贈り物
体力や気力が回復するにつれて、シリウスが魔法を取り戻そうとするのは当然だったが、杖を取り上げられ、長いこと魔法から離れていた彼は早々に力の勘と制御を取り戻す必要があった。
もともとズバぬけた記憶力をもつシリウスは印や詠唱などは魔法書やレポートを切っ掛けにどんどん思い出していたが、力の制御についてはそうもいかなかった。
研ぎ澄まされた感覚は刺激に対して過敏に反応しすぎたし、なまじ力が強い分、呼び出す魔法はしばしば暴発に近い状態だった。
『GIFT』をしよう、と誘ったのはリーマスだった。
背中合わせにすわり、交互に魔法を掛け合うゲームだ。もちろん掛けられた方は同時に解呪をおこなうから最後にかかった魔法が少ない方が勝ちになる。
本来は魔法の練習を兼ねた子供の遊びだが、力の制御を思い出すのに良い練習になる、と考えたのだ。
初めは、猫目だの豚鼻だののたわいもないものを贈り合った。部屋の中には淡々と呪文が繰り返され、力の弾ける小さな音が響いていた。
もともと、この手の魔法についてのストックは掃いて捨てるほど抱え込んでいた履歴の持ち主たちである。少しづつ互いの呪文に複合魔法が入りこむようになり、合間に舌打やら溜息やらが入る。
挙句は『竜の喉』だの『くすぐる手』だのと、うっかりかかろうモノならしばらくは(あらゆる意味で)転げまわりそうなものになり(当然その間魔法は出せないから相手がその気なら呪いが畳み掛けられることになる)、二人の顔はどんどん真剣になっていった。
小さな爆発音やぐえ、とか、ひゃあ、という声が呪文の合間に漏れ、狭い部屋のあちこちで弾き飛ばされた力が音を立てた。
自分が弾いた力がぱんという音を立てて、何処かにぶつかるのを聞き、リーマスは自分の正面の窓の一角を照らす濃い金色に気がついて、夕食の用意をする時間がとうに過ぎたことに気がついた。
幸い、リーマスが呪いを贈る番だったので、一度手を止めて友人のほうへ振りかえろうとした。
奇妙なほどはっきりとくぐもった音が聞こえ、結局同時に振りかえった2人は至近距離で互いの顔を確認した。
…シリウスの端整な顔は所々オレンジ色の飛んだ薄紫の胞子まみれになって、まつげも眉毛もわからないほどだったし、長い髪はくるくると大小のバネの様に四方へ揺れていた。
リーマスはといえば、頬に猫のような長いピンクの髭が数本ゆれていて、頭の上では花冠というより花笠の様にうねうね伸びたスミレやらバラやらが咲いていた…髪の毛の代わりに。
止めるまもなく二人は噴出した。
堰を切った様に笑い声が飛び出した。
くっきりと黄色に光るリーマスの口はOの形をしたまま音を出し、シリウスが声を出すと小さな火花が床に転がり出た。
そうして笑って笑って、なんとか笑いを納めて、相手の姿を何とかしないと空腹を抱えて笑い死にしそうだ、と考えたがそれでも笑いの発作は収まらなくて、シリウスの身体はソファから床へずり落ち、リーマスは腹筋が崩壊する、という気分になるほど笑いつづけた。結局涙を流しながらぜいぜいと息を切らす頃には日は完全に沈みきって友人の顔もよく見えないほどだった(だからこそ発作が一段落したのかもしれないのだが)。
それから力の抜けきった身体をどうにか起こして、明かりをつけ、散々互いに文句をつけながら、正視を避けつつ互いの呪いを解いた。
夕食は極めて簡素なものになったが、シリウスもリーマスも、ものすごい満腹感のようなものが在って、なおかつ疲れきっていた。
いつもの様にレポートを読んだり手紙を処理する気力もなく、早々にもぐりこんだベッドのなかで2人は十何年ぶりかの幸福な夢を見た。
つぶやき
あーなんか馬鹿みたいに幸せそうに笑う二人が見たかったので。
殴り書き。
04.12.24
戻る