呪縛
ジェームズは、時々トンでもない質問を他人にぶつけて、楽しむ癖がある。
驚かせるためというより、他人の考えるルールや世界そのものを楽しむふうに。
そのときも、昼食でとなり合わせたリリーとリーマスが『実践呪術』に付いて話し込んでいるのを面白そうに眺めていたあとだった。
「リリー、君がもし、大事な人を食べなくてはならなくなったらどうする?」
「…なに?」
「呪いにかかって、恋人でも家族でも、特別な誰かを食べることでしか助からないとなったとき、特別な誰かに自分を食べてくれ、といわれたら?」
昼食後に女生徒に振るにしてはあまりに不気味な話題だったといえよう。
ピーターは口元を押さえ、リーマスは微かに眉を潜め、俺はうんざりした顔で無視しようとした、が。
「…状況によるな」
驚いたことにリリーは真剣に、質問からすれば即答といっても良い時間で返答してのけた。
「状況って?」
ジェームズが嬉しそうに突っ込む。
「食べるって何処をどの位なのかってこと。」
俺は今度こそ信じられないと言う顔をしただろう。
「…女って、すげぇな」
思わずつぶやくと、リリーの眉が微かに潜められ、突き刺されそうな強い瞳が自分を見上げた。
「ブラック、私は女性の代表じゃない。
そして彼の質問は私個人に、であって女性はどうするか?ではなかった」
そこまで云うと少し肩の力を落として続けた。
「相手の命と引き替えなら論外だし、無関係な人間を差し出されたら呪われたままでいるけどね。
…でも自分の腕一本で大事な人の命が救えるって判ってたら、君はどうする?」
リーマスとピーターが、あ、という表情をした。
「逆なら私だって言うと思う。
いや、私なら、自分を食べてって頼む前に自分で料理して食べさせちゃう。罪悪感も悩むヒマも与えないな。そのほうが早いし。
腕だろうが目だろうが後悔なんてしないし、たぶんそんなこと悩みもしない」
私は自分がそうしたいから、誰かのそうする『権利』を否定できない。轟然と頭を上げて、まるで質問したジェームズにというより、世界に宣言する人間みたいだった。
「でもリリ−、腕とか目とかあげちゃって、そこまでして、その後気持ちが変わったらどうするの?」
リーマスが声を上げた。
不意にリリーの表情が柔らかくなって、彼女は軽く首を傾げていった。
「どうもしない。
これは私がしたかったことだから、相手の気持ちが変わろうが自分が変わろうが、責任は自分に来るの」
「情熱的だな。君に愛される人物は大変だ。」
反論のしようの無い状況に幾分の口惜しさを込めて肩をすくめて見せた。
とリリーがにやりと(いって良いような顔で)笑った。
「シリウス・ブラック、君なら恋人の呪いを解くためなら、自分の命と引き替えだといわれても躊躇わないんじゃない?」
ああ、という顔でピーターとリーマスが俺のほうを見て、ジェームズは確かに、とつぶやいて噴出した。
「ちょっと考えてみて。命となら引き替えに出来ても、腕や目なら出来ない?
生き残った人が相手の命を背負わされるのに比べれば、全然楽なはずだよ?」
なるほど、そういえば、そうだ。
命を無くすよりは、腕や目のほうが被害の程度は軽いわけだ。
一拍置いて、リリーが言った。
「…それとも、みっともなくなった自分は嫌?」
息を詰めた。
確かに命を投げ出すより、腕や目を投げ出すほうがよほど覚悟が要りそうだ、と思う。
命を投げ出した後は自分にとって係われない世界だけど、腕や目だけならそうはいかない。
自分の行動の結果を自分が引き受ける覚悟は必要なのだ。
その行動はロマンチックな話では到底済まなくなる。
パチパチと乾いた拍手の音がしてジェームズがさも感心したような声を出した。
「いやぁ、シリウスの心理をそこまで掴んでいるなんて、君もまたずいぶんなロマンチストのようだね、リリー。」
「私は夢を現実にするがためにリアリストである事を心がけたい。ついでに言うと、リアリストであることについては多分女性のほうが得意だとおもうな」
お先に、とにっこり笑うとリリーは席を立った。
テーブルに残された男どもは4人それぞれの顔で、細くて真っ直ぐな背中を見送った。
「…リリーってカッコイイ…」
ピーターがぼそりと呟く。
言葉にしなかったがまあ、賛成だ、と思った。
そして、ピーターに文句をいわない俺を見て、ジェームズがにやり、と笑った。
つぶやき
鹿とはまだ付き合ってはいません。
’04.09.06
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