種子



新月の夜、洗浄済みの石英砂に播種。

日光には当てないこと(成長が抑制される)。

月光を十二分に灌注すること。

 

くれぐれも播種適期を厳守のこと。

 



 

「夢魔の種?」

「そう、『極上夢魔の種、貴方のお望みのままに成長いたします!

愛する人に美しい夢を送るもよし、憎い奴に悪夢を届けるもよし!!』」

ジェームズがローブから取り出した蝋引きの紙の中には、羊皮紙のきれっぱしと赤くて丸い粒が入っていた。

半インチほどの石榴みたいな透明な紅。

「規制品だろう?どうやって手に入れた?」

「なに、賭けに勝ったのさ」

口元だけにこりと笑うジェームズの顔は、俺達に口を割るつもりは無い、という意思表示だ。

「また運の悪い上級生でも引っ掛けたんだろう」

「失敬な。正当な取引だったよ」

蝋引き紙をテーブルに引き伸ばしながらとことん澄まして動じる気配も無い。

「う化前の夢魔って、すごい綺麗なんだね。宝石みたいに光ってる」

ピーターがうっとりとつぶやく。

たしかに、瑞々しいような透明な紅は夢魔って言葉のイメージと結びつかない。

誰かの指に嵌っていてもおかしく無さそうだった。

「3つか。さてこれをどう料理するか?」

「…僕は遠慮しておく」

魔法生物に目が無い割に手も出さなかったリーマスがそういって席を立った。

「なんだよ、一緒に考えようぜ?めったに拝めない代物だし、」

言い募った俺に、いつもの完璧な笑顔で軽く手を上げて、リーマスは部屋を出ていった。

「…うーん、彼の気に入ると思ったんだけどな」

「そうだよね、どうしたんだろ?」

では、気を取りなおして、とジェームズが改めてテーブルの上の種子に目を落とす。

「誰にこれを送るか、だな」 

「…じゃあ、僕はスネイプかな」

「なんか怖い夢でも送るの?」

「それじゃあ、つまらないでしょ?」

にやり(見た目にこり、なのだが、ジェームズの笑顔はどうもこういう雰囲気に感じられる)として、声を落として説明すると、聞いたとたん、ピーターはえぇ〜?という顔をしたし、俺は思わず大笑いした。

「あの泥頭、びっくりするぜぇ?」

それじゃあ、とピーターは普段自分をねちねちいたぶる教師を挙げた。

まあ、あの女なら嫌がらせに夢魔というのはぴったりかも知れない。

「どんな夢にするんだ?」

「…宿題忘れて怒られるとことか、質問されて答えを忘れちゃうとことか、えーと、この間みたいに髪の毛がヘビになってびっくりさせられたとことか…そういうのどうかな?」

教師が宿題忘れて立たされるなんてそりゃあ悪夢だ。

頻繁に自分を悪趣味に飾り立てるとこを見ればけっこううぬぼれてるのも間違い無いから自分がメデューサになった夢なんぞさぞかし堪えるだろう。

時々こいつは大人物なのかどうなのかわからなくなる。

同じ感想を持ったんだろう。

ジェームズはベッドに突っ伏して、声も無く笑っている。

「どうやって仕掛ける気だ?」

「教科書に挟むってのは?」

「寝具か、せめて寝室に放さないと不確実じゃないかな?」

「せめてローブとか?」

「う〜、」

さすがに教授陣の寝室に忍び込むのは難しい。

「まあ、方法は後で考えよう、僕も手伝うから」

「…シリウスは?どうするの?誰に使う?」

うーん、と唸って手の中のレンズマメみたいな赤い粒を眺める。

「とびっきりの夢かぁ…」

手の中の小さな種はきらきらと蝋燭の光を弾く。

ふっと木陰で気持ち良さそうに眠っていたリーマスの顔が浮かんだ。

それから、満月近くの夜、音も息も立てずに暗闇を見据えていた凍えた表情の事も。

「…なあ、ジェームズ、気持ちの良い夢ってどんな夢だ?」

「……さてね、自分が楽しい時の気分考えたら?」

 

頭の中で、呪文の練習の様に単語を繰り返す。

気持ちのいい夢。

気持ちが良いこと、気分が良いとき。

 

どんな瞬間だろう、自分なら?

 

新しい魔法を手に入れて試す瞬間。

暗い廊下に閃光と歓声があがった昼下がり。

改心の悪戯が決まって廊下を走って逃げるときの気分。

 

高い城壁を蹴り上げて箒で真っ青な空に駆け上がる時。

わくわくすること。

 

…夢じゃなくても、そんなの出来るよな。

一緒にやれば良いんだよ。

俺は、夢魔の種をテーブルに戻した。

「俺の分は、リーマスと考えるよ。

ちょっとあいつ探してくる」

立ちあがった俺に、ジェームズがちょっと面白そうな顔をして、でも何もいわずに片手を挙げた。






 

つぶやき
黒田さんは無意識に改造計画です。


2006.02.14





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