閉鎖空間

 

 

 

. ホグワーツ特急

 

 たくさんの人のざわめきと熱気に、リーマスはかなり疲労していた。

「しっかり勉強するんだぞ?シリウス。」
「ああ、ジェームズ、この子のこと、よろしくね?何かやったらフクロウ便を出してくれてかまわないから。」
「わかったから、早く乗らないと、他の子の邪魔じゃないか」

 そんな声が聞こえてくる。

 車両の入り口を占領して、やはり新入生らしい子供を見送る大人達の身体を迂回する。
 小さい身体に重いキャリーは扱いづらく、トランクは更に手に余る。
 ようやくすいた乗車口をみつけた。
 古くて大きなトランクをデッキに乗せようと焦るが、石の床をこするだけだった。

「トランクを乗せたいのですが、手伝っていただけますか?」
 良く通る声がすぐ脇に聞こえた。
 振り向くと自分よりいく分背の高い子が大柄な少年に話し掛けている。
「ああ、いいよ。」
 燃えるような赤毛が視界を横切った。
 大柄な少年が、トランクを軽々と持つとデッキへ乗せた。
 先に乗り込んでいた赤毛の少年は、受け取った荷物を入り口から移動させる。

 そうか、大きな人に頼めばいいのか、とその様子を見て思ったが、誰にどう云えばいいのか判らない。
 ふと、デッキの赤毛がこちらを向いた。つられたように年長の少年がこちらをみる。
 そばかすの浮いた顔がにこりと笑うと、すぐに近づいてきた。

「貸してごらん。」

 トランクはあっさり汽車へ乗る。赤毛の少年が通路を確保するように自分のトランクも脇へ移動させてくれた。
リーマスは残りの包みを抱えてその後に続いた。
 これで全部かな?と聞いた少年に、はい、と二つの声が重なった。
 どうもありがとうございます、と、赤毛が続けて礼を言う。
 慌てて自分も礼を言った。
「あ、ありがとうございます。」
 そばかすの少年は、軽く手を挙げると先頭の車両の方へ移動していった。

 車内に乗りこみ並ぶと、自分より背の高い赤毛を見上げる。
「手伝ってもらえてたすかっちゃったね。」
 そういってこちらに笑いかける緑の目がきれいだった。健康そうに焼けた小麦色の肌に金色の光がうっすらと掃かれたような赤い髪が印象深い。耳にかかるかくらいの短い髪は活発そうな少年によく似合っている。

「あの、ありがとう。」

 かるく頭が振られる。

「ともかく、次は空いてる席見つけなくちゃね。」

 少しうんざりした顔で視線が自分の後ろを流れて、つられて振り向くと、車内もホームと同じように、いや、それ以上に子ども達で溢れている。
 他人と空間を共有するのが苦手なリーマスだったが、1人で個室を確保するのは絶望的だった。

 車両を2つばかり後方に移動して、運良く空いた席を見つけ荷物を運び込むと、もう口も聞きたくないほど疲れ切っていた。
 結局、あれから一緒に行動していた赤毛が、顔色が悪いから、横になったら?といってくれたのに応えて、シートに横たわるとすぐに意識は遠のく。
 赤毛の少年の紺色の半ズボンからのぞく膝小僧にテープが貼ってある。
 昨夜リーマスが怪我をしたのと同じところだ、と思う。
 汽車のリズムが子守歌のようにリーマスをゆらし、眠りに引き込まれた。

 

 

「きみ、おきて、」

 知らない声が耳元に響いて、驚いたリーマスは跳ね起きた。
自分がどこにいるのかわからなくて混乱する。
 振動と、見慣れない窓の風景、見慣れない赤毛の少年。

「起こしてごめんね。でも、制服に着替えろって、さっき先輩が回ってきたから、そろそろ到着するんじゃないかと思って。」

 ようやく、自分がホグワーツ特急に乗ったのだと思い出した。
見れば彼はすでに着替えている。
 新品のローブに校章の刺繍が光った。

「あ、ありがとう。」
 あわてて体を起こす。
「おなか空いてない?君はずっと寝てたから・・・はい。これで良ければたべて。」
 手に置かれた見慣れない袋にとまどう。キャドバリーなんて初めて見る。

「これ、なぁに?」「ナッツチョコバー。
・・・すこし食べたほうが良いと思う。まだ、顔色悪いよ?」

 知らない子から知らないお菓子を分けてもらうのに躊躇していると、やっぱりみたことないの?と聞かれた。
「これははじめて・・・だけど」
 やっぱりちがうんだなぁと彼が笑う。
「トローリーが来たんだけど、知らないお菓子ばかりだったから。」
 そうか、これはマグルのお菓子なんだ、と思うと好奇心に負けて手が伸びた。
はおいしいからすきなんだけど。」

恐る恐る一口かじる。

「・・・おいしい。」

 心配そうにこっちを見ていた少年が、にっこりと笑った。

 

 

 シャツを換えるときに包帯を見られるのが怖くて、ローブを羽織ったままで着替えたが、彼は膝の教科書を眺めていて、こちらを気にしない。そのことに少しほっとした。
 これだけは真新しい靴に足をいれると、さすがに自分が学校にはいるのだと実感がわいてきてどきどきし始めた。
「ありがとう、着替えたよ」
いいや
 顔を上げた彼の顔がきょとんとする。
 そしてそのまま固まった。
 ぽかんとこちらを見ている視線に不安になって、制服の着方が変なのかと自分を見まわす。

「ごめんなさい・・・女の子だと思ってた・・・」
 どさりと彼の膝から教科書がすべり落ちる。
 髪の毛にまけず真っ赤になった『彼』のローブの下には・・・スカートと膝小僧のテープが見えた。
「え?」
 流石にリーマスの顔にも血が上る。
 動くことも出来ずに見詰め合う。

 
 先に立ち直ったのは赤毛の少女のほうだった。
「・・・お互いの名誉のために・・・このことは秘密にしましょう。」
 一も二も無くその提案にうなずいた。
 座りこむようにシートに沈み、ため息をついた。

「…自己紹介もしてなかったしね。…わたしは、リリー・エヴァンズ、初めまして。」
「あ…リーマス…リーマス・J・ルーピン。…はじめまして。」

 確かにはじめに名前を聞いていれば互いに間違えようも無かったろう。
 それにしても…まじまじとその顔を見つめる。
「名前が不似合いだと思った?」
「そ…んな。」
 実は思った。が、慌てて首を振ったリーマスにリリーは笑いかける。

「それもお相子だから、気にすることないと思う。でもわたし、『怪盗ルパン』は大好き。かっこいいもの。」

「『ルパン』って?」
「ルーピンって、ルパンの英語読みでしょう?モーリス・ルブランのアルセーヌ・ルパン、読んだこと無い?魔法使いってどんな本を読むの?」

 本の話ならまあ、かまわないだろうと判断して、リーマスは同年代の子供と会話するという課題に取り組む。
 いずれ、たくさんの人と一緒に過ごすのだから、早く慣れなくてはならない。
 この子が少女ならば、今後こんな風に過ごすことはもう無いだろうから。

 そんな気軽さは確かにあった。

 村の女の子では見たこともないほど髪が短いし、大きな緑の目はまっすぐにこちらを見るし、とてもはきはきしゃべるから、リーマスは彼が男の子だと何の疑いもはさまなかったのだが、短い前髪を引いてもリリーはきれい子だと思った。

 

 列車がホグズミードの駅舎へ滑り込むまでの短い間、コンパートメントの中には、小さな、しかしとぎれることのない歓声と笑い声が響いた。

 

 

 

 

 

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つぶやき

ルーピン少年はキュロットパンツを知らなかった模様。
魔法界の女の子はどうやら髪を短くすることはない模様。
語は女性男性の区別が無いから『僕』も『私』も『 I』だし。



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