番外.その2「〜にくい」はエラーを誘い、「〜にくい」はエラーを防ぐ?人間工学的アプローチ
 
「〜にくい」はエラーを誘う
 毎日 仕事や日常生活をしていて「〜(し)にくい」と感じていることが沢山あります。でもそれをがまんして「頑張って」いたり、「こんなもんだ」とあきらめたり、(実は本人は不便さを)あまり感じなかったりしていることがあります。

 これをHF的に考えてみます。SHELLモデルを思い出して下さい。調子の悪い機械Hや良くない環境E、ちゃんとした取り決めがないS、話にくい先輩Lに囲まれた自分Lーselfが何とか一人でもがいて取り繕っている、ということではないでしょうか?SHELLモデルの各要素間のインターフェースである「ギザギザ」がひどくなっていて唯一柔軟性のあるまん中の自分がそれに合わせている状態とも言えます。


 たしかに当面どうにもならないこともあります。しかし「〜にくい」というのは人間の特性に反すること、人間の能力を超えることをさせられているという可能性を含んでいます。言葉を換えると「つなわたり状態」であったり、頑張ってはいるけれども実はエラーと隣り合わせの状態である可能性があります。「みんなも頑張っているから」とか、「みんなが出来るのに」というのは正当な理由になりません。また逆に「〜のほうが楽だから」「〜にくい」のが嫌というのも理由になりません。

 この「〜にくい」を「〜やすい」に直すことによって、工程を安全にしたり作業する人間の負担を軽くしたりする、というのが人間工学の目的の一つです。職場の中で「〜にくい」ものを考えてみて下さい。「〜にくい」はエラーや「近道行動」「手抜き」「違反」の誘因になることが多く、これをピックアップし解決していく(解決できない場合にはバックアップを考えたり、それに関する「認知」を容易にしたりする)ことが事故を防止する手がかりになります。リスクアセスメントもこのひとつです。

「〜にくい」はエラーを防ぐ
本質的には1.と同じことなのでしょうが「?にくい」をエラーの防止に利用することも人間工学に裏付けられた事故防止策です。

 正しいことが、正しい手段で行われていればスムーズに安全に進むプロセスが、横道にそれそうなときに、それを行い難くしておく、という考え方があります。「フールプルーフ」等という考え方ですが、何かをしなければ前に進めない(例えば電子レンジの電源を切らなければドアをあけることが出来ない、ギヤがパーキングに入っていなければエンジンがかからない)、正しくなければ進みにくい、という工夫を組み込んでエラーが事故に直結しないようにしよう、ということです。そこまでいかなくとも途中で気づかせる為の工夫もこの範疇かもしれません。もちろん物理的な工夫ばかりではありません。大事なのはこういう考え方です。

 私たちの病院でもこういう考えをと取り入れた予防策を行っています。例えば、注射薬のKCLです。あちこちの病院で静注して何件もの死亡事故を起こしている薬剤です(幸い当院ではありませんが「幸い」なだけです)。今までは他の薬と何の区別もなく注射薬の引き出しに入っていたり、救急カートの中に入っていたりしましたが「この薬だけ」保管を別にしてあります。法的規則ではないのですがKCLだけ、使用するときは「わざわざ別のところから出してこなければならない」ようにしました。この途中で、「おっ、この薬は他とは違うんだ」と意識してもらったり、緊急時の「とり違え」、などを出来るだけ防ごうというわけです。10%リドカインも同じです。また「流動食を点滴!」などと、輸液ルートの三活と栄養チューブを接続し死亡事故が一時頻発したのを契機に、栄養チューブの回路自体を両者が接続できない規格の製品に多くの病院で取りかえられました。当院でもそうです。ところが・・・

「思い込み」はやはり大敵
 今年(2003)のHFCセミナーで「にもかかわらず医療界は・・」と馬鹿にされたことがこの点です。医療界はこの規格の合わない二種類のチューブを「工夫して」何とかつなげようとしている、というのです。言われてみると同じことが当院でもありました。本来使用する物でなければつなぎにくいはずの呼吸器の回路を「むりやり」違う規格のチューブでつないであったのです。(図2)
 他にもありましたがここにはこれ以上載せません。

 とにかく一度「思いこんだら」ちょっとやそっとの「?にくい」では「赤信号」にならないのかもしれません。(そういえば現実でも「赤信号」だけなら場合によっては通過してしまうことも出来ますね)
 それでもいろんな工夫をしてエラーが事故に直結しない工夫が必要です。その為に日常業務を人間工学的発想・知識をもって見ることがそのひとつです。人間工学は(総合的学問である)HFの重要な分野です。

※ おまけ この番外2にかかわる「問題」です。

 郊外を車で走っているとよく「事故多発地帯」「注意」という看板が出ています。これはHFや人間工学的に考えてどんな意味があるでしょうか?おかしな点はないでしょうか?

 以下、事故防止にかかわる人間工学の言葉・概念です。これを知っているだけでもHF的発想の助けになるに違いありません。
概念は重なり合っているようです

●ユーザビリティ(Usability) 使いやすさ。間違いを起こしにくい操作性。

●フェイル・ストップ(Fail Stop ,Fail Down)故障したら止まるしくみ。

●フェイル・セーフ(Fail Safe)誤っても安全なようにしておくこと。

●フェイル・トレランス(Fail Terrenes)故障しても、別のものがバックアップする。

●フール・プルーフ(Fool Proof)事故が起こりにくいしくみ。ばかよけ。

●エラー・レジスタンス(Error Resistance)エラー抵抗性。誤った行為は、相当努力しないとでき
 
ないこと。

●エラー・トレランス(Error Terrenes)誤りに強い。

●インターロック(Safety Interlock)危険源を含む装置や設備において、そこに人が接近しようと
 した際、危険を除去する。あるいは危険が除去されるまで、危険箇所への接近を阻止すること。(レ
 ンジのドアなど)

●冗長性(Redundancy)言語による伝達の際、ある情報が必要最小限よりも数多く表現されること。
 冗長性があれば雑音などで伝達を妨げられても情報伝達に成功することがある。余剰性。要するに
 バックアップシステムをたくさん作ること。

●タンパー・プルーフ(Tamper Proof)悪戯(悪ふざけ)防止、改ざん(いじくり)防止。いたずら
 
よけ。

●フォールト・アボイダンス(Fault Avoidance)故障の可能性が十分に低いこと。高信頼性。

●アフォーダンス(Affordance)不適切な行為をさせないで、適切な行為を自然に引き出すもの。
 物体の属性(形や色や材質など)が、その物体自体をどう取り扱ったら良いかについてのメッセー

 
ジをユーザーに対して発しているとする。例えば、ホテルの玄関のドアを見たときに「押して開け
  るか」「引いて開けるか」迷うようなデザインはダメ、ということ。「押す」と書いていなくとも
 
だれもが「押す」ようなデザインをしなさい、と。ある麻酔科の先生が強調していましたが「マニ
 
ュアルを読まなければ解らないような麻酔機はどんなに高機能でも買うな」(これはポプレーショ
 
ンステレオタイプという?)
 知覚する側の主観の中に情報があるのではなく、環境の中に情報が実在する。主体と客体の間にア

 
フォーダンスは現れる、と。要するに慌てたときでも間違えにくくするデザインやシステム。

●エラーフォーシングコンテクスト(Error Forcing Context)エラーを誘発する背景要因(流
 
れ)。エラーを誘発する状況。要するに、人間関係や職場のポリシー、雰囲気、手順・規定、指
 
導・監督など。「事故はなぜ繰り返されるか」(石橋明著)にわかり易い図がある

●インシデント(Incident)未然事故=ヒヤリ・ハットのこと。アクシデント(事故)に至らなかっ
 
たもの。

●ハインリッヒの法則(Heinrich)アメリカのハインリッヒが1931年に、刊行した「災害防止の科学
 
的研究」の中で明らかにした。半世紀に渡る労働災害保険のデーター55万件を分類して、死亡・
 
重症が1,666件、軽症が48,334件であったことにより、死亡・重症:軽症:無災害(物損)=1:
 
29:300の割合を見出した。

●非罰的報告制度(Incident Reporting System)事故に至らなかった事例(未然事故Incident)の
 
報告制度。数多くの事例を集めて、統計的な処理(多重クロス集計)を行い、因子間の相関関係に
 
より原因分析を行い、事故防止対策を有効に行う。回答者の責任追及を行わないことにより、より
 
多くの事例を収集するのがミソである。
 ヒヤリ・ハット(Incident)としては上がってこないもの。発生した時には即、重大事故になるよ

 
うな(危険性が外部からは知覚できない)ケースや、まだ知られていない危険性については分析で
 
きない。(要するに、もちろん分析も大事だがレポートの質をどうやって上げるか、現場での
 
awarenessとでもいうのか・・が問題かもしれない)

●災害(事故多発)傾性
 情緒不安定(神経質、過度緊張、抑鬱性、感情高揚性)、自己中心性(非協調性、共感性欠如、攻

 
撃、規則無視)、衝動性(自己制御力欠如、軽率、無謀)、見込み不足(動作優先)、見込み過
 
剰。「こんな人間があらかじめわかれば始めから排除してしまいたい」と管理者は考えるが、これ
 
を評価するのは難しい。客観的には出来ないらしい(HFセミナー資料参照) 

●スイスチーズのモデル 1994リーズンの考えた組織事故のモデル。さまざまな防護策をすり抜けて
 
事故が発生する。

●個人の問題から→組織あるいはシステムの問題へ システム(原資の配分・意思決定・コミュニケ
 
ーション)の欠陥が、現場における事故の潜在的な原因となる。個人のミス⇒組織の問題、組織の
 
ポリシー、手順・規定、人間関係。多重防護策、フェイルセーフ、冗長性、アフォーダンスなどが
 
鍵となる。

●NTSB(米国国家運輸安全委員会)の4M or(6M)
  Man(人間) 
   心理要因:無意識行動、ど忘れ、考えごと(家族の病気、借金)危険感覚のズレ、省略行為、憶

            
測判断、錯覚 
   生理要因:心身疲労、睡眠不足、アルコール、疾病、加齢
   組織要因:リーダーシップ、チームワーク、コミュニケーション
  Machine(機器・設備)設計欠陥、危険保護不良、人間工学的配慮不足、標準化不足、点検整備不良
  Media・Method(人との媒体、環境) 作業情報不適切、作業動作の欠陥、作業方法不適切、作業空

 
間不良、環境不良、機械(設備)選定不良
  Management(管理) 管理組織の欠陥、規定・マニュアル不備、教育・訓練不足
  Mission(使命) 自己顕示欲・自己有能感、自己効力感・自己決定感、経済効果優先
  Morale(順法精神) 逸脱の心理

●行動形成因子(Performance Shaping Factor)

●リスク=傷害の重大さ(最も重い傷害)×傷害の発生確率(回避の可能性)×暴露時間(暴露頻度)

●安全 Safety 広く受け入れ可能なリスク Broadly Acceptable Risk 許容可能な(条件付きで
 
認めた)リスク Tolerable Risk
 要するに「安全」などというものは存在しない、ということ。存在するのは危険ばかりでそれを避

 
け向こう岸にわたりついたとき、それを「安全」といっているだけ(黒田勲)。

 

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