Gift 2

 

在る病のために、リーマスはずいぶんイロイロなものをなくした。

例えば、母親の笑顔。

屈託なく笑える時間や、なんでも話せる友達。

 

真円の月の下の風景。

 

平時は閑散とした放課後の談話室も雨の日ともなれば、行き場を失った寮生達があっちに一塊、こっちにたむろう光景が展開する。

隅のテーブルではジェームズがシリウスにちょっとしたいたずらに使えそうな魔法を説明していた。ピーターが話について行きたくて必死で聞いている。

それを横目に見ながら、リーマスは先日休んだ授業のレポートをまとめている最中だった。

変身術の教授は自分が休んだ授業であっても容赦なくレポートを課してくるし、質問してくる。シリウスなどはそんなときくらい免除すればいいだろーが(オニババッ!)などと本人がいたら絶対口にしないだろう悪態をついていたが、リーマスはそうは思わなかった。

これからも自分は『定期的に』授業を休まざるを得ないことが解っているからだ。

遅れた授業を取り戻せないと次第に出席している授業も理解できなくなる。誰も助けてくれない場所で、それがどんなに大変なことか身に染みている。それがないようにきちきちと課題を課してくる教師がリーマスにはありがたい。

それをこなす大変さは別のものであっても。

不意に名前を呼ばれて顔を上げた。

見なれた短い赤毛の少女が、こっちを覗き込む。

「リーマス、銀竜草の花を見に行かない?」

「薬草の?…良いよ、いつ?」

銀竜草はとても珍しい植物だ。葉を干したものは夢魔払い薬の調合にも使う。

けれど、とても美しいと言われている花の咲くのは夜だけではなかったろうか?それも…

「次の満月。植物学の先生が育種用に持ってる鉢が咲くんだって。」

急速に指が冷える。

「希望者は見学しても良いから許可をとるようにって。じゃ、君の分も外出許可出しておくね」

「…うん、ありがとう。楽しみだね。」

にっこりと笑うと同じように笑顔になったリリーを見送りながら、ずきずきと痛むような心臓の音を聞く。

 

リリーの好意は無駄になる。その日の夕方、リーマスは急に『家に帰る』ことになる。

人でなくなって、リーマスは『満月の夜』を永久に失った。

冷えた指を握りこむようにして羊皮紙へ向かう彼を側の3人がそれぞれの目で見ていた。

「御誘いはリーマスだけ、か。リリー・エヴァンズは僕らなんかまったく目に入ってないんだねぇ」

「お前みたいなでかい異物をわざわざ目に入れたいかよ…そーいや、リリーってリーマスには結構かまっているよな…。リーマスも警戒しないような感じだし…前から知り合いなのかな?」

「…君って時々すごいなって思うけど、肝心なところで素直に外すよね」

「…リーマスってリリーが好きだって事?それともリリーが?付き合ってるのかな」

「たぶん、それはないな。リリーがシリウスと付合ってる女の子達みたいにリーマスと出かけるとこなんて見たとこあるかい?」

「…確かにそんなの見たことないよね」

「お前らなあ…達とはなんだ?ああ?」

シリウスの大声に首をすくめたピーターを庇うようにジェームズがひらひらと手を振った。

「友人のよしみで複数形になる理由は、まさしく『肝心なところで外すよね』だとアドバイスしておこう」

「…お前は時々自信たっぷりに外すよな」

リーマスのテーブルの向うで無言の取っ組み合いが始まった。

 

 

「そっか、残念」

そういっただけで、リリーは理由をきかなかった。

「まだ時間あるの?」

「ううん、もう、すぐ行く」

「そっか、…行ってらっしゃい」

そういって笑うリリーに背を向けて廊下をあるきはじめた。不審に思われないようにと考えるはしから歩調は早くなって、夕暮れの近付く廻廊に生徒たちの姿が見えなくなると逃げる様に走った。

 

温室の中は甘いのに何処かすっきりと冷たい香りが漂っていた。

月明かりの中に1フィートはある青い炎みたいな花が浮かんでいた。

「この香りには沈静や安眠効果がある…」

数人の生徒たちと一緒にその花の構造を丁寧にスケッチし、教授の話をメモした。

それから思いついて、その羊皮紙片をくるりと丸める。

先日習った封印の呪文を小声で唱えながら、いささか不釣合いに大きなリボンを結ぶ。

柔らかくて古い水色の絹。

授業で散々練習した甲斐が合って(リリーは意外にこういうことが苦手だった)、リボンは程よいバランスに収まった。

それを丁寧にローブのポケットにしまい、別の羊皮紙にもう一度花をスケッチした。







翌日の夜、リリーは紙袋と羊皮紙を抱えて、部屋を出た。

リーマスが今日も帰らない様なら、同室のポッターかブラックに言付ければ良いと思っていた。

連中は比較的遅くまで談話室に残っていることがある。とくにリーマスが外泊したときは。

だから談話室で思いがけず鉢合わせたときは少しうろたえ、彼の顔色の悪さに嫌な確信が高まるのを強引に押さえつけた。

「お帰り、リーマス。今日は早く休んだ方が良いんじゃない?顔色悪いよ」

貧血気味の顔を見られたくなくて、俯いたリーマスにぽんと紙袋が渡される。

「これ差入れ、マグルの御菓子。いっぺんに食べると多いと思うけど」

じゃあ、おやすみなさい、と片手を上げて、リリーは女子寮の階段へ歩いていった。

 

 

紙袋に入っていた羊皮紙のリボンを解くと、小さな音がして、部屋の中に何処かひんやりとする甘い香りが広がった。まるでそこに夜が立ち篭るような香り。同時に銀粉を蒔き散らした闇の気配が生じ、香りが薄れると共に拡散していった。

同室の3人が小さな溜息のような歓声のような声をだしてリーマスの手元をのぞきこむ。

「…すごいね、どんな魔法なんだろう」

「なるほど、この前の授業の応用だ」

「リボンでそのまま封印にしたんだな」

友人たちの声が耳を滑り落ちる。

 

カードが目に入った。

青いインクで描かれた銀竜草のスケッチ。

銀竜草の香り成分の薬効についてと栽培時の留意点の走り書き。

そして、リーマスへの短いメッセージ。

 

次は本物をみようね

 

ただそれだけだった。

「銀竜草の香りは再現できるものじゃないから、閉じ込めたんだ」

うんうんと腕組をしてジェームズが頷く。

「これ結構使えるぞ」

すでに良からぬ事を考えるきらきらした眼でシリウスがつぶやく。

リーマスはもう一度メモに目を落とす。

自分がその花をこの目で見る日はこないけど。

うれしいのか哀しいのかわからない。

3人の声を遮る様に紙袋に入っていた御菓子をベッドに撒いて、声を掛けた。

 

「マグルのお菓子、君らも試してみる?」

 

 

 

そうやって、人じゃなくなっていろんな物を無くしたと思っているのに、ときどき、こうやって届けてくれる人たちがいて、そのたびに泣きたいような叫び出したいような気分になる。

リーマスにはそれがうれしいのか哀しいのかわからない。

それが自分にとって良いことか悪いことかもまだ解らないままだった。

 

 

 

 

つぶやき

2年生。百合女と鹿帝王は勘付いてます(百合はうすうすだけど)。黒田は無意識で否定。
これ、魔法のレヴェルからいくと黒田や鹿帝王だとあわなさそうだなーと…結局大幅描きなおしで百合女が出張ってしまったい。学生シリル失敗。

 

 

05.01.01

 


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