再生の卵
はるのおまつりたまごのまつり
まあるいたまごのなかみはなあに?
はるのおまつりうさぎとひよこ
たまごのなかみはまあるいうさぎ?
「リーマス、もう一度元素の特徴を読んでみて。
それとピーター、もう一度ノートの鉱物の名前を確認してみたら?試薬のつづりは大丈夫?」
閑散とした談話室に良く透るリリーの声が響く。
春の午後、ぐんぐん長くなる明るい時間に、ほとんどの生徒は外で遊んでいる。3人は錬金術のレポートをまとめてしまおうと、日差しに背を向けて羊皮紙に向かっていたのだ。
「よう、リーマス、ピーター、差し入れだぜ、マグルのチョコレート。」
いきなり目の前にでた手にぎょっとする、が置かれた焦げ茶と金色の箱に二人の歓声が上がる。
「え、わあっありがとう。」
「おいしそうだね」
「リリーもひとつどう?」
素早くジェームズが声をかける。
「もらっても良いの?ありがとう。」
ウズラの卵ほどの大きさと形のそれは一粒ずつ違う植物模様が型押しされた色つきの金属箔に包まれている。
どうやら、シリウスが手に入れてきたらしいチョコレートは、甘さが抑えられ、センターからは強い香りの液体が口内に広がった。
「え、チョコレートなのに甘くない…口が熱い!」
びっくりしたようにリーマスがつぶやく。
「大人向けのチョコだからな。酒に漬込んだチェリーをチョコで包んで熟成させてあるんだ。ハニーデュークスにだってちょっと無いぜ?」
珍しくシリウスが甘いものを持ってきたと思ったら、どうやら彼の強調したいのは「アルコールの使われている大人向け」の部分だったらしい。
シリウスとジェームズも一粒ずつ取って口に運ぶ。
「結構強いブランデー使ってないか、これ・・・」
「・・・そうか?甘くなくて食いやすいじゃないか」
「くらくらする」
と、ピーターがつぶやく。
「でもこれ、チェリーは甘くておいしいね。」
リーマスが2個目の包み紙を剥きながら、リリーに笑顔を向ける。
3人は、それぞれ真っ赤になった顔で、にこにこしている。
変だと気がついたのはジェームズだった。
いや、それがリーマスとピーターならともかく、自分のほうに顔を向けているリリーまでがそうなると、これは明らかにおかしい。
上機嫌を通り越した表情の3人にシリウスもぎょっとする。
突然けらけらと笑い始めたピーターを見ようとしたリーマスの上体がぐらりとゆれる。そのまま、どんとリリーにぶつかって、今度は二人が笑い始めた。
「…まずい、酔ってる…!」
「って、菓子だぞ?」
「高級菓子に使用されるアルコール類は意外に濃度が高い。しかもこれは端から大人用に作られているんだろう、シリウス?」
「って、ええぇ?」
ともかく談話室である。この状態は危険だ。
ピーターやリーマスだけなら部屋へ連れて行くことも出来るが、リリーの女子寮へ入るわけには行かない。とりあえず二人だけでも部屋へ隠そうとシリウスがリーマスの身体を引っ張ると、リリーがその身体を抱え込む。
「だめっ」
「あ?」
「シリウスはらんぼうだから、さわっちゃだめ!」
「なんだとっ?」
「りーますはまだつかれてるんだから。げんきになるまでひっぱっちゃだめ。」
「…ぼく、だいじょうぶだよ、へーき。」
「だって、りーますいたいじゃない。」
リリーが呟いた言葉に今度こそぎょっとする。3日前の満月の後、リーマスは確かに体調を崩していたし、今回は腕にけっこう深い傷を付けていた。
けれど、それをリーマスが彼女に言うはずも無かった。
「りーます…げんきになあれ、げんきになあれ、」
「…ありがと、りりー、いたくなくなった」
「…リリー、それは元気になる呪文?」
「そう、りーますにはきくもの。」
こっくりとリリーの頭がうなずく。
同時にほとんどヘッドロックをかけられた状態のリーマスがその下でうんうんと頷く。
「じゃあ、僕にもかけてくれる?」
何を言い出すのだこいつは、という顔でシリウスがこっちを向く。
とても不思議だという顔でリリーが呟いた。
「・・・じぇーむずでもげんきないことあるの?いいよ。」
リーマスを抱えていた手が緩んで、急いでシリウスがリーマスを抱え込む。
立ちあがったリリーの膝がかくんと落ちて、慌ててジェームズの手が体を支える。
きゅっとローブの背中が握られて、リリーが呟くのが聞こえた。
「げんきにああれ…げんきにああれ・・・」
ずるりと床に滑り落ちたリリーの頭を自分の膝に乗せた。
思わずため息が漏れるのは攻められまい。
「…リーマスを運んだら、マントを持ってきてくれ、シリウス。」
「女子寮に運ぶのか?」
「…僕は彼女の信用を失いたくはない。そして殴られるのはもっと嫌だ。リリーの姿を隠して、酔いが醒めるまで待とう・・・」
不意に、ジェームズの視線が床に固定された。
「ああ…あ?」
リリーの指が触れていた絨毯がもこもこと膨れ始めていた。細かい模様も色もどんどん消えて膨らんだそれは遂に白黒の羊になって、二人の目の前を歩き始める。
思わず、シリウスもジェームズも自分の抱えた人物を引きずって後ず去る。
椅子に残されたピーターの身体が、ぐんぐん伸び薄桃色の花を着け始めた枝に覆われていく。
そして、リリーを起点に始まった変化は室中に拡大した。
「っわ、なんだぁ?!」
見る間に、談話室の様子は変化し始めた。
絵から入ってきた5年生がぽかんと室内を見まわした。
壁のパネルからはわくわくと枝が伸び始め、無骨な幹と鮮やかな新緑が現れた。
テーブルは見上げるような大木になり、天井がぎしりと嫌な音を立て始める。
誰かが歓声を上げた。
耳元を蜜蜂が飛び、思わず首をすくめた。
暖炉を覆い隠すほど樹が茂り、綿の実をつけた藪がそこここに見える。
ちょうど入ってきた1年生達のタイからは白くて小さな蛾がいっぱい飛びあがった。
女子寮の階段から降りてきた7年生の身体から、ジャスミンとスミレの花が零れ落ちる。
タピスリーやローブから現れた羊の群れは談話室に溢れ返り、牛の泣き声だか寮生の悲鳴だかがひっきりなしに聞こえた。
限界だった。
「マクゴナガル先生っ!!!」
誰かが叫んだ。
同時に絵が開いて、マクゴナガルが談話室の入り口に立ちすくんだ。
「・・・何事ですかっ」
金色の光が談話室を満たして、唐突に森と羊のジャングルは消え去った。
へたり込んだり呆然と突っ立ている寮生が残された。
「ミス・エヴァンズ!どうしました?」
静かになった室内を見渡したマクゴナガルは、まっすぐに近寄ってきた。
なぜ、彼女が来たのか判らなかったが、もはやリリーを隠す時間が無いのは明白だった。そして、ジェームズには下手な言い訳でリリーを減点させるつもりも無い。
「ミスター・ポッター、何があったのです?」
「…3人は、お菓子に酔って寝ています。」
“お菓子”の提供者であるシリウスの目が横で罵詈雑言を吐いていた。
結局、病棟に運び込まれた3人に付き添ったジェームズとシリウスは、再び、かなり神妙な顔でマクゴナガルの前に立った。
「3人とも心配は要りません。
ミス・エヴァンズの魔力が暴走したのは錬金術の実験で使った触媒のため作用が強まったためでしょう。」
「…杖もナシにですか?」
あんな高度の魔法はまだ授業では習わない。ましてリリーはマグル出身なのに・・・
シリウスの声に疑問がこもる
「杖は力の焦点だと授業で言いました。力の強い者や、訓練を積んだ者は杖がなくても魔法は使えます。
今の「季節」ですし、まして“酒”は豊穣の象徴でもある。いろいろ条件が重なったのでしょう。
今回の件は減点はしません。」
その言葉に、二人は胸をなでおろす。
「・・・ただし、あのチョコレートに含まれるアルコールの濃度は、子供には不適当だとマダムポンフリーの意見です。したがって残りは没収します。以後、持ちこむお菓子の中身には気をつけるように。なお、3名は目が醒めるまで病棟です。特にミス・エヴァンズは2.3日は眠ったままだろうとマダムがおっしゃってました。」
「え、うわっまずい、」
2.3日と聞いてジェームズの顔が青くなる。
「あ、レポートっ!!」
錬金術のレポートの提出期限は明後日、飛行術は同じ日の午後にある。リリーもリーマスも飛行術はあまり得意ではない。
ピーターはもっとだ。
春の日差しに背を向けて、3人のためのノートを黙々とまとめながら、二人は呟く。
「やっぱり、チョコレートは鬼門だ…」
「…何故リリーへのアプローチはこうも裏目に出るのだろう?」
城の外から聞こえる歓声に、二人の口から同時にため息が漏れた。
はるのおまつりたまごのまつり
まあるいたまごのなかみはなあに?
たまごのなかにはまあるいつぼみ
まあるいたまごのなかみはじかん
まあるいたまごのなかみはまほう
いえ、イースターの卵に引っかけて、再生の魔法。
もし部屋の中身が元の生物に戻ったら、すごい騒ぎだよな、楽しいかも、と考えたので・・・
だって家の中が森になって、羊や兎やアヒルがうろつくわけです。
うちのリリーは特に悪戯はしません。でも好奇心が強いし行動するのも好きなので探検は大好き。
こういう女の子にとっても、あの学校は退屈はしないとこだとおもう。