はるのむこう
満月の前の晩だった。
学校中の子供達が、魔王が現れたと云って大騒ぎになった。
真っ白いローブの銀色の髪の魔王はわざわざ長のいない夜に現れた。
もちろん嫌がらせだ。
そうしてその夜、大事なともだちが突然寮から消えた。
魔王に攫われたのは、ともだちに月の印があるからだと、同室の子供たちは知っていた。
金色の髪の子はこわくてガタガタ震えて、ともだちが心配でべそをかいていた。
くしゃくしゃの黒い髪の子は魔王には是非とも礼をしなくては、といいながら抽斗を探し始める。
一晩中敷地内をかけまわってともだちを探したけものは、人の姿に戻って叫んだ。
絶対取り戻す!
もちろん誰も彼らを止めなかった。
学校の廻廊の2階、大講義室と小講義室の間の壁に月の出ているときだけ現れる魔法の扉を使えば、望むところへつないでくれる。
これはともだちといっしょに探検したときに見つけたひみつ。
魔王がいるのは北の城。
そこには月も太陽も星もない、時間も風もすべてがただ凍ったところ。
悪党同盟の筆頭は長達の相談を盗み聞きしてつきとめた。
これは魔王が嫌う物。
赤毛の魔女は知り合いから預かったといって小さなビンを手渡した。
親友がくれたのは呪文入り爆弾1ダース。
もう一人はともだちにと小さな袋をポケットに入れてよこした。
彼らに任せておけば、アリバイ工作はお手のもの。
先生たちの目を盗み、夜の廊下を駆け抜ける。
満月の明かりが当たる壁、昼間は見えない扉が現れる。
白い扉の輪郭に力をこめて何度も何度も繰り返す。
ともだちがいるところへいく。
ともだちがいるところへいく。
まっすぐいますぐはしってく。
空は白、足元は銀灰色の氷と岩。
明るくてどこまでも見えるのに太陽は無くて、気がつけば、足元には影が無かった。
ともだちの匂いを目指して、黒いけものに変った身体がばねのように走り出す。
崖を駆け下りるとすぐに輝く水晶の壁、磨かれた氷の柱。
太陽も無く銀色にまぶしい空に銀色の尖塔がいくつも輝いている。
時間までひんやりと固まって、凍えているから、けものは考える間もなく城門へ近付く。
石の門兵が槍を繰り出す前に足元を駆け抜ける。
魔法の城は外よりさらに真っ白でどこもかしこも光り輝いていた。
銀色の刈り込まれた木々。
静止した光の噴水。
夜より静かで凍っている。
とんでもないとこだ!とけものは腹を立てる。
こんなとこともだちにまったくにあわない!
ともだちはさむいのが嫌いで、お日様の暖かいのが好きなのに。
緑の草の上で日を浴びながらそらをみあげてることや、
涼しい風の吹く樹の影でわくわくひるねをすることがすきなのに。
それなのに!
こんなさむいところへつれてくるなんて!
ゆるさない!
霜柱みたいにうすい氷が幾重にも重なった壁。
ずうっと下までくっきり見通せる澄んだ氷の階段。
影の出来ない城のなかを黒い姿が熱を撒き散らして走りまわる。
熱の足あとをあちらこちらに残しながら。
舞台みたいな踊り場から見渡すと階下のホールには冬の海のように複雑な模様が描かれた床。
月みたいな光を出す細い線に囲まれた真中、巨大な銀色の雲母と海のように青い硬い石の台の上に、ちいさくうずくまる姿が見えた。
見覚えのあるパジャマ、見覚えのある髪のいろ!
長い階段を一気に飛び降りて走りよる。
人にもどって、なまえをよんでもともだちは顔を上げない。
手にさわるとひっしりと冷たい。
ともだちの身体は半分凍りかけていた
たいへん!いそいであたためなくちゃ全部凍ってしまう。
なんて奴!なんて奴!大っ嫌いだ、魔王なんて!
相棒のくれた呪文爆弾をとりだそうと
ポケットを探ると金色の髪のともだちが入れた袋が転がり落ちて
紙袋からお菓子が転がり出た。
こんなときにお菓子?
あいつはいつもなんて役立たずなんだ!
可笑しくなって笑い声を上げると、凍っていたともだちがゆっくりと顔を上げた。
笑いながら、ともだちの手にお菓子を落とす。
ともだちからだよ。
ともだちがそれを見て笑うと真っ白い皮膚がふんわり熱を帯びた。
お菓子を食べると、頬が赤くなって、動けるようになった。
帰ろう、とともだちの手を取ったとき、二人の頭の上から氷の様に冷たくてきれいな声が降ってきた。
その子供は大事な虜だ、持ち出されては困る
凍った白い姿は声の聞こえた踊り場からすぐにホールの床に立っていた。
かれはけものの敏捷さでポケットに手をつっこみ、すっくと立ちあがる。
声の方へ大きく振りかぶって時速150kmで水晶の小瓶が投げつけられた。
すかさず魔王が銀の杖でそれを砕く。
中身が魔王のまわりに飛び散った。
広間の気温が10℃は上がった。
飛沫はかれとともだちにもかかったが気にしていられない。
魔王の嫌いなもの、こい!
続けざまに呪文爆弾を投げつける。
自分と魔王の間に結界をつくように続けて投げつける。
魔王の回りが水溜りの様に光って揺れると、にょっきにょきと芽が伸びた。
飛び退ろうとした魔王の足に緑の蔓がぐんぐん伸びていく。
金色の芽も見る間に伸びて、卵の様にふくれて金色の翼みたいな包が綻び、魔王の背丈よりおおきいダイオウコンニャクの花が咲く。
嫌がらせのように広がる悪臭に怒った魔王が花を弾き飛ばそうとする。
柔らかくて暖かい花はぐずぐずと床に崩れる。
崩れて回りの氷を溶かす。
魔王を取り囲む檻のようにまた何本も何本もつぼみが開く。
魔王の白いローブは赤や緑の染みで幼稚園児のつかった画用紙みたいになりはじめている。
コンニャクの足元にはいつのまにやら巨大なラフレシアがつぼみを綻ばせ、真っ赤な花びらが現れようとしている。
いづれおとらぬ熱い花ばかり。部屋の温度はじりじり上がる。
止めとばかり放り投げた爆弾が魔王の上ではじけると、熟れたヤシの実やら腐ったバナナやらが雨あられと魔王めがけて降注ぎはじめた。
魔王の大嫌いな熱い花、熱い果実。
南の世界の気温と湿度が、凍った時間と空間を溶かしだす。
走れ!
ともだちの元へ走ってきた熱の塊は、また黒いけものの姿に変る。
ともだちの姿も溶けて銀色のけものが一緒に走り出す。
雫のかかった2匹の足跡からどんどん熱が湧き出して、緑の霧が湧き出して。
緑の水が湧き出して、春の花が咲き始める。
うれしくなってけものの足はどんどん速くなる。
白い城の中は緑と花篭のまだらのようになって、どんどん溶けていく。
庭の樹は緑の迷路になり始め、噴水は軽やかに水音に奏でる。
階段からは春の滝の様に水が流れ始め、高い窓から銀色の雫が降りはじめる。
蔦で簀巻きにされた大理石の衛兵を飛び越えて門をくぐる。
そのとたん、とつぜん銀色のけものの姿がとけて、人にもどった。
勢いはそのままだから止まれないまま、いまは剥き出しの岩になった階段を転がった。
仰天した黒いけものが走りよって人に戻る。
だいじょうぶ?
おなかがへってはしれない。
かえったらきのうの夕食のデザートと食料庫のケーキでパーティーだ!
ポケットに残っていたお菓子をともだちの口に放り込む。
つかまってろよ!
ともだちをおんぶして、もう一度けものになると、後も見ないで走った。
ともだちがけものの背中からふりかえると、
城はゆっくり緑色になり始めていた。
足跡も全部花。
どんどん春が広がっていく。
魔王が掃除を終えるまではもうしばらくかかりそうだ。
魔王の城から離れて安心すると、身体の力が抜けてずり落ちた。
やっぱりまだまだお腹が空いてるせいだった。
けものがあわててたちどまる。
ともだちを背中からおろすと、ぶるぶると震えて体に残ったしずくを丸く飛ばした。
それからもとのすがたに返る。
二人の前にみるみる緑と春の花の輪が育つ。
さっさと帰ってみんなとパーティーだ!
ともだちははじけるように笑い出した。
かれの提案に同意した。
水のように揺れる輪の中心へ二人は同時に飛び込んだ。
つぶやき
くろいぬとこおおかみのぼうけん(・・・?)
2007.01.29