番外.その7 「あなたも当事者になる」 院内研修の記録</font>
  ことをわが事として考える」という言葉があります。「危険感受性を高める」という言い方もあります。 厳密な言葉の定義はともかく、人ごとではない、ということにつながると思います。 昨年6月、「他院」の事故が報道されたことを直接の契機として若手の職員を対象に研修を行いました。
以下はその概要を院内LANに掲載したものです。なお「safety bird」は私たち(委員会内のHFグループ)の「機関紙」です。 また事故の概要は前もって添付しました。

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SAFETY BIRD 13

緊急時の薬剤使用に関する勉強会
(対象1-3年目看護婦、技師)

03.6.16.
薬剤部・事故予防対策委員会

1)A日赤病院の事故をshellモデルで考える
「誤薬」と「誤挿管」が重なった事故ですが「他人事(ひとごと)」ではありません。
当院でも誤薬は「頻発?」していますし、緊急挿管にともなうトラブルの結果、患者の予後に影響を与えたケースは年に1回は発生しています。 一般的な意味ではなく「ことを、我がこと」として捉えることがHF-CRM的思考の前提です。
まず問題点と考えられる事項、疑問を挙げてみて下さい。いくつでも可。

2)緊急時に使用する薬剤の知識と適応
実際には薬剤の投与は医師に指示されてするものですが、だからといって「知らない」ことは治療が遅れるばかりでなく、事故のもとです。 思いこみエラー」の最大の原因は知識不足です。場合によっては医師の指示に「no」と言ったり、「えっ?!」と再確認を求めることも必要です。
ACLS(advanced cardiac life support医療従事者の行うべき二次的救命法)トレーニングでは医療従事者の職種に関係なく 「する事」「使用する薬剤」「薬剤の量」などをトレーニングされます。チームとして必要だからです。 今回は、救急カートに常備してある薬品のなかから特に熟知しておく必要のある薬剤をとりあげます。

○○日中に人数をお知らせ下さい 内線×××まで

 

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内容と進行(委員会内メモ)

勉強会の目的
1.A病院の事故をどう考えるか?出来ない看護婦と挿管の出来ない医者の
  三人だけの問題か?我々は大丈夫か?HFの眼で考える入門と提案

2. 実際のきっかけになった薬剤知識の欠如を少しでも補おう。

進行
1.事故の概要の説明
  何が問題か?どうすれば良かったか?を考えさせ、発言させる。
  この過程でヒューマンファクター的考えかたを挿入し話を進める。
  例としてshellモデルによるこの事故の分析の試みとshellの説明。
  こういう分析と対策を考えなければ「別の三人の組み合わせ」で同じことが起きる、
  ということを理解してもらう。

2.当院での挿管事故の3例をHF的に考える(時間が不足?)
  挿管する医者の心理、スレット、アクテイブモニタリング、何かをしたら間違えることもある、
  アサーション、チームとして、次の手を考える、リーダーシップなどに言及

3.緊急時に使用する薬剤の解説(薬剤部T)
  解説
  計算例(難しい?)

4.G2000ACLSのアルゴリズムを渡し終了 19:30まで

「あなたもいつか当事者になる」

03.6.17. 事故防止委員会(HF研)・薬剤部

この勉強会の目的は

1.この事故をどう考えるか?出来ない看護婦と挿管の出来ない医者の三人だけの問題か?
  我々は大丈夫か?ヒューマンファクターの眼で考えることを提案したい

2.同じような「挿管時」におきた我々のケースも考える

3.実際のきっかけになった薬剤知識の欠如を少しでも補おう。緊急時に使用する薬剤。


 A赤十字病院は二十一日、五月上旬に同病院で心筋梗塞(こうそく)の救急治療を受けた患者が、薬剤の過剰投与と気管内挿管の誤挿入という二重の医療過誤により、 自発呼吸停止の重体になっていると発表した。患者は現在、同病院で集中治療中。同病院はA保健所とA中央署に報告し、同署は業務上過失致傷の疑いで調べている。
 関係者によると、医療事故が起きたのは九日夜、患者は道北地方の六十代の女性。
 院長らによると、患者は当時、胸の痛みを訴えており、循環器内科の医師が急性心筋梗塞と診断。 同科の医師四人らが、ふさがった冠動脈内に管を通して広げる処置を施した。その直後に不整脈が発生。 同科の副部長(51)は不整脈抑制剤を百ミリグラム含んだ溶液五ミリリットルの投与を決定したが、看護師(48)には「百ミリ」と重さの単位を省いて指示した。
 看護師は薬剤の量などを確認せず、「一時間で溶液を百ミリリットル投与する」と思い込み、 副部長が意図した量の十倍に当たる抑制剤一千ミリグラムを含む溶液五十ミリリットルを三十分間、患者に投与した。
 間もなく患者の心肺機能が停止したため、副部長は体内に酸素を送る気管内挿管を試みたが、誤って食道に挿入。副部長は呼吸音を確かめる聴診器を持っておらず、 同科の若手医師(27)が呼吸音の確認に当たったが、挿管ミスに気づかず、患者は低酸素状態に陥って自発呼吸が停止した。
 同病院は数日後、事故調査委員会を設置し、事実関係を確認。院長が、副部長と若手医師、看護師の三人を厳重注意した。 日本赤十字社は近く、院長や副院長を含め正式処分する方針。(以上、H新聞web版より)

 「誤薬」と「誤挿管」が重なった事故ですが「他人事(ひとごと)」ではありません。
 当院でも誤薬は毎日のように「頻発?」していますし、緊急挿管にともなうトラブルの結果、患者の予後に影響を与えたケースは年に1回は発生しています。
 一般的な意味ではなく「ことを、我がこと」として捉えることがHF-CRM的思考の前提です。
新聞記事だけの情報ですが、まず問題点と考えられる事項、疑問を挙げてみて下さい。いくつでも可です。こうしておけば良かった、とか・・

事象の連鎖
 事故というのは前の講義でもJASのビデオでもわかるようにたった一つのエラーから起こることはまれです。 いくつかの事象(潜在的エラー)が鎖のようにつながって起きる、と考え、これを「事象の連鎖」(chain of events)といいます。 1984年のICAO国際民間航空機構の会議で提唱されたのが最初ということですが、下のような図です。(スイスチーズモデルも同じ発想です)


 この図の理念は、事故の原因を最後の現場の「当事者」に押しつけるのではなくさかのぼって上流まで考えなければならない、 という考え方と同時にこの連鎖のなかのどこかで(誰かが)気がついていれば連鎖を遮断出来たのではないか(出来る)という考え方です。 そして類似現象がある、ということです。事故調査の基本的思想をあらわしています。つまり「WHO」(誰が起こしたか?)という発想から、 「WHAT」(何が、起こしたのか?)という発想へ、さらに同じ「WHO」でも誰かがどこかで阻止できるチャンスはなかったか?と発想の転換が必要ということです。 そう考えなければ、今回のこの病院の事故を「ドジな3人が原因」としてしまうことで、 「時とところを変えてまた違う組み合わせの3人」が同じ事故を繰り返すことになります。「失敗知識の共有化」というだけでなく、 産業界で考案されたヒューマンファクター分析方法によってこの事故を考えてみたいと思います。 あくまでも新聞での報道以外は推定で・・・(非難する事が目的でなく、我々が学ぶことが目的なので細かい事実誤認はお許しを)

SHELLモデル
1980年代にオランダKLMの機長でもあり心理学者でもあったHawkinsが航空機事故のヒューマンファクター分析のツールとして(Edwardsのものを応用して) 提案したものです。HF分析ツールとしてはVTAやFTA,要因分析(魚の骨図)などありますが今回はpm-SHELLなどとして医療にも提案されていますので m-SHELLを使って考えたいと思います。
まずshellがあらわしているヒューマンファクターズの定義ですが、組織によって多少表現は違うのですがこのようなことです。HFCの定義です。
 「人間の行為行動は、様々な要因の影響を受ける。これらの要因を総称して、ヒューマンファクター(人的要因)とよぶ。 例えば、焦り、疲労、記憶、年齢などの心理的・生理的要因、装置やものの使いやすさ・見やすさ、温度・湿度・照度などの適切さなどの物的・環境的要因、 リーダーシップ、コミュニケーション、慣習など集団的・風土的要因、安全管理や安全哲学などの管理的・経営的要因などがある。 またこれらのヒューマンファクターは、人間の行動に悪影響を与えることもあれば、好影響を与えることもある」
またヒューマンエラーに関しては次のように定義しています。
 「このようなヒューマンファクターの影響を受けて行われた人間の行為・行動が、望ましい結果と異なる場合をヒューマンエラーとよぶ、 ただし、望ましくない結果を期待して意図的に行う行為は含まない」

 Shellモデルを図にそって簡単に説明していきますと、まんなかのLは自分(事故やインデントの当事者)です。 まず自分自身のエラーやアクシデント、インシデントを引き起こすような要因、例えば、焦り、心配事、疲労、記憶、年齢などです。 次にまん中のLとS(software)の問題があります。マニュアルや決まりなどシステムの運用にかかわる「形」にならないものをさします。 次にLとH(ハードウエア)の問題です。とにかく人間を中心に考えます。使いにくい設備、器具、原因となった機材など。 LとE(environment環境)物理的環境、労働条件、職場の発言しやすい雰囲気、勤務時間。そしてL(自分自身)と関係した他の人間Lの関係です。 コミュニケーション、チームワーク、リーダーシップにかかわることです。そしてこれらが接する面がギザギザしていることが問題の所在を表しています。 Pm-shellという場合のMはマネージメントで全体をとり囲んでいます。Pは患者さんをあらわしています。

 最初の「誤薬」についてざっと挙げてみます。
L-self:カテ室勤務の経験、循環器勤務の経験、緊急時の経験は?焦り
L-S:復唱したり声を出す習慣・マニュアル、2?3way コミュニケーション、キシロカインを
     するという習慣(もしリドクイックだったら)、「mg」(単位)を省略する習慣、リソースの活用
     (エマージェンシーコールがない?)
L-H:2種類の濃度の薬を(救急カートに)おいてあった
L-E:暗い、急ぐ環境、聞き直せない雰囲気?
L-L:疑問を問い直せない、TAG? 変だと思ったら訊く関係
M:院内のリソースの活用、3人しかいなかったわけではない。他のメンバーは何をしていた?
 Workload management

 次に「誤挿管」についてです。あくまでも「我々だったらパーフェクトに出来る」などと言うことではありません。我々にも起こりうるということです。

L-self:突発的な心停止へのあせり、緊急時挿管の経験・技術的問題
L-S:emergency call、リソースの有効活用、人を呼ばない慣習?確認法、active monitoring
     の必要性、思いこみエラー(チームとして)、状況認識(何が起こっているのか?
     何をすればよいのか?)
L-H:呼気炭酸ガスモニター、酸素飽和度モニター
L-E:暗い、閉鎖された環境(他人の目に付かない。気づいてもらえない)
L-L:チームリーダー?挿管は本人がすべきか?ダブルチェックの難しさ(環境を同じくしている、
     上司の仕事のチェックになる)1歩下がったジャンプシートの必要性、他の2人の医者は?

表はPm-SHELLモデルの各要素(東京電力 河野氏による)


2番目の問題についてもう少し考えます。「挿管しなければならない状況」とはどんなときでしょうか?

挿管が必要なとき
 挿管が必要なのは次のようなときです

1.麻酔時

2.呼吸不全がひどくなってきてICUで・・

3.病棟で緊急時時間外に行う
  そして、ICUへ・・

4.救急室であるいは、緊急入院で
 この中でリスクが悪いのは3?4?2?1の順でしょうか?

落ち着いて出来るかどうかはこんなことが影響する(5つの要因)
1.マスクで確実に換気ができるか。失敗したら、またトライすればよい、と考えることが
  できるか(技術的な余裕)

2.患者の全身状態は換気さえしていれば、とりあえず安定しているかどうか
  (患者の状態、呼吸不全だけなのかどうか?)

3.マスクでの人工呼吸から手を離して「他のこと」も、自分がしなければならないかどうか
  (人手とワークロード)

4.医師は一人としても、他の手があるかどうか、周りの動きなどで確実に挿管できるかが
  影響される(team work, leadershipは誰が?)

5.その他のリソースを活用できるか?病棟とICUの違いなど(環境)

まるでSHELL分析みたいになってしまいますね。

医者は焦っている
 こんなとき医者は5つの条件にもよりますが本当はあせっています。
 多くの場合「その時」医者は一人しかいないのでワークロードが極端に大きくなっています。
自分でバッグ・マスクを使いながら、周りに指示を出し、次に何をしなければと考えているからです。 挿管の確認や固定もさっさと終わらせて次を・・と考えています。場合によっては、「もうダメかナー」「こんなこと説明してなかったな」 なんてことまで考えています。
 スレットのピークにある、とも言えます。 (挿管ばかりでなく)エラーを起こしやすくなっている状態です。 一回であっさり挿管が出来ない場合、スレットはますます増大します。薬の指示だって間違うかもしれませんし、 こんな時、イライラさせたらやけくそ状態で指示を出すかもしれません。

*         *         *         *

 それでは次に挿管に伴う事故・トラブルからヒューマンファクター/TRM(team resource management)を考えます。すべて当院で実際に起こったことです。

CASE 1.
緊急入院 産褥期の肺水腫
挿管の失敗に気がつかない
看護婦は「胃挿管」の疑いを何度か指摘するが、拒否
「心停止」になってあわてて挿管をやり直す

アサーションとコンフリクト
 このケースはスタッフがかなり強く指摘した(アサーション)にもかかわらず・・・なので「個人の違反行為」(バイオレーション)ともいえます。 個人的なキャラクターの問題もあるのですが「目下の者からの指摘にムキになる」という心理が、やり直しを遅らせてしまった原因です。 「アサーションに伴うコンフリクト」ともいえますが、コンフリクトに関しては「誰からいわれたか?」ではなく「何をいわれたのか?」と受けとめる必要があります。 これは他のことにも通じます。
 誤りを指摘する方も「タイミング」「言い方」「節度ある表現」(必ずしも丁寧にということではありません。 時には、強く、激しく表現することが必要な場合もありますが。)を心がける必要があります。

*注1
 アサーションとは「健全な自己主張」ですが、航空界ではアサーションの定義を「安全への主張」と言い換え行動指標を定めています。  つまり上司や同僚のエラーをどのように指摘するか?ということです。JASでは
 1)エラーを発見したら早い時期に節度をもって指摘する
 2)安全を逸脱する行為には勇気を持って粘り強く主張する。
またアサーションが出来なければインクワイアリー(質問)という形で
 1)おかしいと思ったら必ず確認する
 2)(安全に関して)初歩的な質問を馬鹿にしない
ことをトレーニングしているようです。

*注2
 コンフリクトとは「意見の対立」「軋轢(あつれき)」と訳すことが出来ますが、ポイントは「意見の対立を感情的対立に結びつけないこと」、 「誰に言われたかでなく、何をいわれたかと考えること」、このようにムキになってしまうと判断が遅れ「普段なら出来ること」までできなくなってしまいます。

何かをすれば失敗することもあるー「standard call out」が危機を回避するかもしれない
 何かをしたときに必ずうまくいくわけではないことは誰でも知っています。ところが特に忙しいときなどうまくいくことを前提にしてしまいがちです。
 つまり「挿管(つまり何かをすれば)は失敗することが(特に緊急時には)ある」ということを認識すること、がこういうときに第一に必要なことです。
 ⇒(他人の仕事を)「うたがう」のではないが、確認をどうすればよいのか、と考える必要があります。 挿管に関しては従来「呼吸音を聞く」ということで確認されてきました。しかし、呼吸音だけでは・・・断言できない、という経験はあるはずです。 このケースもそうでした。(注3) 第二、何かをしたらその結果をきちんとモニタリングすること。
(active monitoring)起こりうる事を想定して「診る」「観察する」
 ⇒酸素がない人に本来酸素が供給されるのだから、10-20秒以内に患者は少なくとも皮膚の色などに改善の兆し、が見られるはず。 そういう目で見る、ということです。もし現実が想定と違っていたら・・大きな声で「再確認!」とでも叫ぶことです。 またSPO2が90%を切ったら「SPO2 90%!」と宣言する。航空界ではこういう「やりとり」を「スタンダードコールアウト」と言い、 状況の把握と機長と副操縦士の状況認識の共有、機能喪失の確認を目的としてSOPとして実施されているようです。 この「スタンダードコールアウト」は私たちの現場でも直ちに応用できそうです。

*注3
 酸素飽和度、呼気炭酸ガスは必須(落ち着いているときに記録するために使うのでなく、こういう場面のほうが有用です。 従来、挿管は「呼吸音を聞く」ということで確認されてきました。しかし、呼吸音だけでは・・・断言できない、という経験はあるはずです。 (世界でもきっとそうです。だからG2000ではできるだけCO2モニターを気管内挿菅時に使用することが勧められています)

判断に迷う時間を短縮しなければ、次の仕事に取り掛かれません。

Active monitoring(アクテイブモニタリング)
 「あることが起こりうると考えて、それに関するパラメーターを特に監視すること」をactive monitoringといいます。
 全般的(焦点がなく)にみている場合はあるラインを超えた場合に警報、として気が付くことが多いのですが、この場合は傾向、全体の様子をみることになり、 異常の早期の発見が可能になるといわれます。
 またactive monitoringとは少し違いますが「何かをしたら、見る」という習慣が必要です。 例えば心電図をつけたら見る、呼吸器を装着したら、胸郭の動きや呼吸音だけでなく換気モニターも見る、とかです。
 他の処置でも原則は同じです。CVカテーテルを入れたら気胸がありうる。血胸だってある。胸腔内点滴だってある(M市立病院での最近の事故) 「疑うこと」(言葉が悪いが)と客観的になにかで(うまくいっていることを)「確認すること」。それでも・・・いろんなことがあります。 時間をおいて明らかになる例もあります。CVは前日挿入、そのときはレントゲンを撮り確認した開心術のケースです。 麻酔をかけて換気を開始したとたんに緊張性気胸でショック、間一髪でした(当院)。

Case 2
中年女性、心不全による肺水腫
医師2名が救急室で挿管
後から行った別の医師が身体がチアノーゼで腹部膨隆を指摘「胃挿管ではないのか」と指摘。
2名は「呼吸音が聞こえた」と否定したが、ますます腹部膨隆、チアノーゼがひどくなり除脈傾向になったため、 後から行った医師はおこって勝手にチューブを抜いてしまった。
再挿管し患者は落ち着く。後日問題なく退院。
人間関係には問題を残した

心はジャンプシート、必要な「フレッシュアイ」
 ここで前の二人が悪くて後から行った医師が正しい、ということを言いたいわけではありません。当事者でない方が異常を発見しやすい、ということです。
(CRMでは「心はジャンプシート」「フレッシュアイ」ともいいます)
 同じ環境・状況にある二人のダブルチェックは危ない、信頼性が低い。上下関係があればもっと、ということはこの連載「事始め」で何度も書きました。 依存・遠慮に思いこみが加わり、二人でいっしょに「思い込み」に陥っています。また、「最初からやっていたのは自分たちだ。 後からはいってきて何を言うのだ」という心理もあるはずです。Conflictのひとつでしょうか?

思いこみエラー
 失敗を認めたくない、入っていると思いたい
⇒それを否定するような客観的データは「こういう場合もある」「SPO2だってそのうち良くなる」と否定する傾向の心理となりがちです (心理学的には「思い込みエラー」では都合の悪い情報やデータを否定、除外してしまう、という特徴があります。 横浜市大の事件もこの要素が指摘されています)。逆に、都合のいいデータ、情報を過大評価する傾向にあります。  しかし、基本的には知識・技術・経験の不足が大きいと思われます。

CASE 3.
喘息重積発作で緊急入院
エレベーターの中で呼吸停止となりICUで心停止も確認された
挿管に手間取り、マッサージはしていた、というが30分以上かかった。*
蘇生後脳障害

モニタリングと次の手
 チームの全員が「挿管」という「一点凝視」で「とらわれ」てしまっていたようです。
 「次の手」が考えられなかったのがこのケースかもしれません。
いわゆる事故とはいえないかもしれませんが、どうもチームの全員が「頭が真っ白」だったような印象です。心停止の時間の「印象」を聞いても「5分くらい・・。 でもマッサージしていたからほとんどない」「30分以上・・」と皆違います。モニターの記録や時間の記録も残っていません。付けていない!?
 当直医の技術的な問題もありますが、他のスタッフも全員、「挿管」「挿管」・・・になっていたような印象です。 「リーダーがいなかった」(当直医は挿管にかかりきりとなりますので、そのとき全体を見るリーダーが必要です) ・・・そんなこんなで挿管はできたが院内の心停止で「蘇生後脳障害」をつくってしまいました。

みんなが一つになると危ない・リーダーは・・
 緊急時「あることが上手くいかない」時にとりあえずすることはそんなにないはずです。
 (ACLSのABCDだ)することはとりあえず4つしかないので、その間に考えるとよいのです。
みんなが一つにかかりっきりになってしまう(そしてそこで止まってしまう)ことが一番危ないことは他産業のHF事故事例で教訓化されています。
 リーダー(当番としてのリーダーではない)の任務は、一歩引いて、最低(最上位)の目的(こういう場合であれば"低酸素にしない、 避ける"というのが最終の目的かもしれません)を考え、「ある手」(人材/リソース)を使って(workload の配分)4つの仕事を割り当て、 必要なら助けを呼び、自分は原則として手を出さずに、全体を見てそれぞれの仕事が安全にかつ有効に進んでいるかを判断し次の指示をだすことです。

 みんなの心が一つになるのはいいのですが、みんな一緒に頭が真っ白になってしまった、という感じがしてなりません。
 リーダー(リーダーシップ)が必要なのはこんな時です。
(またメンバーは「そのとき」どういう風に何を?をするものなのか?を少なくとも頭で理解している必要があります。ACLSはその為のトレーニングです)

* A日赤病院の事例やCase1-3として紹介した当院の例は「俺ならうまくやったのに」と言うつもりでは全くありません。 「貴重な公開された失敗例」を(私たちなりの)「HF-CRMの眼」から分析し、個々の特別な問題としてではなく一般化された教訓として 今後の行動指針をさぐるために共有の糧としたいと考えているからです。
 本当はその時、どう、何を考えていたのか?がわかると教訓はもっと深まるに違いありません。(S)

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* この「講義記録」はパワーポイントを使用しながら、参加者の約半数の方に発言していただいた意見とそのときの私たちの説明の概略です。

* この勉強会の2週間後参加した職員全員へのアンケートをおこないました。アンケートの目的は1)「HF入門」的な話をどのくらい受け入れられたか、 ということと 2)緊急時に使用する薬剤の話の理解 3)勉強会の内容をもう一度思い起こしてもらう、ためです。 その結果の一部を掲載します。回収率は約50%でした。


いかがでしたでしょうか?
今回は私たちのつたない取り組みの具体例を掲載してみました。
ご意見、ご指導いただけると本当にありがたいと思っています。

また、この連載全体に対するご意見、ご批判、ご教示をお願いいたします。
 
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