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本日のヒヤリハット トラブル回避例 何か具合の悪いことが起こっているようだが、何が原因かはっきりしない、わからない、と自分だけが感じているようなことはどんな業務でもあります。そんなとき「原因がわかってから」とか「もう少し様子を見てから」とか考えて「その次の判断を先送りして」しまうことはないでしょうか? 手術のときにそんなことがおこったら・・・・・という例です。 事例------------------------------------------ トリプルAの手術(腹腔内)、続けて両側F−Pバイパスを予定 小柄な女性 麻酔は気管内挿管下でレミフェンタニル使用。 歯は上顎は全部入れ歯 手術は順調に推移していた それは、閉腹時におこった
これは私たちが経験した,なんということのない小さなエラーから始まったトラブル回避例です。しかし、こんなことだって、人数が少なかったり、時間の切迫している状況(たとえば破裂例)で発生したとすればどうなっていたかわかりません。 今回は何よりも運がよかった、と考えられますが・・・・ ★「何か変だ」宣言ができた---麻酔を麻酔科に依頼せず「なかまうち」の手術であったこともあり、気がついた麻酔担当医(有資格者)はすぐに状況を術者やチ−ム全体に伝えました。情報の共有は状況認識の共有となり、チームの行動に一貫性がでてきます。これが正規の麻酔科医と外科医チ−ムの関係だったら(特に麻酔科医は普段病棟をみていない)どうなるでしょうか。麻酔科医は自分の責任(テリトリ−)にかかわることなので、「何とか自分で解決しよう」と考えたり、「手術を遅らせることになる」と遠慮したり、「文句をいわれる」ことを躊躇したりはしないでしょうか?そのため「トラブルが起きている」という状況を(手術室の看護師を含めた)チ−ム全体が認識するまでの時間がかかってしまう、ことも考えられます。 (たとえ原因が不明でも)「問題が起こっている」ということを「単純に」「時間をおかずに」看護師やCEも含めて手術チ−ム全員が共有する、ということは意外と難しいものだと思います。 「あれ?どうしたんだろう」「変だなー」などと小声でぶつぶつ言いながら、機械をいじったり、あちこちを覗いたり、となると「さっきから、何やってるんですか?」と術野からイラついた声がとんできたりすることだってあります。手術室全体のリソースを効率的に(気持ちよく)活用するためには、まず「何か変だ宣言」を時間をおかずに、単刀直入におこなうことが必要なのです。 ★時期が良かった---幸い、閉腹にかかっていた時期だったので、引き続き「術野を変えて同一患者に行われる予定」だった手術の一時中止を提案、原因を突き止める時間を取ることが出来ました。「緊張性気胸が考えられる」ことを(場合によっては「犯人」になりうる、術前に中心静脈穿刺をした)助手役の医師に告げた時、「そんな覚えはないんですがねえ」というやりとりこそありありましたが、終わってからは「笑い話」ですみました。 問題発生の時期が大動脈遮断の時期や万一出血の対処をしているような(ワークロードの大きな)時期だったらこう冷静にはことが運ばなかったかもしれません。 ★似た経験があった---様子を見ていた医者も含めて4人のうち2人が心臓手術開始時に緊張性気胸がおきた経験(そのときはレントゲンを撮る余裕もなくトロッカーを挿入)や気管支喘息重責時の人工呼吸などで肺のオ−バ−インフレ−ション時の動脈波形を知っていたことも幸いしました。結果的に診断は違っていましたが僅かの時間で問題を絞ることが出来ました。 ★予定の手術だった---日中・予定の手術だったせいで、手術室での緊急の撮影もすぐに出来たことも幸運でした。 ★反省:知っておくべきこと 1)結局は「初歩的なミス」で手術を中断したり、予定の手術を中止したりとなってしまったわけで、知識や技術のうえから反省することはたくさんあるのですが、それはここ(HFを考える場ですので)では省略します(注 院内LAN版には載せました)。 2)原因探索チ−ムと現状維持チーム(全体をモニターしたり、とりあえず手術を続ける)を分けることが必要。「何か変だ宣言」は良いのですが、場合によってはみんなが「そのこと」に一点集中してしまうと新たなトラブルにむすびつきます。原因探索をするチ−ムと手術を続けたり(止めてしまうと危ないこともある)、患者全体をモニターしたりするチ−ムの役割分担を再確認すること(「○○さんはモニターを読み上げて!」とか、「術者はゆっくり手術を続けて」など)が必要です。 * * *
「何か変だ、宣言」というのは変な日本語ですが、実際には「何か変だ」と感じたとしても、「いや、もう少し様子を見て相談しよう」とか「原因がわかってから」とか、「手術を中断させる(中止させる)ほどでもないかもしれない」などと考えてしまい、手術チ−ムとしての状況認識を共有するタイミングを遅らせてしまうことがないとはいえません。 私たちは、できる限り安全に良い仕事をするために、リソースを活用することが必要です(活用する姿勢をみせることも)。そのためには、仮に100%正確な情報でなくとも「何かが起こっている」ことをチーム共通の認識としておくことが求められます。そして、そのことを気兼ねなく発信できるチームの雰囲気づくりこそがもっとも大切なのです。 これは手術室に限ったことではなくどんな部署でも同じことです。夜勤の看護師などでも自分の受け持ちの患者さんが"何かいつもと違う"しかしなんだかははっきりしない、というようなことがあります。正式であれ、雑談であれ「Aさん、何かいつもと違うんだよね。血圧も脈も呼吸も変化無いんだけど・・・」。こう口に出すだけでチームで状況認識を共有できる可能性ができます。 「勘と感」 その昔(笑)、集中治療部で働いていたときの話です。夜間でもいろいろな電話が病棟(ICU看護師)からかかってきます。たいていは、患者さんの状態をいろいろ説明して、「どうしますか?」というものですが、ときに「何かが変なのです」という電話があります。そういう電話をくれるのはいわゆる「できる」人(看護師や若い当直医)たちで、自分たちの知識や経験では説明できない、でも何か不安だ、何か変だ、ということなのです。そういう時は必ず病院へ行ってみるようにしていましたが、かなりの割合でもっと「重大なこと」がおきていました。かれらの「何か変だ」はあたっていたのです。 「コミュニケーション(特に電話など)の原則」などということをこれまでの連載でえらそうに挙げましたが、それとは別に「口では説明できないベテランの勘」も人間の(全体を把握する、「感じる」、などという)優れた能力のひとつなのだと思います。もっとも「何か変だ」宣言が気軽にでき、それが受け入れられるかどうかは日ごろの人間関係、組織風土に大きな影響をうけます。 「何か変だ宣言」を躊躇させない 外れたとき、「宣言」した人は、率直に「やあ!ごめんごめん」と謝り、それに従った人は「あはは(あわてもの!)」とでも笑って済ませば良いと思います。次回の「何か変だ宣言」を躊躇・萎縮させるような反省の仕方、させ方は「禁物」です。とはいっても、やはりレベルアップは必要で、リソースにも限りがあります。いつもいつも「狼少年」ではやはりだめです。 * * * いかがでしたでしょうか。今回は(わからないけど)「何か変だ」と宣言することでトラブルから事故を回避できた例をHF的に考えてみました。 多分、現場にいた人間でこんな風に考えたのは僕だけだったと思います。他の3名の医師や手術室の看護師は「挿管チューブが深すぎてちょっとトラブルが・・・でも問題なし」という報告か記録だと思います。でも、よかったことも悪かったこともHFの視点から少しだけ考えてみることが必要です。細々と(苦笑)「Safety bird」を続けている理由はそこにもあります。 この連載にご意見、ご批判、ご教示をお願いいたします。 |
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