定義

 

 

立ち上がったリリーは、頭をしゃんと上げ、天に向かって高らかに宣言した。
『世界を知らなくても人は生きていけるし、楽しまなくても生物は生きていけるけど、私は人間らしく生きたい。
 どうせなら、とことん人間らしく生きてみたい』
 晴れた日の高い塔の上で、吹き上がる風が時々リリーの短い髪をかき混ぜた。
 リーマスはその背中を目で追う。

 

 『徹底的にエゴイスティックになってみせる。
 人間にはね、他者の自由を侵害しない限り、その権利があるのよ。
 誰が何と言おうが、貴方にも私にも等しくね』
 振り返った緑の瞳が自分を貫く。
 リリーが見つけた答え。
 何時かの誓いどおり、彼女は戦うための一歩を踏み出して見せた。

 

 

 

満月が近づくとにおいや気配に敏感になって、自分がどんどん人間じゃなくなっていくようで怖い。

誰かを噛み裂く夢を見た後は、食べるという行為ですら苦痛になる。

 

自分の何処かに、常に囁く声がある。

 

『オマエハニンゲンジャナイ』と。

 

そんな日が続いた後に来る満月と廃屋での夜。
 そして翌朝は、いつにもまして夢と現実の境が曖昧になる。
 狼の記憶と人間の意識が一時的に混乱するから、自分が人間に戻っているのかどうかすら判らない。
 友人たちがそばにいてくれてもそれは変わらない。
 むしろ、狼になることへの抵抗が薄れた分、それは酷くなった。

水の中でもがくように、触れた手にしがみついた。

 

人間の腕は何かを抱きしめるのに都合が良い。多分、ほかのどんな獣より。

 

獣の身体には出来ないこと。

人間しかしないことなら、怖くない。

それを楽しめるのが人間の証拠なら楽しんでいたい。

 

 『これは生き物の本能からは外れてる行為だ』

 

 

身体を跨ぐようにして、シリウスに唇を合わせようとして、リーマスは湧き上がる嫌悪感にたじろぐ。
 唇で触れることは噛む行為を連想させて、意識の何処かが過剰反応している。
 拒絶が軽い吐き気を呼び起こして、体温を奪う
 
キスをあきらめて、彼の中心に指を絡める。
 シリウスの手がゆっくりとわき腹を撫で上げて、腰から足に細波のように甘い痺れが走る。
 手の中の熱をゆっくり自分の身体の奥へ埋め込んでいくと、シリウスが微かにうめく。
 ゆっくり、腰を落としながら、時々身体の奥が引き攣るように痛むので、その度に息を吐いて身体の力を抜く。
 これは少し無茶だったかも、と他人事のように考える自分がいる。
 何度か抱き合ったときに比べてもこの体勢は確かにきつい気がする。

 

何故?、とシリウスに聞かれたとき、自分は『好奇心』と答えた。

自分たちは男同士で、こんなことをしても子供ができるわけじゃなかったし、そもそも恋をしている訳でもない。

 

ケモノハコンナコトヲシナイ。

 

シリウスの手が大腿を撫でると足から力が抜けそうになった。触れられた場所にむず痒い熱が残されていく。
 上気したシリウスの顔は苦痛と快感に耐えるような表情をしていた。それでもその手は休むことなくリーマスの身体を撫で上げる。
 熱いのか苦しいのか判らない息を何度も吐きながら、自分もこんな顔をしているのかなと漠然と考える。
 足が震えるのは中腰の不安定さと快感ばかりとは云えなかった。少し荒くなった吐息を大きく吐く。
 無理やり体重をかけて腰を落とすと、その瞬間脳内に神経を直接焼かれるような痛みが放散する。自分の唇から苦鳴とも悲鳴ともつかない呟きが漏れた。
 何とかシリウスを飲みこんだものの、動くことも出来ない。
 身体の下でシリウスがうめく。
 「リーマス・・・たの・・頼む、少し緩めて・・・」
 震える身体からどうにかして力を抜こうとしたが上手く行かない。
 浅い息が漏れる。

「・・・ご・・・ごめんシリウス・・・うごけない・・・」

ようやくこぼれた囁きは半ば涙声だった。
 リーマスの身体の中の熱さがもたらす快感と苦痛で冷汗をかきながら、情けない事態だ、とシリウスは考えた。
 これだけ締め付けられていればそんなにもたない、と考える。動きたいところだがリーマスの内を傷つけてしまいそうでそれも怖かった。

「・・・リーマス、いいから・・・俺に体重かけちゃえよ。息つけるか?」
 苦痛で血の気の無くなった顔がうなづく。
 腰を挟んでいた大腿に力が篭った。腰の上に重さがかかると、彼が体の力を抜こうと浅く何度も息をつくのを確認して、勢いを失ったリーマスの中心に手を伸ばす。
 全体を手のひらで包むように揉み解すと、
リーマスの締め付けが一瞬きつくなったが、耐えた。

出してしまえば抜けるかも・・・と思いつつ、締め付けに耐える自分は間違い無く愚か者だ、と考える。 女の子相手じゃないんだから、別に恥でもなんでも無いだろうに。

大腿の内側を、わき腹から胸を、撫でるように何度も擦る。丁寧に繰り返すうち、中心を締め上げる力が少しづつ緩んで、息をつく。

早朝の薄明かりの中、リーマスの顔がうっすら上気していくのが見える。
 立ちあがった中心にそろそろと指を絡めて、上下する。
「んっ・・・」
 リーマスの口から微かに甘い吐息が漏れた。
 体液で濡れた指の感触が、自分の状態をシリウスに伝えていることに気付いて、急に体温が上がったように感じる。

リーマスの両腕がシーツを掴んで、身体を小刻みに上下する。
 与えられる快感も自分の身体の変化もより強くなった気がした。

もっと、と思う。もっと強い快感を。

 何処か生真面目な顔で動こうとするリーマスに苦笑しそうになるのを堪える。
 上になるのも初めてで、どうやら勝手の良くわかっていない彼の腰を掴んで、擦り合わせるように動かす。

「っひゃあっ…」
 何処か必死な顔で熱を求めていたリーマスが自分のあげた声に真っ赤になった。
 その反応がおかしくて笑いが漏れる。
 
むっとしたように自分を睨んできたリーマスの中心を握りこむと息を詰めた。
 それから一拍置いて力を抜くと、シリウスがしたように腰を動かしはじめて、今度は彼が息を詰める番だった。

 

体温が上がって、汗で身体がしっとりと手になじむ。
 リーマスの青白い膚が、この時ばかりは朱を帯びて淡く発光しているようにすら見える。
 痩せた身体は、女の子の身体とはかなり違うのに、その情景はシリウスの鼓動を確実に早くする。

 「リリーがね…」
 舌っ足らずな声に視線を上げる。
 上気した顔に微かな笑みが浮かんでいることに気が付いたが、出てきた名前に少し戸惑う。
 「…リリーが、人間の脳は快感を追求するために本能を切り捨てたんだって・・・」

 「それが?」
 「こういうことしてると、ほんとにそうなんだなって、思っただけだよ」
 「?」
  熱で浮かされたような表情で、人の腹の上に跨って云う台詞とはどうにも思えない。
 「快感のためだけにこういうことをしてるのが嫌なのか?」
 不機嫌さがこもったシリウスの声にちょっと驚いたように目を見張り、笑いを堪えるような顔になった。
 「…逆だよ
 …快感のためだけなら…これはとても人間らしい行為ということだろう?」

うわ言のように呟かれた言葉と不釣合いな内容が、シリウスの感情を逆撫でる。
 同じベッドの上で、ぼんやりと自分の手をながめて、ヒトだったんだ、と呟いた顔が重なった。
 満月の後、抱き合うようになって、幾度か感じていた不安と困惑と腹立だしさがないまぜになって、自分を苛立たせる。
 行為を楽しむというより、自分自身を験して観察しているようなリーマスが、不愉快だった。
 シリウスが大きく突き上げると流石に痛かったのか悲鳴が上がる。それを無視して腿を引き寄せ、勢いをつけて身体を入れ替えた。古いスプリングが抗議のような音を立てる。

「…ひっ痛いっ…シリウス…っおねが…いた」
 限界なぞ実はとっくに超えていて、一度動き始めると止められなくなった。
 再びリーマスの中心を握りこみ、今度は先端を刺激してやると、身体が撥ね上がる。
 それを押さえつけ、右手で足を押し広げるようにして、腰を進める。揺さぶるたびに、悲鳴と嬌声が綯交ぜになった吐息がせわしなく漏れてシリウスの耳に流し込まれる。
 肩にかかっていた手を引き剥がすと頭の横に腕ごと縫い止めた。
 互いの息がかかるほど顔が近づく。
 涙の浮かんだ眼のふちが上気したままなのに何処かでほっとして、そのまま口付けようとして、激しく拒まれる。
 逃げるように首を振るリーマスの頬と頭を両手で押さえ込むようにして口付ける。
 恐怖を浮かべた目が自分を見上げる。

名前を呼んでみたかったけど、喉の奥の悲鳴ごと飲みこむように深く口付けた。

 

 

 

「…先に帰って。僕はマダム・ポンフリーのところに寄ってから行くから」
 自分の身体を拭こうとするシリウスの手を止めて、その手からタオルを取り上げる。
 「大丈夫、一人で歩けるよ。」
 一瞬、心配そうな顔をしたシリウスは、何かを言い掛けてやめるという彼にしては珍しい所作を見せた。
 リーマスはその顔に笑いかけるともう一度繰り返す。
 「僕は大丈夫だよ」 
 不安げな目が、何処か怒ったような顔になって、何も言わずにシリウスは踵を返した。
 古ぼけたドアが叩き付けられるようなこともなく、ただ彼の足音が遠ざかるのに安堵して、それから、小さくごめんねと呟いた。
 身体がゆっくりシーツに沈み込む。

変身後にこんな行為をするのは、とんでもなく身体に負担がかかることだと自覚している。シリウスにしても同じだろうが、彼は、『助け』を求めて伸ばされる腕を振り解けない。   彼には、そんな冷酷なことは出来はしない。

 『でも、気持ちいいからそれで良いのかなって。君もそう思ってくれると良いんだけど。』
皆が起き出す前には、叫びの屋敷から戻らなくちゃ。
器用に動く五本の指を見ながら呟く。

 

 

『獣はね、快感を追求したりしない。それをするのは人間の脳だけなの』

どこか怒ったような声でリリーはそう言った。

 

確かに、獣は快感に溺れない。
 自然界でそんな状態を己に許す固体はあっという間に狩られて淘汰されるのだろう。

 

僕の腕は君の身体を抱きしめる。

 

快感を貪ることだけ考えて、僕の腕は君を抱きしめる。

 

そうやって『ヒト』にしがみついている。

 

ケモノハコンナコトヲシナイ。

 














補足説明:以前某サイトマスター様へ誕プレ。極一部改訂。
       …自分本来の文なら、半分で終わっているだろう(もたねーよ/酷)。
       自分がヤオイに向かないと思い知らされた一品。




戻る