魔法の庭2

 

リーマスの呼びかけに、ドアの向こうから低く答えがあった。

低く、かすれた声に、わずかに疲労を覚える。

部屋に入ると、明かりはあったものの、主は寝台の豪奢なカーテンにもたれかかって、だらしなく足を投げ出していた。

今日は室内にアルコールの匂いは無い。

「シリウス、眠るならベッドのほうが身体が楽だと思うけど」

「・・・ああ、庭に行こうと思って・・・」

「庭?これから?」

外は完全に暗くなっていた。散歩にはもう遅いんじゃないだろうか、と考える。

「…一緒に歩くか?」

「それはかまわないけど・・・」

彼は最近部屋から出歩くことすらろくにしなくなっていたから、むしろ庭に出るのは歓迎したいところだった。

のばされた右手を、何の警戒もなく握ると、シリウスが立ち上がりざまに呪文を唱えた。

やられた、と思う。周りの部屋がゆがんで、目眩を覚えて膝をついた。

それから呪文に既視感があって、なんだっけ、と考える。

床に着いた手には絨毯ではなく、ざらついた石の感触。

花のにおいに周りを見ると、ほの暗い木立の中に、白い明かりのような花があちこちに浮かんでいた。

友人を見上げる。

「戸棚に鍵の一部を見つけた。

一人で暇だったから、作り直してまたこの庭に仕掛けてみたんだ。

…意外にたわいないモノだったな。あのときは結構苦労したのに」

その手を握ったまま、ゆっくりと立ち上がった。

「ああ・・・思い出した。そういえばあの魔法、ジェームズは結局どうしたんだっけ?」

「クリスマスに携帯魔法陣の機能を持たせた宝石のカエルを作ってリリーに贈って、突き返されてた」

「ああ・・・」

たしかにあの頃のリリーはかなりジェームズを嫌っていた。

当時リリーの関心を買おうとした彼の努力は、どういう訳かことごとく裏目に出て、ついに本人からはどこから湧くのか判らないからよけいに嫌だと評価されていたのを覚えている。

思い出し笑いをした僕をシリウスが見上げた。

「あの頃、ジェームズはリリーが絡むときだけ平凡に見えた。彼の洞察力はリリーには働かなかった」

「・・・たしかに、奴を素であれほどへこませるなんてリリーだけだった」

自嘲気味の笑いが少し不快で、目を眇めてしまう。

「・・・さてせっかくだ。ここを案内してくれるかい?」

暗い空間に浮かぶのは、秋の薔薇だろうか。

白くて明かりのように見える。

シリウスは仏頂面であそこの植え込みは“○○姫”、あれが“クイーンなんとか”といって教えてくれるのだが、リーマスには白い薔薇、としかわからない。薬草の見分けは得意だが、花の大小とか、八重か一重かくらいは違いが判っても改良され、何千とある園芸品種を覚えるのはまた別のものだ。

白い花の影。それに溶けそうな黒い友人の姿。

彼は自分の手を引いて、少し先になって歩く。あの学校の生徒だったときのように。

リーマスは本当に、この友人は何もかもが特別製なんだな、と感心してしまう。

シリウスがどんなに嫌っても、彼は間違いなく一族の特徴を受け継いでいる。

「…僕はこの館へ来て初めて、血というモノがどれほど強固なのか考えさせられたよ」

自分でも驚くくらい軽く言葉が出ていた。怒り出すかと思ったシリウスはわずかにこちらを見て、小さく鼻を鳴らした。

「君らときたら、本当に何もかも特別製だ」

握られた指にはっきりと力がこもる。

「…君にとっての記憶が濃密な場所で、過去に溺れそうになるのは仕方がないけど、それで自己嫌悪する意味は無いよ。

君は自分で選択したのだから」

花の淡い匂いのなか、動きの止まった友人がゆっくりこちらを見る。

危険なことは承知していたが、リーマスは止めるつもりはなかった。

底光りする眼が自分に据えられている。

「シリウス、今現在の君が不幸でも、君は自分の家族とは別の生き方を選択したことを後悔しないだろう?なら、今を嘆くだけ時間の無駄というモノだ」

「無駄?」

「そう、無駄だよ。嘆いても何も変えられないんだから」

何かの砕ける音がして、風景がゆがんだ。

手は離れ、二人はまた薄暗い寝室の中に立っていた。

「僕らは命がけのゲームをしてる。

そして、連中も同じなんだ。

余裕のありそうなことを言ってても、一度は敗北したんだ。忘れているわけが無い。

連中もまた命がけには代わりが無い。

これはどちらも死に物狂いのゲームだ」

シリウスはじっと友人を見る。

自分の中で、焦りや怒りが綯い混ぜの感情が急に浮上するのを自覚する。

それでもそれを彼に叩きつける事だけは躊躇われた。

「今の君は隙だらけだよ。それじゃあ困る」

リーマスはすこし首をかしげるようにして続けた。

「それじゃ困るんだ」

リーマスは刻み付けるようにゆっくりと続ける。

「君の力はもともと飛びぬけてる。騎士団の中でも図抜けている。

ならば、準備していて損は無いんだ」

体内の感情がわずかに凪ぐ。

息をゆっくりと吐いた。

「…でもいま、酔っ払っているときなら僕でも倒せる。それじゃあ困る」

薄く笑みを浮かべた友人を見る。

常に牙を砥げ、と、およそ彼の精神に不似合いな言葉を自分に向かって形にする。

自分が動かせてはもらえないこの状況に甘えていることを見透かされている。周り中が自分に気を使って、それでも自分をここから出さないことも判っている。

表情だけは笑顔のままで、隙だらけのままじゃ困る、と繰り返した友人を見る。

彼は、怒らせると怖いのだ、昔から。

「お前が言うか…」

シリウスはもう一度息を吐いて、彼に手を伸ばす。

 

 

リーマスは、伸ばされたシリウスの手をとって、いきなり足払いをかけた。

そんな行動を予想もしていなかったシリウスはそのままベッドに突っ込んだ。

手を握ったままのリーマスも当然引きずられるようにベッドに腰を下ろす。

「…ね?これじゃあ困るだろう?」

「…お前な…」

「子守唄がいるかい?」

「……それよりお休みのキスは?」

「それはちゃんと夕食をとって、お風呂に入って、寝巻きに着替えていい子にしてたらね」

「はいはい」

握られてる手を引っ張ってベッドに引き倒してやろうかとも思ったけど、それはやめて身を起こす。

「モリーが夜食を用意してるはずだ。お前は?」

「まだだよ。うん、おなかは減っているかも」

笑いながらリーマスが立ち上がる。

手はつながったままだ。すばやく立ち上がって、リーマスの目元にキスをする。

「お返しだ」

「嫌なら酔っ払ってるんじゃないよ?」

シリウスは口の端だけ上げて見せる。

離れた手が、軽く肩に触れる。

並んで、ドアへと歩き出す。

 





 

つぶやき

うちの黒田さんはこのあたりから変わってきます。

まだ時々管巻いてるけどそれ以外のこともはじめる。

だから魔法省突入時もはしゃいでばかりじゃないです。

準備してたもの。

そこでちょこっと事態が変わって別の結果が生まれます。

(そういうことにしたんだよ、わ た し が な)



09.02.22


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