反することには抑制的に働く。 人間は「関心」のあるものには注意が向きますが、ないものには注意が向きません。仕事でも同じです。本当は注意を向けなければならない「危険要因」にたいして「関心がない」「知らない」場合には「注意」が向いていないかもしれません。 どんなものが関心を持つべき危険要因なのかを知る必要があります。仕事の全体像を知ったり、KYTをしたり他者の経験を共有することがその助けになります。 また、自分自身に対しては「注意力」の30%位を「自分自身の管理用に」残しておくということが大事だ、ともいわれています。外に対しては、昔の剣客のように正面の敵と向かい合いながら「背中の気配を察する」ようなものでしょうか。難しいな・・。自己コントロールとしては3分間前に出て集中したら次の1分は一歩下がって全体を見渡す癖をつける、なんてことでしょうか。筑波大学の海保先生は「積極的よそ見」と表現されていますが、手術なんかで一点集中「カーッ」となっているときなど他のメンバーが一声かけるなども有効そうですね。 指向性があるだけというだけでなく「注意力」を情報処理資源と考えると資源の総量は限られています。その仕事に必要な時に必要な分だけ資源を振り分けているともいわれています。その振り分けの方針は、その人自身の目的や仕事への考え方によって決まってきます。ここにも問題が生じてきます。これを「注意資源の配分理論」というそうです。 4)注意力は動揺性がある。 注意力には揺らぎがある。いつも自分の注意力が一定であるとは限らない。 「揺らぎ」がある、ということは「注意力は長く続かない」、ということです。 有名な「老婆と貴婦人の図」をじっと見てください。何秒おきかに老婆と貴婦人が見え隠れするはずです。その周期は大体5−10秒位でしょうか。実際の仕事の場面ではこれほどではないにしろ5−10分位ごとには違うこと、たとえば「今朝出がけにけんかをしてきた妻のこと」や「タバコを吸いたい」と考えたり、昨日の「面白かったテレビのこと」などを思い浮かべる、といいます。 もっと具体的には脳波計をつけて(高い得点を出したら○○がもらえる、などと)インセンテイブをつけてテレビゲームをさせたときでさえβ波にまじって20分もたつとα波がチラチラ出てくるそうです。つまり人間が集中できるのはほんの数分にすぎない、ということです。人間の注意力の持続などこんなものです。一日中「注意モード」と「不注意モード」を行ったり来たりしているのです。 だからといって、24時間「注意モード」でなければならない、などといっているわけではありませんしそんな事は出来ません。モードの切り替えを意識的にする事は出来ないか、外部から知らせる工夫は出来ないか?ということです。 *「注意力」とは少し違いますが「覚醒度」の日内変動という「大きなゆらぎ」もあることは前に「疲労」でお話ししました。 その他の特徴をあげると「人間は楽な方をえらぶ」とか「注意力は簡単に中断される」でしょうか? 「不注意である」と言われても・・・ ですから上司や先輩のあなたが「不注意である」といっても、言われた本人は今後何をどうしたら良いかはわかりません。つまり、「不注意である」と言うのではなく「その時、あなたの注意は何に向けられていたのか?」「何に注意資源を使用していたのか?」「それは何故か?」「注意が妨げられたのは何故か?」と考えていかなければ前に進まないような気がします。 「注意資源」を増やす 「不注意」対策として自己コントロール、セルフモニター、外的にきづかせる、注意を引く工夫、仕事の全体像の理解・・などということがありますが、「注意資源を増やす」「余裕をもたせる」ということを考えてみます。 SRKモデルを思いだして下さい。車の運転を例にしますと、習いはじめの頃は、ステアリングやシフトギア、クラッチ、アクセル、ウインカーなど全てのものの操作が気になります。「あれをあーして」「次にこれを一回半回して」・・ですね。これはナレッジベースあるいはルールベースの情報処理といえます。この時の「情報処理資源」としての「注意」は車の操作そのものに殆ど使われてしまっています。残ったわずかの「注意」が車の前方を見ている、ようなものです。ところが慣れてくると、操作そのものを意識することがなくなり、前だけを見ながら、ハンドルやギアノブを操作します。これは運転そのものに関してはスキルベースの情報処理(まれにルールベース)で行われていることになります。こうなると「情報処理資源」としての「注意」には余裕があります。原則的には殆ど全ての「注意力」を前方に集中すればよいのです。 私たちが日常使っている医療器械の操作でも同じ事がいえます。使用されている患者さんの方を見ずに、操作パネルやチェックリストがばかりに「注意」が「つかわれてしまう」なんてことはないでしょうか。 つまり、日常の平常な仕事をきちんとできるようになること、SRKモデルで言うとスキルベースで日常業務ができるように知識をつけ技能訓練をすることが第一(でも「スキルベースで仕事をする」ということ自体が「注意を払わずに仕事ができる(する)」ということですから「不注意」ですね。それはそれで「思いこみ」「錯誤」などというエラーの落とし穴がありますが、それは別稿)。そしてマニュアルからオートマチックに変えるように、不要な認知負担を軽減する仕組み(自動化)や色彩や音、指向性のあるアラームなど外的に気づきやすくする仕組み・工夫が必要です。 また「注意」を乱す情報環境の改善も必要です。例えば無遠慮な呼び出し(放送)や電話(含携帯電話)、仕事をしている人に「話しかける」事だって「注意の中断」によるエラーを誘発している可能性を意識する必要があります。 「注意資源は有限」、と考えたときにそれを「割り振り」するために必要なのは仕事の全体像の理解(目標構造の理解、どこが危険なのか、どんなエラーが発生しているのか、どこに注意資源がどのくらい必要なのか)ということもわすれてはなりません。これは手術や麻酔などの経過を考えてみると解りやすいですね。(一つの山が終わってホッとして・・・などと言うこともあります。「高名の木登り」?)その他にも「注意資源」の限界値は短期的にも変動します。眠気、疲労、体調などでは低下し、逆に適切な「注意喚起」で改善することも知っておく必要があります。シリンジポンプや人工呼吸回路・設定の「指差呼称」などもそのひとつです(眼で見、指で差し、声に出し、耳で聞く、と言う行為は脳を刺激しています)。 USE OF RESOURCE :「他人(ひと)」を利用する しかし、自分一人でできなければ「他人(ひと)」や「他のリソース」を使おう、というのもこの連載のテーマです。チームの中に一人「仕事全体をみわたす」存在(役目の人)を作っておいたり、自分自身のワークロードを軽減する為に仕事を適切に分担する(あるいはオーバーラップさせる)事はできないでしょうか?場合によっては患者さんの眼や感覚を「利用」する、と言うことだって必要です。なんといっても(この連載では)患者さんも「治療チーム」の一員ですからね。 また、注意の一点集中になってしまっている同僚や、不用意に業務を行おうとしている同僚に声をかけたり、エラーに気づいたり疑問を持ったりしたメンバーがそのことを指摘しやすい雰囲気を作っておくことも自分自身を助ける(いえいえ、患者さんを助ける)ことになります。 まっ、他人の頭や眼をメモリーやアラームとして利用させてもらう、という「いつもの手」ですね。でも、あまりやりすぎると、あなたのエラーは防げても、相手のエラーを誘発してしまうかもしれませんが・・・。 このために、と言うわけでもないのですが筑波大学の海保先生は注意力の集中と持続との関係で性格を以下の4つに分類しています。これによって自分の傾向を知ること、次に部下や同僚の性格を知ること、そしてチームを作る場合に、単一の性格のものばかりのチームにしないことが「安全」に有効とのべておられます。またどのタイプがいいとかでなく、それぞれの特徴を生かしていこう、ということです。 ・ 真剣勝負型(一点への集中+、注意の持続+):もの作りが好き 水準以上の仕事を着実にこなすが、一つのことにのめり込んでしまい視野狭窄、思いこみを起こしやすい。ストレスに曝される。 ・ 一発勝負型(一点への集中+、注意の持続-):ゲームが好き リスク管理・時間管理がへたなので危なっかしい。気まぐれであるが壺にはまるとすごい仕事をする。 ・ 気配り型(一点への集中-、注意の持続-):人と一緒が好き 状況に即応できるし、対人関係も良好。しかし浅い仕事しかできない。 ・ じっくり型(一点への集中-、注意の持続+):長編小説が好き マイペースで長期目標に向かって努力できるが、適切な状況認識ができないので、ときには邪魔者的存在になりがち。 バックアップを考える どんな名人でも、どんなに注意してもエラーを完璧に防ぐことはできません。まして私たちのような「迷医療従事者」なら「しょっちゅう」エラーをおこしているに違いありません。そこで必要なのは「多少のことをしても事故に直結しない」仕事、システムの冗長性(余裕)です。「注意するように!」という叱責ではなくシステムとしてのバックアップというわけです。 「異常(エラー)を感知するシステム」と「正しくなければ前に進まないシステム」の違い。場合によっては「被害を最小限にするシステム」まで(この項次回別稿で) 「注意」の種類 最後に蛇足ですが「注意」といっても幾つかの意味があります。 Attention Careful 「叱る」「警告」の3つです。 「注意」と言った場合に上記の3種類の「注意」がごちゃ混ぜに使われており、この稿では主にAttentionの意味で使っています。ですから、「注意するように」と言われたって、何時、何に、どうやって、またAttention なのかCarefulなのか、が明快でないお説教としての「注意」はあまり有効な「注意」になっていないことになります。 「ガンバリズム」「古典的精神主義」より「合理的精神論」: 「エラー撲滅」より「エラーとの共存」: 上述の海保先生は、 といった「対策」は「どうする」と言う具体性に欠けた「古典的精神主義」であるとし、これでは事故はなくならない。心理学や「人間とは」という常識に立って実効性のある知識「科学的心理主義」「合理的精神論」への転換が必要と述べています。さらに「エラー撲滅」より「エラーとの共存」を考えることによって「エラーに頑健な」組織・チームを作るべき、と言うことです。 またJASCRMのERROR MANAGEMENTが出てきましたね。 で、今回の「管理者心得」 「注意するように!」と一件落着するのは簡単、でも「注意すること」はこんなに大変。管理者の皆さん「注意」して下さいね ・ ・・あれ!何がなんだかわけがわからなくなってきたぞ いかがでしょうか?この連載に対する、ご批判、ご意見をお願いいたします。「何だこんなことなら俺が(私が)書いた方が・・・」と思われた貴方、リレー連載をお願いいたします。 引用紹介と註解[2005.9.1追加] 今回は以下の文献・資料を参考にさせていただきましたが、引用の誤り、解釈の誤り、「思い込み」があるかもしれません。 是非、原典にあたることをおすすめします。 1)Illusion Forum http://psywww.human.metro-u.ac.jp/sakusi/ 2) 海保博之 発想支援の心理学 培風館 3) 海保博之 講演資料(HFC ヒューマンファクターセミナー) またお気づきの点はメールでご連絡いただけましたら幸いです。 |
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