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「機長、究極の決断 ハドソン川の奇跡」 読書録から ★ ヒーローには運がある
「ヒーローには運がある」とJ.Reasonが「組織事故とレジリエンス」で言っている。まさしく「ハドソン川の奇跡」USエアウエイズ、サレンバーガー機長は「危機を脱するヒーロー」の一人に違いない。
空を飛ぶ仕事をしよう、と決心したのが5歳。16歳で初ソロ飛行だ。
空をとぶことがとにかく大好きで、しかしかなりの「堅物」なのだそうだ。自分自身を「冴えない男」とまで評している。 | 事故の経過はReasonが「ヒーローには運がある」と言うのは確かにそうだと納得してしまうストーリーだ。 離陸から90秒。 エンジンがバードストライクで両側とも停止してしまった旅客機の操縦席にこの機長がいて、副操縦士が他機種の機長経験豊富な人間で、初めてチームを組んで4日目なのに、 言われなくともエンジン停止時のチェックリストをものすごいスピードで実行。再起動を試みる。しかしだめだ。 機長は「メイディ、メイディ」と緊急信号を出してわずか40秒後に(管制官から勧められたラガーディアでもテータボロでもなく、ハドソン川へ着水することを決断、「ハドソンへ」と管制に伝えた。 管制官は「ハドソンへ」が何を意味しているのかははっきり理解していなかったようだ。でも、便名のコールを間違いながらも、ラガーディア周辺を飛行中の航空機の交通整理を行い、関係機関へ援助の要請をおこなった。 CA(キャビンアテンダント)は何度も組んだことのあるオバちゃんだ。こまごまと指示なんかしなくとも”一生に一回あるかないか”の仕事を訓練以上にやり遂げた。 乗客に防御姿勢をとらせ、機種が上向きに着水したのをみて、ただちに乗客を前方に移動させた。そして、前方のドアと主翼の上にパニックにさせることなく誘導。 着水から3分、誰の指示も命令もないのに両岸からフェリーや水上タクシーがかけつけ、通り過ぎたフェリーまで引き返して乗客もいっしょになって救助活動。結果、負傷者・死者ゼロ。 ★ 「運は準備していた人だけに」 〜適切な人が、適切な時に、適切な場所にいた!〜
こんなことが同時におきるなんてやはり「奇跡」(運)なのだ(避難訓練だってこうはいかない)。しかし、Reasonは言うのだ。「運は準備していた人だけに」。この本でいいたいのもきっとここだ。
もちろん著者は「私は準備していたから助けることが出来た」などとは言わない。代わってReasonがいう。
(驚異的なリカバリーの源泉として)「ひとつだけ最も重要なものがあるとすれば、それは適切な人が、適切なときに、適切な場所にいることである」
(そしてそのヒーローたちは)「まったく突然現れたわけではない。彼らの属する組織によって選ばれ、訓練され、大事に育てられ、支援されたのだ」 | サレンバーガー機長自身も「わたしはこんなことがなければ静かにパイロットとしての仕事を終えるはずだった」と語り「いつも準備していたことをチームで行った」と静かにチームを誇るだけなのだ。
★ 静かなプロ 〜人知れず任務に励む〜
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多くの(潜在的)プロは、事故や大きな問題に出っくわすこともなく(したがって「プロ」と華やかに賞賛されることもなく)静かに人生(仕事)を終えるのかもしれない。しかし、それもプロだと思う。
どんな職場を見ていても「何気なく普通に仕事を済ませている人」「自分から声高に主張することは少ないが尋ねてみるとちゃんと理にかなった応え(行動)をする人」がいる。
この人たちも「きっとプロだ」と思うのは私の勝手な解釈だろうか?前に書いた「ピカピカに磨き上げられた化学工場の床」の話もそう。多くの「静かなプロ」たちのおかげで世の中がまわっているような気がしている。 | 機長は受け取った一つの手紙を紹介している「“人知れず任務に励む”人たちは他にも大勢います。 あなたが体験した出来事が、この人たちに、勤勉精励の見返りはただ一つ、試練が来ても備えがあることだとの理解を広める結果になってほしいものです。 ・・・試練に出合った時、あなたは十分な備えを蓄え済みだった・・」
★ 「遅れても災難よりまし」
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さて、サレンバーガー機長は中華料理店でひきあてた「おみくじ」を持っていた。そこには「遅れても災難よりましA delay better than disaster」と書いてあった。
その意味は「料理に少し時間がかかるけど、マズイよりいいでしょう」という意味らしい。気に入って、いつも持ち歩く航空路線図の中にはりつけてあった。
沈んだ機体の中からそれは引き揚げられ本人に返還された。「safety before schedule(時刻表より安全が先)」「better late than never(遅れても着かないよりまし)」
という世界一安全といわれるカンタス航空のたった一言の基本方針と同じだったのは偶然なのだろうか? | しかし、彼には最近の航空界への不安もある(他の業界でも多分同じ)。「(他の職種の人が)機長に異論を唱えることが必要な場合はもちろんある。 しかし(最近)我々が社内でうける批判の中には、もっと時刻表通りに、もっと安上がりにしたいということから生まれるものがある」 「判断力を買われて雇われているはずなのに、規則に従うかどうかだけで評価される」だが「我々にはパーキングブレーキという武器がある」 「安全な飛行ができると機長が確信できなければ飛行機を出発させない」これが責任あるものの権限と義務だ、というのだ。 この本はこんな話ばかりでなく、機長夫妻に子供がどうしても出来ずに、生まれてすぐの女の子を二人養子にして育てていること。「親になれたこと」 「愛する家族をもてたこと」を社会にとても感謝していることなどが書かれている。機長の人となりがあらわれているような気がした(原著HIGHEST DUTYの裏表紙は家族4人の写真だ)。 ALPA(定期航空操縦士協会)の安全委員会メンバーでもあった機長は事故の時、地元の図書館から借りたシドニー・デッカーの「JUST CULTURE」をもっていた。 そう、和名「ヒューマンエラーは裁けるか」です。事故のあと、クルーに「市の鍵」を贈って称えたニューヨークのブルームバーグ市長は「おまけ」として濡れてブヨブヨになった本の代わりに 新しい「JUST CULTURE」を機長にプレゼントした。(下はCNNのニュースから)
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同じ本を同じ時期に読んでいることを知るとなぜかうれしい。 | 「プロを目指すすべての人に読んでほしい」とは芳賀繁先生の言でした。(23.1.)
*参考 | 「組織事故とレジリエンス」(J.Reason 2010)日科技連出版:「安全の最後は、やっぱり人だよね」、ガチガチにつくる「安全」から、柔軟で回復力のある「安全」へ発想を進化させる 「組織事故」(同 1997)同 :スイスチーズモデルを提唱した本 「ヒューマンエラーは裁けるか」(S.Dekker 芳賀繁訳 2009)東京大学出版:no-blame(人を責めない)とaccountability(説明責任)がJUST CULTURE(正義の文化)を作る
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