番外24 「無菌の操縦席」
  (SAFTY BIRD No.○○)
Sterile cockpit rule(無菌の操縦席)という言葉を聞いたことがあるだろうか。
  航空機の運航には最も危険な時間がある。それは離陸時の3分間と着陸時の8分間だ。
この11分間に多くの事故が集中していることが統計上あきらかにされている。
これを「クリテイカル・イレブン・ミニッツ(魔の11分間)」といい
航空機の運航にもっとも危険な時間といわれている。
パイロットにとって最もワークロードが集中する時間だ。

   この11分間を含む高度3000m以下ではsterile cockpit ruleとよばれるきまりが国際的に[1]定められている。
どういうことかというと、この時間、操縦室内では、ワークロードが急激に増加する。
そのため、操縦室内では誤解を防ぐため、決められた用語を使った業務以外の会話が禁じられ、客室から操縦室への連絡も緊急事態以外とらないことになっているのだ。

 LOSA(line operation safety audit)という新しいproactive(予防的)な事故防止策がある。
実際の運航を(コックピットに専門家が同乗して[2])観察することで、運航中のスレット(エラーを誘発する因子)を発見して行こうというものだ。
 最近、各航空会社がこれを実行してみた。それによると、この「sterile cockpit」 であるはずの時間帯に、JALでは客室から操縦席への問い合わせが多く、
その25%でパイロットが管制との交信を聞き逃しかねない、といった、エラーの可能性を増していることがあきらかになった
(他社では客室乗務員の判断で、理由の40%を占めるトイレ使用などを断っていた)。(09.5.27.朝日新聞など)

 さて、この「Sterile cockpit ruleの発想を医療にも導入せよ」、と以前から訴えているのが自治医大シミュレーションセンターの河野龍太郎先生だ(河野先生はもと管制官)。
河野先生が挙げた例は、薬剤部で調剤作業中や監査中の薬剤師への声掛けや、病棟で点滴の調整をしている看護師への声掛けを禁止せよ、というもの。

 確かに、薬やその量を測ったりしているときに、同僚から声をかけられたり、それに返事をしたりすると、注意が逸らされる。
視線もずれるであろうことは誰でも想像できる。点滴を作ったり、薬剤を数えたりすること、それ自身は専門家にとっては、いわゆる「難しい」仕事ではない。
ある意味でルールベースの作業ともいえる。特別「考えている」わけではない。だからこそ、逆に声掛けなどの外部からの刺激に簡単に影響されてしまうのだ。
仕事は一見単純だが「結果」はこわい。
   手術中の医師への電話連絡やPHSコールもこのルール違反になる、というより、世間の常識外れだ(まず手術室へ電話を「迷うことなく?」繋ぐのがおかしい)。
術者だって聞かれれば答えざるを得ない。「怒っている」ことを顔に出すことは大人げなく見える、だから聞く、答える、耐える。
しかし、集中力が中断されていることはあきらかだ。(本当の緊急以外は)外部からの雑音なしに手術に集中する環境をととのえることが、安全、かつ皆のためになることは「クリテイカルイレブン」のコックピットと同じなのだ。

 こういうエラーを誘発する要因のことをthreat(スレット)という。
(声掛けや電話に限らないが)エラーがおきる前にスレットを明らかにし、それを避け、対処を考えることが、現場で事故を防止する第一のステップ[3]なのだ。
「Sterile cockpit rule」はそのためのルールでもある。
 LOSAによってJAL[4]のスレットが明らかにされたが、わが病院の日常業務におけるスレットも「しかたない」とか「あたりまえ」とか思わずにauditしていくことが必要かもしれない。
 
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いかがでしたでしょうか?今回は私達グループの「safety bird」から再掲です。
この連載にご批判、ご意見をお願いいたします。また「ここ間違ってるよ」とでもご教示をいただけるともっとうれしいです。

-----[引用紹介と註解]-----

[1] 国際民間航空機構

[2] 運航やヒューマンファクターのトレーニングをうけた専門家。世界中でいくつかの会社がこのauditをうけもち、乗務員の名前などを明らかにせずに、各社の「傾向」「文化」として報告する。各社は数年ごとにサンプリングしたauditを実施、前回と比較し改善を知ることができる。

[3] Threat and error managementという新しいproactiveな事故防止の取り組みが4年位前から行われている。病院で導入しているところもある。

[4] JALと名前を出しましたが、JALの安全に問題があるといっているわけではありません。僕が上京するときもほとんどJALです(笑)。取り組みの例としてあげました。
実際この後の報道(09.6.22.読売)では、操縦席への連絡の基準を変更しています。つまりLOSAが機能しているのです。


 
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