HOME, SWEET HOME

 

 

友人が外出するとき、シリウスは叫び出したいような恐怖を無理矢理押さえつけて、彼を送り出す。

リーマスはたいてい帰宅の予定は口にせず、細々した日常の一部をシリウスに託しドアを出て行く。

それから彼の帰宅予定の手紙が届くまで、シリウスは居間で1日を過ごす。何も考えない様に時間を十分つぶせるだけの本を抱え、たまに寒さに負けそうになると変身して、ソファで過ごす。

友人をドアから送って4日目に、2月の雪は全てのものを凍らせて切り裂くような吹雪へ変わった。ガラスに嘴の当たる音がしないかと、風が窓を叩くたびシリウスは顔を上げる。

翌日の午後、全身粉雪にまみれたフクロウが短い手紙を運んできた。

ようやくシリウスはテーブルに積み上げた本をかたずけ、残りの時間を有意義に過ごすべく友人の好物を作ろう、と食料庫を確認しに居間を出る。

翌日の深夜、予定よりずいぶん遅くなって帰宅した友人は一応ただいま、といったのかもしれないが、聞こえなかった。

ドアの開く音と同時に嵐はあっという間に家の中に侵食してきた。

雪の精霊というより雪だるまといった状態で吹きすさぶ外を締め出して彼は笑った。

「まいったよ、この雪で鉄道のダイヤが狂ってしまって。」

ぎしぎしと自分の身体の中に吹いていた嵐が急速に和いで行くのをシリウスは感じる。

「いいから、コートはそこに掛けておけ。暖炉の前に座ってろ、いま暖かいもの持ってくるから。食事は?」

「いや、いらないよ。

ああ、暖かい飲み物はうれしいけど。」

ばさばさと頭を振る友人を残し、シリウスは台所へ向かった。

暖炉の火の前で髪についた雪をタオルで拭いていたリーマスが、スパイスとオレンジの香りに顔を上げるとシリウスが湯気の立つマグを手にして立っていた。

「ホットワインだ、」

「ああ、ありがとう。いい匂いだ。」

幾等か猫舌気味のリーマスは両手で包んだカップをまず温度と香りで愉しむ。

湯気の向こうでリーマスの顔が綻ぶさまにさっきまで抱えていた不安や苛立ちが完全に崩れ、

彼にぶつけるつもりだった文句は立ち消えて、シリウスはソファにおいてあった毛布を彼の横に置く。

「部屋を暖めてくるから、それも被っておけよ?」

廊下に出るとガタガタと家を揺らす吹雪が冷えた空気をどこかの隙間から流し込んでいる。

2階の寝室の小さな暖炉に火を入れて、白く踊り狂う雪が窓の外で奔放な曲線を描いていたのが見えた。

気が付いて、まだ開けっぱなしだったカーテンを引く。

 

階下に戻ると、リーマスが彼を見て眠そうに見える笑顔になった。

「なんかすごい贅沢だな。」

「なにが?」

「雪の日に帰宅して部屋が温まっていて、熱い飲み物を出してもらえてソファに蹲っている間に寝室まで暖めてもらえるなんてさ。すごい贅沢だよ。」

やれやれ、と言いたげにシリウスの肩がすくめられる。

「それは何よりだ。おかわりは?」

「うん、後半分だけ。」

 

嵐のむこう、庭の先には友人の張った結界が揺るぎ燃せずに存在する。

狂気じみた外の光景も足元に忍び寄る冷気も打ち消すことはかなわない。

見えない振りを通すには、もはやなくしたものが大きすぎた。

それでも確かにこの光景は贅沢だ、とシリウスはしみじみ思う。

燃える暖炉の前で、大事な人が安心した顔でまどろんでいる。

 

玄関で雪と風に邪魔された言葉を口にした。

 

 

「おかえり」

 

 



つぶやき

えーとシリウスさんが変身するのはその物理的に寒いわけでなくて、ですね。

別に薪をケチってるわけではないのです。




040220




戻る