carnival
night
「まったく、じじぃの酔狂にもほどがある」
ぶつぶつと呟いて、シリウスはエスプレッソカップを口へ運ぶ。強い液体の香りが鼻腔を刺激する。
「はは、でもまあ、私らが集まるためのリスクはずいぶん少ないよ」
カフェの外には皮や布の花、ガラスの宝石で飾り立てた仮面が灯りに浮かび上がるように行きかう。これから5日間、この街は魔法族の街もかくやという風情になるのだ。
店内は散策で冷えきった身体を温めようという観光客やパーティーへ行くまでの待ち合わせといった風情の地元民でごった返している。
二人はここへ来る途中からまったく魔法を使っていない。杖はしっかり封印して、しまっているから、今は自分たちの気配もマグルと変わりが無い。
「裸で歩いている様で落ちつかない」
「大丈夫、裸には見えないよ」
そういいながら友人は手もとのケーキを口に運ぶ。
一体幾つ食う気だろう、とシリウスは不安になる。リーマスはさっき二皿目をウェイターに下げさせたと思ったが。
外の通りを人の頭の4、5倍はありそうな巨大な月がゆらりと通りすぎていく。9フィート以上も背丈のある金と銀のコンビだ。片方はおそらく太陽の衣装だろう。
どう見ても人間だが、いったいどうやって背を伸ばしているのだろう、とシリウスは考える。
こういう状況でもなければ、魔法で変身して紛れ込むのも悪くない。そう、何時かすべてが片付いたら、ハリーを連れて来ても良いだろう。ハリーとリーマスと3人で。
シリウスとリーマスは、二人とも型こそ違うが黒いベルベットのローブを着込んでいる。正装用のドレスローブと良い勝負の重量感のある衣装である。旅行者用の貸衣装で十分だというリーマスに、いざとなったら捨てて逃げるのに借り物はまずいだろう、と言って彼は出来合いではあるが、まあ程度の良い衣装と仮面一揃いを買いこんだ。
いくら祭りで目立たないためとは言っても、動きにくいものはまずいので、シルエットも比較的シンプルだ。
夕方から着けたままの仮面は顔から頭頂にかけて黒い羽に蓋われ、僅かに額だけが色を放つ。リーマスのそれは鮮やかなターコイズだった。シリウスは色違いの仮面と髪を隠すための帽子を身に着けている。
気温は下がり、外は凍えるような寒さだと言うのに、表通りの人込みはこのあと深夜にかけて増える一方だそうだ。
「パディ、どうやら私達の知人の様だよ」
突然友人が呟いた。
「…気がつかれたか?」
さっきまでの嬉しそうな気配が消えて、リーマスは仮面の下でいつもの笑みを浮かべている。
「店の中まで入ってくるくらいだ。まだだろう。しばらくしてから出よう」
リーマスがほとんど音の無いまま囁き、隠しから小さな袋を取り出してテーブルに置いた。
「何だ?」
「念のため。いたずら道具みたいなものだよ。君に渡しておく」
仰々しい夜の仮面は彼の目許を覆い隠し、そのせいで友人の口元は心なしか冷ややかな印象を纏っている、とシリウスは思う。
「出よう」
何気ない振りで目に入れた人物は、濃い青の祭りの衣装だったが仮面は着けておらず、さほどの年齢には見えなかった。しかもこちらには気付いてないらしい。
だがそう歩かないうちに、魔法の気配が2つ近付いてきた。
「確かに。ここで魔法の匂いをぷんぷんさせていればいい標的だな」
「そういうこと。でも参ったな、私を直接付けたのかな。…パディ、」
「聞かない。どうあっても俺はおまえと行くぞ」
この衣装に着替えるまでは二人とも当然素顔だった。隠れ家に閉じこもりきりの自分と違って、友人はここへ来る直前まで外を飛びまわっていたので、確かにシリウスよりも顔が売れている可能性はある。
「…しばらく歩こうか。皆のところへ案内したくないしね」
「案内して皆で捕まえる手もある」
「目標を探すのに自分の姿を堂々と晒すような下っ端じゃ、たいした情報は持ってないだろう。下手をすれば囮かもしれない」
「…そっちの方がありそうだな」
気配はよほど近付いてきて、おそらく振り向けば向うの顔も見えるくらいの距離だろう。
それ以上はつかず離れずを保っている。
攻撃される可能性も無いわけではなかったが、放っておけば更に大物のところへ案内してくれるのだから、ここで何かをしかけるとは思えなかった。第一これだけ大勢のマグルの前で騒ぎを起こせば、自分たちの存在を暴露することになる。連中も体制の整わないうちにマグルや魔法族に警戒されるわけにはいくまい。
「これを使うのか?」
「ここで使うとたぶんヒンシュクだから、公会堂の裏手に周ろう。ちょうど風上になる。はい」
「…なんだ?」
「ライターだよ。魔法で火を着けたら台無しだ」
夕方、店で一緒に着替えたのに何時の間にこんなものを用意したのだろう。
「うん、人も少ない。パディ、火をつけたら上に放り投げて」
リーマスの背後を長いローブが通り過ぎた。白い衣装は雪の女王か、白鳥の王女かもしれない。
「…まさか新型のクソ爆弾か?」
「いや、マグルの爆竹、」
導火線に火をつけるとむしろゆっくりそれを空に放った。
「パプリカパウダー入りだけど」
音がするまで待たずに館へ滑り込んだ。こっそりシリウスは舌打する。まったく、一体何時の間に用意したのだろう?!
入ってきた扉からは目を離さず、さりげなくホールの反対側へ移動する。
蝋燭の明かりに浮かび上がるのは咲き誇る花のように重たげな衣装をつけた人々だ。悪夢から天使の贈り物まで質はさまざまと言ったところか。
離れないように友人の肩を寄せながらその巨大な夢の花の間を泳ぐ。
重厚なカーテンの向こうは小さな広場へ続くテラスだった。
入ってきた方角からは一寸したざわめき以外何もやってこないことを再度確認し、テラスに踏み出した。
欄干の獅子の陰で目配せすると、すばやく解かれた友人のローブがふわりと返り、漆黒の闇は一面に刺繍されたターコイズブルーのウロコに変わった。
シリウスのローブが翻ると、襟元に真紅、肩から背にかけてエメラルドグリーンの鳥の無縫取りが浮かび上がる。シリウスが帽子に手をかけると友人が警句めいた声を出す。
軽く笑って無造作にリーマスに帽子を放る。背中に髪が落ちる。
「お前が被れよ。背格好の印象だって変わるだろう?」
影のような『夜』の衣装の2人組は消え、熱帯の鳥と魚はあっという間に原色の華やかな色の群れに溶け込む。
周囲に魔法の気配は感じられない。
「さて、『パーティー』に向かうとしようか」
「もう良い頃合だろうね」
「ああ、綺麗だねぇ」
再び通りに出て空を見上げた友人が呟いた。
「何がだ?」
「ほら、花火だよ」
轟音と共に、石の街の上に光の大輪が咲いた。
つぶやき
某サイト様のパーティー用でしたが、さすがに複数は無茶だったので。
色だけご想像ください。
’05.02.12
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