番外29 SBAR  コミュニケーション
  〜医療現場の「新しい?」「構造的コミュニケーション」ツール〜

「right word」,「phraseology」,「assertion」,「SBAR」、「call-back」,「call-out」「check-back」・・・は(医療)安全コミュニケーションのキーワード


★ 事故の70%にコミュニケーションの失敗が関与している
 JCAHO[Joint Commission on the Accreditation of Healthcare Organizations]によると医療事故(adverse event)の70%にコミュニケーションが関係しているそうです(2005)。

JACHO 2005 その結果

1.情報の伝達の失敗

2.情報の理解の失敗

3.メンタルモデル[1]の共有の失敗

がもたらされ、事故やsentinel eventにつながっているというのです。

★ TeamSTEPPS
 「TeamSTEPPS」というのは数年前からAHRQ[Agency for Healthcare Research and Quality]などですすめられている、事故防止のためのチームワークの向上を目的とした トレーニングプログラムです。 そのなかのコミュニケーショントレーニングのひとつに「SBAR」が取り上げられています。 S.B.A.R.とは以下のようなことです。
SBAR

S: situation 状況把握

B: background 背景理解

A: assessment 評価

R: recommendation 提案

 例えば、上司や同僚に、あるいは看護師から医師に患者さんのことで連絡するときにこういうプロセスで連絡(電話など)すると  コミュニケーションの失敗を少なくすることができる、というツールです。

Sとは:何に関して、電話をしたのか?
 自分、ユニット、患者、部屋番号、を特定してください。 簡潔に問題を述べてください: いつ始まったか、
 そして、それが何であるかということであり、および重症かどうかの程度をはっきり。

Bとは:状況に関連する基礎的な情報を提供してください。
 患者チャート、入院時診断と日付。 現在の薬物療法、アレルギー、点滴、そして検査。 そして、最新のバイタルサインと検査結果。
 前のテストがあれば、それとの比較、その日付と時間。他の臨床の情報があればそれも。

Aとは:あなたのアセスメントはどうですか?
 (「私はこう思う」と)

Rとは:あなたは何をしたらよいと思いますか、そして、あなたが何をして欲しいですか?
 例えば;来院させる、入院させる。見てほしい。オーダーを変えてほしい。検査の指示がほしい。


実際の例 (team STEPPSに載っていたもの)
S: スミス先生、私はスーザン、呼吸療法士です。ジョーンズさんが呼吸困難になっています。

B: ジョーンズさんは、重症の慢性閉塞性肺疾患の65歳の患者です。状態が悪くなってきてはいたのですが、今、急激に悪くなりました。

A: 患者の呼吸音が右側が弱いです。 私は、彼には気胸ではないかと思います。

R: 私は、胸部X線写真が必要と思います(写真をとる指示をください)


★ 有効なコミュニケーションのために望まれていることは、こんなこと


1. 構造的SBAR

2. アサーション/クリテカルな場面での用語・用法[2]

3. コミュニケーションが尊重される環境・雰囲気(心理学的安心)

*2,3、は次回


★ なぜSBARなのだろうか?

 情報を受け取る側が必要としているのは、問題にフレームをあて、絞り込んでいくためのpunch line「急所」(日本語ではポイント?)。 それが最初にほしい、ということのようです。

 ところがわれわれが習ってきたのはケースをプレゼンするとか、SOAPで記録するとかいったことです。
 そして、われわれが習ってこなかったのは、急を要する情報を少ない言葉できちんとどうやって伝えるか?とか、 情報を受け取る人に誤解されないように(FRAME)どうやって言語的に伝えるか?ということなのです。
 (看護師が習ってきたのはどちらかといえば「ナラテイブ」で、医師が習ってきたのは「診断」とか「治療」という違いもあります)。

 そんな中でSBAR(や上記2,3項)を適用することで、言語による効果的な(情報の)「伝達」と「受領」が可能となり、 医療システムにおける安全性と信頼性が向上するというのです。

★ ただ「S・B・A・Rの順に話せばいい」というものではない?


〜「できない人のためのマニュアル」ではない。必要なレベルアップ〜
〜単に「便利なツール」として考えるとトラブルになるかも?〜


 ところが、Sはともかく、Bを「言葉」だけで表現し、自分のAを述べ、Recommendする、というのはコミュニケーションの前提として仕事の「質」の向上が問われます。

「状況を的確に理解し、表現できることがまず必要」「電話を中断してチャートをとりに走るなんてこと、 やってちゃだめですよね」とは山内桂子先生の言です(9.29.札幌)。

 もとになったCRMに関しても同じことが言われています。
「思想、考え方を理解しなければ単なるスキルでおわってしまう」 (「事故はなぜ繰り返すのか」の著者、元全日空機長I氏)、
「医療界は新しいことばには飛びつくが・・・」(「機長の危機管理」のT日本航空機長)


*     *     *

 もともとは航空界のCRM (ヒューマンファクターを基礎としてチームのパフォーマンスを最大限発揮し、事故を防ぎ効率的な運航をめざす、 というトレーニング)の医療版だとおもわれます。
内容的にも、SBARのほかcallback ,callout ,check-backなど、これもCRMと同じ言葉がでてきます。

CRMを開発したヘルムライヒ教授は2000年頃から医療界にTRM(CRM)を薦めていました。
それと、このペンタゴン発team STEPPSは別か?関係もちょっと不明です(知ってる人がいたら教えて!)
team STEPPSの写真(イラスト)にでてくる戦争のチームワークと医療現場が同じとはどうしても思えませんし・・・・・。

SBARはもともと潜水艦で艦長を(臨時に)「起こす」時のルールがもとになっているそうです。
ただTAGなどとの関係を考えてみると、立場だけでなく、経験も知識も、責任も明らかに違う者同士の会話にRecommendationという主張性を強く押し出した行動だけが強調されると、 逆にチームがぎくしゃくする可能性を感じます。他施設の知人の感想ですが「最近、(SBARを習ったらしい)看護師がなにかと○○をしましょう。 ●○をしてください、と「強く」言ってくる。我々に対しては結構、高飛車に感じる。自分の組織の中ではおとなしい、上意下達の軍隊的組織づくりなのに・・・(笑)」


 航空は長い経験から、そんなに簡単に「した」が「うえ」に気楽に提案することなど、あり得ないし、必要もない、 20代半ばの副操縦士が50代のベテランキャプテンと対等なはずがない、フラットな関係ならそれもおかしい、ことを知っています。
JAXAのCRM指標、評価基準などでもかなり気を使っていることが感じられます。ですから、航空でも軍隊でもない我々がCRMの歴史や背景への理解なく、 単に「ツール」としてとりこむことには少し不安を感じています。

また、team STEPPSは教育のプログラムなので「商品」でもあります(ペンタゴンだから「武器」輸出? ははは)。
アメリカンフットボールの用語が出てきて訳していてニュアンスがわからないところがたくさんありました。解釈が間違っているかもしれません。
間違っているところの指摘をお願いします。

-----------------------------------------------------

[1] メンタルモデルとは、人がある情報に関して、それぞれ独自に作り上げる心の世界。人は情報が入ってくると、その情報を高速に処理するために、 とりあえずこれはこういうもんだと、頭の中に理解のモデルを作る。これがメンタルモデル。これが現実と違っていたり、周りの人の理解モデルと違っていたりすると大変。
[2] CRMでは「エラーの指摘」「安全への主張」と明瞭に「翻訳」している
[その他]SBARについてはだいぶ前に大阪大学病院の中島和江先生がDVDを出しておられます。
[メインページへ]