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ベテランは危ない?! (続 「初心者のエラー」「ベテランのエラー」) 以前にベテランのエラーにはこんな特徴があることを書きました。 1)ベテランは「不注意」になる 2)ベテランは「思い込み」をおこす 3)ベテランは「故意の違反」が多い しかし、ベテランといわれる人たちは「手を抜いたり」「ショートカット」をしながらも、殆ど事故など起こすことなく「効率よく」働いているといえます。 ところで、事故の当事者の「言」としてよく聞くのは「(危ないとは)知らなかった」という発言です。 「知っている」か否かを含めて、「そこにあるリスク」に対してどのように認知(知覚)し、評価し、どのような行動をとったのか、 を考えることが事故に結び付く「不安全行動」(リスクテイキング)を考える上で重要といわれています。 人間のリスクへの対応は立教大学の芳賀先生によると以下のようなプロセスをとります。 「ベテラン」といわれる人たちはこんな時どのような態度をとるのでしょうか? 「危ないこと」はわかっているし、「どこがどれくらい危ないか」も知っているので当然4)の「リスク回避」だろう、ということが想像されます。 ところが、ちょっと違うというのです。 ベテランは眼に見える危険に気がつかない JR総研の重森研究員は職業的経験のあるなしで「ベテラン」と「素人」にわけ、危険予知シート(KYシート)を使って実験をしたそうです。 すると1)「リスクの知覚」(つまりどこが危ないかがわかる)については、 ベテランはKYシートに書いてあるような明らかな危険については以外と気づく事が少なく、 逆に眼に見えない(KYシートに直接描かれていない)危険に関してはたくさん気がつく、というのです。 (裏はかんがえるのですが)眼に見える(表の)危険に関しては、以外と無頓着で「こんなものだ」「いつものことだ」と妙に納得し、 「危険感受性」が低下している可能性がある、という結果だそうです。(初心者は全くその逆で見えるものを指摘する、でした) 能力の高い人ほど「リスクテイキング」? 1)2)3)のそれぞれのプロセスには当然いろいろなことが影響しますがその一つが「職業経験」(つまり素人か?ベテランか?)でした。 もう一つ、同じプロセスにおいて個人の社会的経験として「スポーツ経験」(球技)と「リスクの認知」の関係についても調べてみたそうです。 その結果は「ベテラン」「初心者」の両グループとも、あるレベル以上の運動経験者は、 状況認識の様なことが要求されるスポーツを経験しているためか「危険に気づきやすい」という結果が出たそうです。 ところが、そのグループに分類される(運動能力の高い、危険予知能力の高い)人たちがそのまま4)の「リスク回避」(安全行動)をとるか?というと、 そうではなく、逆に「リスクテイキング」な行動をとる傾向がある(「ギャンブル傾向」)というのです。 「少しくらい危ないことなど知っている。でも(俺は)大丈夫」というわけなのでしょう。 この二つの実験結果から同研究員は医療現場での安全教育に参考になりそうなヒントとして、 1. 「あたりまえの危険」にこそきちんと眼をむけさせるとりくみが必要 2. 「能力」の高さが過信(リスクテイキングな行動)を生むこともあるということを知る必要 と提案されていました。(以上、日本集中治療学会2005.2.からでした) 以下感想ですが・・・・・ 1.についてはまさにその通りなのでしょう。 いろいろな事故を「後知恵」でみていますと、なれている人ほど当たり前のことに気がついていない(無視する癖がついてしまっている。 「ショートカット」がスキルベースの行動になってしまっている)ことがありますね。 他から見ると危険なこと、おかしいことでも、毎日(そこそこ事故もなく)過ごしていると、 「あたりまえだ」「いつものことだ」「こんなものだ」と状況を容認してしまいがちですね。 モニターの警報を「いつものことだ」「モニター(機械)が何かおかしい」「電波が・・・」などと思いこんでいたら、 本当に患者さんがおかしかった、などということも同じ様なことでしょうか。 「仕事になれる」「経験を積む」ということは、一方で「マニアック」な危険については妙に気がつくのですが、 「当たり前の危険」「いつものリスク」に対しては知らず知らずのうちに危険感受性が下がっていることがある、ということですね。 この実験では、残念ながら(私のような「現場人間」の感覚からみて)本当の現場のベテランは対象になっていないような気がしました。 3グループ位に分けて調査をしてみると、より「実際的な」結果が得られそうでした。 産業界ではすこしマンネリ化したKYTですがそんな経験の少ない医療界では、日常(いつも)の現場の写真をとってやってみる、 程度でも有効なようです。その場合5?6人ですること、出された意見を否定するような発言をしないこと、がポイントだということです。 2.「ある決定をするときにリスクテイキングな判断をしがち」という例として、過去の連載のなかでとりあげたのは次のような場合でした。 Group thinkとかgroup dynamicsとかいう考え方で、「集団(チーム)として判断」するときには、その選択が極端に振れる事が多かったり、 集団で討議をする場合に「元気のいい」「極端な」発言をすることが「正しいことであるかのような」 「リーダーシップがあるかのような」錯覚してしまうことがある、ということでした。 今回の実験結果は「Hazardous attitude」の「マッチョ」のような感じですね。 CRMの契機も「ベテラン対策」? 1970年代から80年代にかけて機材や天候、乗員の技術・知識に問題がないにもかかわらす発生した航空事故を調べていたNASAは 「熟練者ほど事故に巻き込まれている」という仮説をたて、それを立証するために、 フルミッションシミュレーションというシミュレーターによる実験をしたそうです(有名な話でこの連載でも以前紹介しました)。 その結果、その仮説は見事に立証されました。 つまり、ベテランほど必要な、あるいは利用可能な情報や人を含めたリソースを的確に活用しないで、 自分の経験と勘と責任感で結論を出して対応したために、いい結果を得られなかったという結論に至ったのです。 このことが、世界のエアラインがきそってCRMを取り入れる契機となったそうです。 ベテランはガイドラインに従わない? medical tribune 05.4.28.日号に「ベテランはガイドラインに従わない」という記事がでました。 これは主に(忙しかったり、新しい情報についていっていないため)新しい治療上の知識をいれない、採用しない、という内容でしたが、 ベテラン自身が眼に見えて「困っていない」、「こんなものだ」と思っている、という感覚もあるのではないでしょうか? 昔(?)若い教室員から「文献では○○という方法も・・・」と提言されても「I am rule」とばかりに否定するえらーい先生もいましたね。 (まっ、若い医者も「昨晩、読んだ文献が全て」ということもありますけど)また、「ガイドライン」もイコール「エビデンス」ではなく、 「大きくズレなければ訴えられる可能性は少ないやり方」くらいに考えた方がいいともおもいますし・・・難しいですね。 その他にもベテランについてこんな事がいわれています。
しかしベテランは大事 ベテランというのは前にこの連載で考えたようにSRKモデルで定義・説明することが出来ます。 ベテランは知識も経験もあります。従ってその行動の多くはラスムッセンモデルでいうスキルベースの行動となります。 知っているから、経験したことがあるから、仕事が速い、決断が早い、同時に二つの仕事をこなす、などというわけです。 ところがベテランのエラーはその行動において、ついスキルベースの行動を選択してしまう(身体が勝手に、脳が勝手に動いてしまう?) ところに特徴があるといわれています。 「いつもの○○と思ってしまった」「またあれだ、と思ってしまった」「なにげなくいつものようにやった」という具合です。 本当は違う情報に対しても、「情報」として、でなく単なる「信号」として処理してしまい、 いつものようにスキルベースで手が動いてしまったり、思いついたパターンに当てはめてしまったり、というわけです。 でも本当のベテランはセルフモニターだけでなく、ちょっとした「ヒントや仕掛け」で、思考のパターンをスキルベースからルールベース、 ナレッジベースへと引き返す素直さをもっているはずです。 「ヒントや仕掛け」は、安全工学的な仕組み(この連載の別稿を参考にして下さい) をプロセスの中にくみこむことや、チームのコミュニケーションともいえます。 また本当のベテランは、マニュアルにはあらわせない様々な知識・経験をもっています。 産業界ではこれを「暗黙知」として何とか伝承しようとしていますが、私達の世界でも同じです。 「痛い思い」をしてきたベテランの知恵をひとつでも多く受け継ぐ必要があります。 (ベテランの中でも「痛い思い」を簡単に忘れてしまい、「うまくいったこと」ばかりを記憶しているタイプのベテランもいますが、こちらは要注意です) 「ところであんたはどっちなの?ベテランなの?」という厳しいご質問がありそうですが「単なるオジサンです」とこたえておくことにします。 いかがでしょうか?この連載にご批判、ご意見をお願いいたします。 また、「こんなことなら俺が(私が)書いたほうがいい!」と思われた方はリレー連載を! | ||||||||||
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