新人への「事故防止委オリエンテーション その1」 レジメ
 
 毎年4月になると新しいメンバーが入ってきます。私のいる病院でも、現場に出る前に、約一週間全体でオリエンテーションをおこないます。 その中で事故防止と感染予防に関しては約7時間(今年のタイムテーブル)の講義がおこなわれます。 もちろん、全体のオリエンテーションですので「事故防止の話」といっても大まかな考え方を提起するにとどまり、 その後の別の研修とか、現場の研修とかで具体的なことを身に付けていく(多分。笑)ことになります。
 昨年と今年、最初の話(約2時間半)の担当が(偶然、自称HFグループの)私になりました。 こんなところに公開するのは、本当に恥ずかしいのですが、「小さな病院のつたない取り組み」 を公開する事でご覧になった皆さんにご意見・ご批判をいただき、今後なんとか実のある安全教育にしたいと願っています。 (ちなみに「事故防止委オリエンテーション その2(看護部担当)」 は担当者が違いますのでオリエンテーションとはいってももうすこし具体的な話となっています)

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医療事故防止の考え方2006.4.3.事故防止委員会 (S)
 
A.現状
B.人間のエラー
a.人間のエラーはどうしておきる
b.エラーと事故
C.ヒューマンエラーとむきあう
a.産業界の取り組み
b.医療界へのフィードバック
D.例
E.事故防止に必要な「もう一つの輪」
 
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A. 現状
 事故の定義
障害×エラー×因果関係
 発生
交通事故の約2倍の死亡(推定)
入院患者の3.7%になんらかの「事故」
40人/dayの(死亡)事故
 事故の直接の原因
人間のエラーが7-80%
知識・技術の未熟、チームワーク
 事故でわれわれは何を失うのか?(注1)

B.人間のエラー ビデオ(注2)
 a.人間のエラーはどうしておきる
人間の特性はエラーを起こしやすくなっている
人間の情報処理モデル
  聞きたくなければ聞こえない、見ようとしなければ見えない
  判断のプロセスは1チャンネル
  慣れてしまえば考えないで行動する
人間の特性はしかし悪いことばかりではない
ヒューマンエラーは結果である
ヒューマンファクターズとは?
雑然とした医療現場はそれだけでエラーを誘発しやすい
 時間的制約、多重のタスク、中断作業、類似作業、人間の介在が多い、多様な情報が変化
 b.エラーと事故と
リーズンのスイスチーズモデル
ICAOの「事象の連鎖」
ホーキンスのSHELモデル
     で事故とエラーを考える
 
 
 

C.ヒューマンエラーとむきあう
 a.産業界に学ぶ
「エラーを防ぐことは出来ない。出来ることはエラーとその影響をコントロールすることだ」
ヒューマンエラーは起きる。 だから、エラーマネージメント
エラーを誘うスレットへの対処
→エラーを避けるAVOID ERROR
→エラーの早期発見・修正 TRAP ERROR
→エラーの影響を最小限にする MITIGATE ERROR
人間工学・心理学を事故防止に活用→事故を起こし難いだけでなく、生産性も上がる
 b.医療界へのフィードバック
医療と産業界に共通するエラー要因(R.Helmreich)
  疲労
  慌て、性急
  圧力、ストレス
  気が散る、注意散漫
  知識・技術の不足
4STEP MとSHELモデル
  「頑張りなさい」「気をつけなさい」ではないシステマチックな対策を

D.例 (主にコミュニケーションの失敗 ビデオなど)注3
仕事のコミュニケーションとはおしゃべりすることでも、「飲む」ことでもない。
「全く異なったイメージを持っている個人相互がそのイメージを同一化させる手段」
「情報と認識の共有」という目的がある
 
 
コミュニケーションはどんな時に阻害される?
コミュニケーションのルールは?
 
 
 
組織や集団のありようがコミュニケーションを阻害することもある (集団の心理学)
 「私は本当はおかしいと思った(でも言えなかった)」(当院でも多い)
 「きっと誰かがやるだろう(言うだろう)」
 「自分の受け持ちでもないし、そんなに自信が無いし・・・」
アサーション・インクワイアリー 安全への主張・質問
 「あの事が言えていたら、事故にならなかったかもしれない」
 「あの時、あのことを、○○さんに確かめてさえいれば・・・」
プロとしての正直  格好をつける必要はない
 知らないことは知らない、出来ないことは出来ないという。変なことは変だという。

E.事故防止に必要な「もう一つの輪」注4
「To err is human」(人は誰でも間違える)?
耳障りの良いこの言葉を取り違えていませんか?
  仕事を正しく覚える、正しく教える、それだけで事故の大半は防ぐ事ができる
(義務や責任とは別に)
知っていれば事故を防ぐことが出来たかもしれない
知ってさえいれば、助けることの出来た命がある

F.おわりに
「安全とは?」
 「そこにある危険に対して組織が抵抗力をもっていること」リーズン
 (「安全」などどこにもない。あるのは「危険」ばかりだ)
発想を変えよう
 「WHO」(誰が悪いのか?)から
 「WHAT」(何が?)「WHY」(何故?)「HOW」(どのように?)
 「誰が事故を防ぐ事ができるのか?」という発想への転換
日常を見る眼を養う
 「危険」がいっぱいな環境と、エラーの塊でもある人間の特性をあるがままにうけいれ、日常を見ること。それがPROACTIVEな対策につながる。
プロとしての正直さ「職業的正直」
 わからないことはわからない、変だと思うことは変だ、と言う
 あとでばれたときに恥ずかしいことはしない
「安全第一」? 目標構造の取り違えは事故に直結?
患者をもっと使え! 患者も事故防止チームの一員だ!
仕事を正しく覚える。正しく教える(「KNOW HOW よりKNOW WHY」)。
仕事は「楽しく、正しく、安全に!」
*スライド原稿は後日希望者に差し上げます。
*院内LAN リンクの部屋 医療技術部安全講座もご覧下さい
以上

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注1)
あるセミナーの冒頭で「事故でわれわれは何を失うのか?」と問われたことがあります。それをまねて同じ問いをしてみました。 もちろん何かひとつの正解があるわけではないのですが、こういう問いかけに、自ら考えてもらい、自分の言葉でこたえてもらうことは大切だと思います。 「患者さんのため」などという(教科書的なお行儀の良い)答えより、まず「自分にとってどうなのか?」と考えることが大事だと思います (答えてくれたどのような意見に対しても「肯定的」に扱うのですが、「資格を失う」と答える人がいまだにいるので、これに対してだけは否定しておきました。)

注2)
ヒュマンエラーをテーマにしたビデオでは今回はエラーの分類やラスムッセンモデルを解説したものを使用しました。

注3)
自験例を提示したほかに医療場面でのコミュニケーションビデオ(各5-8分)を見せ、次々と指名してどこに問題があるのか意見を述べてもらいました。 こういう場合、出された全ての意見を「肯定的」に扱うことが良いように思います。 「うん、そうだねー」「そう、そんな考えもあるね」という具合です。 しかし、ここの部分の研修は別に時間を取ってゆっくりとする必要があると感じました。 実際に既卒者を対象にこの部分だけの院内研修を3回ほどしたことがありますが、やはり考えてもらい、発言してもらうためには時間の余裕が必要でした。

注4)
「事故防止の両輪」という意味で「もう一つの輪」と表現しました。 事例として提示したのは2005年1月22日の札幌新千歳空港で起きた「離陸許可を得ないまま滑走開始」したJAL1036便のインシデント例です (このケースはWEB上でも経過や分析をみることができます)。
 いろいろな悪条件に誘発され、その結果エラーを起こしてしまった、しかし、残された十数秒で悲惨な事故につながることを避ける事が出来た。 それは何故か?と考えることも必要じゃないか、と問いかけてみました。 クリテイカルな場面できちんとすばらしい「仕事」をした管制(L-L、L-Sの関係?)、 ソフトウエアとしての緊急時のルールの存在、ハードとして急停止が可能な機体(H)、地上レーダー(H)、 緊急命令に即応できるパイロットの技量(L-self)。どれ一つが欠けても事故になっていた。 つまり「最後の最後に、事故を防ぐチャンスを生かすためにも、まずきちんとした仕事の知識や技術を身に付けることが大切である」と言いたかったのです。

 新規採用者(ほとんどが本当に新人)に病院に出勤して数日目にこんな話をしてもどのくらい理解されるのかという疑問は残ります。 この後のプログラムや現場での日常の教育や「風土」「雰囲気」のほうが余程大切ということはわかってはいるのですが、 私達の力不足でなかなか思ったようには出来ていないのが現実です。

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 いかがでしたでしょうか?今回は再び私達のつたない日常の取り組みの一部を「公開」してみました。 本当は「公開」なんて「穴があったら入りたい」くらい恥ずかしいのです。 しかし、自分達の思った事を発信してみる、そして他の方からのご意見、ご批判をいただく、 ということは「エラーの指摘・修正」や「trap error」「mitigate error」、「思い込みからの脱却」などに示される、 この連載の趣旨にも通じることではないかとも考えています。 (まあ、もともと「講座」なんていって恥をさらしているのですから、「いまさら」ですが・・・)
 メール(Human_Factor@excite.co.jp)ででも(こっそりと、苦笑)ご意見、ご批判、エラーの指摘をいただけると本当にありがたいと思っています。 また、こんなことなら、俺の(私の)講義・プログラムを教えてあげるよ、と思われた方もどうぞご連絡をお願いします。
 (掲載したものは参加者に配布したレジメで、講義に使用したのはppt70枚ほどのファイルでした)
 
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