贈り物−クリスマス−


その夜は、冷凍の肉になりそうなほど冷え込みがきつく、暖炉の火ですら凍えているのか、古い家の中は一向に温まらなかった。
結局、ただでさえ狭いベッドにありったけの毛布を持ち込んで、二人でくっつきあって眠った。
朝目がさめると、体中がほんわり温かかくて、自分の視界がゆれていた。
少し頭を動かすと少しづつ周りがはっきり見えてきて、やっぱり自分の視界が揺れていることがわかった。
どうねぼけたのか、階段を下りている途中らしい。
手を動かそうとしたけれど、身体が思うように動かなかった。
ぼんやりと天井が下がっていくのを見送る。
…すぐにおかしいと気が付く。
どうも自分の体の移動方向と視界の変化が、かみ合っていないからだ。手すりの動きからして、身体は階段を下りているのに、わたしの視点は2階の方をむいている。
手を、動かそうと考えて、手すりの一点、今のわたしの視界の前方へ動かしてみた。
不意にバランスが崩れたように目前に階段が迫る。
肩に大きな力がかかって、なんとか顔面を階段にぶつけるのは避けられた。
でもとっさに見た手すりにつかまっている手は…指の向きが逆になっているような気がした。
身体を支えて、立ち上がり、しっかり手を自分の前にかざしてみる。
自分の手だ。
さっき手すりにつかまっていた手がシリウスのものに見えた…のは眼の錯覚と言うものだろうか。
頭の中がぶーんと震えるような妙な振動を感じた。
いったい何なんだ?
ぐるり、と視界が反転して、今度は1階の床を見下ろす。
身体が後ろ向きに階段を駆け上がるのを感じて、ようやく、何か困ったことになったようだ、と考えた。
ばん、と派手な音がして、ドアが開けられた…らしい。
わたし達の寝室のドアだ、と言うのは廊下の光景でわかる。頭が左右に振られる。
目まぐるしく視界が降られるもので、頭がこんがらがりそうだ。
頭の中でさっきよりもっと明瞭になにかが振動する。短く、何度も。
眼の端を毛布がひるがえる。
頭の中がまた震える。
ああ、シリウス、わたしはここにいるんだけど。
無理やりベッドのほうへ眼を向ける。
それからシリウスの机のほうへ。
頭をかきむしるような感触があった。
ああ、本当に困ったことになった。
今度こそわたしはため息をついた。
どうやら、わたし達は背中のところで融合した状態でいるらしい。

《シリウス、君、何かしたかい?》
《俺は何もしていない》
《私のことを呼んだかい?》
《何度も》
《わたしが呼んだのは聞こえた?》
《まったく》

メモを書き込んでそれが往復する。
なんどか、迷惑かもしれない、と思うくらいの声量で彼を呼んでみたけれど、彼の反応は無かった。
わたし達はお互いの声が聞こえない状態のようだった。
わたし達はベッドに座り込んだまま途方に暮れたと言っていい状態だった。
ノックが聞こえて、顔を上げると、ハリーがこちらを覗いていた。
いや、ハリーじゃない。
わたしは自分でも驚くすばやさで立ち上がった。
「よう、二人とも、お久しぶり。メリークリスマス」
ハリーじゃない。あの子は、わたし達にこういう笑い方をしない。
「ジェームズ…」
ぐっっと振り回されたような勢いで視界が動いた。
どうやらシリウスがジェームズに向き直ったらしい。
頭の中が猛烈に振動する。
相変わらずシリウスの声は聞こえない。
視界からジェームズが消えると彼の声もよく聞こえなくなる。
無理やり自分の視界をジェームズに振り向ける。
「…改心の出来なんだぞ。やあ、リーマス、気分はどう?」
ジェームズが身体をずらして手を振る。
どういうわけか、正対するとジェームズの声は明瞭に聞こえる。
気分…と言われても、快も不快も判らない、まだ混乱している気がする…と喋ったつもりだったがやはり自分の声は聞こえない。
一息ついて、大きくはっきりと発音してみる…ジェームズ、シリウスの声が聞こえないんだ。
「ああ、そうみたいだね、
うーん、まだ改良の余地はありそうだな」
ジェームズ、これっていったい何をしたんだい?
「気が付かない?」
わたしとシリウスの身体がごっちゃになっている気がする。
「そのとおり!
君らを二人でひとつの身体に重ねてみたんだ。
食事はどちらか一人が取れば両方満足、回復力は2人ぶんのまま。思考や魔法はそれぞれが制御できる状態にするのは難しかったけどね!」
再び視界がぶれる。
頭の中が振動する。
「ああ、怒るなよ、シリウス。君にとっちゃ一石三鳥くらいなモンだろう?
これで彼に逃げられる心配も無いし、いつでも一緒にいられるし、何より」
ジェームズが完全に視界から消えて、彼の声は聞こえなくなり、代わりにシリウスが(感覚からすると)猛然と反論しているらしい。
なんとかシリウスの勢いに負けずにジェームズに視界を向ける。
「…ほんとにそうかい?気にはときどき自分にまでうそをつくって、自覚が必要なんじゃない?…………ああ、わかったよ、とりあえずリーマスの意見も聞こうか?」
ジェームズが一歩横へ動いて、わたしに正対した。
「どうリーマス?状況は飲み込めた?
どうして困った顔?
クリスマスには贈り物をすべきだろう?ずいぶん知恵を絞ったんだけど、なかなか思いつかなくてね。君って欲が無さ過ぎるし、奴はありすぎる」
これは困るよ
「どうして?何が困るの?
これで君はいつも寒い思いしなくても大丈夫だし、奴は君より体力はあるし運動神経も良いから転んでどこかをぶつけることもなくなるし」
ジェームズが声を潜めたように感じた。
「なにより君は彼を守りやすくなる。いつも一緒なんだから。
……彼を失くすことを恐れなくてもすむ」
その瞬間だけ面白がっている気配は消え、何もかも見通すような眼と、少しだけ苦笑するような表情が彼の上を掠めた。
わたしは自分の呼吸が全部止まった。
すぐにジェームズは、さっきまでの最高のいたずらだろう、という表情になり、言葉を続けた。
「何より、この身体は奴でもあるんだから、君の無茶ぶりも少しは落ち着くってモンだろう?」
シリウスがもがいていた感覚が消え、ジェームズが苦笑する。
「奴もこの利点にようやく気が付いたらしいな」
同時に、ようやくわたしも困る問題に気が付いた。
やっぱり困るよジェームズ、
これって満月だから解除できるってわけじゃないんだろう?
自分はもっと焦るべきだ、とも思ったがどうも危機感がかけている感じだ。
相手がジェームズだから?
ともかく、聞こえているのか甚だ心もとない状態での説得を試みる。
あったかいのはとても気持ちが良いし、食費が浮くのは便利かもしれないけど…
なにより、わたしはシリウスが何かするのを見るもの好きだし、彼の話を聞くのも好きだから、それができないのはもっとこまる……。ううん、多分、そのほうがとても悲しいんだ。
…なんでそんなにうれしそうな顔になるんだい?
「それはね、リーマス、僕がうれしいからに決まってる。
…了解。じゃあ、また別のクリスマスの贈り物を用意しなくちゃね」
ぐるぐると視界が回って部屋が暗くなる。
ジェームズだけがかすかに光をまとって明瞭に見えている。
君はいつまでここにいるの?
ハリーに知らせなくちゃ。
言いたいことが伝わったのかどうか、目の前で火花が散って真っ暗になった。

眼を開けると天井がまだ回っていた。頭がぐらぐらする。
「先生?眼が覚めた?」
ああ、よかった、まだいてくれたんだ、と思ったけど、すぐ緑の眼に気が付いてがっかりした。少しはじっとしてくれれば良いのに。
君がいてくれたら、今日のハリーへの最高のプレゼントになったのに。
…君のお父さんのプレゼントはいつも一級のジョークだね。
そういったつもりだったけど、まだ声は出ないようだった。
「喋らなくても良いから。…シリウス、先生が眼をさましたよっ!」
階段を駆け上がる音がしてハリーが消えたと思うと、視界にシリウスが飛び込んできた。
やっぱり、君がちゃんとみえるほうが良いな。
とにかく元に戻れてほっとしたよ。
シリウスはずいぶんと心配そうな顔になった。
スープを用意するからもう少し寝てるといい、とかそんな声が聞こえて、なにより体中が暖かいので、わたしはゆっくり目を閉じた。


’10.12.25

つぶやき
…淡々としてしまった
笑えるクリスマスの贈りものになるはずだったのに…



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